落ちた少女の海洋都市《アトランティス》

室星奏

プロローグ 落ちた先の海洋都市

 私は小さい頃、両親に海へ投げ捨てられたようだった。最後に聞いた二人の会話だけが、脳裏に焼き付いて離れない。

 そもそも私は、捨てられたという事実を信じられなかったのかもしれない。完全に信じ切ってしまったら、二度と立ち直れなくなりそうだったから。


 私が捨てられた理由、それは私でも分かりません。考えられる理由としては一つあるのですが、確信が得られたわけではありません。

 当時世界は南北戦線と呼ばれる大戦争の真っただ中であり、優秀な子供たちはみんな、兵士として戦場に駆り出されていきます。

 その戦場で成果を上げた子供とその家族は、帝国から名誉家庭として称えられるとか何とか。故に、両親はその名誉のために私を育てたのでしょうが、思うようには行かなかったんだと思います。


「……お母さん、お父さん、今何してるかな」


 さて、そうして海に投げ出された私が今どうなっているか。それを言うと、恐らく誰も信じてくれないでしょう。

 何故なら私は今、海底に沈んだ大都市で暮らしています。海底なのに空気が通っており、色んな建物が建設されています。正直、最初見た時はまずその大きさに驚いてしまった程です。

 袋ごと海へ投げ捨てられた私は沈みに沈んで、やがてこの海洋都市の広場へと降り立ちました。袋に水が入っていた為、あと少し誰かに開けられるのが遅かったら私は死んでいたと思います。


 その人はここ海洋都市の長である人物で、今では私の親代わりであり師匠でもある人物です。

 ……昔話になりますが、その時の話を少しだけ話しましょう。


 ***


「出来損ないの子供だ、なんでお前はこんな子を産んでしまうんだ」

「ごめんなさい、あなた」


 それが両親の最後の言葉であり、私が唯一覚えてる言葉でもあった。

 私は夜、寝ている内に口と手足を塞がれ、袋に詰められた状態であり、身動きが取れない状況だった。移動中に動きでもしたら怪しまれるからという理由で、ここまで徹底的にやっているのだろうが、やられた身としてはたまった物ではない。

 眼は涙で濡れていた。このあと何をされるのか分からない恐怖というのは、私と同じ立場に置かれた人ならば誰もが感じる感情だろう。


 やがて、私は身体が宙に浮くような感覚を覚え、そのまま勢いよく放り投げられました。何かに打ち付けられたような衝撃と、地中へと沈む行くような不快感。あらゆる情報が一斉に押し寄せてきて、私の頭は混乱しました。何が、何があったんだ? と何度も私に問いかけました。まあ答えなんて出るはずもありませんが。

 沈みゆく不快感がドンドンと強くなる。まだ沈む。放り投げられ、沈んでいく一瞬の間に私は海に放り投げられたんだと悟る。周囲の温度が、少しづつ下がっているように感じるのも証拠の一つだろう。まあだからといって、状況を打開する策には至らないのだが。

 寧ろそれについて考えても答えなんて出ないだろう。手足も口も縛られているのなら尚更だ、どう足掻いたって絶望を打開する事なんてできない。もし自分にそんな力があったなら、まず捨てられる事なんてないだろうから。


(……どうなるんだろう……怖いよ……)


 沈み始めてから少し時間が経過した。とても深い場所にきたのか。袋が凹みはじめ、袋の口から水が少し溢れだす。本格的に不味くなってきた。このままでは水で埋もれて窒息死は免れない。

 嫌だ、嫌だ、死にたくない。いくら懇願しても、水はどんどん溜まっていき、沈む速度も次第に速くなる。もう首元まで海水が溜まってきていた。

 袋が全身を締め付ける。もう、無理だ、このままだと、間違いなく死――。


 ズボンッ!!

 突然落下するスピードが水中とは思えない程に速くなった。空気中に落ちる石の如き速さではない物の、水中にいる時とは何とか違いが分かる程度の速さであった。何だ? 魚にでも咥えられて運ばれているのか? つまり私は窒息ではなく食われて死んじゃうのか?

 そんな迷いは杞憂に終わった。落下し始めて20秒後、ボサッと地面に着地した。一応水中だからなのか、着地した際の衝撃はそれ程でもなかった。が、これからどうした物か。袋の中には私の顔面をギリギリ覆い尽くす程にまで海水が浸水していた。


「……ぁ? と、ってるぞ?」

「――けろ、術、れる、よ!」


 袋の外から人間の声が聞こえます。おかしいですね、水中で人が会話できる物なのでしょうか? しかし、聞こえる口調はどこかそれが当たり前であるかのように感じます。


「僕がやりましょう。――海の精よ、彼の者に秘める水の力に加護を与えよ――」


 今度の声ははっきりと聞こえました。発せられた口調は何やら呪文の詠唱のように感じます。彼の者……恐らく私の事でしょうか?

 捨てられた両親の所で、魔術について勉強させられたため詠唱の意味とその原理はわかります。残念ながら、実際に扱う事は叶いませんでしたが。

 今回の場合だと、海の精――つまりは海に住まう精霊からの力を借りるという意味の一節、そして彼の者に秘める水の力と対象と属性を指定して、それに更なる力を付与するという意味合いでしょうか? 余談ですが、水・火・風の力は人間だれしも体に秘めている物であり、万能属性とも呼ばれています。


 ポワ……。

 あれ? なんだか呼吸が苦しくなくなりました。それどころか、袋の中に浸水した海水に顔を沈めても、声を発したり、呼吸をしたりすることができます。ということは、今の呪文は……そういうことなのですか? そんな魔術、色んな文献を読んできましたが、聞いたことがありません。


「大丈夫ですか?」


 パサッと袋が開けられる。眼に光が差し込み、反射的に手で遮る。何とかして目を見開けば、そこには水中に沈む広大な都市が広がっていました。周りにはいくつか人間もいれば、魚の顔をした人型生物もいます。モンスターでしょうか? 初見はトラウマ物ですよ、あれ。

 そして私の傍には、黒いコートを纏った好青年が一人。手足、口を封じられ『んーんー』言ってる私に対して、どこか良かったと思っているような表情をして安堵します。何が良かったんでしょうか、全然良くありませんよ?


 男は私を縛り付けていたロープを解き、猿轡を外します。


「はぁっ! ……はぁ……はぁ……」

「大丈夫ですか?」

「た、助かりました……ありがとうございます」


 何はどうあれ、彼は命の恩人です。感謝の言葉を述べなければなりません。

 さて、述べた後はこちらのターンですよ。


「……あの、ここは一体?」

「ここですか? 成程、やはり地上では忘れ去られているんですね」

「忘れ、去られて?」


 男はふふっと苦笑し、私の手を取って立ち上がらせる。そしてそのまま手を高らかに広げ、都市の全貌を明らかにさせてくれました。


「そのままの意味です、かつて栄えた都市にして忘れ去られた都市。……ようこそ、海洋都市アトランティスへ」

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