第17話 絆⑰

「お兄様……」

「うむ、初対面の男性はディム殿だったようだな」

「それは……」

「まあ、よいのではないか?ファーレンシアは不満か?」


 慌てたようにファーレンシアは首を振った。


「……ただ、カイル様もディム様も対面の儀の持つ『験担げんかつぎ』の意味を理解していないと思いますが」

「初対面の人物との切っても切れないえにしが生じる――だから初対面の男性は父親であるべし。だが、我がめいと、天上のメレ・アイフェスとの切っても切れないきずなができるというのは悪くない。いやむしろいい」


 あごに手をあて、腹黒いメレ・エトゥールは独り言のように言った。


「実にいい。よくやった、と我がめいめたたえてもいいかね?」

「お兄様……」

「そう怒るな。どうせメレ・アイフェス達が知恵を出し合って問題を解決するに違いない。さすが民を導く賢者だ」

「……何か違う気がします……」

えにしを結ぶことは重要だ。人は一人では生きていけない。それが智をつかさどるメレ・アイフェスなら、素晴らしいことではないか」

「でもディム様は天上にいずれお帰りになる身分で……」

「帰ると思うか?」

「はい?」

「そもそもディム殿がカイル殿を放置して帰るとは思えない」

「……あ……」


 それはファーレシアの意見と一致する。


「彼はなんだかんだ言いつつも、親子まとめて面倒を見ると推察する。責任感が強いからな、放置して帰れないタイプだ。つけ込むすきは十分だ」

「――」

「実にいい。永久的にエトゥールの導師メレ・アイフェスとしてえにしきずけそうだ」


 そこまで言って、メレ・エトゥールはしゃべりすぎたことに気づいたらしい。妹をじっと見つめた。


「だが、このことはしばらく、あの二人に黙っておくように。これはメレ・エトゥールとして命ずる」

「――」


 前にもこんなことがあったような気がする。

 ファーレンシアは思い出すことをあきらめて、賛同の意を示すために兄に対して黙礼をした。





「間違いなく原因はお前だな」


 誰もが気の毒そうにカイルを見ていたが、支援追跡者バックアップであるディム・トゥーラだけは容赦ようしゃなく結論を伝えた。

 何度か繰り返し試みたが、カイルが近づくと、赤ん坊は大泣きし、カイルは身体を弾き飛ばされていた。


「クトリ、距離は?」

「約3メートルですかね」

「お前が3メートル以内に近づくと泣いて、お前だけを弾く」

「いや……ちょっと……待ってよ……」

「しかも念動力も発動している。こちらは娘の能力だがカイルの体重を壁まで弾き飛ばしている。これは幼少期から本格訓練をするべきだな……。後日、アードゥルの意見もきいてみよう」

「待って待って待って」


 カイルは半べそだった。


「なんで僕が、生まれたばかりの娘に拒絶きょぜつされるの?!それ、僕だけ限定?!」

「今のところ、近づけないのはカイルだけです」


 クトリは端末を見比べながら無情にも結果を告げる。こちらも、人の気持ちに配慮しない研究馬鹿だった。


「なんでよ?!」

「心当たりは一つしかない」


 支援追跡者バックアップの死刑宣告は続く。


「お前が体内に世界の番人という得体の知れないモノを飼っているからだろう。お前の娘が遺伝的に能力者なら、感覚が鋭いのは当たり前だ。赤子の認知がどのようなものかわからないが、間違いなくあの反応は恐怖からで、お前を得体のしれない存在だと認知したからだ。俺が双方を遮蔽していても、お前を吹き飛ばす判別能力と認知能力は素晴らしいものがある」

「いや、そうじゃないでしょ?!」


 カイルは青ざめた。


「僕は娘に接近できない、触れられない、抱き上げられないってことになるじゃない?!」

「そうなるな」


 問題のカイルの娘は、気を取りなおした侍女やメレ・エトゥールに囲まれている。賑やかな笑い声が離れた場所にいるカイルにまで聞こえてきた。

 客人にまで披露ひろうされ抱っこされ、首の座らない赤子は丁寧に扱われている。


「本当に愛らしい」

「瞳はファーレンシア様と同じだ」

「髪の毛の色は金色でカイル様と同じですね」

「ああ、笑った」

「あら、指をぎゅっと掴まれたわ」

「まあ、すごい」


 父親であるカイルは完全の蚊帳かやの外だった。


「俺はこの間、言ったよな?いつかお前は手痛いしっぺ返しを食らうと。これがそうだ」

 

 ディム・トゥーラは、カイルの肩を優しく叩いた。優しく叩きつつも自業自得じごうじとくだ、と思っていることがカイルに伝わってきた。


「まあ、強くイキロ」





 世界を救う代価は理不尽なほど高かった。

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