7話 旧約聖女

「くひっ、話し合いは終わりましたか? まあ、あなた方に私を倒すことはできないでしょうからね、人はそれを徒労と呼ぶのですが……」


 徒労、確かにそうかもしれない。

 俺達の推測が正しいのだとすれば、この魔族は既に死んでいる。何度倒しても蘇る。


「徒労かどうか、試してやるよッ!」


 地面を蹴り、敵の懐に潜り込む。


 剣を振る、振るう、振り払う。

 一速、また一速、振り払うたびに加速させながら。

 振るった斬撃は、優に三桁を超えている。


「粉微塵に、裂かれろッ!!」


 切り付けた数だけ魔族は傷を負った。

 その数だけ血を拭き零した。

 四桁に迫ろうかという程切り裂いた。

 だが、


「くひひっ、これでお分かりになったでしょう。あなたに私は殺せない」

「チッ、そうみたいだな」


 魔族は何事も無かったように立っていた。

 血という血は余すことなく引き出した。

 奴の体に傷をどれだけ作ろうと、もう吹き零すだけの血すら残っていないようだった。

 だが、そこまでしてなお、

 魔族はそこに立っている。


「くそ」

「おっと逃がしませんよ!」

「ほざけ」


 バックステップで距離を取る。

 魔族は間合いを保つように俺に並走した。

 瞬間、また魔族に向かって突進する。


「ぶべらっ!? く、やってくれましたね」

「不死なんだろ? その程度でキレるなよ、カルシウム不足か?」


 自身の勢いと、相手の勢いを利用した一撃。

 生じた衝撃波が魔族を吹き飛ばす。

 狙いは二つ。

 一つは、聖女のもとに駆け寄る時間稼ぎ。

 そしてもう一つは、治癒具合の確認だ。


(ちっ、縫合は完璧か。どれだけ斬撃を浴びせたって無駄ってか?)


 一応、俺は炎属性の魔法も使える。

 それなら奴を倒せる可能性もある。

 だがしかしここは森。

 迂闊に火を放ち、森林火災など起こせば大惨事だ。


 ……仕方ない。


「聖女様、一度退いて立て直します」

「退いてどうにかなる相手なのですか?」

「分かりません、ですが、森の中で炎魔法を使うわけにもいきません。街に戻り、奴を倒す方法を模索します。さあ、こちらに」


 聖女に手を差し伸べて、それから――


「それはダメです!」

「……、聖女様?」


 その手を、払われた。


「街には民がいます。彼らを護りながら、勇者様は、全力で戦えますか!?」

「護っているのは今も同じです! 俺はあんたを護りながら――」


 その時、背後で空気が裂ける音がした。


(ホブゴブリンと、クロスボウの矢……!)


 振り返れば、倒したはずの魔物が立ち上がり、聖女に向けて攻撃を放っていた。


(くそ、間に合え……!)


 俺は、その斜線上に腕を伸ばしながら飛び出して……。


「«守護結界リジェクト»ッ!」

「っ」


 突如、障壁が現れた。

 空を裂き、真一文字に飛来した矢。

 それを拒むように立ちはだかり、矢は勢いを失って地に墜ちた。


 今のは、聖女がこうした魔法か……?


「一つ、勇者様は勘違いされております」


 振り返ればそこに、聖女が立っている。

 膨大な魔力を、流水のように周囲に纏いながら、聖女がそこに立っている。

 思わず、息をのむ。


「聖女とは、迷えるものを導く者」


 俺はたまらず、一歩退いた。

 臆したのだ。

 密偵として、幾度となく死を予感してきたこの俺が、一介の少女に臆したのだ。


「誰かに守られなければいけないほど、やわな存在ではありませんッ!!」

「っ!」


 ……俺は、何を見ていたんだ。


 俺は彼女に何と言った。


『――俺が必ず守り抜きます』


 驕るのもいい加減にしろ。

 自分一人守るので手いっぱい。

 そんな俺が口にできる言葉なのか。


『あの、勇者様……あ、えと、その……いえ、失礼しました』


 彼女はあの時、俺に何と言おうとした。

 どうして俺は彼女に寄り添わなかった。

 どうして意図を読み取ってやらなかった!


(俺が護ろうと思う以上に、彼女は俺の事を……!)


 ずっと、護ろうとしてくれていたのに。

 俺はそれに気づかなかった。


 ――護ると言ったって、信用できるはずもないか

 だと?

 寝ぼけるな。

 彼女は最初から……!


(ヒトデナシの俺を、護るべき「人」だと思ってくれていたんだ!!)


 ああ、俺はヒトデナシだ。

 ずっとずっとヒトデナシだ。


 そんな俺でも……


「……聖女様、聖女様を、信じてもいいですか」


 そう問いかけた俺に、君は。


「――私が・・、必ず守り抜きます」


 確かに、そう答えたんだ。


(ああ、そうか)


 口だけの俺とは別物だ。

 これが「人」の持つ、護る覚悟。

 だから、君が俺を護ると言ってくれるなら。


「……勇者・・ウルティオラ、推して参る!!」


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