第18話 エピローグ

 その日、カイルは夢を見た。


 エトゥールの中庭で敷物しきものをしいて、くつろいでいる夢だった。

 元の大木に戻っている精霊樹から、中庭に金色の祝福の光の粉が降り注いでいる。それはまるで花吹雪のように美しかった。


 周囲を見渡すとファーレンシアがいた。

 成長した娘がいた。

 ディム・トゥーラもシルビアもメレ・エトゥールもいた。

 あらゆる親しい関係者が集結していた。

 はっきりと顔を見ることはできなかったが、メレ・エトゥールの子供達もいた。


 当然、そこには彼等のウールヴェ達がいた。

 白い虎やなぜか猫型のウールヴェがいた。

 何よりもカイルの横には、狼の姿をしたなつかしいウールヴェがいた。


 夢だ。

 カイルはすぐに明晰夢めいせきむであることを自覚した。

 精霊樹は消耗しょうもうしてはるかに小さくなっているし、娘は生まれたばかりで小さい。まだメレ・エトゥール達に子供はいない。

 これは夢だ。


 夢でもいい。


 カイルは思わず手をのばして、狼のウールヴェの頭を優しく撫でた。

 狼のウールヴェはロニオスではなかった。カイルは嬉しさとなつかしさと切なさで、ずっとウールヴェを撫で、自分の言葉で気持ちを伝えていた。


――世界を救うためとはいえ、ウールヴェを犠牲にしたことは、今でも後悔している

――お前がそばにいなくて寂しい

――会いたい

――もう一度会いたい

――たとえ夢でも会えた今が嬉しい

――もっと夢に出てきてくれてもいいじゃないか


 ウールヴェのトゥーラは何も言わなかったが、ずっとカイルの言葉を聞いてくれていた。




 夢から覚めたカイルは自分の頬に涙のあとがあることに気づいた。

 完璧な望みを体現した夢だった。もうそれはかなわない――


――――なぜ叶わないと思うのだ?相変わらず頭が固い


 カイルは世界の番人の声を聞いたような気がした。


「……番人?」


 思わず話しかけたが返答はない。

 カイルは隣で眠るファーレンシアを起こさないように、その言葉の意味をずっと考えて、やがて決心した。




 その数日後、カイルは仲間たちを伴って旅にでた。

 よくできた妻は、夫の唐突な望みを許してくれた。彼女も何か悟っている気配があった。



 旅のメンバーとして指名したディム・トゥーラやミナリオ、若長夫婦の4人は文句も言わず、あっさりとカイルの我儘に近い旅路に付き合うことを承諾してくれた。

 あまりの寛大さにカイルは不思議そうに問いかけた。


「えっと、いいの?僕の我儘だよ?」

「前から旅に出ると言ってたじゃないか。それに俺達は全員、一緒に旅をする夢を見たんだ」


 ディム・トゥーラは答えた。


「え?」


 初耳だった。

 イーレ夫婦もミナリオもディム・トゥーラの言葉に頷いていた。


「だから、この旅はきっと意味があるのだろう」





西の地に向かったカイル達一行は、他の氏族の集落に立ち寄り目的の情報を収集した。特にイーレは異常に歓迎されて、一晩の宿と食事と翌日分の携帯食が無償で用意された。イーレが代表で質問すると、皆、詳細な情報をくれた。破格の待遇だった。


「……これはどういうわけだ?」


 事情を知らないディム・トゥーラは、イーレの異様な人気ぶりに隣にいるカイルに小声できいた。


「えっと……この人達、イーレの嫁取り勝負に負けた氏族……」

「………………………………」


 沈黙が流れた。


「……まさか、今まで訪問した氏族全部と言わないよな?」

「負けなかったのはハーレイだけだから、全部と言えるかもね」


 再び沈黙が流れた。


「誰だ、イーレを地上におろしたのは……」

「忘れているみたいだけど、間違いなく提案したのはディムだ」


 カイルはきっぱりと事実を告げた。




 カイル達の旅は続いた。

 森の中を西の民の目撃情報だけを頼りに彼等は進んだ。

 ある時、彼等は森の中で唐突に濃霧に遭遇した。はぐれる危険性もあり、馬の歩みを止めるしかなかった。


「カイル」


  ディム・トゥーラが指差す方向の濃い霧の中、巨大な影が見えた。野生のウールヴェだった。

 ハーレイ達が武器を持って身構えるのを、カイルは片手をあげて彼等を制した。


 カイルは物怖じもせずに、野生のウールヴェと対面するために霧の中に進んだ。

 意外なことにディム・トゥーラはその無謀な行動を止めなかった。


 長い間カイルは巨大な野生のウールヴェと話しているようだった。やがて野生のウールヴェは、ゆっくりと向きをかえ森の中に姿を消していった。


「…………野生のウールヴェを制するなど……」


 ハーレイがやや動揺したようにつぶやいた。


「話せばわかってくれるよ」


 カイルは平然と言った。


「思えば、地上の人々は西の民達を除いては、自然と対話することを端折る傾向にあるね。それではいつか対話の能力を失うかもしれない」

「で、目的のものは?」


 ディム・トゥーラの問いにカイルは黙って、今まで野生のウールヴェがいた位置の奥の木を指さした。


 カイル達が近づいた木のウロにはたった一匹だけ、ウールヴェの幼体がいた。

 手のひらにのるサイズの純白の毛玉。だが、小さくても目も鼻も口も耳もある四つ足だ。


 カイルが手をのばすと、気配を感じ取った純白の毛玉は欠伸をして目覚めたようだった。

 そのウールヴェは金の瞳を持っており、すぐにカイルの手を駆け上り、当然のように肩に鎮座ちんざした。


 カイルはウールヴェに微笑みかけようとして、失敗し、ボロボロと泣き出した。カイルの涙は止まらなかったが、皆が微笑んで彼を見守った。


 馴染みの声が全員にはっきりと聞こえた。


――また 会えたね



【エトゥールの魔導師 完】




********************

【作者より】

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【完結】エトゥールの魔導師 阿樹弥生 @agiyayoi_2021

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