☆3000の王子さま ~読者にざまぁされたランキング作家は、幼馴染で義妹の美少女から勧められた『星の王子さま』を読んで「大切なこと」に気づいたようです~

真弓 直矢

☆3000の王子さま ~読者にざまぁされたランキング作家は、幼馴染で義妹の美少女から勧められた『星の王子さま』を読んで「大切なこと」に気づいたようです~

「くそっ!」


 満月の夜。

 江戸川えどがわ理人りひとは思わず、PCのモニターを拳で殴りつけてしまった。


 拳は熱を帯び、赤い血が机の上に滴り落ちる。

 痛みと言いようのない焦燥感のせいで、心臓が激しく脈動していた。


 理人が焦燥感を抱くきっかけとなったのは、《カクヨム》というサイトに投稿した小説だ。

 題名を『中二病でFランクの魔術教師は、世界最強の異端審問官ウィッチハンター』という。

 これは「とある理由で無能を演じている主人公が、いざという時に力を発揮する」という昼行灯的な作品で、全30話10万字で構成されている。


「なんで認めてくれねえんだよ! こんなに頑張って書いたのに! そんなに俺の作品が面白くなかったってか!」


「アリーツェ・リヒター」こと理人は、『中二病でFランクの魔術教師』に絶大な自信を持っていた。

 理人の好きな中二病要素をこれでもかと言うほど詰め込み、「カッコいい主人公」を作り上げたからだ。


 だが《カクヨム》に投稿した直後、理人の自信はエメラルドのように砕け散ってしまった。

 その理由は、『中二病でFランクの魔術教師』がまったくと言っていいほど読まれなかったからである。


 完結後のフォロワーは100人、星の数は25個(評価人数10人)

