主人公の考古学者は、とある孤島で野生児を発見しました。ただの野生児ではなく、人間離れした力を持つ恐ろしい個体でした。
ただし考古学者は、この野生児がどれだけの身体能力を持っているのか確認する前に、彼のことを気に入ってしまい、人里に連れ帰ることになります。
これが悲劇の始まりでした。
力を持て余した野生児は、人間界の悪意に触れたことで、人を殺すことになってしまうのです。
たとえ相手が悪人であっても、状況と前置きが成立しなければ、殺人として罪を問われることになります。
そんなことをつい最近まで孤島で暮らしていた個体に理解できるはずがありません。
また野生児にも理解するつもりがありませんでした。
ついには野生児は追っ手である衛兵まで手にかけてしまい、国家の敵になります。
生命体というのは、集団生活をする際には、必ず一定のルールで暮らすことになります。反社会的な集団ですらこの制約が適応されているわけですから、国家の敵になれば居場所はありません。
しかし野生児のルールというのは、まさしく大自然の弱肉強食が基準です。彼にしてみれば、人間社会のルールのほうが間違っているわけです。
であれば、誰が人間社会と大自然のルールのコンフリクションを起こしたかといえば、野生児を連れてきた考古学者です。
しかし考古学者は野生児のことを家族だと認識しているため、国家の敵になることを躊躇しません。たとえ野生児の正体が判明していなくてもです。
もちろん考古学者だって、野生児の正体をきちんと調べたいんですが、残念ながら国家の敵になってしまえば、追われる身になるため、もはや時間が残されていません。
まるでタイトロープの上で、辞書を引きながら決闘しているような物語になっていきます。
そんな物語を読み解く肝というのは、野生児の正体が判明したとき、読者が考古学者と国家の判断のどちらに重きを置くのかにあるといえるでしょう。
主人公の少年テツが、作中もっとも大きな「謎」である。
彼は物凄く強いのだが、それはラノベ的な最強ではなく、畏怖の念を感じさせるような強さなのだ。
しかもたった半年で言葉を覚え、大人向けの本が読めるなど、おそらく頭脳も天才に近いはず。
だが彼の心は、ただ楽しいこと面白いことに反応する幼児のよう(実際、幼児と言って差し支えない年齢なのだが)。
だからこそその存在は大変危うく見える。
一歩間違えれば、人類の脅威となるかも知れない恐ろしさをはらんでいるのだ。
だが物語の狂言回しともいえる考古学者アンジは、ある意味常識的というか、人が良すぎて鈍感というか、テツの異常性に気付かず(気付きたくないのか?)愛情をかける。
それゆえにテツは無邪気な少年として成長していくのだが――
読者はテツの持つ大きすぎる力を知っているため、いつそれが日の下にさらされるかとひやひやしながら見守ることになります。
テツが幼く自分の力の特殊性に気付いていないからなおさら! 考古学者アンジがテツを可愛がっているので、裏切られたら大変、という気持ちにもなってしまう。
不穏な空気を感じながら進むほのぼのシーンもなかなか良いものです。
また、考古学者の研究にもリアリティを感じて興味深く、島の動植物なども架空のものと思えないほど緻密に描かれていますよ!