【3】覚悟
あれは忘れもしない、高校の卒業式の前じ……あれ? 当日だったっけ。いや、すいません。なにしろ卒業式どころじゃなくなってしまったもので。
まあとにかく、そのへんの話です。
殺人犯として、母が逮捕されたのは。
ネットには三日と経たないうちに僕や父の個人情報がさらされました。
その結果どうなったか。詳細、いります? 誹謗中傷、嫌がらせ。ひとつひとつあげてたらキリがありません。加害者家族がたどる、典型的なパターンを思い浮かべてくれればいいですよ。
そうですね。ぜんぶひっくるめて、僕が世間から受けとったメッセージは『殺人犯の家族に生きる資格はない』というものでした。
母に対する気持ちは正直よくわからないんですよ。殺人犯であろうがなんだろうが、僕にとって母は母のままだし、たとえどれほど憎んだところで血のつながりは切れないし。
ただ、僕や父の存在は、母が殺人を踏みとどまる理由にはならなかったんだな――と、そう思うと、今でも時々無性にやりきれない気持ちになります。
まわりの反応も典型的なものでしたね。
あからさまに避けるか、さりげなく避けるか、腫れものあつかいするか、嫌悪感をあらわにするか。
でも……そうですね。
あいつだけは、変わらなかった。
――だって、殺したのおまえじゃねえじゃん。
心底不思議そうな顔をして、あいつはそういいました。
+
僕はよちよち歩きのころからステップを踏んでたらしいんですが、小学校にあがるころにはもういっぱしのダンサーきどりで、ひまさえあればとにかく踊ってました。休みの日なんかはもうほんと一日中。
ダンススクールにも少しかよってましたけど、みんなで『きめられた型』にあわせるっていうのがどうにもダメで、すぐにやめちゃったんですよ。
それでステージではなく、路上に活動の場を求めるようになっていきました。
あいつとはじめて会った――というか、踊ったのは高校一年生のときです。
その日もストリートで踊ってたんですが、あいつがとつぜん乱入してきたんですよ。
といっても、こちらの呼吸やステップを一切乱さない、絶妙なタイミングでした。
あれほどフィーリングがあうやつは、あとにも先にもあいつだけだと思います。バカですけどね。
ええ。よくも悪くもバカなんですよ。あいつ。
ダンスバカだし、バカ正直だし、利害とか損得とか考えないし。ついでにまっすぐすぎて、たまに鬱陶しい。
だから――
だから僕は、あのとき、あいつのまえから消えることにしたんです。
だってねえ、僕より僕のことで怒るんですよ。
殺人犯の身内なんて、誰だってあつかいに困るでしょう。かかわりたくないと思うのも当然だし、それはたぶん生理的なものだから、もうどうしようもないと思うんです。
でもあいつは、怒るんです。怒って、泣くんですよ。それでどうしてか僕がなだめてる。おかしいでしょう?
僕のなかに、危機感というか恐怖感というか、なんともいえない焦燥感が生まれました。このままこいつのそばにいちゃいけないって。
僕と組んでいるせいであいつの未来が閉ざされるようなことになったら、僕は自分をゆるせなくなると思ったんです。
僕はもともとプロを目指していたわけではありません。
負け惜しみでも強がりでもなくて、ダンスはもう僕のライフワークになってましたから。それで生活できるとかできないとか、そういうことにはさほど興味がなかったんです。
でも、あいつは違う。やるからにはプロになる。
それなのに――
世のなかには、僕たち程度のパフォーマーはいくらでもいます。
プロになれるかどうかは運によるところもおおきい。
たとえばその運があいつに向いたとき、僕の存在は間違いなく足枷になるでしょう。そしてあいつはたぶん、ためらいなく運のほうを蹴り飛ばしてしまう。そういうやつです。
僕もあいつも、最初はひとりでした。それがあの日、はじめましての挨拶ひとつないまま、気がつけば最後までふたりで踊ってた。
それからも、特に一緒に練習しようとか、チームを組もうとか、そんな約束をしたことは一度もなかったんです。
顔をあわせればふたりで踊って、そのうちそれがあたりまえのようになって、そしてそこにまたひとりふたりと加わって、いつのまにかチームになってました。
それが事件のせいで壊れてしまったことに、あいつは僕よりもショックを受けて、僕よりも怒った。
僕が自分を見失うことなくいられたのは、あいつのおかげです。あいつが怒ってくれたから、僕は
そんな僕にできることは、ひとつしかありませんでした。
――これからはソロの時代だ! オレは旅に出る!
今思うと我ながら意味不明なんですけど、あのときは僕も必死で、とにかくあいつから離れるポジティブな理由がほしかったんですよ。あいつが、僕に執着することなく自分の道をすすめるような理由が。
だから僕は、ほんとうに旅に出たんです。日本全国、転々と。踊って働いて踊って移動して働いて踊って――というのを何年かつづけました。そのあいだに、あいつには新しい仲間ができたようでした。
ええ、連絡はたまにありましたよ。
失踪みたく完全に消えてしまったら、自分の道をすすむどころか僕の捜索に人生を捧げかねないと思ったので。行き先は伝えませんでしたが、携帯は生かしたままにしておいたんです。おかげで、旅に出た直後はストーカーなみの着信でしたけど。
それも落ちついて、あいつもまた自分の道を歩きはじめて、ようやくひと安心と思っていたころです。
デビューがきまったグループから抜けることにしたって、あいつから電話があったのは。
――おれの親父、ヤクザだったらしいぜ。
会ったこともない、顔も名前も知らない父親を理由に、グループが所属することになった事務所からはじかれたのだと。
ひどいオチですよね。おまえもかよって。思わず笑ってしまいました。
――なあ。また一緒にやらねえ? 殺人犯の息子とヤクザの息子のコンビなんて、話題性ばっちりだろ。
どうせ逃げられないのなら、それを武器にしてしまえばいい。
なんともあいつらしい発想です。
そしてあいつとなら、それができるんじゃないかと思っちゃったんですよ、僕も。
この雑誌が発売されるころには、僕らはメディアデビューをはたしているはずです。今日のインタビューが世に出るかどうかは、世間の反応しだいでしょうかね。
大丈夫です。ダメになっても恨んだりしませんよ。
どうあがいてもマイナスからのスタートですから。ジタバタしてもしかたありません。かっこよくいえば覚悟。本音をいえばひらきなおり。やれることをやるだけです。
あ、ひとつだけお願いが。
もしボツになっても、あいつの個別インタビューだけは見せてくださいね。
(了)
はじめましての距離 〜思い出〜 野森ちえこ @nono_chie
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