短編57話 数ある私と陽の光当たるすぴすぴくん
帝王Tsuyamasama
短編57話 数ある私と陽の光当たるすぴすぴくん
(あ、今日もうとうとしてる)
今年同じクラスになった
右ななめ後ろのもうひとつ後ろの席から見ているから、おめめ閉じているかはわからないけれど、頭がふらふら。学生服の背中が猫背に。
船を
瀬藤くんの髪は男の子の中では普通の長さなのかな。身長は少し高い方みたい。
私、
今は春だもんね。桜は散っちゃったけど、ぬくた~い日が続いているから、眠たくなっちゃう気持ちはちょっとわかるかも。
(先生からは……やっぱり見えちゃってるのかな)
毎日のようにこくこくしてるけど、大丈夫なのかなぁ……?
給食の時間。
給食は全校生徒がランチルームで食べるけど、瀬藤くんの席は……なんと私の右隣っ。
クラスの席替えと一緒にこのランチルームの席替えも行われるけど、私は瀬藤くんの左隣でした。
隣になったからといってもおしゃべりする機会はそんなにない。でもやっぱり離れているときよりかはおしゃべりすることがちょっぴり増えたと思う。
今日も瀬藤くんはその右隣の
内容はテレビのことが多いのかな。私にはよくわからないお話が多いみたい。
瀬藤くんは小学生のころから知っているけれど、何回か助けてもらったことがあって。
服に虫が付いているのを取ってくれたり、頭にほこりが乗っているのを取ってくれたり、図書室で高い所の本を取ってくれたり……あれ、取ってくれてばっかり。
私のことだけじゃなく、他にも困っている人がいたら助けにいく優しい人。
おばあさんが公園でミサンガを落としたみたい~っていうときや、泣いている女の子がいるから一緒に~っていうとき、高いところにボールが乗ったからそれ取るためになにか棒のを~とかとか。なにかと私のおうちに来てくれます。
代わりに、急に雨が降ってきたとき傘を持っていなかった瀬藤くんを、私のおうちで雨宿りさせてあげたこともあった。
夏の熱い日にお外でばったり会って、おうちで涼んでいってもらったこともあった。
小学生のときに比べると、中学生になった今ではおしゃべりすることが減ったかなぁ。
(わ、私から声をかけたら、いいのかな……)
いつも明るくて、元気で、楽しそうに友達とおしゃべりしている瀬藤くん。
なんだかそんなまぶしい姿を見ていると、私は近寄っていいのかだめなのかわかんなくなっちゃう、みたいな……。
瀬藤くんだったらたぶん、声をかけたらおしゃべりしてくれると思う。でもいつもだれかとおしゃべりしているし、その、えっと……
(声をかけるの、なんだかちょっと、どきどきしちゃうというか……)
頭ではわかっているのに、どうしてどきどきしちゃって、動けなくなっちゃうのかな。
お昼休み。
図書室にやってきました。理科のプリントの宿題をするため。
茶色い筆箱と理科の教科書も持ってきました。
教室でしてもよかったけれども、静かな図書室ですることにしました。
夏や冬はエアコンのある図書室に来る人がちょこっと増えるけど、もう充分ぬくたくなった春だから、人が少なくて静か。
(騒々しい図書室なんてないけどっ)
今日は図書委員の女の子と本を読んでいる女の子一人の二人がいるみたい。図書室の本は借りていく人がほとんどだもんね。
図書室にはいくつか机があるけれども、その中でも本棚に隠れるように置かれている奥の白い机と四人分のイス。そこへ向かって歩いていくと、
(あっ)
なんと瀬藤くんがいます!
(寝てる?)
座るところが緑色で丸くて脚がよっつのイス。それに座って机に突っ伏してた。
ちょうど顔がこっちに向いていて、後ろにある窓から暖かい光が当たっていて、とっても気持ちよさそう。
(う~ん……)
右見て左見て、後ろ見て…………
(……失礼しまーす)
私はイスをそっと引いて、スカートを前に寄せて、瀬藤くんの右隣に座りました。
すやすや寝ています。私には気づいていません。私
寝顔をまじまじと見ちゃうことなんてないので、とっても新鮮。それもいつも元気な瀬藤くんのを。
(雪葉はわるいこです。ごめんなさい)
もっと見ていたいけど、せっかく宿題のプリントを持ってきたから、それをすることにします。
(終わっちゃった)
難しい問題はなかったので、すぐに終わっちゃった。
(まだ掃除まで時間がある……)
雪葉はわるいこなので、鉛筆と消しゴムを筆箱に直して、また瀬藤くんをまじまじと見ることにします。
(それにしても……なんでそんなに眠たいのかな?)
