第6話 おわり

「つっかれたぁ」


 大勢の人が踏んできた芝生に、大の字でカルタは寝転がった。芝生の葉がチクチクと素肌にあたったが、これぐらいであれば返って気持ちがよかった。


「戦争にでも行ったのか?」


 カルタのとても鬼ごっこをしていたとは思えないボロボロな姿をみて、ジョーが質問をした。ジョーだけまだ、彼が草むらに切り付けられたことを聞かされていなかった。


「なわけ。木平にやられた」


「さすがに暴力はまずいだろ」


「違うよ。カルタの自爆」


 木平は事のあらましを伝えた。録音作戦の事、それに引っ掛かり尻餅をついたカルタのことを。


「だっせぇ~」


 阿翔はカルタを指しながら大笑いした。必死で逃げようとした結果なのだが、その姿と話だけを聞けば滑稽に思えてしまうのは仕方がないだろう。


「うるせぇな。俺に追いつけなかったくせに」


「それはそれだ」


 集合して飲み物を補給しながら、四人は鬼ごっこで起きた内容をそれぞれ話し合った。今回はそれぞれ満遍なく走ったため、話が弾んで仕方がなかった。


「みんな本気すぎだろ」


 全部の話を聞いて、カルタは素直に感じたことを述べた。自分だけでなく全員が本気で鬼ごっこをしていた。それが自分で言った罰ゲームが原因だということを、あまり理解はしていなさそうだ。


「ジョーが騙してきたのは、軽く引いたわ」


「騙される方が悪い」


 表情を変えず、悪いことなどしなかったような態度だ。正々堂々がもっとうのジョーからは、想像しにくいことだった。


「そんなに罰ゲームしたくなかったんだな」


 カルタの能天気な発言を受け、すぐに三人は口を閉じた。あまりその話題を掘り下げたくはないらしい。


 しかし、木平だけはカルタの追及から逃れることはできなかった。


「おい、木平。誰なんだよ、好きなやつって」


「告白するのが罰ゲームだろ。言うことは含まれてない。黙秘権を主張する」


 カルタから視線を外して口を閉じたが、すぐに言いくるめられてしまう。


「いや、相手が分かんなかったら告白したかどうかわかんないじゃん」


「……確かに」


「うわ、木平がカルタに負けた」


木平がアホのカルタにぐうの音も出ないことなど一度もなかった。いつも正論をぶつけて論破してきた。けど今回は、敗者であることが木平を弱気にさせているようだ。


「はやくいえって」


恋に関する話題は、カルタの大好物だった。しかし、今までは周りがあまり表に出さないタイプなのでしたことがなかった。そのためか、思春期の女子のように目を輝かせていた。


「え~」


「言えって」


カルタが煽るのを他の二人はただ見ているだけだった。けれど、内心は木平の好きな相手が誰か、すぐにでも聞き出したい気持だった。


「あんまし言うなよ。はぁ……、C組の吉岡だよ」


「え、それって」


最初に反応したのは、意外にもカルタではなく阿翔だった。これにはある理由があった。


「C組の吉岡って、阿翔の元カノじゃね?」


それに気がついたカルタが間髪言わずに、言い放った。デリカシーのないやつである。


「知らん」


情報を得たはずだが、ジョーはその子を知らなかった。高校では有名な子なのだが、他人に興味がなさすぎである。


「よりによって、麗奈かよ」


吉岡麗奈。高校の文化祭で行われたミスを決める大会で優勝をした、モデル級に容姿の整った女子生徒だ。そして、阿翔は以前に交際をしていたことがあった。さらに、阿翔の思い人、間野瞳をいじめていた超本人である。


