03 新たな日常
「本当に一から建て直してるんですね。魔法でどうにかしているのだと思ってました」
「それが出来てしまえば、この世は魔法で溢れかえっていますよ」
陸で彼が採取したという木材石材を運搬しながら、改めてこの街の実情を再確認し、驚愕する。支援を受け、一番信頼を置いていた帝国に裏切られて、普通なら失望で動けなくなってしまうというのに、皆が皆希望を捨てることなく、前へ前へと進んでいる。
その光景はまさに人と人がつながる美しい輪に他ならなかった。感動を覚え、私はつい涙を流してしまう。
「本当に、美しい街だったのでしょうね」
「ええ。当時は『海上の宝玉』なんて呼ばれ方もしていた程です」
確かにこの白い石材の建物が密集している様は一つの大きな真珠の様にも見える。頭の中で視界に映るその都市の背後に、青色の空と海を描き出す。イメージで当時の面影を再現してみれば、現状よりも更に美しく視えてくる。
こうやって思いに馳せていると、どうしてかこの街をこのままにしたくないという感情が沸き上がって来る。もしかしたら、今住んでいる人達は、この感情を原動力にして前へ進んでいるのだろうか?
今後この街をどうしていきたいかというイメージから生まれた原動力――それはつまり、先ほど彼が言った『人は目標がないと前に進めない』という言葉と同じ意味合いであった。
もしかしたら彼は、私にそれを教える為にこれらの事を手伝わせているのだろうか? ……いや、多分無意識なんだろうな。
「これで全部ですか?」
「そうですね。後は力仕事専門の人達が何とかしてくれるでしょう」
「意外ですね」私は彼のその言葉に驚く。「てっきり、建設の方までやらせるのかと思いましたけど」
「おや、やっていただけるんですか?」
筋力を鍛える訓練になりそうだと一瞬思ったが、現状ではどうにもならなさそうなので丁重にお断りした。
でもまあ、今後の修行である程度力が強くなったら、少しそういう作業にも携わってみたい。せめてもの恩返しだ。
「まあ普段は僕も手伝ったりするのですが、今日からまた事情が変わってきますからね」
「事情?」
「おや、修行をしてあげるという約束をしたじゃないですか」
「!」
彼はそう告げ、ハッとする私に向けてニコりと笑った。
***
私は彼に誘導されるがまま広場の方へとやって来る。私が落下した場所でもあり、彼曰く、ここと地上を行き来することができる場所でもあるという。
そして、敷地が広い故多少暴れても問題ない場所だ。
「さて。シキさんは確か、僕の技倆がどれほどなのかって聞きましたね」
「はい。やはり、一度この眼で見ておかないことには」
「ふむ、そうですね」
数秒彼は思案する。そして――
「でもその前にシキさんの技倆を見ておきたいですね」彼はそう言い、両手をバッと広げ受け身の体勢を取る。「試しに、僕に向けて攻撃魔術を放ってみてくれませんか?」
「ふぇ!?」
急に何を言っているのでしょうか? 自分に向けて攻撃魔術を打て、と。死にたいのでしょうか? いや、私程度の力では死ぬことはないでしょうが、それでも意味不明でしかありません。
そもそも私は、初級の魔術すら使うことができなかった。両親からは「詠唱をちゃんとしろ」だの「もっとやる気をだせ」だの言われてきたのだが、それでもである。
「む、無理です。私、攻撃魔術どころか魔術そのものを使うことができなくて」
「おや、そうでしたか。でしたら妙ですね」
「妙?」
彼は顎に手をかけ、きょとんとした表情をする。
「シキさんから感じた魔術回路の魔力は、非常に良質だと感じました。故にてっきり、魔術の一つや二つは既にできているものかと」
「魔術が使えてたら、私はここにいませんよ」
「これは失礼。ですが、魔術を使用する練習はしていたのですよね? なら、試しに普段通り使おうとして見てくれませんか? 種類は問いません」
「……」納得いかない表情をしつつも、私は手を真っすぐに伸ばし、覚えている詠唱を紡ぐ。「水の精よ。我に力を与え、彼の者に小さき鉄槌を与えよ!」
紡ぐは水属性の初級攻撃魔術、私が最初に修得しようと決心した魔術だ。理由は何となく綺麗そうだったからであり、これといった深い理由はなかった。
しかし、詠唱したはいいものの結果は無に終わった。通常なら伸ばした手から水の魔力弾が放たれる筈なのに、私の手には魔力弾のまの字もなかった。
プスッとかいうかすれた音すらもない。普通なら不発どころの騒ぎじゃないだろう。
その様子を見た彼は、フフッと微笑した。
な、なんですか?
