どざえもん

青水

どざえもん

「昨日さ、どざえもんを発見したんだ」


 と、Iが言った。


「どざえもん?」


 少しかわいらしいというか、ユーモラスな響きに、俺は首を傾げた。『どざえもん』を聞いたことはなかったが、似たような言葉は知っている。


「えーっと、あの、猫型ロボットの?」

「それは、ドラえもん」

「『ざ』と『ラ』の違いだけじゃないか」俺は言った。「だから、ドラえもんみたいなもんだろ?」

「全然違う」

「違うのか? 犬型ロボットじゃないのか、どざえもんって?」

「ドラえもんから離れろよ、お前……」


 ふうっ、と大きく息を吐き出すと、Iはどざえもんの話を始めた。


「どざえもんってのは、水死体のことだ」

「水死体って――え、死体!?」

「ああ」

「どこで見つけたんだよ!?」

「あそこの……」


 Iは指を差した。しかし、その先は教室の壁だった。


「N川だよ」


 N川はA町を分断するように流れる大きな川だ。流れが急で、なおかつ結構な深さがあるので、毎年、人が溺れ死んでいる。


「実は写真も撮ったんだ」


 と言って、Iはポケットからスマートフォンを取り出した。


「見るか?」

「水死体だろ? いやだな」


 死体を見て喜ぶ人間なんていない。――なんてことはなく、実際は結構需要があったりするらしい。


「俺さあ、どざえもんの写真をさ、ネットに上げたんだよ」

「おいおい」


 俺は呆れた。

 下手をすれば炎上しかねない。死者に対する冒涜だ、というつもりはないが、ネットリテラシーに欠けているな、とは思う。


「そしたら、バズったんだよ」


 嬉しそうにスマートフォンの画面を見せつけてきた。

 俺は一瞬だけ見て、目を逸らした。水死体の画像をはっきりと認識する前に。『いいね』の5桁の数字がちらりと見えた。バズったというのは確かだろう。


「まあ、炎上もしたけどな。俺を叩くコメントもたくさん来てる」


 しかし、Iはやはり嬉しそうだった。

『叩かれる』というのは=『注目されている』ということだ。良くも悪くも。誰からも注目されない構われないよりかは、ネガティブな意見でもコメントがきたほうがいいのだろう。俺にはよくわからない感覚だ。


「なあ、放課後、どざえもん見に行こうぜ」


 Iが誘ってきた。


「見に行くって……まだ、警察に通報してないのか?」

「するわけないだろ。どうして、そんな面倒なことをしなきゃいけないんだよ」


 どうして、そんな面倒なことをしなきゃいけないんだよ? 普通、死体を発見したら、警察に通報するだろうよ。

 俺の考えが間違っているのか――いや、間違っているのは、Iのほうだろう。

 俺は小さくため息をつくと言った。


「わかった。見に行こう」


 ◇


 放課後。

 俺は約束通り、Iの案内でどざえもんを見に行った。橋の下――暗い影が覆っているところにどざえもんはいた。あった、と表現したほうが正しいか。

 この辺りは雑草が高く茂っていて、人が立ち入ることは滅多になさそうだ。だからこそ、今だどざえもんの存在が世間に露呈していない。


「うっ、これが……」


 俺はすぐに目を背けた。

 腐敗したような、独特のにおいが鼻を刺激する。気分が悪くなる。吐きそうになったが、それはなんとか耐えた。しかし、Iは全く平気そうだった。


「どざえもんとツーショットの写真撮ってネットにあげたら、炎上するかな?」


 けらけら、とのんきに笑いながらIが言った。冗談のような口調だが、彼なら本当にそれをしかねない。


「炎上するに決まってるだろ。やめとけよ」


 そう言うと、俺はスマートフォンを取り出した。


「お、写真撮るのか?」

「違うよ」と俺は否定した。「警察に通報するんだよ」

「はあ? 何言ってんだよ、お前?」

「お前こそ、これをずっとこのままにしておくつもりか?」

「とりあえずは」

「とりあえずはって……」

「いいだろ。俺が見つけたんだから、このどざえもんの所有権は俺にある。警察に通報したらただじゃおかないぞ」


 Iの脅迫ともとれる言葉を無視して、俺は110を押した。

 すると――。


「やめろ!」


 叫び、Iがおれのスマートフォンを奪い取ろうとした。俺は必死に抵抗する。Iは本気だ。じゃれ合いなんかじゃない。

 Iは俺と秘密を共有したかったのか。あるいは、非日常を自慢したかったのかもしれない。しかし、俺の価値観は奴とはまるで違う。相手が自分と同じ価値観を持っていると、そう思ったのか……?

 激闘の末。


「あっ」


 バランスを崩した俺は、川にある大きな石にぶつかった。後頭部が熱くなって、意識が遠のいていく。川の水が口の中に入ってくる――。


「が、がっ……」


 そんな俺を、Iは助けようとはしなかった。

 意識が………消え…………。

 …………。

 ………。

 ……。

 …。

 。


 ◇


『遺体とツーショットの写真をSNSにあげた少年逮捕』


 A県A町に住む少年Iは、同級生であるOを、二人が通う高校の近くにあるN川にて殺害し、その後、水死体となったOとのツーショット写真をSNSにアップした。当然のことながら、彼のSNSは炎上し、そのことによって事件が発覚した。Iは警察の取り調べに対し、「自分はOを殺していない。あれは事故だった」と述べている。SNSにツーショット写真をアップしたことに関しては、「注目されたかったからアップした」などと述べている。


 また、事件現場には水死体がもう一つあった。死後、数日が経ったものと思われ、身元はまだ明らかになっていない。警察はこの死体とIの関係性を調べている――。


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どざえもん 青水 @Aomizu

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