 この数値を叩き出した異世界ファンタジー作品は、お世辞にも「人気がある」とは言えない。


 確かに、理人の作品よりもポイントが低い作品は存在する。

 自分より下の存在を見て安心したいと思い、新着小説を毎日狂ったようにチェックしていた理人だからこそ知っている。

 だが『中二病でFランクの魔術教師』が、ランキング上位の作品より明らかに見劣りしていたのも事実だ。


 下を見てもキリがなく、上を見てもキリがない。

 これが《カクヨム》の世界なのだ。


 色々考えて頭が冷えた理人は、溜息をついてひとりごちる。


「はは……馬鹿だよな俺。最高傑作だと思ってた自分の作品が、他のランキング作品と比べたら普通どころか底辺だもんな」

「──理人くん! どうしたの!?」


 ふと少女の声が聞こえたので、理人は振り向く。

 そこには理人の義妹である有栖ありすが、血相を変えて立っていた。


 理人と有栖は実は、物心ついたときからの幼馴染で同級生だ。

 だが中学の頃に親同士が再婚し、現在は義理の兄妹となっている。


「ねえ理人くん、どうしたの……? 何か嫌なことでもあった……?」

「なんでもない」

「血が出てるのに、なんでもなくないでしょ!? それにパソコンの画面割れちゃってるもん!」


 理人の手の怪我に気づいた有栖は、部屋を出た後すぐに救急箱を持って戻ってきた。

 有栖は手当をしながら、潤んだ目で理人を見つめる。


「理人くん……今は言いたくないかもしれないけど、言いたくなったらいつでも相談してね? わたしはいつでも、理人くんの味方だから」


 眉尻を下げた有栖の表情を見て、理人は胸が苦しくなった。

 だがそれは有栖を女として見ているからではなく、単に有栖を傷つけてしまって後悔しているせいである。



◇ ◇ ◇



 理人の治療を終えた後、有栖は部屋を出ていった。


 一人になったので、一息つこうと深呼吸した理人。

 有栖の甘い残り香を吸い込んでしまい、背徳感を覚えてしまった。


 だが頭を振って気を取り直し、理人は考えを整理した。


「どうすれば読者に認めてもらえるか……その答えはランキングにあるに違いない」


 理人は今まで、ランキング作品をろくに読んでこなかった。

 なぜなら《カクヨム》を、読者として利用していないからだ。


 理人は自分の書いた小説を世に知らしめて、ちやほやされたかった。

 そして書籍化されて、人気者になることを夢見ていた。


 そんな理人が他作品を読まなかったこと、そしてランキングの傾向を知らないこと……

 それは理の当然とも言える。


「俺が認められなかったのは、テンプレを押さえていなかったからだ。俺が本気を出せば、ランキング1位になって書籍化されるんだ……!」


 理人はPCの代わりにスマホで、異世界ファンタジージャンルのランキング作品を読み漁る。

 目にも留まらぬスピードで画面をスクロールさせて速読し、人気作品のストーリーの流れを掴んでいった。



◇ ◇ ◇



 数日かけて傾向と対策を練った後、理人は作品作りに取り掛かった。

 流行りの「追放ざまぁ」と「不遇職」を加味し、数ヶ月かけて次作を5万字以上も書き溜めた。


『勇者・聖女パーティを追放された回復術師は、聖剣と聖属性魔術で成り上がる ~「戻ってきて」と土下座されてももう遅い、これからは自由に生きさせてもらう』


 これは、魔王討伐の使命を失った主人公が、幼少期からの夢だった「世界最強の冒険者」を目指す物語である。

 この物語には、理人の「読者から認められたい」「一番になりたい」という思いが、自然と込められていた。


「今度こそ絶対に、1位を獲ってやるんだ!」


「もしまた読まれなかったらどうしよう」という不安を大声でかき消し、理人は投稿ボタンを押す。

 するとみるみるうちに、アクセス解析ツールが膨大な数字を叩き出すではないか。


「うおっ、PV増えすぎだろ! 一時間もしないうちにフォロワー30もいったぞ!」


 前作では、1話投稿して5~10人程度のフォロワーしかつかなかった。

 一度ランキングの下位に載ってフォロワーが増えた時期があったが、それでも一週間もしないうちにその恩恵は消え去った。


 そんな理人にとって、流星群のように降り注ぐフォローはまさに天の恵みだった。


「これマジでランキングに載れるぞ!」


 割と小心者である理人は、ランキングに載らない可能性を考慮していた。

 だがそんな杞憂を吹き飛ばすかのように、フォロワーや「おすすめレビュー」という星々はきらめく尾を引きながら夜空を駆ける。


 理人は夜空に輝く星を見て、にやけずにはいられなかった。



◇ ◇ ◇



 結局、翌朝にはハイファンタジーのランキングに掲載された。

 そして1週間程度で、月間総合ランキング5位にまで上り詰めることができた。


 その日の通学路には、まばゆい朝日が差し込んでいる。

 非常に清々しい朝を、理人は迎えることができたのだ。


「理人くん、最近とっても活き活きしてるね! えへへ……」


 理人の隣を歩く有栖は、顔をほころばせる。

 太陽のように明るい笑顔だった。


「何か嬉しいことあった?」


 理人は有栖に、今までのことをすべて話した。

 数ヶ月前までは恥ずかしすぎて言えなかったが、今なら自信を持って言える。


 自分が《カクヨム》で小説を書いていること。

 前作があまりにも読まれなさすぎて、PCのモニターを叩き割ってしまったこと。

(ちなみにその後両親に怒られたが、すぐに新しいものを買ってもらった)

