中編
物心をついた頃から、幽霊は普通に見えていた。
頭から血を流して、苦しそうにしている霊もいれば、生きてる人間と変わらない姿をした霊もいて。昔はてっきり、見えるのが当たり前なんだって思ってた。
だけどパパもママも、友達のみんなも見えなくて。自分が普通じゃないって気がついたのは、幼稚園の年長組になってから。
みんなはそんなわたしを、気味の悪いものを見るような目で見てくる。
例外は、パパとママくらい。やっぱり二人とも霊の姿を見ることはできなかったけど、わたしの言うことを信じてくれたの。
でも、そんなパパとママももういない。少し前に、交通事故でこの世を去ってしまったのだ。
残されたわたしは親戚の家に引き取られて。だけどおじさんやおばさんも、わたしとどう接していいかわからずに、困っているみたい。
やっぱりみんな同じ。「はじめまして」って挨拶をした時が一番距離が近くて、後はどんどん遠ざかっていくばっかり。
けどさ、距離があるなら放っておいてくれればいいのに、どうしてこうなっちゃうかな。
学校が終わって、放課後になって。わたしは三人の男子と一緒に、いつもの下校ルートとは別の道を歩いている。
「なあなあ、本当に呪いがあって、幽霊でも出てきたらどうする?」
「バーカ、そんなのいるわけないだろ。って、悪いな転校生。お前は見えるんだよなー」
口では謝りながらも、バカにしたような態度をとっているケンタくん。本当は信じていないのが丸分かりだよ。
きっとこの子たちはわたしのことを、からかって遊ぶオモチャみたいに思っているのだろう。
クラスに来てから一ヶ月も経っているのに、未だに呼び方は「転校生」だし。きっと仲良くする気なんて無いのだ。
嫌だなあ。首無し地蔵を調べるなんておかしな事になっちゃったけど、早く終わらせて帰りたいよ。
どうか噂はデマで、何事もありませんように。
だけど、そんなわたしのささやかな願いは叶わなかった。
住宅街を通りすぎ、田んぼの間を通り抜けた先に、それはあった。
祠に入っているわけでもなく、石でできた台の上に佇んでいたのは、30センチくらいのお地蔵さま。
だけどあったのは本当に、首から下だけ。話に聞いていた通り、まるでもぎ取られたみたいに、本来あるべきはずの頭が無かった。
「へえー、本当にあったんだ。けど頭が無い以外は、案外普通の地蔵だな」
「ああ、もうちょっと気味が悪いのかなって思ってたけど、全然怖くねーじゃん」
男子たちは期待外れだと落胆しているけど、わたしは全身がゾクゾクと震える。
みんな何を言っているの。それがどれだけ危険なものか、わからないの!?
実はというと、田んぼを抜けたあたりから嫌な予感はしていた。
何となく空気がどんよりしているというか、息苦しいと言うか。何とも言えない嫌な雰囲気が、道の先から漂ってきていたのだ。
そして首の無いお地蔵さまを見て、予感は確信に変わる。
ケンタくんたちは見えていないだろうけど、お地蔵さまの周りには黒いモヤのようなものが漂っていて。それは良くないものだって、直観でわかった。
このモヤがいったい何なのかは、本当を言うとよくわからない。
だけど今までにも何度か、これと似たようなものは目にしたことがあって。そしてモヤの近くでは必ず、誰かが事故にあったりケガをしたり、悪いことが起こっているのだ。
マズイ、マズイ、マズイ!
これはきっと危険なもの。やっぱり、遊び半分で来るんじゃなかった。
わたしは慌てて、ケンタくんの服の裾をつかんだ。
「ねえ、もう帰ろう。お地蔵さまも見たんだし」
「なんだよ、まだ来たばっかりじゃねーか。へへ、本当に幽霊が出るか、確かめてみようぜ。蹴っ飛ばしたら出てくるかな?」
なんて事を言うの!?
