終節 -脈動するメランコリア・A-

 西暦2037年4月末 グラン・エトルアリアス共和国 首都城塞にて


「すき、きらい、すき、きらい、すき、きらい、きらい、すき…」

 甘い声で呟きながら軍服と学生服を合わせたような服装をした桃色ツインテールの少女が大聖堂を思わせる回廊を抜け大広間へと入る。

「おかえりなさいませ、アンジェリカ様。」

 彼女の姿を目にした2メートル近い背丈の大男が、自身よりかなり小さな少女に跪いて言う。

「ただいまぁ☆留守番ご苦労様^^」満面の笑みでアンジェリカは答える。

「いかがでしたか?イングランドとドイツの首尾は。」

「う~ん、成功とも言えないけど失敗とも言えないかなぁ。こっちはイベリスとアルビジアに、あっちはマリアとロザリアに邪魔されちゃったからねー。」

「なるほど。同郷の彼女達であれば、貴女様とて一筋縄ではいかぬお相手でしょうね。お望み通りの結末ではありませんでしたか。」

「むぅ~、そ・れ・で・も、必要最低限のことは出来たんだ、ぞ?」

 アンジェリカは地面に顔を伏したまま言う大男の前に立ち、膨れながら言った。

「失礼いたしました。ちなみに貴女様が留守の間、こちらは特に変わったことはございません。マリアナ海溝の準備も着々と進んでおります。」

「宜しい!パーフェクトだね☆えらいえらい♪ 褒めて遣わそう!」そう言って少女は大男の頭を撫でる。

「はっ、光栄の極み。」

 そうしてアンジェリカは機嫌良さそうに両手を広げてくるくると回り、スカートをゆらゆらと揺らしながら大広間の奥に設置された豪華な玉座へと近付いていく。

 彼女がスキップで階段を上り玉座の前に立つと、すぐ傍に控えていたローブに身を包む神官のような人物が、黒地に赤と金の装飾の入ったマントを彼女に羽織らせた。

 マントには逆さ十字の天秤に蛇が巻き付いた模様が描かれている。

 似たような象徴といえば、欧州各国の薬局でヒュギエイアの杯に蛇が巻き付いた同様のマークが見られる。だが、彼女のそれは敢えて逆さ十字を模した天秤と、蛇がその調和を崩すように杯が傾けられた状態で描かれ、さながら神に反逆する悪魔、サタンを表す紋章のようだ。

 法の象徴にもなっている天秤を蛇が自らの意思で傾ける様は、絶対の法を扱う彼女こそが唯一の法であると誇示しているかのようでもあり、この世界に対する大いなる皮肉を表しているかのようでもあった。


 マントを羽織ったアンジェリカは両手を広げて振り返り、階下にいる者達に向けて言った。

「ふっふっふー☆ 新世界の法を統べる絶対の王たる私はこの世界を作り替えると決めた。だから、みんなはこんなつまらない世界には早くさよならバイバイしちゃって、もっと楽しい未来を作らないと、めっ!なんだよ?」

「然り。」階下に集まる者を代表して先程の大男が言う。

 するとアンジェリカは大きく広げた両手をすっと下ろし、紫色の瞳を輝かせながら無邪気さをひそめた静かな口調で言う。

「擬装、グレイ、グリーンゴッド。彼らがそう呼ぶ諸々の代物は十分に活用できることが分かったわ。ウェストファリアの亡霊、不死の兵隊、蘇る三十年戦争…違う形でのキューバ危機の再演。そして世界は混沌を極め、私が指先で触れるだけで…」

 そこまで言ったアンジェリカはいつものようににこやかな笑みを浮かべ、指先で銃を作り撃つ真似をしながら可愛らしく言う。

「…どかん☆ 第三次世界大戦はすぐに始まりすぐに終わる。核の炎で地平が照らされる。綺麗だろうなー…♡ でもでも~、燃えるだけじゃなくて地球が真っ二つになっちゃったらどうしよう?まぁ…そのときはそのときだね?きゃははははははは☆」

 大広間には彼女の甘い笑い声が響き渡る。

 玉座の傍らに立つ神官も、大広間に集う者達も一様に彼女に首を垂れ跪いたまま動かない。その場にいる全員がこの少女に忠誠を誓っている。


 アンジェリカはこの先に待つ世界の未来を想像してひとしきり笑った後、にたりとした表情のままゆったりと玉座へと腰を下ろす。

 ふわふわの素材で座面が仕立てられた自分専用の玉座の座り心地に満足そうな様子を見せ、そして大きく息を吸い込み、豪華な装飾の施された高いヴォールト天井を見上げながら囁くように言う。

「聞いて?アンジェリーナ。」

『何かしら?』

「何だと思う?」

『何だって良いわよ。』

「ねぇ聞いて?アンジェリーナ。」

『何でも話してごらんなさい。』


「XXXXXXXXXXX」

『そう、良かったじゃない。』


 彼女の瞳はアスターヒューと呼ばれる美しい紫色に輝き、頭上には不規則な刃が飛び出しては消える天使の輪のような光輪が浮かぶ。さらに背後には天使の羽根のように輝く幻想的な悪魔の羽根が顕現していた。

 眼を細めながら悪魔のように邪悪な笑みを浮かべた少女はしばらくの間くすくすと笑い続ける。

 それはまるで、これから先の世界に起きる “不幸なる未来” を想像して楽しむかのようであった。



-了-(【不可視の薔薇 -ウェストファリアの亡霊-】 へ続く)



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眠りの妃 -嘆きの大地賛歌- リマリア @limaria_novel

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