 そして今はランキングの上位に掲載され、底辺作家生活から脱出できたこと。

「面白い!」「ヒロインかわいい!」「主人公が努力家でカッコいい!」などという感想をたくさんもらえたこと。


 有栖は理人の話を、まるで自分のことのように嬉しそうに聞いていた。


「小説書いてるなんて初耳だったけど……苦労が報われたんだね。がんばったね。すごいよ理人くん」

「まだ月間総合1位すら獲れてないけどな」

「それでも、だよ。ランキングに載れたのに、更にその上を目指してるんだもん。わたしだったら今の時点で満足しちゃうかな」


 有栖はその後、かばんから小さいメモ帳とペンを取り出した。

 そして目をギュッと閉じ、筆記用具を理人に差し出す。


「理人くん、サインくださいっ……! ちゃんとした用紙じゃないけど……」

「はは、大丈夫だ」


 理人は”Alice Richter”と筆記体でメモ帳に書き、有栖に返す。


「ア、アリスっ……!? もしかして理人くん、わたしのことっ……」

「アリスじゃなくって『アリーツェ』だ。ドイツ語圏の名前にしたんだよ」


 ドイツ語は男のロマンだと、高校一年にして中二病である理人は考えていた。

 だから「理人」というファーストネームを”Richterリヒター”に変換し、ラストネームとして活用した。

 それに「女っぽい名前のほうがちやほやされる」という打算もあって”Aliceアリス”という馴染み深い名前を選び、さらにドイツ語圏での発音を採用したのだ。


 理人の事情を聞いた有栖は「そうなんだ……」と言ってうつむいた。

 しかしすぐに立ち直った様子だ。


「ありがとう。サイン、宝物にするね!」


 有栖は顔を真赤にしながら、あどけない笑顔を見せる。

 理人は思わず胸が高鳴ったが、「可愛い妹に褒めてもらえた」という幸せを噛み締めていた。


 だが、そんな生活は長くは続かなかった。



◇ ◇ ◇



「くそっ! どうなってやがる!」


 その日の放課後。

《カクヨム》をチェックしてみると、「つまんね」「テンプレばかりでオリジナリティがない」「パクリ」などという心無い感想が届いていた。


「オリジナリティがないだと!? パクリだと!? ふざけるな!」


 確かに今回の作品はテンプレを踏襲しているため、既存作品と似通ってしまう部分は出てくる。

 とはいえそれは、読者に人気の要素を集めたために起きたこと。


 理人は他作品のパクリにならないように、慎重に執筆してきたつもりだった。

 だがどうしてもランキング上位作品にはアンチが現れるもので、粗探しは避けられない。


「お前らはこういう作品を求めてたんだろ! なんでこんな言われ方されなきゃなんねえんだ! そもそも100パーセントオリジナルの物語なんて、この世に存在しねえんだよ! 知った風な口を利くな!」


 理人は歯を食いしばり、勉強机を拳で叩く。

 何度も自傷行為をしながら、理人の心にクレーターを作った「感想」を読む。


「『時間の無駄』だと? ハッ、わざわざ誹謗中傷する暇はあるんだな! 『時代劇的な勧善かんぜん懲悪ちょうあくが面白い』だと? 時代遅れだとでもいいたいのか! 『こんな酷い作品見たことない』だと? 星0個・フォロワー0人の作品も含めて全部読んで、自分で書いてから言え! 『ラブコメ展開が童貞っぽくて逆に好き。作者さんって本当は男ですよね?』だと? くそっ、ムカつくが言い返せねえ……!」


