第三十五話 問題は解決したもよう

 まあそんなわけで、ここ数日は鎌倉かまくらさんと浜岡はまおかさんが不在になることが増えた。公園で何が起きているのはすごく気になったけど、公園に近寄るなと言われていたせいもあって、私には情報がまったく入ってこない。というか、一般職員にはまったく経過報告はなかった。


「今どうなっているのか、神様は知らないんですか?」


 パソコン前でまったりとお茶を飲んでいる神様に質問をする。


「わしも管轄外かんかつがいじゃからのう。じゃが、公園の整備工事はまだ再開されておらんようじゃな」

「てことは、現在進行形で鎌倉さんと浜岡さんはお仕事中と」

「まあそういうことじゃ」


 そこへ浜岡さんが帰ってきた。


「あ、お帰りなさい、浜岡さん」

「ただいま。もー、これ見てよ、ひどくない?」


 そう言って自分の肩をさす。そこは白く汚れていた。


「どうしたんですか、それ」

「事務所前でカラスにやられた。これのクリーニング代、出るかなあ……」


 油断したなあとブツブツ言いながら、浜岡さんは課長のデスクへと向かう。浜岡さんとしゃべったのは五日ぶりだ。それまでは、なんとなく避けられているような気がしていた。今ああやって話しかけられたってことは、もしかして公園の件は解決したんだろうか?


「あれって、公園のカラスのしわざですかね?」

「カラスの最後っ屁さいごっぺかもしれんの」


 そして浜岡さんから遅れること三時間。鎌倉さんが帰ってきた。


「お帰りなさい、鎌倉さん」

「ただいま。あ、羽倉はくらさん、もういつもの通勤ルートに戻っても大丈夫だからね」

「そうなんですね。良かったです、なにげに遠回りで面倒だったんですよ」


 鎌倉さんは私の言葉にニコニコしながら、浜岡さんと同じく課長のデスクへと向かう。ここ数日は鎌倉さんも私のことを、というか他の一般職員のことをなんとなく避けていた。こうやって声をかけてくれたということは、やはり問題は解決したということなんだろう。


「鎌倉さんは最後っ屁さいごっぺ攻撃、くらってなかったですね」

「相手にも強い弱いがわかるからのう」

「浜岡さんが弱いって判断されたんですか?」

「鎌倉さんと比べてじゃがの」


 比較対象が鎌倉さんならしかたないのかもしれないけれど、浜岡さんがちょっと気の毒と思わないでもない。


「通勤ルート、本当に戻しても大丈夫なのかな。明日から浜岡さんより弱い私が、カラスの攻撃対象になったりして……」


 季節外れではあるけれど、公園前は日傘でもさして歩こうかと考える。


最後っ屁さいごっぺじゃから明日からは心配ないじゃろ」

「なるほど」


 とりあえず傘だけは用意しておこう。


「どうやら解決したみたい。公園の噴水は残ることになったそうよ」


 課長に呼ばれていたさかきさんが戻ってきた。


「残ることになったってことは、最初は違ったんですか?」

「管理の問題で撤去する予定になってたんですって」

「やっぱり噴水の神様が今回のことの中心だったんですね」

「そうみたいね」


 水の上でフワフワと浮いていたお人形。やはりあれが神様だったのだ。


「噴水が残って万々歳ばんばんざいなのに、浜岡さんは最後っ屁さいごっぺ攻撃をくらっちゃったのか」


 浜岡さんからしたら、とんだとばっちりかもしれない。


「カラスなりの意趣返しだったのかな」


 作業をする人達もハトやスズメに襲われていたみたいだし。


「やっぱりとばっちり感はんぱない」


 そう呟いてから笑ってしまった。ま、浜岡さんからしたら笑い事じゃないんだろうけど。



+++++



 そして次の日、いつもの通勤ルートに戻した私は公園前を通った。公園では作業をする人達がすでに集まっていて、機材を公園に運び込んでいる。こころなしか頭上を気にしているのは、きっとハトやスズメの攻撃を警戒してのことだ。


―― 気持ちはわかるかな…… ――


 カラスの鳴き声が響いた。おじさん達はギョッとなって頭上を見上げる。公園を見下ろせる電線にカラスがとまっていた。


―― もしかしてあの子、浜岡さんにウンチを落としたカラス君だったり? ――


 見上げていたらカラスと目があった。


「あ、やばいんじゃ?」


 歩くスピードをあげてその場を離れる。少し離れた場所で上を見上げた。


「いる~~」


 カラスが電線にとまってこっちを見下ろしている。あの子、絶対に浜岡さんにウンチを落としたカラスだ。


「も~~浜岡さんがウンチになんて食らうから~~!」


 カラスは結局、事務所まで私についてきた。玄関でもう一度見上げると「カァ」と元気よく声をあげ、そのまま飛び去っていった。


「は~~良かった、ウンチ落とされなくて……」


 やれやれと安堵しながら事務所に入る。


「おはようございます~~! あ、浜岡さーん、私、朝からカラスにストーキングされたんですけど!」

「え、それ俺のせい?」


 朝のコーヒーを飲んでいた浜岡さんが顔をあげた。


「だってあのカラス、絶対に浜岡さんに白いのを落とした子ですよ。まだ攻撃する機会を狙ってるのかも」

「マジかー……クリーニング代、バカにならないんだけどなあ」


 そう言いながらため息をつく。


「もし万が一、私があのカラスにウンチを落とされたら、クリーニング代は浜岡さんに請求しても良いんですか?」

「え、なんで俺?」

「だってそうなったら、私、完全にもらい事故ですし」

「俺だって被害者なんだけどなあ……」


「どうした? またカラス?」


 お茶を飲みながら事務所内をうろうろしていた課長が、私達に声をかけてきた。


「そうなんですよ。カラスが公園からずっとついてきたんです。絶対に浜岡さんを探してるんだと」

「そりゃ困ったヤツに好かれちゃったね、浜岡君。ご愁傷様しゅうしょうさま

「もっと可愛い動物に好かれたい……」

「カラスもよく見ると可愛いよ」

「それは課長がフンを落とされてないからですよ」


 そんなわけで浜岡さんの災難はもう少し続きそうだ。


 浜岡さんのことはともかく、公園問題は無事解決ということになった。実際のところ、課長が土木事務所にどんな貸しを作ったのか、それから鎌倉さんと浜岡さんがどんなことをしたのか、その辺のことはまったくわからないままだけど。

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神様達の転職事情~八百万ハローワーク 鏡野ゆう @kagamino_you

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