毎日夜遅くまでなにかを頑張っているとか……? 実は朝新聞配達を、なんて。それともただ単に春だから……?
(なにか病気とかじゃなかったらいいけど……)
ちょっと心配になってきたかも。
でもさっきの給食のときとかもそうだけど、顔色は悪くなさそうだし……
(うーん……)
気になるけど……そのうちおしゃべりできたときにでも、また聞いてみようかな。
(あ、そろそろ掃除の時間)
瀬藤くんがどこの掃除場所かわからないけれど、遠いところだったらそろそろ起きた方がいいかも……?
(でも、起きる気配ないよね……?)
えっとえっと……これ、起こした方がいいの、かなぁ。
(……よしっ)
私は心の中で気合を入れました。えいっ。
右手を伸ばして……瀬藤くんの右ひじ辺りを、人差し指でつんつん。
「瀬藤くん」
………………しーん。
今度は手全体でとんとん。
「瀬藤くん」
(…………起きない)
じゃあ……今度は手を乗せてゆさゆさ。
「瀬藤くんっ」
「んぅっ……」
(あ、起きたっ)
私は……えっとえっと。筆箱と教科書とプリントを左手に持って立ち上がり、右手でイスを直して、すたすた~……。
(ううっ)
に、逃げなくてもいいのだけれども、その、触っちゃうと、もっとどきどきしちゃったというかっ……。
その日から宿題がある日は、お昼休みに図書室へ行くことにしました。
瀬藤くんはたまにいない日があるけれど、いること(というか寝てること)の方が多くて……
頭をぽんぽんして
「瀬藤くん」
ほっぺたをつんつんむにむにして
「瀬藤く、ふふっ」
教科書を丸めて頭をぽこっ
「瀬藤くんっ」
背中に指で『瀬藤』の漢字をなぞって
「せー、とうー……くん」
脇腹へつんつん……はさすがにやめて、肩につんつん。
「瀬藤くん」
(本当によく寝てるよね……)
こんなにお昼休みに寝ていたら、掃除の時間に間に合わなかった日もありそう。
(今のところそういうお話は聞いたことがないけれど……)
私が知らないだけなのかな?
そんなことをふっと思いながら、今日もお隣でまじまじと瀬藤くんの寝顔を眺める私。
瀬藤くんにはごめんなさいだけど……楽しいです。
(ああっ、やっぱり黙ってこんなにつんつんしてばっかりなのは、だめだよね……)
もし私が寝てるときに瀬藤くんからつんつんされたら、やっぱりびっくりしちゃうと思う。
(でも……でもっ…………)
私はどきどきしながら、ちょっとだけイスを瀬藤くんに寄せて、
「……将巳、くん」
ゆっくり顔を近づけて
「好き、です」
ほっぺたに、そっと、唇をくっつけちゃいました。
(きゃーっ……! も、もう行こうっ)
私は今日の数学の宿題プリントと教科書と筆箱を持って立ち上がりました。あ、プリント折り目ついちゃった。
あの日を境に、私は図書室に行かなくなりました。
だって……思い出しちゃうもん。
でも、図書室に行かなくたって……学校のどこにいたって……家にいたって……
(なんでこんなにも瀬藤くんのことが頭の中でぐるぐる……)
去年まではこんなことなかったのに、なんでこんなにも……。
ぐるぐるな日がしばらく続いて、今日は土曜日。
お父さんもお母さんもお仕事。お姉ちゃんは大学生で一人暮らし中。
そんな家族の今日の予定の中、私は自分のベッドでごろごろ。