 理人は誹謗中傷・酷評の、そのすべてに噛み付いた。

 自分の気に入らない感想はすべて、ユーザーブロックをしてから削除したのだ。

「面白い!」という感想でも、理人が「嫌味」だと判断すれば同様に裁きを下してやった。


 聖槍で魔物を貫く度に脳内麻薬が分泌され、得体のしれない陶酔感が理人を奮い立たせる。

 だがその一方で聖騎士・リヒターは、自分の理性と人間性を悪魔に捧げているような、吐き気を催すほどの気分を味わった。


「ああ……ああああああああっ! なんでみんな俺のこと認めてくれないんだよ!」


 ──もう作品を削除してやろうか。どうせ誰も、俺のことなんて──


「──理人くん!」


 視界が突然回ったかと思うと、理人は柔らかくて温かいものに包み込まれた。

 部屋に入ってきた有栖にデスクチェアを回転させられ、正面から抱きつかれてしまったのだ。


 有栖の首筋やミディアムボブの髪からは、甘くて濃厚な香りが感じられる。

 有栖の小さくてふわふわした胸からは、心臓がバクバクと脈打つような感触を覚えた。

 思わず有栖の心拍に、意識を集中してしまう。


 有栖に身体を預けていると、理人と有栖の心音が徐々にシンクロしていった。

 それはすなわち理人の怒りの感情が、有栖への想いに上書きされたということでもある。


 有栖は理人を抱きしめたまま、耳元でささやく。


「……わたし、今日の休み時間はずっと理人くんの作品を読んでた。すっごく面白かったよ」

「嘘だ。どうせお前も『時間の無駄だった』って思ってるんだろ」

「そんなこと思ってない。みんなから馬鹿にされてた回復術師の主人公が、自分を馬鹿にしたみんなを守るために戦ってたところを見て『カッコいい』って思ったんだ」


 有栖の甘くて落ち着いた声と、そして背中を擦る感触。

 理人の怒りは、段々と溶かされていく。


「確かに他の人は、理人くんの作品を認めてくれないかもしれない。だって好みは人それぞれだもの。でもわたしは理人くんのことを認めてる。それじゃあダメ、かな……?」

「ダメ、じゃない……」

「よかった……えへへ」


 有栖は理人から離れる。

 理人はなぜか、それを名残惜しいと思ってしまった。


 有栖は頬を赤らめていたが、何かを思い出したかのように「あっ! そうだ!」と手を叩く。

「ちょっと待っててね!」と言って部屋を出ていった有栖は、一冊の本を持って戻ってきた。


「それは?」

「『星の王子さま』っていう本だよ。最近ネットでおすすめされてたから読んでみたんだけど、すっごくいいことが書いてあったの」


『星の王子さま』とは、フランス人作家サン=テグジュペリが執筆した児童文学である。

 理人も中学二年の頃は、虚栄心を満たすために海外文学を漁っていたのだが、『星の王子さま』は結局読まなかった。


「お前、高校生にもなってまだそんなの読んでたのか……こんなの子供だましだろ」

「それ、作家さんにすっごく失礼だから反省してね? ──いい? 児童文学っていうのは子供の教育も重視されてるから、大人が読んでもすっごくためになる作品が多いんだよ? それに、えっちでグロテスクな表現が使えないから、作家さんも工夫して面白い物語を書いてるんだからね!」


 有栖は人差し指を立てながら、理人に顔を近づける。

 キスしてしまいそうな距離感のせいで、有栖の説教の内容に集中できなかった。


「しばらく貸してあげるから、理人くんも『星の王子さま』を読んでみてよ──言っとくけど、わたしがお子様だからおすすめするんじゃないんだからねっ!」

「そ、そこまで言うんなら……仕方ないな」


 有栖は理人に本を押し付けた後、「いつでもいいから、感想聞かせてね!」と言って足早に部屋を出た。

 有栖の感触と残り香を、理人は無意識に思い出してしまう。


「……いかんいかん、早速読むぞ」


 本当は今すぐにでも『勇者・聖女パーティを追放された回復術師』の続きを書かなければならない。

《カクヨム》で人気を維持するためには、毎日1話以上は投稿しなければならないからだ。


 もし投稿が1日でも滞ってしまえば、読者に見限られる可能性が高い。

 なぜなら理人にとっての傑作は、読者にとって「たくさんある作品のうちの一つ」であり「替えがきく代物」でしかないからだ。

 底辺作家として辛酸しんさんめた理人自身はそう思っており、読者に見放されると思うと胸が苦しくて仕方なかった。


 だが今の状態で続きを書いても、いい作品を生み出せるはずがない。

 なので理人は、有栖が貸してくれた『星の王子さま』を読むことにした。


 パラパラと読み進めていくと、王子が故郷で育てたというバラのエピソードが、理人の目に飛び込んできた。



────────────────────



 ある日、どこかの小惑星にて。

 綺麗な花を咲かせた一輪のバラに、王子は心を奪われていた。


 バラは王子に対して朝ごはん(水)や風よけの衝立ついたてを要求するなど、ワガママに振る舞った。

 王子はバラが好きで一生懸命世話していたのだが、トゲのあるバラの言葉を真に受けて悲しむようになる。


 ついに王子はバラを置いて、星を出ていくことにした。

 バラは今までのワガママを謝罪し、王子の幸せを願って見送った。



◇ ◇ ◇



 地球にやってきた王子はしばらくして、庭に咲く大輪のバラを目撃する。

 今まで故郷のバラを愛していた王子は、残念な気持ちになった。


『ボクは宇宙にたった一輪しかない花を持っていると思って、有頂天うちょうてんになっていたけれど、そんなことはなかった。あの花は、どこにでもある普通の花だったんだ』


 王子が泣いていると、そこに狐が現れて二人はしばらく交流した。

 別れの日、狐は王子に「大事な秘密を教えてあげよう」と言った。


『それはね、ものごとはハートで見なくちゃいけない、っていうことなんだ。大切なことは、目に見えないからね』


 王子は狐の言葉を覚えるために、繰り返す。


『君がバラのために使った時間が長ければ長いほど、バラは君にとって大切な存在になるんだ』


 王子は狐の言葉を、心に刻みこむ。


『人間たちは、みんな、このことを忘れてしまっている。だけど、君は忘れちゃあだめだよ。君は、いったん誰かを飼いならしたら、いつまでもその人との関係を大切にしなくちゃ』



────────────────────



「『大切なことは、目に見えない』……」


 理人は「狐」の言ったセリフを、思わず口にしてしまった。

 ふと気になったので『勇者・聖女パーティを追放された回復術師』の詳細ページ見てみると、そこにはたくさんの「称賛」があった。


 フォロワーは9000人。

 これはすなわち、最低でも9000人もの読者が「続きが読みたい」と思ったということである。


 星の数は3000個(評価人数1100人)

