来訪者2

 「ごちそうさまでした」

 今、あの女を正面に3人でちゃぶ台を囲んでいる。ひとまず放っておくのは不味いと思ってカズキの家まで運んで来た。その間、女の腹はけたたましく鳴り続けていた。

 家に着いてなんとか女を座らせて、ひとまず何か食べるように促した。女は僅かに頷いて席に着いた。

 俺は持って来た自分の分の弁当を分けてやった。結果としてほとんど食われることになったが。食べ終わると女の意識はかなりはっきりとした。

 空の弁当箱を前に女はバツが悪そうに正座をして座っている。

 ちらとカズキを見る。彼もどうしたものかって感じだった。戸惑った目付きで女を眺めている。

 沈黙が続いても仕方ないので、俺が切り出した。

 「何者?」

 言ってからもうちょっと言い方があったかなと思ったが、女の方はようやく突破口が来たと言わんばかりにぱっと顔を上げて話し始めた。

 「あ、ごめんなさい。えっと、高村 たかむら さえって言います。歳は24です」

 赤茶色の髪を整えてながら声に出した。さっきまでが嘘みたいにはつらつとした声色だった。

 改めて観察してみると、こんな所で生き倒れる身分には思えなかった。実際に倒れていたのであちこち汚れてはいるが、着ているものはボロではないし、顔色も悪くない。細身ではあったがやつれてもいない。声にも張りがある。ますます事情が気になるところだった。

 「なんで倒れてたんだ?どっか悪いのか?」

 俺の疑問はカズキの口から代弁された。いつのまにか汚いあの水が3人の前にセットされている。

 「いや、実はその…。家でをして来たの…」

 「どっから?」

 「福岡」

 「福岡!」

 俺は思わず声を上げてしまった。その辺の近所ならまだしも、県を跨いで、ほとんど何も持たずにとなると尚のこと怪しくなってきた。

 「1人できたのか?」

 「ねぇ、ちょっと名前くらい教えてよ」

 女はやや不服と言った顔をして言った。俺とカズキは顔を見合わせてあとに、それぞれの名を名乗る。

 「凉くんとカズキくんね。改めて助けてくれてありがとう。」

 言ってあの水に口をつけようとして顔をしかめる。どうやらその辺の感性は俺と似ているらしい。水は飲まれることなく戻された。

 「ちょっと家でいろいろあってね。勢いで出て来ちゃった。迷ってふらふらしてたら力尽きて倒れていたところを2人に救われたの」

 「何も持たずに出てきたのか」

 「ううん。ちょっと知らない街歩きたくて駅のロッカーに預けて来たの。本当はこっちの知り合いの家に行くつもりだったんだけど、家でして来たって説明するのがなんか恥ずかしくて…。ちょっと気分転換しようって思って散歩してたら迷った」

 言って、今度は水に口を付ける。

 このところ変わった事が多いなって思った。カズキを見つけたり、行き倒れを助けたり。俺が思っているより、世の中は盛んに動いているのかもしれない。

 「えっとここは何なのかな?秘密基地?」

 「お、いいなそれ」

 カズキは年相応の顔を見せた。自分の家が家とみなされていないことはあまり気にならないらしい。

 「俺の家だよ。ここに住んでる」

 「お兄さんと2人で?」

 お兄さん、とは俺のことだろう。どうやら兄弟と思われているらしい。

 「いや、違う。俺とカズキは…」

 言いかけて何と言おうか迷った。友達は何か違う気がする。かと言って保護者とかは持っての他だ。説明を求められるようなことがないので困る。しかし、いつか社長にカズキを雇ってくれと頼みに行くことを思えばある程度考えて置いた方が良いのかもしれない。

 答えが出す逡巡している俺をよそにカズキはあっけらかんとして言った。

 「マブダチ」

 思わず吹き出しそうになった。難しい言葉を沢山知っているかと思えば、俗っぽい言葉も使ったりする。

 しかし、高村はますます状況がわからないと言った様子だった。

 俺はかいつまんでここ2月の事を説明した。終わると、高村の眉間の皺はますます深くなった。

 「まって。じゃあ何、君1人で住んでいるの?」

 「まあね」

 「絶対ダメでしょ」

 「案外やっていけるものだぜ。1人になった時は心細かったけど、ばぁちゃんが生きていく術を教えてくれた。小銭の稼ぎ方とか、飲める水の作り方とか」

 最近は凉も来てくれるしな、とカズキは付け加える。そう言われると嬉しい。

 「カズキくん、ものは相談なんだけど」

 「何?」

 「私しばらくここに居て良いかな?」

 俺は思わず高村を見る。何を言っているんだこの女はって顔で。

 「いいよ」

 カズキはカズキで全く気にならんといった様子だった。そう答える気がしていた。俺が入り浸るようになったって全く気にしていないどころか、むしろ歓迎しているくらいだ。

 だから、本人が良いなら俺はとやかく言うべきではない。それはわかっているが、なんだか言葉に出来ない不安があった。

 高村を見る。顔を綻ばせてありがとうと手を合わせている。血生臭い人間には見えないが、しかし。

 俺は帰路に着いてもその不安を拭えなかった。何かがひっかかる。何か。何か。何か。

 自分の現場を通り過ぎる。自分が昼間いた屋根を眺める。

 そうだ、高村は何から逃げていのだろうか。

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鳶と鴉 川内永人 @KENSUKE775

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