水色のブラウスと白いスカートにはお着替えして朝ごはんも食べたけれど、なんだか落ち着かなくって、結局ベッドに戻ってきちゃった。
お姉ちゃんがくれた白くておっきなまんまるアザラシのぬいぐるみを抱いてごろごろ。
(……告、白……した方が、いいのかなあ……)
私は今まで男の人とお付き合いってしたことがないけれど……この気持ちはやっぱり瀬藤くんのことが……す、好きだと、思うし。
寝顔を見ているだけでも楽しいけれど、瀬藤くんが他の友達と楽しそうにおしゃべりしているのを見ると、やっぱり私も瀬藤くんとおしゃべりしたい気持ちはあるみたいで……。
なのに給食で隣の席でも、しゃべりかけてくれたときにだけしかおしゃべりできていない感じで……。
(どう声をかけたらいいんだろう……)
たぶんどんな声のかけ方をしてもおしゃべりしてくれると思うけど……どんなことを話したらいいのかな。
瀬藤くんが他の友達とおしゃべりしている内容はよくわからないことが多いし……
(わっ、私もアニメやマンガを勉強したらいいのかなっ)
まったく観たり読んだりしたことないわけじゃないけど、タイトルとかキャラクターとか、全然知らないのばっかり。
(ううっ。これ盗み聞きしていることになっちゃうのかな……)
雪葉はいけないこです。お父さんお母さんごめんなさい、雪葉はいけないこに育ってしまいました。
いろいろ考えていたら、もうなにがなんだかわかんなくなってきちゃいました。
(や、やっぱりっ、告白、しかないの、かなっ……)
断られちゃったらどうしよう……でも今のままだと毎日どきどきし続けているだけだし……でもでも私の勝手な告白で瀬藤くんを困らせちゃうようなことになったらとっても大変だし……
(しない方が、いいのかな……)
今まで遠くから眺めて過ごしてきたのだから、これからも遠くから眺めているだけなら、少なくとも瀬藤くんにはご迷惑はかからないと思うし……。
それに瀬藤くんだって好きな女の子がいるかもしれないし、なにより瀬藤くんが好きな人と一緒になって、幸せになってくれるのがいちばんだよね。
(……私は…………うん…………)
あっ、インターホン。私はまんまるアザラシちゃんをベッドに置いて、急いで一階へ向かいました。
一階へ降りている間に髪を手で直……せているかわからないけど、そのまま玄関までやってきて、花柄のサンダルを履いて白いドアを開けました。
「はい」
今日もいいお天気……えっ?
「よぉ!」
私、寝ぼけてるのかな。ちょっと目を細めてみよう。
(……な、何度見ても……)
あのさわやかな、まぶしくて、ぱあーっと周りが明るくなる感じのたたずまいは、間違いなく瀬藤くんです。
(さっきまでずっと瀬藤くんのことを考えていたのに、そんな、急に本物さんが来ちゃうなんて)
とっ、とりあえず近づかないと……あ、自転車で来ていたんだね。青い……あれマウンテンバイクっていうのだよね? タイヤ太い。
「こんにちは」
髪大丈夫かな。
「ちは!」
今日は……なんだろう。急いでいる様子はないから、だれかをお助けする感じではなさそう。
「今日は、どうしたの?」
落ち着きましょう、私。
「あ~いや、近くに寄ったから、姫柳いるかなって思って、さ」
今まで何度かインターホンを鳴らして来てくれたことはあったけれども、どれも何か用事があってっていう感じだった。
(……ひょっとして……つんつん、ばれた、の……?)
