後編

 君も……。今、君もって言った?

 それじゃあもしかしてこのお姉さんにも、あのモヤの怪物が見えているの?


 突然の事に混乱していると、お姉さんの隣。倒れていた怪物が、ヨロヨロと起き上がってくるのが視界に入った。


「横、横を見てください!」

「ん。ああ、そうだね。むう、話くらいゆっくりさせてもらいたいのに、無粋なやつめ。仕方がない、先に片付けちゃおう……浄!」


 凛とした声と共に、彼女はモヤに向かって人差し指を向ける。

 するとどうだろう。伸ばした指先がぽわっと光ったかと思うと、それは徐々に明るさを増していって。立ち上がった怪物を、光が包み込んだ。


 え、え、ええっ!? いったい何が起きているの? 


 でもビックリはしたけど、不思議と怖いという気持ちはわいてこなくて。むしろ輝く光は、とても穏やかなものに感じられた。

 そしてお姉さんは光を放つかたわら、わたしに話しかけてくる。


「お嬢ちゃん、君はコイツの正体が何なのか知ってる?」

「えっと……ごめんなさい、わかりません。首無し地蔵にまとわりついてたモヤが化けたんですけど」

「首無し地蔵か。ずいぶんな名前をつけられたものね。単に地震で倒れた再に首が取れて、修理できずにいるだけのお地蔵さまだっていうのに」

「へ?」


 不気味なお地蔵さまだって思っていたのに、真相はそんなものなの?

 でも待って。それじゃああのモヤは? 今光の中にいる怪物はいったい。


「あれはね、人の思いが集まって生まれたものなんだよ。首無し地蔵なんて言うと、怖いイメージがわきがちでしょ。不気味だ、近づくと呪われるんじゃないかっていう悪い思いがたまっていくと、コイツのようなモノノケが生まれることがあるの。けど、もう大丈夫だから」


 その言葉通り、光に包まれた怪物は徐々に小さくなっていって。

 やがてはじめから何もいなかったみたいに、細かい粒になって四散した。


 すごい。これって、お姉さんがやったんだよね。

 ポカンと口を開けながらお姉さんに目を向けると、向こうもわたしを見て微笑んだ。


「さあ、これで浄化完了。ところで君……」

「あ、見つけたぞ転校生!」


 お姉さんが何か言いかけたけど、飛んできた怒声がそれを遮る。

 声のした方に目を向けると……いけない、ケンタくんたちだ。


 田んぼの向こうから走ってきた彼らは怒りで顔を真っ赤にしながら、わたしに言いよってくる。


「さっきはよくも突き飛ばしてくれたな。謝りもしないで逃げるなんて、最低だな!」

「ご、ごめん。けどあの時はモヤが襲ってきたから仕方なく」

「また訳のわかんない事言いやがって。おい、やっちまおうぜ」


 やっぱり、分かってはくれなかった。

 どうしよう。きっとケンタくんたち、相手が女子だからって容赦してはくれない。せっかくモヤから逃れられたのに!


 だけど怯えていると、お姉さんがわたしとケンタくんたちの間に立った。


「はいそこまで。君たちねえ、女の子をよってたかっていじめるなんて、男子のすることじゃないよ」


 助けてくれるの?

