第3話 出入可能な密室

「中に入れないんだよ。どうしてだろう」

 天狗のお面の青年は神妙な顔をして当たり前なことを言う。


「そりゃそうでしょう? ドアが溶接されてる玄関なんて、入れるわけが無い」


 青年は目を丸くした。

「あぁ、そうか。説明がまだだったね。俺は君たちとは逆なんだよ。特殊能力、とでも言えばいいのかな。『密室』ならどこでも入れるんだけど、『密室じゃない』と移動できないんだ」


「は?」


「君の車、カギを開ける前に俺が乗り込めたのは、あの車が『密室』だったからなんだ。このアパートの玄関も閉まっていたから入れた。俺は密室専門の宅配員だけど、言ってしまえば『密室しか宅配できない宅配員』なのさ」


 どういうことだろう。

 閉まっている扉に入れるけれど、開いている扉には入れないってこと?

 ……何を言っているんだろう。天狗のお面の怪しさが正しく見えてきた。


「まぁ、言うより見せた方が早いか」


 青年は、隣の部屋のドアを指さした。


「ちょっとさ、このドアを開けてみてよ」


 203号室。

 隣のドアは溶接されてなどいない。普通のドアだ。

 ドアは施錠されていた。

 そりゃそうだ。よっぽど友人を招く時じゃない限り、アパートのドアを開けっ放しにする必要は無い。


「カギがかかっていただろう? じゃあ、ちょっと待っててね」


 目を一瞬離したら、青年の姿が消えていた。どこにいった? 廊下を見渡しても誰もいない。一、二分後、彼は頭陀袋を首から下げて再び姿を現した。


「はい。隣の部屋からとりあえず目に付いた荷物を持ってきたよ。俺がこの部屋に出入りできた証拠だろう?」


「そんなこと言われても、その頭陀袋がその部屋の荷物かどうかなんて、分からないよ」


 頭陀袋には何かが入っていて、膨らんでいた。それは、外から見ても分かるくらい、青白く光った。中の物体の輪郭が朧気で、それらは明滅し、見ているだけで生気を吸われそうな薄ら寒さが感じられた。


「まぁ、そうなんだけどさ」

 密室に入ることができるのが彼だけである以上、その頭陀袋を持ってくる行為が証拠にはならないことは青年にも分かっていたらしく、すぐにどこかに姿を消し、頭陀袋を置いてきたようだ。


「ま、わかる人はわかるよ」


「?」


「重要なのは、さ。隣の部屋のドアは閉まっていただろう? つまり、204と隣の203は繋がっていない、ということなんだ。向こう隣の部屋のドアも確認してみよう」


 頭陀袋を取り出したのは203号室。205号室のドアも閉まっていたが、同じことになるので彼は何も取り出さなかった。


「ふむふむ。204号室は『密室ではない』のに、203号室と205号室は『密室』なのか」


「どういうことですか?」


 うーん。話して伝わるかは分からないけれど、と青年は言う。


「もう少し詳しい制約もあるけれど、扉が閉まっていれば、俺はその中に入ることが出来る。だからこそ反対に、中に入ることが出来ない空間は『密室ではない』ことになるんだ。203号室と205号室の中には入ることが出来た。故に『密室』。この溶接されたドアの向こうは、確実に『密室ではない』。どこかから出入りできるはずだ」


 そして自分の方を指さした。

「密室ではないのなら、君が配達することができるってことだぜ」


 何を馬鹿な。

 外見上何も変わっていない。

 ドアは今も、外部を拒絶したままだ。


「普通に考えれば裏のベランダのシャッターが開いたんじゃないかな?」


「いや、あのシャッターは近づいてみればわかるけど、外側から釘で打ち付けてあるから、中からどうのこうのはできない構造だよ。あの釘を抜いて、シャッターを開けるのは至難の業だと思う」


 なんという徹底ぶりだろうか。

 そこまでして自分の部屋を密室にしてなんの意味があるのか。いや、意味などないのかもしれない。



 その時、先輩から電話がかかってきた。

「すまん。一つ追加で持って行ってくれないか。アパートメント狐に、荷物を一つ、大至急だ!」


 電話を切ったあと、送られてきたメールを確認して、ぎょっとした。


 宛先はなんと、『ぎざ様』だった。

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