8話 月下終焉
力が漲る、体が軽い。
たとえ相手が不死者だろうと、今となっては負ける気がしない。
「くっ、私一人に集中していて構わないんですか? ほら! 後ろの女を狙い打ちますよ」
「……」
魔族の三味線を無視。
どころかギアを加速させる。
(もっと速く、もっと深く!)
攻撃の隙を与えるな。
一閃一閃に魂を掛けろ。
「く、ぐぅぅぅっ、まだ加速して」
思考は置き去りにしろ。
為すべきことはただ一つ。
目の前の敵を屠る、それだけだ。
他の一切は二の次でいい。
「うおおおぉぉぉっ!!」
普段より大きく踏み込んだ一歩。
安全マージンを取り払った、俺本来の領域。
生と死の狭間で放つは奥義!
「喰らえよッ! «
来たるべき結末は、一瞬でいい。
星の数の斬撃を、この一刀で叩き込む。
「ぐおぉぉぉぉっ、そんなバカなぁ」
一閃多斬。
それがこの技の本質。
俺の持てる、最大の一撃。
「……なんてな、キヒヒッ」
「っ!」
奴の体が再生する。
ただし、その場にではない。
奴の体を引き裂いた、俺の剣に付着した肉片。
その一片を核に、魔族の体が再生する。
「ぐひ、ぐひひっ、捕まぁえたぁ……ヒヒッ」
「この、離れろ!」
俺の剣は、奴の体に刺さった状態だ。
俺は必死に引き抜こうとするが、刺さっているのは切っ先でも物打ちでもない部分。
こうなってしまえば、まるで抜き差しならない。
「くひひ、遊びは終わりだ」
「っ」
奴の拳が振り上げられる。
「ぐふ、剣が命か、お前に選べるのは二つに一つ!」
その拳が、振り下ろされるのを、俺はスローモーションで眺めていた。
――剣を離せ、離脱しろ。
俺の理性が、そう訴えかけている。
そうすれば命は助かる。
そうだ、ここは一度退いて、立て直して……。
――剣を手放すな、信じろ。
「う、うおおおぉぉぉっ!!」
信じる?
何を?
分からない。
ただ俺は、直感に従った。
魔族の目には、驚愕と、侮蔑の色が孕まれていた。
「ならば死ねぇぇ!」
知覚が引き延ばされていく。
一瞬先が、どんどん遠くに離れていく。
その、無限に近く伸びた永遠で、俺が見たのは。
「«
聖女の、防御魔法だった。
「勇者様には、指一本触れさせません」
……ああ、信じろってのは、この事か。
俺はもう、一人じゃない。
「~~ッ!! 女ァ! 貴様ぁぁぁ!!」
「おい、お前の相手は、俺だろう?」
「ぐぬぅぅ! たわけ! 刀の無い剣士などおそるるに足らず!」
「……くっはは」
「何がおかしいッ!!」
「いや、な」
右手に魔力を集める。
«
「一体いつから、俺を剣士と錯覚していた?」
「っ、何を言って――」
「
聖女が繰り出した術式を書き換える。
«
守りの魔法が牙を剥く。
結界が、魔族を飲み込むように展延される。
まるで津波だ。
魔族を飲み込み終えたなら、形はみるみる球状に。
「捕食の時間だッ、くたばれェ!」
「……無駄です! 死体で作ったこの体は不死身! 炎に焼かれても再生するのですよ!? まして圧死などなおさらです!」
この期に及んで、自身の敗北なんてまるで考えている様子はない。
魔族はその肉体に絶対の自信があるようだ。
だが、その考えはあまりに甘い。
「一つ、お前は勘違いしている。俺の狙いは押しつぶす事じゃあない」
「グ、グギギィ」
ゴリゴリと、球形の結界を縮めていく。
際限知らずに、どこまでもどこまでも。
「消滅だ」
「ぐ、グゴゴ……ハ?」
既に、手の平大に小さくなった球体に。
魔族の、驚愕に満ちた瞳が映っていた。
「な、そんなことが出来るわけ!」
「さてな、できるかどうかは俺も知らない。が、要するに、容積がゼロになるまで小さくすれば存在が消えるだろ?」
結界の中で、魔族の顔が真っ青に染まる。
「ま、待て、待ってくれ! この体を作るのに、もう何年も何十年も掛かってるんだ。この作品は私の最高傑作なんだ!!」