「成程、大体理解しました」
「何がですか?」ちょっと不機嫌そうな顔をする。「結局才能なんてなかったことにですか?」
「いえいえ、そうではありません」そう言い、彼は私の頭を撫でる。「私が理解したのは、シキさんの両親の教えが酷かったという事です」
いきなり頭を撫でられて驚いたが、それ以上に放たれた言葉に対して不思議に思ってしまった。
一体どういうことだろうか?
「シキさんは両親にどういった指導を受けましたか?」
「えっと……詠唱を間違えないように紡ぐこと。それと、魔力に集中すること。それだけです」
「でしょうね」
「で!?」
まるでそう答えることを予期していたかのように彼は言った。
すると彼は私の背後へと周り、左手で私の肩を、右手で私の腕をつかむ。傍から見たら変質者そのものです。
「何ですか?」
「ちょっとした豆知識を教えましょう。実は詠唱って魔術には殆ど関係なんてないんです」
「へ?」
それはおかしい、私でも理解が出来ます。私が読んだ魔術書には当然のように詠唱の事が記載されていました。
魔術にとって詠唱とは大事な物であり、該当する魔術を象徴し発動に際して必須となる文言であるのです。一字一句間違えずに、そして途切れる事の内容に紡げば、その魔術を行使することができると。
私は彼にそう伝え、それは間違っていると提示した。しかし、彼の顔色は変わらなかった。それどころか、私の言葉にただ頷くばかりだった。
「魔術を象徴しているのは間違いないですが、必須というのはちょっと言いすぎですね」
「言い過ぎ、ですか?」
「一つたとえ話をしましょう。魔術の練習をしているときの失敗例といえば、何を思い浮かべますか?」
「えっと……不発、ですか?」
彼は違う違うと言って顔を振ります。
「それも失敗例の一つですが、一番多いのは威力の低減と魔術の暴発です。ではそれの原因は何か――人々は皆いうでしょう、詠唱の失敗だと」
「違うんですか?」
「はい、私はそうに思いません。なぜなら、私が思う詠唱っていうのは、魔力のコントロールに費やす時間稼ぎのような物ですから」
「時間、稼ぎ?」
その瞬間、突然私の身体に小さな電流が走る。
チクチクッと全身を巡り走り、驚いた私は前方目掛けて大きく転ぶ。
魔術の仕業だとすぐに分かりました。やるならやるって言ってくれないと……いや、そういう意味じゃなくて! ……あれ?
「詠唱、私言いましたか?」
「……言ってない」
「はい。私がやったのは、自分の中に巡る魔術回路の魔力を、外部に押し出しただけです」微笑みながら、倒れた私をそっと起こす。「魔力の調節、これに重点を置けば、詠唱無しでの魔術行使もさることながら、如何様にも好きな魔術を行使できます」
彼の言っている事に、私は戸惑いを隠しきれなかった。
普段勉強していた筈の知識が尽く間違っているとして塗り替えされていく。この衝撃に、私の脳はついていくのをやめようとさえしていた。
そりゃそうだろう。正しいと思っていた事をすべて否定される。普通の人なら、ふざけるなと喝を入れたりするでしょうが、その時の私は何も言い返すことができなかった。
何故なら、彼の言ったことが全て、実際に今起こったことなのだから。
「ではこれから、その魔力についてを少しづつ勉強していきましょうか。貴方が星級魔術師となる第一歩、です」
落ちた少女の海洋都市《アトランティス》 室星奏 @fate0219
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