じぃ~。残念ながら私は超能力を持っていないので、瀬藤くんのさわやかなお顔以外は特になにも見えませんでした。
「あ、なんか忙しかったか?」
私は首を横に振りました。
「じゃあさ、遊ぶー……とかは?」
瀬藤くんからお誘いをいただきました。用事があってもなくてもうなずきます。
「おっし! 何すっか?」
う~ん……お手玉、あやとり、縄跳び……う~ん……
(とりあえず……)
「あがる?」
「いいのか?」
「うん」
私は深い緑色の門扉を開けて、
「自転車、中に入れていいよ」
「さんきゅ!」
瀬藤くんが近いです。
「おじゃましまーす」
「どうぞ」
瀬藤くんがおうちにやってきました。二人一緒にあがります。近いです。
「ココアかレモネードか桃ジュースだったら、どれ飲む?」
リビングのドアを開けつつ振り返りながら聞いてみました。
「んじゃココア!」
「温かいのと冷たいの、どっちがいい?」
「今日の気分は……あったかいやつだな!」
「はい。好きなところに座ってね」
「好きなところだな! よし!」
私は台所へ向かい、ココアの準備……
(あれっ)
確かに好きなところにって言ったけれど、瀬藤くんはなんとリビングのドアの前で正座してます。すっごいドヤ顔で。
(おもしろいなぁ)
「ふふっ。座布団、いる?」
「すいません冗談です」
「はいっ」
さっきまで自分の心の声しか聞こえない静かさだったのに、瀬藤くんが来てくれただけでとってもにぎやかに感じちゃう。
私はコンロに
普通のアルミニウム製のお鍋ですよ。
(あ、マシュマロあったらよかったのに。今なかった)
「姫柳ー」
「なに?」
瀬藤くんの声が聞こえてきました。
「こ、これからさ、時々来ていいか?」
今日だけでなくもっといっぱい来てくれるみたいです。うれしい。
「うん」
「そか! 俺ん家も来ていいからな!」
私からも遊びに行っていいみたいです。うれしい。
「うん」
あっさり決まっちゃったけど、内容は大変なことが決まっちゃっています。
「今日おじさんおばさんは?」
「お仕事」
「二人とも?」
「うん」
「へー」
何度か来てくれている瀬藤くん。お父さんお母さんはもちろん、お姉ちゃんとも会ったことがあります。
「……じゃー、俺来てひまつぶしになれた、か?」
「うん」
「そっか! 電話してくれてもいいからな、自転車かっ飛ばして来るぜ!」
お電話の許可ももらえました。
「安全運転してね」
「うっ。と、当然さっ!」
うっ、が入ったけど、大丈夫かな?
(今日はどうしたのかな。次から次へといろんなことが決まっていって……)
コンロは弱火だけど私のほっぺた熱いみたい。
「おまちどおさま」
「お!」
私は木のおぼんに乗せていたイルカ柄の白いマグカップを瀬藤くんの前に置きました。
結局ドアの前じゃなくダイニングテーブルのイスに座っていました。テーブルは白いテーブルクロスが掛かってる。
その右隣の席に私は座って、シャチ柄の白いマグカップを私の前に置いて、
「砂糖はこれ」
小さいスプーン付きの小さなガラスの入れ物にさらさらの白いお砂糖。かき混ぜるスプーンとそれを置いておく花柄の小皿も持ってきました。
(白ばっかりになっちゃってる?)
「おう! いただきます!」
「いただきます」
瀬藤くんが手を合わせましょういただきますをしたので、私もいただきますをしました。
「あちっ」
「ゆっくり飲んでね」
牛乳温めすぎたかな? マグカップは牛乳入れる前にお湯で温めておいたけど。
「でもうまい!」
「よかった」
お父さんが好きなブランドのココア。といってもスーパーで売ってるお徳用の。いろいろ飲んだけど結局これがいいんだって。
「姫柳はさ」
私は瀬藤くんを見ました。近い。
「よく遊ぶ男子って、いんのか?」
う~ん。
「いないかなあ」
「やっぱ女子と遊んでばっかなんだな」
「うん。男の子だったら瀬藤くんがいちばん会っていると思う」
「そ、そうなのか!?」
「うん」
そんなに驚くことだったのかな?
「じゃあー……いっちゃん仲いい男子ってー……俺?」
「うん」
これはもう即答です。
「まじかー! へー! あちっ」
意外とあわてんぼさん?
「こ、これからも、俺が
瀬藤くんよりももっとお休みの日に遊ぶ男の子……
「……たぶん、瀬藤くんがずっといちばんだと思う」
「ず、ずっとっ、か……!?」
「うん。瀬藤くんだけだもん。こうして私の家に来てくれるの」
「ぉお俺だけ?! 姫柳いいやつなのに、男子だれも姫柳んとこ来ねぇのか!?」
こぼさないでね?