ケンタくんは意気揚々とお地蔵さまに近づこうとしたけれど、わたしはすぐさま間に割って入った。
「ダメだってば。このお地蔵さまは、本当に危険なものなの。蹴ったりしたら、何が起こるかわからないよ」
「うるせえっ、邪魔するな!」
「きゃっ!」
乱暴に突き飛ばされたわたしは、地面に尻もちをつく。
「危険だって言ったな。だったらよ、俺が蹴って何も起きなかったら、お前はウソつきってことだな。おいお前ら聞いたな、実験してみるからしっかり見とけよ」
「おおー、いいぞー」
「やれやれー!」
二人とも、ケンタくんを止める気はまるで無い。
そしてそのまま、わたしが「止めて」と叫ぶのも聞かずに、お地蔵さまめがけて足を振るい。ゴツッという鈍い音が鳴る。
「―—ひぃ!」
「ははは、やっぱりビビってる。けど見ろ、何も起きねーじゃねーか。おい、お前らもやってみろよ」
悲鳴をあげたわたしをよそに、男子たちは首無し地蔵をゲシゲシと蹴っていく。
けど、みんなはあのモヤが見えないから、こんなことができるんだ。
やがて蹴り飽きたケンタくんたちは、満足したように振り返って。わたしを囲んできた。
「ほら、何もなかっただろ。やっぱりお前はウソつきだったって、明日学校で言いふらしてやるからな」
ケンタくんはそう言ったけど、わたしはそれどころじゃなかった。
彼の後ろ。首無し地蔵の周りにあった黒いモヤが、形を変えはじめたのだ。
さっきまでふわふわと漂っているだけだったそれは、まるで獣のような形を作って。
身体は煙みたいにふわふわとしていて実態はおぼろ気だけど、顔には鋭くて真っ赤な目がはっきりと現れて、こっちをにらんでいる。
あ、あれはマズイ。に、逃げなきゃ。
直観的に危険を察っしたけど、怖さで思わず足がすくんで。そしてわたしが動くよりも早く、モヤが化けた怪物が駆け出した。
標的となったのは、真っ先に首無し地蔵を蹴ったケンタくん。怪物は口を大きく開けて、彼の背後から飛びかかる。
けど当然、その姿を見ることのできないケンタくんは気づいていない!
「だ、ダメーっ!」
「うわっ!?」
気がつけばわたしはケンタくんに体当たりを食らわせて。突き飛ばされた彼は、地面に倒れた。
「痛ってー! お前、何するんだよ!」
地面に倒れたまま、怒鳴るケンタくん。
ごめん、だけど緊急事態なの。
わたしがケンタくんを突き飛ばしたせいで、怪物の爪は標的を見失って空を切った。
だけどそれも一時しのぎにすぎない。怪物はさらに怒りをましたような、まがまがしい空気をまとって――わたしへと目を向けた。
……って、ええっ! ケンタくんじゃなくて、わたしをにらんでる!
どうやらお地蔵さまを蹴ったケンタくんよりも、邪魔をしたわたしの方を標的にしたよう。
た、たぶんわたしが見えてるって気づいたんだ。
こういう人外の存在は、見えてるって分かったらやたらしつこく絡んでくることがある。
きっとコイツもそのタイプ。ケンタくんを助けようとして、自分がピンチになっちゃうなんて。
と、とにかく、まずは逃げないと。
「……おい、聞いてるのかよ転校生!」
焦っていたら、いつの間にか立ち上がっていたケンタくんが耳元で叫んできた。
「え? な、何?」
「何って、マジで話聞いてなかったのかよ? いきなり突き飛ばしてきて、何考えてんだって言ってんだ!」
「ごめん。だけど今は、それどころじゃないの。このままじゃ、黒いモヤが化けた怪物にやられちゃうの」
「訳わかんねー! また幽霊や化け物が出たって言いたいのかよ。いい加減にしろよな!」
ダメ。必死の説明も、まるで聞いてくれない。
そんなことを言っている間にも、怪物はするどいツメを光らせながら駆けてくる。いけない、話をしている場合じゃない!
後はもう考えるよりも先に体が動いて。怪物にもケンタくんにも背を向けて走り出した。
「あ、待てこら!」
「逃げるなんてヒキョウだぞ!」
ケンタくんたちの怒声が背中に聞こえたけど、待ってなんていられない。
だいたい、どうしてわたしが襲われなくちゃならないの。イタズラをしたのは、ケンタくんたちなのに!
田んぼの間に広がる道を走りながらチラリと後ろを振り返ると、獣の姿をしたモヤは真っ赤な目をぎらつかせながら、追いかけてきている。
まるでお腹を空かせた狼が、羊を追い回すような勢いで。
じょ、冗談じゃない。あんなのに捕まったら、どうなるかわからないよ。
だけど実はわたし、走るのが苦手で。運動会の徒競走ではいつもビリという鈍足なの。
力いっぱい走っても、差はどんどん縮まって行く。
怪物の気配はすぐ背後まで迫ってきて……もうダメ、追いつかれちゃう。
恐怖で頭の中がいっぱいになって、目をつむったその時……。
「滅!」
不意に、後ろにあった気配がすっと薄くなった。
え、いったいどうしたの? それにさっき、誰かの声が聞こえた気がする。
慌てて足を止めて振り返ると、そこにはさっきまでわたしを追っていたモヤの怪物が、地面に倒れている。
そしてそのすぐ横には、白いシャツを着てウェーブのかかった黒髪を背中まで伸ばした、たぶん二十歳くらいの女の人が立っていて。倒れている怪物を見下ろしていた。
……見下ろす?
おかしい。さっきケンタくんたちがそうだったみたいに、あの怪物はわたし以外の人には見えないはずなのに。
だけど女の人の目は明らかに怪物をとらえていて。かと思ったらそっと視線を反らして、こっちを見てニコッと笑った。
「やあ、君も見える子なのかな?」
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