 これはすなわち1100人の読者が、「作品を応援したい」と思ってくれたということである。


 上を見ればキリがないが、これらが誇るべき数値なのも事実だ。

 それに……


『更新ありがとうございます。いつも楽しみにしています』

『ヒロインちゃんマジ天使! 他のサブヒロインも可愛すぎる!』

『ガキの頃から周りに馬鹿にされながら剣を振って、回復術師のクラスに選ばれても腐らず努力して、主人公カッコよすぎるだろ!』

『はじめまして。実は私、『中二病でFランクの魔術教師』をリアルタイムで読んでました! アリーツェ・リヒター先生の作品が大好きです!』


 そんな感想が、たくさん書き込まれていたのだ。

 アンチコメントの数など目でもないほどたくさん、だ。


 理人は今まで、罵詈ばり雑言ぞうごんばかりに目を向けてきた。

 百の褒め言葉よりも一の罵倒のほうが心に残りやすいのは、人間の性だ。


 だから理人は「大切なこと」が見えていなかったのだ。


「なんだ……俺を認めてくれてる読者は、応援してくれてる読者は、たくさんいるじゃねえか……はは」


 ふと気になったので、完結済みの前作『中二病でFランクの魔術教師』も確認してみる。

 すると感想は0件であるが、100人もの人々がフォローしてくれて、そのなかでも10人は評価してくれていたことを理人は再認識した。


「最初から俺は、誰に認めてもらってたんだな……」


 理人は嬉しさよりも、申し訳無さでいっぱいだった。


 読者が一人でもいたというのに、「全然読まれない」と愚痴ぐちり。

 フォロー・評価をしてくれた読者が一人でもいたというのに、「なんで俺を認めてくれないんだ」といきどおった。


 ──俺は応援してくれた読者に、なんてことを……

 理人は心の中で謝りながら、もう一度『星の王子さま』の「狐」のセリフを振り返る。


「『君がバラのために使った時間が長ければ長いほど、バラは君にとって大切な存在になるんだ』……」


 理人も、長い時間をかけて作品を作ってきた。

 それは前作『中二病でFランクの魔術教師』や、連載中の『勇者・聖女パーティを追放された回復術師』も変わらない。


 腹を痛めて産んだ自作の評価が、思ったよりも低かった。

 だからこそ理人ははらわたが煮えくり返るような思いをしたと、今となっては冷静に分析できる。


『はは……馬鹿だよな俺。最高傑作だと思ってた自分の作品が、他のランキング作品と比べたら普通どころか底辺だもんな』

『ボクは宇宙にたった一輪しかない花を持っていると思って、有頂天になっていたけれど、そんなことはなかった。あの花は、どこにでもある普通の花だったんだ』


 前作『中二病でFランクの魔術教師』を完結させた直後に、自分が言った言葉を思い出す。

 まるで、自分が育てたバラを貶めるような発言をした、王子の言葉とそっくりだった。


 理人は最初から、自分のために一生懸命執筆した自作を、ランキング作品と比べる必要などなかった。

 王子が手塩にかけて育てた故郷のバラを、見知らぬバラたちと比べる必要などなかったのと同じように。


 自分の作品を自分で認めなくて一体どうするというのだと、理人は思い至った。


 よくよく考えてみれば、理人が小説を書き始めたきっかけは、中学三年の「朝の読書」の時間で読んだライトノベルにある。

 それまでの理人は純文学・海外ミステリ・聖書をしたり顔で読んでいたが、「訳がわからん」と投げ出してライトノベルに手を出したのだ。


 そのライトノベルの主人公は異能の名門出身だったが、両親や親戚から「空気」として扱われていた。

 なぜなら主人公には、異能の才能がかけらもなかったからだ。

 だがそれでも主人公は剣術を磨き、異能学園で序列1位の座を射止めたのだ。


 ──見限られた人間が努力して成長するような、そんな物語を書きたかった。

 ただそれだけだったのだ。


 それがいつしか「ちやほやされたい」「ランキングに載りたい」「1位になりたい」「書籍化されたい」と、当初の目的を忘れてしまったのだ。


 理人はもう一度、『星の王子さま』のセリフを振り返る。


「『君は、いったん誰かを飼いならしたら、いつまでもその人との関係を大切にしなくちゃ』……」


 それを《カクヨム》に置き換えると「一度投稿したのなら読者を大切にしろ」ということでもある。

 つまり、作品を削除して読者を裏切るべきではない、ということだ。


 フォロワー……つまり読者が一人でもいるのなら、可能な限りその読者を楽しませるのが筋だ。


 最善策は、最後まで丁寧に書いて完結させること。

