第38話 二尋視点 『エピローグ』


「よかったのか?」


 実験室で、スーパーコンピューター那由他をいじりながら深山が聞く。大河内教授が取り付けた装置を取り外して、僕は完全に那由他に取り込まれる形になった。


「コレデイイ」

「しっかし、役人っていうのはヒドイな。お偉いさんの意向で、昨日の味方は今日の敵だぜ? あの黒服。大河内教授のところに出入りしていた保健省の関係者だろ?」


 深山があの時の爆発を思い出したように、ぶるっと肩を震わせた。


「それにしても、どうやって、陛下のプライベートパソコンにアクセスできたんだ?」

「内緒ダ」


 大河内教授も陛下もお前と一緒で、『らぶらぶ恋のチューチュークエスチョン♡』のユーザーだったことは教えなくてもいいだろう。


「オ前コソ 先端医療技術研究所ニ 残ッテヨカッタノカ?」

「ああ。構わない。サナトリウムにはフタヒロが行くことになったから問題ない。データも渡しているし、たまに見に行けばいい。それに、未来の先端医療技術研究所所長の椅子が用意されているんだ。それをみすみす逃す研究者はいないだろ?」 


 深山がにやりと笑う。


 大河内教授の研究は狂っていたけど、それをよしとしていた人たちがいるのも事実だ。彼らに飲み込まれるわけにはいかない。僕はもうこれ以上道を間違えてはいけない。


「オ前ガ 残ッテクレテ 嬉シイ。オ前ト一緒ナラ 道ヲ 間違ウコトハナイダロウシナ」

「なにを今更」


 照れたように笑うと、深山が顔をにやつかせる。照れ隠しか、一息いれるつもりか、僕から離れて、珈琲コーヒーを入れ始めた。


 結局大河内教授の研究は、「国民をくらげにする気か!」という陛下の一言でとん挫したが、国立の終身型大規模老人介護施設『グラズヘイム』計画は継続したままだ。

 大河内教授の研究を阻止した僕達は、百兆円を超える介護医療費削減の代替案を用意する ―― それが、保健省と僕達の間で取引された内容だ。


 ―― 僕も深山も馬車馬のように研究に明け暮れることになるな。


 ふるっと僕は武者震いをする。でも、深山が一緒なら、きっと介護する人も介護される人も幸せになれるような方法を見つけることができると思う。



 僕は、仮想現実の中の僕の部屋から、実験室の窓から見える現実の空を見る。高く澄み渡った空に、飛行機雲が定規でまっすぐに線をひいたように伸びている。


 ユキは念願の雲上くものうえ図書館で司書として、フタヒロはサナトリウムで働くことが決まった。(どちらも政府の圧力があったことは内緒だ)

 今朝、二人嬉しそうに腕を組んで飛行機に乗っていったよと深山が教えてくれた。

 

 ―― それでいい。


 あの二人には、僕の叶えたくても叶えられない夢を叶えてほしい。

 あの二人の存在は、僕に人としての心を失わせないでくれるだろう。

 




「深山」

「お? なんだ?」

「僕ハ ズット 心ハ ナクテイイト 思ッテイタ」

「だろうな」

「デモ 今ハ コノ心ヲ 失イタクナイ ト 思ッテイル」

「そうか……」

「僕ノ 今ノ 望ミハ 僕ノイル コノ仮想現実ノ中ニ 銀木犀ノ 香リヲ 漂ワセルコトダ」

「はぁ? 銀木犀? 確かに、仮想現実の中でも匂いというコンテンツは必要かもしれん」


 深山が手にしていた珈琲の香りを嗅ぐ。珈琲の香りを思い出そうとして、ユキに告白した日のことを思い出す。

 

「出来ルト 思ウカ?」

「お前と俺がいれば、出来るんじゃないか? お前はスーパーコンピューター那由他なんだし! 俺は天才だし! 頼りにしているぜ。相棒!!」


 僕は深山の答えに満足して、大きく頷いた。そして、仮想現実の中の自分の机の上に置かれているユキの写真にそっと微笑んだ。



                              おしまい。


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人工知能は恋をするのか 一帆 @kazuho21

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