終
プロローグ
そこは時間も空間も関係ない『どこか』。
円状の壁がぐるりと取り囲む中心に、アッシュはいた。周囲に壁以外のものは一切なく、ただ暗闇だけが満ちている。
壁の上方、凝った暗闇から声があった。
「――前へ」
静かで平坦な声音を出したのは男だった。純金を溶かしてもまだ足りぬほどに眩い黄金の髪。閉じられた瞼は、完璧な曲線をもって相貌を形作っている。怖気すら感じるほどに整った容貌は人と同じ形をとってはいるが、異質だと感じさせるには十分である。
導かれるままに歩を進めたアッシュを迎えたのは、男だけではなかった。
「序列二位ダイアノス、ここに」
「三位ユグロース、ここに」
「四位ザグノイア、ここに」
まるで声と共に浮かび上がるように、先ほどまでは闇しかなかったそこに次々と新たな人影が姿を現したのだ。
男だったり女だったり、老人だったり子供だったりとその姿は様々だが、共通するのはその身に纏う特異な空気だろう。彼らは皆、人の姿を模しながら人に成り切れてはいない。
もっとも、それも当然と言えるかもしれない。
何せ彼らこそ、ソレアら旧き神の後にテイルを支配する神々なのだから。
淡々とした名乗りはやがて神々を経て、アッシュの背後――ちょうど彼を境に相対するように築かれた壁からの名乗りに変わる。
「輪廻が一、魂守」
「同じく、魂導」
「同じく、輪廻が
「監査が一、
粛々とした名乗りを上げるのは、冥府の者達だ。振り向けば、きっと目を隠した異形の亡者たちがいるのだろう。
名乗りが一巡し、場が静まるのを確認した男が再び口を開く。
「では、これより旧き世の番人の罰を決する」
これは裁判だった。
アッシュという罪人を裁き、その罪を決定するためだけに築かれた空間。
抵抗も、反抗も無意味だ。
「――死を」
「永遠に生まれ変わらぬよう」
「完全な消滅を我々は望む」
神々に対するのは冥府の者達だ。やり取りされるのは、断片的な情報。断罪と弾劾の言葉。
交わされるものから、冥府も神々の意見に特に反対ではないらしいことが伺える。
だが、そこで低い声が場を凍りつかせた。
「――ぬるい」
響いたの声は、アッシュも知ったものだった。別人のように取り澄ましているが、間違えようはずもない。
「この者が行ったのは≪予言≫を用いての世界改変。積み上がってきた、あるいは積み上がるはずだった幾多の歴史と命の改竄。理由があれど、それほどの大罪を消滅のみで贖えるとお思いか?」
魂導の言葉に、ざわめきが波のように広がる。それらを腕を上げただけで沈めた黄金の男が、嘲笑の形に唇を歪める。
「貴方も元凶の一人なのでは? 魂導殿」
「何のことやら。選択したのはあくまで番人。知っての通り『不干渉』と『観測』こそが我ら冥府の掟ゆえ」
茶番にも似た型どおりのやり取りに男の愁眉が微かに曇った。
「良いでしょう。それで、貴方の提案は?」
苦々しそうな声。それも仕方のないことだろう。
元より、あまねく幾多の世界を観察する冥府と、そのうちの管理対象の一つにしか過ぎぬかの世界の神とは対等ではない。
背後をふり仰いだアッシュの前で、魂導の唇がニヤリとめくれ上がった。
「冥府が定めしもっとも重い罰。過去と未来の罪と罰を見つめて、冥府の底に縛られるが相応しいかと」
「――何?」
「その者には、心を持ったまま冥王の座についてもらう」
ざわり、と再び座が揺れた。
今度ばかりは静める余裕はないのだろう。男の顔がさらに険しくなった。
「それは冥府の総意ですか?」
「さて、今から決めてみましょうか――反対意見はありますか?」
飄々とした魂導の呼びかけに、反する者はいない。
「しかし……この男を生かしておくのはあまりにも危険では?」
「無礼を承知で申し上げるが、貴方こそ浅慮が過ぎるのでは? 彼は仮にも旧き神々――貴殿らを作った者達の作。その魂が、真に滅する保障がどこにあると?」
魂守の言葉、何より冥府の者達からの圧力に、男の顔が苦しげに歪む。男にとって忌々しいことに、魂導の言葉は正しかった。
そして、
「……わかりました。それが冥府の総意なら、我々は従うのみです」
「よろしい」
そうして審議は終了し、物語は幕を下ろす。
ただ、魂守が後に呟いた言葉は、果たして冥府の総意だったのか。
「まだ利用価値があるもんをなくすのは惜しいんよ」
それもまた、ずっと先のお話。
北の大地に花束を 透峰 零 @rei_T
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