「だから言いたくなかったんだよ」


友人の元恋人を好きというのが、なんとなく恥ずかしくてあまり知られたくはなかったのだ。


「なんで好きなん?」


「言っておくけど、あいつ性格最悪だぞ」


執拗な取り調べに対し、木平は大人しく喋ることにした。自分の好みがバレるので、このこともあまり言いふらしたくはなかった。


「顔だよ、顔」


彼はいわゆる面食いというやつだった。性格よりも、顔の整い具合を重視する。皆には伝えていないが、密かに芸能人やアイドルのファンクラブに所属していた。


「顔かよ」


「まあ、顔とスタイルがいいことは保証するけど」


「あんましそういうこと言うなよ」


阿翔のおこぼれを貰っているみたいで、彼女を好きな自分が嫌いだった。けれど、胸に秘めた好みは変えられず、顔のいい吉岡にずっと思いをはせていた。


「あと、あいつマグロだし」


「だからそういうディープな話をするなよな」


平然と言ってのける阿翔に比べ、木平は珍しく顔を赤らめていた。女性に免疫がないわけではないが、理想が高すぎる故に交際経験はなかった。なので、こういった恋の話はあまり慣れていないのだ。


「むっつりすけべ~」


たじろぐ木平に四方八方から言葉の矢が飛んできた。いつもならいじられるのはカルタのポジションなのだが、今日は立場が逆転していた。


そんなたわいもない話をしながら、彼らは笑いあった。夜中の2時近くになっても、飽きずにしゃべり込んでいた。


そして会話がひと段落し、いったん四人の会話が途切れた。こうなれば、木平が帰りを切り出すかのがいつもだ。


けれど、木平どころか全員が帰る気配すら出さなかった。それぞれ明日の部活やバイトのために、はやく家に帰って眠りたいところだ。しかし、帰らなかった。帰りたくなかったのだ。


口を開いたのは、おしゃべりなカルタではなく、ジョーだった。時間がとまったような空気のなか、静かに言葉を投げ込んだ。


「木平。お前本当にいなくなっちまうのか?」


曇りのない瞳で、真っすぐ木平をみつめた。それに同調し、他の二人も目線を木平に映した。


「そうだよ。もう、引っ越しの準備してるし」


板前木平は、この夏この町を出ていく。父親の転勤だった。隣のまた隣の県に引っ越すのだ。当然、転校も余儀なくされる。


これが、木平の負けられない理由だった。


 転校となれば皆とは離れ離れになる。そうなればこの恒例の鬼ごっこもできなくなる。つまり、最後の鬼ごっこだったのだ。だから、負けたまま終わりたくなかった。次で勝ちたくても、木平にはその次が消えてしまったのだ。


 不思議とセミの鳴き声が収まっていた。セミと同様に彼らもまた、思いつめた表情でただ黙っていた。


「ずっとここにいたい」


 切なる思いだった。性格もてんでばらばらで時に衝突することもあったが、木平はこの公園で行われる鬼ごっこを何よりも楽しみにしていた。


「永遠に会えなくなるわけじゃないだろ? 連絡だってとるし」


 阿翔は慰めの言葉をかけた。そんな彼も、木平と別れたくないと切に願っている。


「だけど、忘れちゃうだろ? 俺の事」


 木平に瞼にはわずかに涙がたまっていた。友人の前で泣くものかと、必死でせき止めていた。


 声を掛けようとするも、涙を見せる友人にどう声を掛ければいいか分からない様子だった。そんな中、答えたのはカルタだった。


「忘れられるわけない。こんな鬼ごっこ真面目にやってる奴らのこと」


 彼も辛いはずだ。あと数日で別れがきてしまうのだ。けれど、前向きに考えている。そうすれば、いつだって会えるような気がしたから。


「お前はいけすかねぇ奴だ」


 カルタの次の声をかけたのは阿翔だった。


「ここにきて文句かよ」


「ちげぇよ。いけすかねえ奴だから、忘れねぇんだよ。鬼ごっこ、誘ってくれて本当に感謝してる」


 どれだけ女と遊ぼうとも、どれだけボールを蹴ろうとも、煮え切らない自分のことが大嫌いだった。そんな自分を夢中にさせてくれた鬼ごっこを、一緒に走った仲間を忘れるわけはなかった。