 次善の策は、打ち切りエンドにすること。

 また、あまり良い手とは言えないが、更新を放置して忘れ去られるのも方法の一つだ。


 だが読んでいる途中の読者がいるにも関わらず、予告なしに作品を削除をすることは許されざる行為だ。

 それは「飼いならした」読者との縁を、「大切」だと思っていない証拠である。


 読者との信頼関係を築きたいなら、作品削除は最悪の手段だ。


『もう作品を削除してやろうか。どうせ誰も、俺のことなんて──』


 そんなことを一度でも思った自分が恥ずかしいと、理人は今更ながら反省した。


 その後、理人は『星の王子さま』を一気に読んだ。

 ツンデレのバラがあまりにも強烈だったせいで、衝撃のラストシーン以外の内容はあまり覚えていない。

 だが「今度本屋で買って、また読もう」と理人は思った。



◇ ◇ ◇



「有栖、今日は本を貸してくれてありがとう」


 日が落ちた頃。

 有栖の部屋の前で、理人は『星の王子さま』を有栖に返した。


 有栖は「わあ……一気読みしてくれたってことだよね? なんだか嬉しいな」と笑う。


「その様子だと理人くん、『星の王子さま』からなにか学んだんだね?」

「ああ──『大切なことは、目に見えない』……今までそのことに気づかなかった」


 理人は拳を握りしめる。

 先程机を叩きつけた時のダメージがかすかに残っていたが、今はその痛みすらも愛おしい。


「理人くん、これからどうするの? わたし、理人くんの作品の続きが読みたいな?」

「とりあえず、書けるところまで書くことにした──完結できるかどうかは、分からないけどな」

「そっか……うん、わたし応援する! 頑張ってねアリス……じゃなかった、アリーツェ・リヒターせんせいっ! えへへ……」


 有栖の表情を見て、理人の心臓は跳ね上がる。

 直視できないほど、有栖の笑顔は眩しかった。


 ──そういえば、「大切なことは、目に見えない」っていうのは、有栖にも当てはまることだったな。

 理人の心臓は、幸せで心地いいビートを刻み始める。


 理人がPCのモニターを叩き割ったとき、有栖は心配して怪我を処置してくれた。

 ランキング上位に入れたことを自慢したとき、自分のことのように喜んでくれた。

 誹謗中傷で傷ついたとき、優しく抱擁ほうようしてくれた。

 アリーツェ・リヒターの作品と理人自身を、心から認めてくれた。

『星の王子さま』を勧めてくれたことで、大切なことに気づかせてくれた。


 嬉しいときも辛いときも、有栖は一緒にいてくれた。


 だが実はそんな優しい有栖に避けられていた時期が、理人にはあった。

 それは中学の頃、有栖の母親が離婚して、理人の父親と再婚したときである。


 環境の急激な変化に対応しきれず、また今まで幼馴染で他人だった理人にどう接すればよいか分からなくなったのだろう。

 有栖が行方をくらまし、夜遅くになっても帰ってこないという事態が発生した。


 だが江戸川理人は近所の公園で、夜桜をぼーっと眺めていた有栖を見つけた。

 そこで「俺は《輝く聖槍サクラ・ランシア》に選ばれし聖騎士パラディンEdgarエドガー Richterリヒターだ! フゥーハハハ!」などと中二病的な言動で笑わせ、結果的に有栖は家族全員に心を開くようになった。


 そしてそれ以降、理人と有栖は他人だった頃よりもずっと仲良くなった。

 理人は有栖との思い出を振り返りながら、笑いかける。


「いつもありがとう、有栖」


 有栖は「どういたしまして」と答えた後、潤んだ目で理人を見つめる。

 そして急に背伸びをして理人の首に両腕を回し、顔を近づけた。


「えへへ……『大切なことは、目に見えない』……だよ?」


 有栖の胸中にあった、不可視の真意。

 理人自身にある、有栖に対する不可視の想い。

 理人は目に見えないものに、ようやく気づき始めた。


 ──幼馴染で義妹である有栖の、柔らかく湿った唇の感触を心に刻みながら。





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【引用文献】

 Antoine de Saint-Exupéry (1943) Le Petit Prince

(アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ 浅岡夢二(訳) (2013) 『星の王子さま』 ゴマブックス株式会社)

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