第54話 書籍発売記念SS ディライアのお茶会

「招待状

 お父さまへ

 このたび、お庭でお茶会を開催するはこびとなりました。

 お母さまといっしょに出席をお待ちしています。」


 愛娘から受け取った招待状を一読したアレックスは、その成長をしみじみと感じた。

 ついこの間まで赤ん坊で、アレックスの腕の中に抱かれていたというのに。子供の成長は早く、娘ディライアは五歳になった。


 最近身近な人たちの真似をしたがるのだと、エリーゼが言っていたのを思い出す。

 今回のお茶会もその一環なのだろう。娘に「招待ありがとう。出席する」と返事をすれば「当日はおめかししてきてね」と嬉しそうに飛び跳ねて喜んでいた。

 その様子を見守りながらアレックスはエリーゼと微笑み合った。


 当日、アレックスはいつもの出勤スタイルではなく、クラヴァッドを巻きつけ、外出用の上着を身に着けた。お腹の大きなエリーゼはゆったりとした衣服だが、客人の前に出ても失礼に当たらない意匠のものに着替えてある。


「お父さま、お母さま。本日はようこそいらっしゃいました」


 屋敷のテラスにはテーブル席が設えられ、夫婦で赴くとすでに待機していたディライアが立ち上がり、スカートの裾を持ち片足を後ろに引き礼を取った。


「本日はお招きありがとうございます」

「ありがとう、ディライア嬢」


 エリーゼとアレックスが少々かしこまった口調で挨拶を述べると、ディライアはくすぐったそうに笑った。

 彼女もまた、今日は上等な衣服に髪の毛もきれいに編み込み、おめかしをしている。


「さあさ、お座りください。赤ちゃんはお母さまのお腹から出てきたあとに改めて招待しますわね」

 夫婦そろって着席したところで、ディライアがお茶を勧めてくる。


「お父さま、お母さま、本日用意したお茶を紹介しますわ。四種類のお茶を用意しました。まずは、紅茶です。これは……リンツハーグ社の、春積みのものを。それから……えっと、アプリコットブレンドと……」


 ディライアは、うーんと考え込む。どうやら銘柄を忘れてしまったらしい。一生懸命思い出そうとしたが、音を上げたのか、背後に佇む侍女を見上げた。


「それからローズブレンドと、エルダーフラワーとミントのブレンドですわ」

「そう、それ!」


 侍女の助け舟にディライアが満面の笑みで叫んだ。

 アレックスとエリーゼはそれぞれお茶を頼んだ。実際にお茶の準備をするのは侍女の役割だ。彼女たちがテーブルの上にお菓子を準備し始める。

 お菓子は複数種類。タルトや焼き菓子、果実などが並んでいる。


「今日のタルトは、お父さまの好きなレモンとオレンジのタルトにしました。お母さまにはレモンカードを挟んだクッキーを用意しました。ちなみにレモンカードを挟んだのはわたしよ」


 ディライアが得意そうに胸を張る。


「ありがとう、ディライア。とても美味しそう」

「えへへ」


 褒められると気取った所作からとたんに年相応の反応に戻るのがなんとも愛らしい。

 ディライアは侍女や料理番たちとお茶会のメニューを決めた時の話を始めた。エリーゼがにこにこ顔で聞いている。アレックスはエリーゼとディライアが笑っているだけで胸がいっぱいになる。


 最愛の妻と娘に囲まれて、とても満ち足りている。エリーゼが運んできてくれた幸せだ。

 やがて、ポットが到着し、ディライアが「わたしがカップにお茶を注いであげますわ」と立ち上がる。


「ディーア、わたしもお手伝いするわ」


 エリーゼが思わず口を挟む。ポットは子供には少々重たく、熱いお茶が万が一にもかかってしまったら、との懸念があるのだろう。


「奥様、ディライア様と一緒にわたくしがお持ちしますわ」

「そうよ。お母様は今日はお客様なの」


 侍女が控えめに口を開いた。ディライアと侍女たちの間であらかじめ役割を決めていたのだろう。ディライアも同じく主張し、エリーゼは己の侍女を見つめたあと「わかったわ」と引き下がった。


 ティーポットを持つのは侍女で、ディライアは彼女の手の上に重ねるだけだった。

 それでもディライアは満足そうに瞳を細めている。


「はい。どうぞ、お父さま、お母さま」

「ありがとう」


 二人、それぞれ礼を言い、お菓子を取り分けた。

 二人目の子を腹に宿しているエリーゼは、一時期食を細くしていたが、最近では食欲を復活させている。ディライアを宿した時はアレックスも初めてのことで大層心配したが、二人目の今回は、前回の経験があるため取り乱すことはなかった。


 レモンカードは彼女が妊娠中好んで食べていたのをディライアも知っているのだろう。


「ディライアが作ってくれたからとっても美味しいわ」

「えへへ」

「お父さま、タルトのお味はいかが?」

「ああ。美味しいよ、ディライア」

「料理番が腕によりをかけたのですわ」

「ディライアも一口食べるか?」


 アレックスがフォークを彼女の口元に運ぶ。すると彼女はあーんと口を開いた。


「ああっ。お父さまったら、だめじゃない。今日のわたしは淑女なのよ」

 いつもの癖で父に食べさせてもらったディライアは頬を膨らませた。


「大丈夫だ。エリーゼもこうして食べている」

「まったく。お父さまとお母さまは万年新婚さんなんですから」


 ディライアがふう、とため息交じりに言うと、エリーゼがアレックスにもの言いたげな視線を送ってきた。


「仲のいい夫婦はこうして物を食べさせ合うんだ」

 アレックスは昔ブラッドリーに教わった知識を娘に披露する。

「じゃあわたしもいつか結婚したら旦那様からあーんってしてもらうの? お母さま」

「ええと……」


 エリーゼはなんて答えたものか、と口を濁している。

 アレックスはといえば……。


「だめだ。ディライアは当分嫁に行くな」


 気がつけば顔を蒼白にして娘に向かって勢いよく訴えていた。可愛い娘はまだ五歳。将来のことを考えるなど早すぎる。それでなくても、娘の近くには大きな虫がいるのだ。しかもアレックスよりも身分が上というのだから質が悪い。


「ええ~」

 父の想いなどまるで感知しない娘は不満そうに頬を膨らませている。


「まあまあ、アレックス」

 柔らかな日差しの下で、家族のお茶会は和やかに続いたのだった。


☆**☆☆**☆あとがき☆**☆☆**☆

書籍化記念SSラストはエリーゼとアレックスの娘、ディライアのお話です。

ちなみに書籍版では、ブラッドリーとブリギッタの息子も登場して、ディライアを巡ってアレックスと火花を散らしております。


紙書籍・電子版とも無事に発売となりました。

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