02 翌朝
「……んぅ」
空気中をゆらゆらと照らす日光が頬と瞳に触れ、ゆっくりと身体を起こす。昨日は捨てられたのが夜だったのもあり、そのまま案内されたベッドへ横になってしまったようだ。
今でも信じられない。今、私は海底に沈んだ都市に住んでいる。小魚達が窓から侵入し、私の部屋をゆらゆらと泳いでいる。呼吸は彼がかけてくれた魔術によって行えますが、ここが水中であることには変わりない様です。
隣の部屋にある洗面台まで歩き、寝ぐせでハネてしまった私の銀髪を直し、顔を洗う。ふいー、さっぱりしました。
意識がはっきりした所で、私は勢いよく部屋を飛び出し、階段を駆け下ります。微かに漂ういい匂いが鼻を通り過ぎます。朝ごはんでしょうか?
「――おや、おはようございます。シキさん」
「あ、はい、おはようございます。……朝食ですか?」
「ええ、もうすぐ出来ますので、どうぞ机の方へ」
「あ、手伝います手伝います」
厨房に置かれた料理を机上へと運び、アランさんの準備が終わるのを待つ間、窓の景色を一望する。昨日あれだけ見たというのに、未だ飽きる事のない綺麗な光景なのは、私が知る限り、未だここだけだと思います。
上を仰げば、そこは空ではなく海面が天井となって漂っている。なんとも不思議な感覚だ。
「ふふ、気に入りましたか?」
「ぁ、まあ、普通見る事が出来ない光景ですし」
「それもそうですね」
苦笑したアランさんと一緒に、椅子に座って目の前の朝食を口にする。海底なのに火が使えたり、食事が濡れないというのも彼の力の一つなのだろうか?
率直に言って、彼の力がどれほどなのか私はいまいちよく分かっていない。海底の中で呼吸が出来るようになったのは、彼の力だという事はわかっているのだが、魔術師としての腕は別に使用できる術が多いとか珍しい物とかそういうものは殆ど関係がない。
大事なのは補助魔術なら技倆、効力。攻撃魔術ならば技倆、威力。その二つによってきめられる。使用者の技倆が高ければ効力や威力も必然的に上がってくるため、最も大事なのは技倆と言っていいだろう。
対して彼、彼の技倆はどれ程の物なのか。私は全く持って知らない。
「……はほ?(あの?)」
「口に物入れたまま喋るのはダメですよ」
「ッ! ……はぁ、わ、分かってます……」
「ふふ。で、何でしょうか?」
「アランさんの魔術の技倆って、実際どれ程なのですか?」
ふむ、と思案するかのように顎へ手をやる。まあ自身の技倆を言える人なんていうものは、余程の自身家くらいだと思うし、あまり良い質問ではなかったのかもしれない。
それでも、これから私の師匠となるだろう人物。知らずにはいられないのです。
「まあ、それは私が言えた事ではありません。見てもらった方が速いです」
そりゃそうですよね。
「朝食後、さっそく広場で試すとしましょう。……それに、何も私は魔術だけという訳ではありません」
「え? それって、どういう……」
「帝国西洋ヴァームランド流剣術、帝国流弓術、それらは全て皆伝へと至っています」
「――なっ!?」
あまりに信じられない言葉に、私は思わず驚きの声を上げてしまった。驚かないと言った私の威勢は何処に行ったのでしょうか。
しかし、驚くなというのが無理な話ですよ、これは。
帝国西洋ヴァームランド流剣術。通称『西洋流剣術』。
剣術には、その西洋流剣術に加え、東洋流剣術と呼ばれる、帝国東洋ルーベニア流剣術の二つがあり、彼はその西洋流剣術の皆伝に至っているというのだ。皆伝というのは、その流派の剣術を最大限まで極め、奥義を修得した者に与えられる称号である。それを踏まえれば、いかにそれが凄い事か分かる事でしょう。
それに加え、帝国流弓術の皆伝まで持っているときたものだ。その名の通り、弓術の流派だ。帝国全土において、弓術の流派はこれ一つしかない為、剣術のように地名等は与えられていない。
――本当に何者なんでしょう。本当に人間?
