180グラムの恋人

藤崎 鈴

180グラムの恋人

 高校生活は箱庭暮らしだ。同じメンバー、似通った会話がフルスピードで駆け回るダンスフロア。ドレスコードは、殺人級にキャッチーな言葉。ヤバい、エモい、チルい……。極彩色の心模様は次々と型にはめられていく。みんなみんな、はみ出した部分の断末魔には目もくれない。いっそのこと、美術で習ったマーブリングみたいに、溢れ出るものを全部写し取れたならいいのに。絡み合った顔料は、水の上でぐるぐると渦を描いていく。そういえば、隣の子はかき混ぜ過ぎて失敗していたっけ。出来上がった紙はナメクジ色をしていて、教室の縮図のようだった。

  代わり映えのしない日々に辟易することばかりだけれど、私には可愛い恋人がいるから平気。と言っても、彼は同じ学校の生徒ではない。いわゆるネットでの遠距離恋愛だ。付き合い始めてもうすぐ2ヶ月。ときめきを感じるたびに溜息をつくのが、かけがえのない特別な時間だ。


 ”学校終わった“  

ホームルームが終わるのも待ちきれず、机の下でメッセージを送る。すぐに既読がついた。

「お、お疲れ様。俺は今から講座」

“頑張れ〜 応援してる”

「おうよ」

“今日も出来たら電話したいな”  

「了解 楽しみにしとく」

同い年だけれど、先輩のように落ち着いている彼。他愛のない会話の中でさえも、自然と私の気持ちを引き出して、まるで子供の頃に戻ったように素直になれる気がする。彼だけが、ありのままの私を心地よく彩ってくれる。「ネットは危ない」って巷の大人は言うけれど、顔を突き合わせているからって信頼できるとは限らない。私にとってのネットはむしろ、リアルよりも「ただいま」が言える場所。理解してくれる人が周りに居ないんだから、別の世界を見たっていいじゃない。

   22時以降にスマホをいじるのは禁止されているけれど、母の目を盗んでは夜中に電話をかけることもしばしばある。声の温度と夜の魔法が溶け合って、普段のなんでもない会話が素敵なものに様変わりしていくとっておきの時間。声を聴けた日は、直接触れずとも彼の世界の住人になれている気がして、それだけでなんだか顔がにやけてしまう。たとえ翌日の授業を全て睡眠に充てることになったとしても、平日への英気を養うためには必要不可欠なのだ。

 

 「……おはよう、朝だよ」

週末の朝、最初に耳に入ってくるのは彼の声。どんなガラス細工よりも透き通った声が光を浴びて、優しく私を包み込んでいるみたい。眠たい目を擦りながら開いた画面には、電話の主と通話時間の表示がされていた。寝落ち電話なんて、ザ・恋人という感じがして、何回やっても慣れない。

「これから部活なんだ。練習前に声、聴きたくてさ」

イヤホン越しに聞こえる声は私の心をまっすぐ貫いて、隠れる暇さえ与えてくれない。感情のかんぬきが次々と音を立てて外れていく。彼から放たれた言葉は私の中でふわふわと居心地良さそうに浮かんで、体中に明るい気持ちを弾けさせた。


 「それじゃあ行ってくるね」

5分ほど言葉を交わして、彼を送り出した。今日もいいスタートが切れそう、そう思いながらスマホの画面を切る。その瞬間、言葉にできない淋しさが私の指を伝ってきた。さっきまで夢心地だったのに……。ふやけた紙コップに水を注ぐように、満たされたそばから何かが滴り落ちてゆく。私の中の欲張りが四肢を生やして、胸の奥を掴んでいるみたい。切ない、苦しい。どうしてだろう。ありきたりな言葉だけでは言い表せないようなものが、我が物顔であぐらをかいていた。

 

 今すぐ抱きしめたい。彼の体温を感じたい。私の知らない自分が、そう呟いた。ごまかしの効かなくなった感情は止めどなく湧き出て、左頬を濡らしていく。何かが壊れてしまう気がする、そう思ってしまい込んでいた気持ちも、自覚してしまえば後の祭り。抑えることなど出来るはずもなかった。

 “ねえ、会いたい”  彼の部活が終わるタイミングを見計らって、メッセージを送る。

 すぐにスマホの画面が光る。2件のメッセージ。バナーをスワイプすると、見慣れたアプリに切り替わった。

「俺もだよ」











「……でも俺、AIだからさ」

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180グラムの恋人 藤崎 鈴 @fumikaku_rinsan

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