【2】初恋

 最初の『はじめまして』を聞いたのは中学校の教室だった。

 あなたは教壇にいて、あたしは教室のいちばんうしろの席でそっぽを向いていた。

 だって、最後列の窓ぎわなんて特等席。誰でも黒板より外を見るでしょう。

 そんなあたしを振り向かせたあなたの声。

 男の人にしてはやわらかい、とても心地いい声だった。


 次の『はじめまして』を聞いたのは、うちのリビングだった。

 あなたのとなりにはお姉ちゃんがいて、正面には仏頂面のお父さんと、にこにこ笑っているお母さん。

 低くやわらかなあなたの声は、ものすごくかたく強張っていた。

 そしてあたしはこの日、中学時代の担任が義兄あにになるのだと知った。


 三回目の『はじめまして』もやっぱり実家うちのリビングだった。

 お姉ちゃんとあなたと二人の子ども。

 お正月休みにみんなで集まった日。

 あたしは婚約者と一緒だった。

 初対面だった彼とあなたはなぜだか妙に意気投合して、『お義兄にいさん!』『義弟おとうとよ!』と、かたい握手を交わしていたわね。

 ――あの人、たまにすごくアホになるんだよねえ。

 お姉ちゃんとあたしはそう頷きあった。



 最初の『はじめまして』から、ずいぶん長い時間が経った。

 もう、いってもいいかしら。

 中学校の教室で聞こえたあなたの声に、思わず振り向いてしまったのがすべてのはじまり。

 特に声フェチってわけでもなかったのにね。

 ねえ、義兄さん。

 あたしの初恋、義兄さんだったのよ。

 お姉ちゃんは気づいていたかな。たぶん、気づいていただろうな。

 義兄さんは……聞くまでもないわね。あなたみたいな朴念仁。あとにも先にも会ったことないもの。


 あたしの旦那はね、最初から知ってたの。あたしに好きな人がいるって。それでもいいっていってくれて。

 でもほんとうは結婚なんてするつもりなかった。さすがに失礼でしょう。ほかに好きな人がいるのに結婚なんて。

 なのに彼ったら――


『結婚は二番目に好きな人としたほうがいいって聞いたことあるよ』


 とかいっちゃって。あんなプロポーズ、反則よね。


 そうして彼の言葉に甘えて一緒になって、子どももできて、いつのまにか、あなたへの気持ちは思い出になっていた。


 このまえ中学生になった孫がね、となりのクラスになりたかったって騒いでいたの。

 わけを聞いてみれば『だってとなりの担任、めちゃくちゃイケメンなんだよ!』ですって。


 それでね、自分が中学生だったころのことをふと思いだして、遠路はるばるお墓参りにきたのよ。遠路はるばるよ。遠路はるばる。

 だってねえ、もうほんと、この階段。年寄りの膝にやさしくないんだから。まあ、そのぶん見晴らしはいいけれど。

 ああ、いい風ね。

 思い出語りにはとてもいい陽気。

 そういえば、おぼえてる?

 いつだったか、あなたが――



     (了)


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