「大丈夫だ。お前は不死なんだろ? 消滅したって蘇れるさ」
「違っ、不死身はこの作品であって、遠隔操作している私本人は不死身じゃない! 老い先短い私の傑作を奪わないでくれぇぇぇ!!」
それはできない相談だ。
俺が優先すべきは国の未来。
この向こうで、お前がどれだけ悲しむのだとしても、お前が王国に害なすのなら、俺はお前を止めなければならない。
「貴様、貴様キサマァ!! 覚えておけよォ! この恨み、晴らさでおくべきかぁァぁァ!!」
実際には、容積をゼロにするのは不可能だ。
だが、ゼロに近似させた時点で十分。
体積が小さくなり、超高密度になると、小規模のブラックホールが発生する。
発生した途端に蒸発してしまうようなブラックホールだ。
魔族の死体から生み出されたそれは、魔族の体を飲み込み、無に帰した。
「……すまなかった」
*
こうして、俺と彼女の最初の使命は達成された。
彼女の思いに触れ、俺は「人」を思い出した。
ただ任務を遂行するだけのヒトデナシから、命を賭して戦う「一人の人間」になった。
「勇者様」
それから、少しした日。
秋月が綺麗な夜だった。
俺は彼女に呼び出され、教会に出向いていた。
「少し、お話をしませんか?」
「ええ、聖女様の気が行くまで」
「……私は、勇者様から見て私は、どのように映りますか?」
彼女は、夜空に手を伸ばしながらそう言った。
「私はずっと、考えておりましたの。夜空には多くの星が瞬いています。星と星とを線で結べば、何かしらの形が浮かんできます」
彼女は星空を指でなぞりながら「例えば『こぐま座』、『きりん座』、『りゅう座』」と呟いた。
それから、続けて。
「ですが、お月様は、他のどの星とも結ばれることはありません。同じ星であるにもかかわらずです」
彼女の手が、虚空を掴んだ。
彼女はその手を胸元に抱き寄せ、ゆっくり開いた。
それから、俺に向き直り、こう言った。
「勇者様には、どう見えますか?」
どう見えるか、か。
察するに、彼女の言う月とは彼女自身の事。
一人の女性として生まれながら、聖女としての役割を期待され、ずっと孤独を感じてきた。
そんなところだろう。
(俺は彼女に、なんて答えればいい)
俺もまた、星空を覗いた。
今日は月が明るい。
こんな日には、光が弱い星は隠れてしまう。
……それでも。
「俺は、月は夜空にいてほしいと思います」
自然と、そんな言葉が零れた。
「夜の世界は日の光を知りません。真っ暗で、寒くて、心細くて、自分がどこに向かって歩いているかも、時には分からなくなってしまいます」
隠密として、影に生きた時。
俺がずっと感じてきたことだった。
「そんな煤けた夜の空に、君が現れた」
彼女を真似て、俺も手を伸ばした。
この手は決して、月には届かない。
だけど、光に焦がれるくらい、許してほしい。
「――俺を、一人にしないでほしい」
せめて、今だけは。
これが俺の答え。紛れもない本心。
恐る恐る、彼女に向き直る。
「ふふっ、でしたら」
そこにあったのは、朗らかな笑顔。
「いつか一緒に、朝を迎えましょうね!」
……。
嘘吐きだ。俺も、彼女も。
月は青空に行くこともできる。
だけど、夜空は決して青空と交わる事は無い。
(ああ、いつか君は、俺の傍からいなくなる)
そのことが無性に空しい。
でも、今だけは。
「……ああ、きっと」
もう少しだけ、君のそばにいたい。
そう、星に願ったんだ。
SSSランク勇者パーティを追放された実は最強の不遇職が辺境の地で聖女に求婚される悠々自適ライフ 一ノ瀬るちあ@『かませ犬転生』書籍化 @Ichinoserti
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