はじめましての距離

尾八原ジュージ

はじめましての距離

 近いよ、というのが第一印象だった。都市伝説としてよく聞く「ベッドの下に潜む男」がまさか妖怪の類だったなんて初耳だったし、そいつが私の部屋に湧くとは思わなかったし、そんでもってロータイプのベッドだったためにそこから出られなくなるとも思わなかったので驚いたけど、それにしても私が寝てる直下に出没するなんて滅茶苦茶近いよ、というのが最初に抱いた感想だった。

「何してんの?」

 私が尋ねると「出られなくなりました」と言って、そいつは斧を握りしめたままシクシク泣き始めた。その泣き顔が妙にグッとくる感じだったので、私はキッチンから包丁を持ってくるとベッドの前にしゃがんで男の前にちらつかせ、「立場が逆転しちゃったねぇ」とニヤニヤしてみせた。男は両目をギュッと瞑って大粒の涙をこぼし、私は大満足でその日はよく眠った。

 男に出てこられて斧を振り回されるとさすがに困るので、ベッドをどかして助けてやるなんてことはしなかった。ベッドの上に本が詰まった段ボール箱などを満載して持ち上げられないように重くし、私は床に布団を敷いて寝ることに決めた。

 毎晩横になったまま、男に仕事の愚痴をこぼしたり、霧吹きで顔に水をかけてみたり、豆板醤を食べさせてみたりして、私たちは仲良く過ごした。


 ある夜、眠っている私の顔に冷たいものが当てられた。目を覚ますとそれはピカピカ光る刃物だった。見知らぬ男が目の前にいた。強盗だ。そいつはドスの効いた声で私を「静かにしろ」と脅した。どうしたものかと思案していたら、突然ベッドがガタンと大きな音を立てて動いた。

「うおおおおお!!」

 ベッドの下から男の声が部屋中に響く。上に載せた段ボール箱がズルズルと滑り落ち、ベッドがだんだん斜めになっていく。驚いて固まっている私と強盗の目の前でとうとうベッドがひっくり返り、その影から斧を持った男が現れた。

「イヤー! 殺人鬼!」

 強盗は叫んで、窓から逃げていった。

 男は大汗をかき、息を切らしていた。斧を握っている両手が震え、相変わらずグッとくる泣き顔で「ぶ、無事でよかった」と言った。その声も震えていた。

 立ち上がってみると彼は私より15センチほど身長が高く、塩顔でなかなかのイケメンだった。今までずっと一緒だったのに何だか初対面のようなむず痒い気持ちになって、私はモジモジしながら「助けてくれてありがとう」と言った。

「そんな! 気にしないでください」

 男は大袈裟なくらいに照れた。「これでやっと役目が果たせますし。じゃあ早速!」

 そう言って案の定斧を振り上げたので、この都市伝説めと思いながら私は彼の股間を蹴り上げた。斧を取り上げて顔を3発ほどグーで殴ってやると男はメソメソ泣き始め、改めて見たその顔はやっぱりグッというかキュンというかムラムラッと来たので、私は彼を布団の上に押し倒した。

 こうして「ベッドの下に潜む男」は、「布団の上かつ私の下の男」になり、そしてあなたのお父さんになったのです。ちなみにこれがそのときのローベッド。私たちのキューピッドよ。

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