「おいジョーもなんか言えよ。このままだと、木平泣いちゃうぞ」


 会い変わらずカルタのデリカシーは欠如していた。けれど、そんないつも通りのやりとりが、木平には心地よかった。


「じゃあ、一言だけ。お前も俺たちを忘れるなよ」


 落ち着いたジョーの声が、妙に木平の心に刺さった。


 木平が別れを惜しむように、彼らもまた悲しんでいる。自分が忘れられたくないと思うように、彼らもまた同じだと。


 青春の時は、光の速さで消えていく。人生という長い旅路の中で、高校の期間はちっぽけなものだ。


 しかし、青春を謳歌したことを忘れない限り、彼らの青春は終わらない。


 木に隠れているセミたちは、七日間でその命の灯は消えてしまう。けれど、人々はセミを忘れない。毎年、夏になればセミの鳴き声を思い出す。


 そして、鳴き声を聞けば思い出も呼び起こされる。来年の夏、虫の鳴き声を聞けば、汗だくになって公園をかけ回ったことをおもいだす。


 冬になって雪が降れば、大雪の中風邪をひきながら走り抜けた事を思い出す。


 春も秋も、彼らの青春は何度も何度も、思い出しては咲き誇る。


「もちろん」


 木平は誓った。この先何があろうと、今日のことは記憶のなかに刻み込んだままにすると。


「よし、しんみりするのはおしまいだ。帰ろうぜ」


 思い出を刻み込むと、阿翔の声を合図に家へ帰ろうという空気になった。

 しかし、一人だけ様子がおかしいものがいた。


「タッチ」


 他の三人は意表を突かれた。一人だけ汗のかいていないジョーが、木平の方に手を触れた。


「どうした、ジョー」


 タッチをしたジョーは、すぐさま木平と距離をとった。何の説明もなく、ただ逃げ出した。


 それを見たカルタは、黄色い歯が見えるほどにやっと笑いながら、同じように木平と距離をとった。


「鬼さんこちら、手を鳴る方へ」


 得意のオーバーアクションで手を鳴らして、木平を挑発した。


「もうやらないよ。疲れたし」


「俺もやんねぇよ」


 阿翔もへとへとなようで、二人には便乗しなかった。


「また罰ゲーム考えるぞ~」


「まだ懲りてないのか」


 ジョーとカルタは、そういって芝生を自由に走っていった。後半は走っていないジョーはともかく、カルタは本当に化け物じみた体力をしている。


「元気だな、あいつら」


「馬鹿なんだよ」


 阿翔と木平は苦笑いしながら、視線を合わせた。数秒固まったままいると、突然木平が動き出した。


 阿翔に向かって槍のように手を伸ばした。しかしその動きは読まれていたようで、体をひねった阿翔によけられてしまう。


「甘いんだよ」


「今度は捕まえる」


 阿翔は下ベロを出して、さっそうとジョーたちの元へと走り出した。体の痛みが消えたわけではないが、不思議と体は軽かった。さっきのリベンジだと思い、木平も追いかけていく。


 彼らもまた、馬鹿の一人なのだ。


 馬鹿な男たちは、はたから見れば理解できないことをよくする。夜の公園で近所迷惑でも、大声を出しながら走り回っていく。恥ともとれる彼らの行動は、一瞬で終わる青春を必死で生きているからこそのもかもしれない。


「お、本気になった」


「そうこなくてはつまらない」


「やっべ、やっぱきついかも」


「大人しく掴まれ~」


 ルールも関係なく、ただただ走り続けた。体力が尽きようとも、誰も走ることをやめない。


 彼らの青臭い夏が、再び動き出したのだった。

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マジごっこ 高見南純平 @fangfangfanh0608

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