最終話 先輩からの言葉

 センターに小包を一つ取りに行き、戻ってくると、入口の開け放たれたドアの内側に天狗のお面の青年がいた。


「待ってたよ。君がこのドアを開けっ放しでいたから、外に出られなかったんだ」


「あぁ、そうだっけ」


 面倒な設定だな。


「で、204号室にお届け物かい?」


「いや、実はさっきはちゃんと見てなくて、正確には『104号室 えんぷてぃ様方 ぎざ様』だったんだ」


 様方。

 同じ住所の中の、世帯主と違う名前の人に送る際に使われる。

 104号室に、204号室のぎざさんが存在するということ、それは何を意味しているのか。


「……なるほどね。行こう。104号室だ」



 104号室のえんぷてぃ様のドアは、少し開いていた。

「俺にはお手上げだ。君に任せた」

 開いている扉には入れないんだっけか。


 一応、インターホンを鳴らす。


「いらっしゃい。待ってたよ」


 中から出てきたのは、男性だった。

「えーと、ぎざ様、ですか?」


「いいや、違うよ」


 と、言うことは、彼が104号室の住人、えんぷてぃ様ということか。

「ぎざ様はいらっしゃいますか? この荷物を」

「あぁ、早速使わせてもらうよ」


 えんぷてぃ氏がダンボールを開けると、中から4、50センチほどの大きさのものが出てきた。

 これは……、折りたたみ式のハシゴ?


「見せてあげるよ。いらっしゃい」


 玄関から中に入った。

 入口にはサッカーボールと銃が飾ってある。モデルガン、だよな?


 リビングには、とても大きいテレビがあった。50インチくらいだろうか。

 しかし、そのテレビと同じか、ひと回り大きい穴が、天井に空いていた。


「これは……?」


「ぎざくんが落ちてきた穴だよ。大量のあきかんと一緒にね」

 階段を踏み抜いてしまった時を思い出した。階段が自分の体重で穴が空くくらいだ。大量のあきかんで穴が空いても不思議ではない、のだろうか。


「そう言えば、缶詰めの配達を定期的にしているけれど、缶詰めのごみ捨てはやってないからね。あの部屋は完全な密室だから、俺が出さない限り、あきかんは溜まる一方だったんだろうね」


 玄関の外で天狗のお面の青年はけらけらと笑った。

 扉を開けておいたので、声だけは聞こえた。


 天井に開いた大穴を見た。木が腐っていたとしても、アパートの床が抜けるものか。木が完全に折れてしまっている。

 こうなるまで放っておくとは。床に穴が空いてしまうほどの大量のあきかん。天狗のお面の青年は、配達するために中に入った時に気付くべきだったのではないだろうか。誰かが片付けなければならないと。

 それはもちろん、当事者であるぎざ氏にも言えることなのだが。


「天井から人とあきかんが落ちてきて、無事だったんですか?」

 104号室の住人、えんぷてぃ氏に聞く。


「あぁ、ちょうどサッカーの試合を見ていて、テレビにかじりついていたからね。机の上に彼が落ちてきた音を背中に聞こえたような聞こえてないような。ちょうどいいところだったから、見終わってから振り向いたら、見たことの無い人が倒れているじゃないか。天井の穴から察するに、上の階の住人だろうなと当たりをつけた。そうしたら、彼は私の部屋の押し入れにこもってしまったんだ。ほら」


 彼が指で差した方向にクローゼットがあった。あの中にぎざ氏がいるのだろうか。


「彼の部屋は入口が無い。この穴から戻ってもらうより他ないからね。A〇azonでハシゴを特急便で頼んだというわけさ。サッカーのおかげで九死に一生を得たよ。やはりサッカーは最高のスポーツだ。そう思わないか。思わないかな。そうか」


 えんぷてぃ氏はモデルガンの手入れを始めた。そろそろお暇をした方がいいかもしれない。そう予感が告げていた。


 ぎざ氏もいつまでも彼の家に上がり込んで無事でいられるはずもないので、一度部屋をリフォームし直した方がいいだろう。床を頑丈なものに変えるか、せめて扉だけでも開くようにするとか。


「お邪魔しました。失礼します」

 104号室から出た。天狗のお面の青年は外で待っていたようだ。


「おつかれさま。配達は完了したかな」

「あぁ。なんとかね」


「彼の部屋は密室では無くなったようだし、俺の出番は終わりかな。いつまでもひと所にいるような性分でもないし、そろそろ引っ越しでもしようかな」


「え。今後、『ぎざ様』宛の荷物はどうしたらいいの」


「それは、君が配達するんだよ。これからは君が俺の代わりに届けるんだ。密室専門、クローズド・デリバリー! 大丈夫。あの部屋は出入り自由だから」


 出入り自由、ではないだろう。他人の部屋を経由しなくてはならないのだから。1階の部屋だから、階段を上がらなくてもいいのは嬉しいけれど。


「もし床が直されちゃったら、どうすればいいんだよ。あそこは完全な密室なんだろう?」


「密室は、開ければいいじゃないか。ドアを解体するなり、シャッターを取り外すなり、壁に穴を開けるなり。密室は密室のままにしなければならない、なんて法律はない。それはもちろん、当事者のぎざさんも分かっているはずだよ」


 確かに。

 完全な密室なのに、A〇azonを頼むのがおかしい。


「きっと、彼は閉ざしたドアを破って欲しかったんだよ。その心のドアを蹴破って、元気を届けて欲しかったのさ」


 それなのに、ドアを蹴破らずに侵入できてしまう変な能力を持つ密室専門の怪しい天狗男がやってきてしまったわけか。

 災難だな。


「今ひどいこと考えたでしょ? 最初は心が開いていたけれど、俺の怪しさが、胡散臭さが君の心の扉を固く閉めさせたようだね。都合がいいね。やっぱり、こうじゃなくちゃ」

 彼は心なしか、嬉しそうに笑う。


 心の扉?

 まさか、物理的な扉だけでなく、心の中までも侵入できるというのか。


 心を閉めたとしても、彼の能力は防ぐことが出来ない。

 むしろ、より簡単に、侵入はいられてしまう。


「たとえ入れなくても、声は聞こえるだろうから、インターホンを押して、声を届けてあげてくれ」


 天狗のお面をつけ直し、閉じた玄関の扉をすり抜けて、彼はこちらに背を向けて歩き出した。


 彼が居なくなったあとは、自分が配達しなければならないのか。このまるで異世界のような、不思議なアパートに。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


先輩の話はよく聞くもんだぜ。じゃ、邪魔者は退散しようかな。よろしくね、二代目密室専門配達員クローズド・デリバリーさん」






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クローズド・デリバリー ぎざ @gizazig

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