「私いいこ……? うん。私から遊びに行った先で男の子もいた、ならあるくらい」
「へー……」
夏になったら冷たいココアを一緒に飲むのかな。
「男子、苦手ーとか?」
どうなのかなあ。特にそんなことないと思うけど。
「ううん」
「俺は悪いやつじゃないからな! 安心しろよっ」
左手の親指立ててぐぅってしてる。
「はい」
いっぱい人助けしているもん。瀬藤くんいいひと。
途中で砂糖をスプーン一杯ずつ入れたり、瀬藤くんはまくを張ったのが好きっていう意外なところを知れたりしながら、ココアを飲み終わりました。
お片づけは一緒にすることになりました。瀬藤くんのおててあわあわ。
今度はテレビの前にある青緑色のソファーに並んで座りました。また私が右。
(遊ぶって言っていたけど、これでいいのかな?)
今のところのんびりおしゃべりしているだけのような。
「あ、あのさ姫柳」
私は瀬藤くんの方へ向きました。近い。
「えーっとだな……」
あれ、瀬藤くんは視線が外れました。
「……きょ、今日もいい天気だな!」
「うん」
ぽかぽかの日差しがガラス戸から入ってきています。
「姫柳ってさ、おとなしくてまじめなやつだよな!」
これは、ほめてくれているの……かな?
「ありが、とう?」
「どういたしまして!」
ほめてくれていたようです。よかった。
「瀬藤くんは、明るくて、まぶしくて、おもしろくて、優しくて、すてきな人です」
「……それはほめすぎだっ」
あれ、なんで下向いちゃったの。と思ったらまたこっち向いた。
「そんなこと言ったら、姫柳だってまじめで、素直で、いきなり遊びに来ても怒んなくて、ココア作ってくれて優しいし……今日も、かわいいぞっ」
(かっ……)
かわいいだなんて、そんなっ……
「……ありがとう」
「あーもーだからそういうとこがかわいいんだって!」
え、ええっと、ど、どうしたらいいの、かな……?
(急に、どきどきがっ……)
ずっとどきどきしていたけれど、かわいいなんて言われたら……
「姫柳はさっ、か、かわいいから……やっぱだれか男子と付き合ってる……とか……?」
そんなことを聞かれちゃいました。
「ううん……さっき、いちばん会ってる男の子、瀬藤くんって、言ったもん……」
「そ、そうだったな、ははっ」
私も視線下げちゃった。見たらもっとどきどきしちゃう。
「こ、こんなにかわいい姫柳をほっとくとか、男共は見る目がねぇなぁ!」
(もうどうしちゃったの今日の瀬藤くん……)
確かに何度か家に来てくれたり学校でもおしゃべりしたりしたけど、そんなこと、そんなにいっぱいっ……
「……そんなこと言ってくれるの、瀬藤くんだけだから……私、そんなにかわいくないと、思う……よ?」
「んなわけあるか!」
「あぅ」
ものすごーく否定されちゃいました。
「きっとあれだ! あまりにも姫柳がかわいすぎて、逆に近づけないんだな! きっとそうだ!」
「ええっ?」
さすがにそれはないと思うけどぅ……。
「だ、だったら、俺が……近づくっ」
「えっ、せ、瀬藤くん?」
わあっ、両手が瀬藤くんに握られちゃいました。どきどきが大変なことにっ。
「……姫柳っ」
「なに……?」
あっ、瀬藤くんがもっと近づいてきました。ひざ当たっちゃった。近すぎます。
(…………えっと……?)
「な、なに……?」
瀬藤くんが、なんだか台本のセリフを忘れちゃったみたいにぱたっと言葉が止まってしまいました。
(ううっ、どういうことなんだろう……)
何度か瀬藤くんの目を見ようと視線を上げようとしても、やっぱりどきどきして下がっちゃう。
(瀬藤くんの指、大きいなぁ)
私がちっちゃいのかな?
瀬藤くんと両手をつないで、ちょっと経ちました。でも瀬藤くんは私を呼んでそのまま。
(時間止まっちゃったとか……?)
ちらっと壁掛け時計を見てみたら、ちゃんと動いていました。するする動く時計だからリビングは静か。自分のどきどきはとってもうるちゃいです。
「……えーあー、いや~、姫柳に元気を分けてやるぜー、みたいなー!?」
すでにいっぱい分けてもらっていると思うよ?
「……私からは、なにをお返ししたら、いいのかな……?」
「さっきココアもらったぜ!」
「あんなのでいいの?」
牛乳ゆっくり温めたくらいだよ?