 救世主の登場にわたしはホッとして、逆にケンタくんたちはいきなり話に入ってきた大人を見て、バツの悪そうな顔になる。

 が、それも一瞬。すぐにさっきの勢いを取り戻した。


「なんだよ、あんたは関係ないだろ」

「そうだそうだ。俺たちはそいつに用があるんだ」


 相手が大人でも、態度を変えようとしない。これにはお姉さんも、困った顔をする。


「そう言わずに、ここはあたしに免じて穏便に……」

「うるせえなあ。引っ込んでろよオバサン!」

「オバ……」


 まるで聞く耳を持ってくれないケンタくん。

 だけど『オバサン』って口にした瞬間、辺りの空気が凍った。


「ふっ……ふふふ。言うことを聞いてはくれないか。なら仕方がない、どうやら教育的指導が必要みたいだね」


 お姉さんはそう言ってニッコリと笑ったけど、目は全然笑っていなくて。

 モヤの怪物に襲われた時よりもずっとずっとゾクゾクする何かが、全身を駆け抜けた……。



 ◇◆◇◆



 それからはもう大変だった。

 お姉さんの言う教育的指導。それは厳しくて激しくて恐ろしくて、とても文章にできるものじゃありませんでした。


 庇われているわたしでさえこうなんだもの。指導を受けたケンタくんたちは、それはもうひどい有り様。


「ご、ご、ごめんなさい。もう二度と、いじめたりししぇん!」

「ごごろがらはんぜいじでいまずー!」

「どうか許してくださいオバ……お姉さん!」


 三人とも泣きべそをかきながら、ガタガタと震えていて。反対にお姉さんは、満足気な笑みを浮かべている。


「そうかいそうかい、分かってくれて嬉しいよ。反省してるなら、もう行っていいよ」

「「「はいぃーーっ!」」」


 可哀想なくらい怯えていたケンタくんたちは、逃げるように去って行って。後には私とお姉さんが残された。


「さて、それじゃあ今度は君の番だけど」

「は、はいっ!」

「ふふふ、そう緊張しなくてもいいよ。ねえ、君はさっきの怪物が見えていたんだよね。幽霊や妖怪の事が、見えるんでしょう。あたしと同じで」


 やっぱりこのお姉さんも、見える人なんだ。


 わたしは今まで、自分以外に見える人と会ったことがなかったけど。同じものが見える人、同じ景色をとらえる事ができる人が、目の前にいる。

 その事が、無性に胸をドキドキさせた。


「少しお姉さんとお話ししない。なんならジュースでもお菓子でも、何でもごちそうしちゃうから、ね?」


 身を屈めてわたしの顔を覗き込みながら、手を差しのべてくるお姉さん。

 言葉だけ聞くと、絶対について行っちゃいけない人みたいな事を言っているけど、初めて会った同じものが見える人。わたしももっと、お話ししたいという思いがあふれてくる。


「それじゃあ、ちょっとだけ」


 わき上がってくるドキドキを抑えながら、差し出された手を取った。



 ◇◆◇◆



 近くにあった公園へと場所を移して、ベンチに座りながら、わたしはお姉さんからジュースをごちそうしてもらった。

 コンビニでお菓子も買ってあげるって言われたけど、これ以上は悪い気がして。そして何よりお菓子を食べるよりも、早くお話がしたかったの。


 お姉さんはまず、どうしてわたしが怪物に追いかけられていたかを聞いてきて。ケンタくんたちに連れられて首無し地蔵を調べに行ったこと。イタズラされて怒ったモヤからケンタくんたちを守ろうとして、結果あたしが追われる事になった経緯を説明した。


「なるほどね。けどさ、さっきの男の子たち、助ける必要があったの? こう言っちゃなんだけど、君にイジワルしてくるような子たちでしょ」


 お姉さんの言うことが、わからないわけじゃない。元々仲が良いわけでも無いし、助けたところで信じてもらえないもの。

 けど、それでも放っておきたくなかったの。信じてもらえなくても、目の前で誰かが危ない目にあうのは嫌だから。


 今までだって、危ないって思う事があったら声に出してきた。

 そのせいで変な子だとかウソつきだとか、不幸を呼ぶ疫病神だとか言われた事もあったけど。それはわたしにしかできないこと。

 信じてもらえなくても、助けるのが使命みたいな気がしていたの。


 話を終えると、お姉さんは優しく頭を撫でてくる。


「そっか。君は誰かが不幸になるのを、放っておけない子なんだね。そういうの、好きだよ」

「あ、ありがとうございます」

「けど、さっきのは無茶しすぎ。もしもあたしが来なかったらどうしてたの? 誰かを助けたいって思うなら、力がなくちゃ」

「それは……ごめんなさい」


 確かにその通り。悪いものが見えはするけど、何もできない自分が情けなくて、泣きそうになる。


「それじゃあ、今度はあたしの話をしようか。実はあたしが通りかかったのは偶然じゃないの。あの首無し地蔵にたまった悪い気を、祓いに来たんだよ。お姉さんはね、悪霊とか怨念とか、成仏できずにさ迷っている霊を浄化させるお仕事をしている、祓い屋なの」

「祓い屋……」


 初めて聞く言葉。さっきお姉さんがモヤを消すことができたのは、祓い屋だからなの?

 わたしは逃げることしかできなかったのに、祓い屋ってすごいや。


「ねえ、君さえよければ、あたしの元で修行してみる気はない? そうすればさっきあたしがやったみたいに、悪い気や霊を祓う事ができるようになるよ」

「わ、わたしがですか!? でもわたしは見えるだけで、あんなすごい事できるかどうか」

「それをできるようにするための修行なの。君には素質がある。見えるだけじゃない、不幸になるとわかってる人を放っておけない、力になりたいって思えるのは、立派な素質だよ。もちろん、君のパパやママとも相談しなきゃいけないけど」

「え、ええと。実はパパとママは……」


 両親が事故で亡くなったこと。今はおじさんおばさんの家でお世話になっている事を話す。

 わたしが幽霊が見えるなんて言っているせいで、引き取られた当初よりも距離ができてしまっているおじさんとおばさん。それでも見捨てずに養ってくれていて、できれば心配をかけるようなことはしたくはない。

 だけど。


「わたし、修行したいです。おじさんたちには心配かけちゃうかもしれないけど、それでも」

「よし、そうと決まれば、ちゃんとおじさんたちと話をしなくちゃね。それに、君の事をもっと教えてくれるかな。まだ知り合ったばかりなんだから、どんどんお互いの事を知っていかないとね」


 嬉しそうに顔をほころばせながら、ぎゅっと抱き締めて頭を撫でてくれるお姉さん。


 お互いの事を知っていく。そんなお姉さんの言葉を聞いて、自然と涙が溢れてきた。


 わたしにとって「はじめまして」と挨拶をした瞬間が、その人との距離が一番近い。……そのはずだった。

 だけどこのお姉さんとなら。同じモノを見えるこの人なら、もっと近づくことができるのかな。


「よ、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。そうだ、まだ大事なことを教えていなかったね。火村ひむら悟里さとり、それがあたしの名前だよ。君は?」

知世ともよ……水原みずはら知世ともよです」


 後にして思えば、この出会いが運命の分かれ道。

 それからわたしは、修行と言う名の悟里さんの暴走に振り回されたり、どうにもいけ好かない兄弟子と出会ったりするわけだけど。それはもう少し先のお話です。



 了

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