「……ちなみに魔術、の方は?」
「ふふ、生憎と魔術に関しては階位を修得していないのです。最も、得意としている魔術が、門外不出の秘術だという意味もありますが」
「ひ、秘術?」
「先ほどの海底で呼吸ができるようになる補助魔術とかがそれです。攻撃系魔術は水属性系と風属性系なら全種扱える、といった所でしょうか」
「私にとっては使えるだけでもすごいというのに」
私は遂に驚く所か、あまりの馬鹿らしさに呆れてしまった。その表情を見たアランさんは、いつものように優しい笑みを浮かぶだけだった。な、なによう。
「ふふ、私の詳細を聞いた人は、やはり同じ反応するんですね」
「当たり前ですっ!」
「成程。でも大丈夫です、シキさんには素質があります。魔術回路も、今まで感じた事のない程の質を感じます。自身ではわからないでしょうが」
「魔術回路って、感じれる物なのですか?」
「魔力感知の心得を持っていれば、多少は可能ですよ」
魔術回路は、その名の通り体中に巡っている魔力を流す見えない管のような物です。魔術師はそこに魔力を貯蓄し、循環させるのが常識なのです。
見えない管と言えど、魔力を感じれる程の薄い厚さではない筈です。つくづく興味を沸かせる男です。
「アランさんは、どうしてそこまで強くなれたのですか?」
「……ふむ」
少し困ったような表情を見せながら思案する。何か不味い事でも言ったのでしょうか? まあ意訳すれば、自身の経歴を話してくださいと言っている様な物なので、疑問に思っても不思議ではないのですが。
「沈んだこの街で再び悲劇を起こさせない為……じゃ、ダメですか?」
「……いえ、素敵な理由です」
「ありがとうございます」
いえ、本当はもっと突き詰めたい程です。しかし、これ以上深入りするのはまた今度の機会にした方が良さそうです。まだ出会って1日しかたっていないのですから。
それに、自身の街の為に強くなるって、なんだかとても素敵な話じゃないですか。――それに比べ、私は一体何のために強くなろうとしたのでしょうか。
親に言われるがまま、魔術の勉強をしていた私ですが、その時私は何を思っていたのだろうか?
「アランさん」
「何でしょう?」
「強くなりたい理由って、何なんでしょうかね」
「……難しい質問ですね」
自分でも何言っているのか分からなかった。答えのない質問だという事は自分でも分かっている。
つい聞いてしまったのだ。何故、理由をパッと聞かれて、即答できるのかを。今の私には到底出来る物ではない。
――しかし、アランさんはフッと笑う。
「な、何ですか」
「貴方の理由は、貴方が決めるものです。理由を見つけるためのアドバイスなんてものも、私は思いつきません」
「……ですよね、ははは」
「しかし、それを見つけられた時、貴方は必ず強くなれるでしょう。なぜなら、人は目標……ゴールが無ければ、先へ進む事が出来ませんから」
「目標……」
食べ終えた皿を厨房へと運び、彼は迷いなくそう答える。目標、確かに想い返せば、私にはそれが無いように思えた。
魔術の勉学をする際も、それを実践する際も、全て親の言われるがままにやっていただけだった。自分が進んでやりたいと思った事じゃない。
もし自分で目指したいと思えるものが見つかったのなら、それが目標となり得るのだろうか? いや、その答えも自分で見つけるべきなんでしょうね。
「目標が無ければ、人はやる気が出ません。これの為に何かをする、その動機付けが必要なのです。しかし、今それが無くても問題ありません」
「え?」
「真の動機というのは基本、何かをするという経緯の中で生まれるものなのです。だから今貴方にできるのは、私達とこの街で生活を共にし、勉強し、その動機を少しづつ見つけていく事だと思います」
焦りは禁物、という事ですね。言うは易く行うは難し、と言うように、焦りがちな私にとっては、少し無理難題が過ぎる。
でも、今は頑張るしかないですね。
「……ありがとうございます。私、頑張ります」
「はい、応援しています。……さて、朝食食べ終えたなら、修行と同時に手伝っていただきたい事があるのですが」
「はい、何でしょうか? 私にできる事なら」
するとアランさんは、ふふっと良い笑顔をした後、隣の押し入れから、数個の石材と工具箱を引っ張り出し、目の前まで運んでくる。
一体何をするのか、全く想像できなかった。
「あの、これは?」
「工具箱と建築材ですよ。――手伝っていただきたい事。それは、この街の修理です」
初日。思った以上にハードそうです。
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