「よすぎる」
「……また、飲みたくなったら、言ってね?」
「おう!」
そんなにココア好きだったの? 私も好きだけど。
(……それでー、あのぅ……)
おてて、握ったままです。離してくれません。私も、その……離れられないです。
「姫柳はさっ、俺とーしたいことー、なんかーあるかっ?」
瀬藤くんとしたいこと……うーん……。
(いつも声をかけてくれるのは瀬藤くんからばかりだもんね)
したいこと、かぁ……。
「……夏休みが近づいてきたから……宿題?」
「うえぇ~っ」
ああっ、ものすごく口が曲がってます。
「しゅ、宿題したあと、遊びたい、です」
「ぶっ、姫柳やっぱまじめだなー!」
そんなにまじめな人に見えるのかな、私。
「いろんなことを瀬藤くんとしたいな。宿題だってしんどいことだけど、瀬藤くんと一緒なら、なんでも楽しく乗り切れそう」
楽しいことも、つらいことも。どんなときでもお
「わっ、あ、せ、せとうくっ」
手が離れたと思ったら突然瀬藤くんが、わた、私を、ぎゅって、抱き寄せてっ
「お、俺もっ。姫柳と一緒に人生楽しみたいぞっ。姫柳のことも楽しませてやれるよう、頑張るぞっ」
(え、えっ、えとっ)
「俺と…………んあ~、あーえーあーっとあれだそのっ。まぁなんだその~……」
瀬藤くんはもごもご。でも耳に聞こえてくる声があまりにも近すぎます。
「……つ、付き合う、とか……どうよっ」
(はあっ)
私、今、これ……私、瀬藤くんから、私に……。
「わ、私……なの……?」
「姫柳だからって姫柳の姉ちゃんじゃないぞ?」
あ、ちょっとおもしろかった。お姉ちゃんとお付き合いなお話なんてしたことないよ。
「……えと……え、えっとっ……」
こ、これ。お受けしたら、お付き合い、始まっちゃうんだよね……いいのかな……ほんとにいいのかな……。
「せ、瀬藤くんのこと、いっぱい好きな人、幸せにしてくれる人、きれいな人、かわいい人……他にもいると思う、よ……?」
「そうだな、俺のことを下の名前で呼んでほっぺたにくっつけてきたやつとかなっ」
(ぷしゅぅ~……)
ばれてました。
「…………ご、ごめんなさい」
(ああもぅ~はずかしいぃっ……)
なんであんなことしちゃったんだろう……。しちゃいたかったからしちゃったんだと思うけどぅ……。
「罰として、これから雪葉は俺のこと下の名前で呼ぶ刑に処す」
「そ、そんなあっ」
低い声で大変な刑罰に処されました。
「……ど、どうしても付き合いたくないなら、無理しなくていいぞ?」
あ、普通のトーンに戻りました。
でも私、そこで……とっさに首を横に振っちゃいました。
「……瀬藤くんが」
「下の名前で呼ぶ刑に」
「あぁぅぅ……」
くすん。瀬藤くんにいじめられています。
「……ま、将巳くんが」
「呼び捨ての刑に処す」
「それさっき言ってなかったよぅ」
笑っちゃってるしぃ。
「……まっ、ま、さみぃ、が、選んだ人だもん。私を選んでくれるのなら……私にできること、精一杯、頑張りたい……かも……」
「くぁ~まじめっ!」
「あっ、ちょっとぅっ」
さらに力を強めてきました。苦しいです。でもうれしいです。でもどきどきがすごすぎて倒れちゃいそうです。
「雪葉全っ然遠慮しなくていいからなっ。むしろ遠慮せずに思ったこと言ってくれる方が信頼してくれてんだなって思って、そっちの方がうれしいからな!」
優しいなぁ……うれしい。
「うん。ありがとう、うれしい」
ほんとにうれしい。ああっ、なにこのぽかぽかな気持ち……。
(私もぎゅってする……)
恐る恐るだけど、せとっ……ま、まさ、みぃ、の、背中へ腕を回して、ちょこんと手を置きました。
「じゃあ、それで……いいな?」
私。今日から人生、変わっちゃうのかな。
「……はい。よろしくお願いしまあく、苦しいようっ」
もうこれ以上近づけませんっ……!
短編57話 数ある私と陽の光当たるすぴすぴくん 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます