はじめましての距離 〜思い出〜

野森ちえこ

【1】文通

 私が小学生だったころ、文通がとても流行っていたんです。

 まだネットも携帯もない時代で、雑誌などでは必ずといっていいほど、文通相手募集のコーナーがありました。

 私にも何人かの文通友だちがいましてね。というより、学校にも近所にも友だちがいなかったから文通に夢中になったんですけど。今でいう『ぼっち』ってやつかしら。


 私、しゃべるのがすごく苦手だったんですよ。その点、手紙ならゆっくり考えることができるし、自分のペースで書けますからね。私には向いていたのかもしれません。


 楽しかったですよ。手紙で『はじめまして』って書くたび、とても不思議な気分になったものです。

 顔も知らない。どんな子だかもわからない。明るいのか、おとなしいのか。なにが好きなのか。あれこれ考えてはすごくドキドキして。最初に書くその六文字には、緊張とか不安とか期待とか、いろんな気持ちがぜんぶはいっていたような気がします。


 もちろん、みんながみんな、仲よくなれたわけではありません。なかには一往復でおわってしまった相手もいるし、何年もつづいた相手もいます。

 ただ、私から文通をおわらせたことはほとんどなくて、だいたいは相手から返事がこなくなってそのまま――というパターンでした。


 私から途切れさせてしまったのはひとりだけ。おない年の女の子でした。たしか、五年生のときです。 

 ちょうどそのころ両親が離婚しましてね。引っ越しとか転校とか、身のまわりがとにかく騒がしくなって、返事を忘れたまま、気がついたときにはもう何か月もすぎていました。


 そこで連絡をとらなかったのはなぜでしょうね。今となってはもう自分でもわかりませんけれど。

 事情を説明して同情されるのがいやだったのかもしれませんし、単純に億劫になってしまったのかもしれません。


 もともと印象深い子だったのもあって、彼女とのやりとりは今でも結構おぼえています。


 当時、女の子たちの夢といえば、お花屋さんになるとか、ケーキ屋さんがいいとか、やっぱりお嫁さんになりたいとか、そんな、のどかな感じのものが多かったんです。

 だけどその子は、刑事になるんだといっていました。

 びっくりしましたよ。私にとっては、刑事なんてドラマのなかでしか見たことがないような、遠い世界の人たちでしたから。

 しかもその子は、刑事になりたい。ではなく『なるんだ』と手紙に書いてよこしたんです。

 最初は言葉のあやか、おおげさにいっているだけだと思ってました。

 でも、その子は本気だったんです。

 とても悲しいことがあって、それを受けとめるためにも、絶対に刑事になるんだって、そうきめたのだと。

 夢でも憧れでも、目標ですらなく、それは彼女の決意でした。


 その『とても悲しいこと』というのがなんなのか、私には聞けませんでした。

 子どもながらに、聞いてはいけないような気がしたんです。

 手紙でしか知らなくても、いえ、手紙でしか知らないからこそ伝わることもあるのだと、私はそのときはじめて知りました。手紙に書かれていない、文字になっていない部分の彼女を、私は確かに感じていたんです。


 ごめんなさい。関係ない話をべらべらと。

 こうして刑事さんと向かいあったら急に思い出してしまって。


 ……遠いですね。

 私にとって、刑事さんというのはドラマのなかにしかいないような存在でしたけど、今はそれよりもずっと遠い。

 こうしてすぐそこに、私の目のまえにいるのに。

 手紙の『はじめまして』より。

 ドラマのなかの世界より。

 すごく、すごく、きのうまでよりずっと、遠くに感じます。


 どうして、こんなことになってしまったんでしょうね。

 ええ。直接会ったのは今回がはじめてでした。ずっと、ネット上のおつきあいで。

 お互いに、心の裏側まで見せあっていたからでしょうか。はじめましてなのにまったくそんな感じがしなくて……距離感が、おかしくなっていたのかもしれませんね。


 ええ。間違いありません。

 あの人を殺したのは、私です。



     (了)


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