エピローグ

 三年間の学院生活は、滞りなく過ぎていった。

 テヤンディは変わらず、白薔薇のコサージュを貸し付けるシノギの債権回収――キリトリを私に任せてくれていて、私はそのおかげで少なくない財産を築くことができた。

 だけれど、テヤンディの収入はそれ以上だ。

 一体何をしたのか、私には分からない。だけれど、間違いなくあくどいことはしているのだと思う。『連獅子組』とか使って。

 私たち二人が過ごしていた部屋が、どんどん金貨の入った木箱で埋まっていき、最終的には木箱の上で生活していたくらいである。

 どれほどの金貨を稼げば、それほどの財産になるのだろう。


「さぁて。もうそろそろ着きますよ」


 公国列車。

 火の魔石を用いて動力としているそれは、聖グレイフット王国とゴクドー公国を繋ぐ唯一の乗り物だ。この列車を使わない国内への侵入は、そのまま不法侵入として扱われる。そして、その分だけ公国列車への乗り込みは、審査が厳しいのだ。

 今回、私はテヤンディの供であり、今後の仲間であると証明され、乗ることができた。


「でも、楽しみだね、ゴクドー公国」


 流れる景色を見ながら、ユーミルさんが嬉しそうに言う。

『白薔薇組』服飾部門のユーミルさんだ。結局、コサージュは三年間でそれほど上流階級には浸透しなかったけれど、テヤンディの婚約者であるジェラルド王子が胸に付け始めたことを切っ掛けに、公爵令嬢たちが徐々につけるようになった。

 そんな中で様々なデザインを考え、街の工場一つと提携し、テヤンディの後ろ盾もあって企業を作った。現在は『ユーミル服飾産業』という名前で、ユーミルさんは社長になっている。


「わたくしは、何度か来ましたからね。ですが、憧れの地であることは間違いないですよ」


 そんなユーミルさんに言うのは、エイミーさん。

『白薔薇組』組長補佐、エイミーさんだ。この人はこの人で、三年間の在学中はテヤンディの補佐として表でも裏でも動いていたのだとか。『連獅子組』とも、一度はテヤンディを伴って訪問したが、その後はほとんどエイミーさんが窓口に立っていたらしい。

 今後、組織の間でどうなっていくかは分からないけれど、エイミーさんはこれからもテヤンディの右腕であり続けるだろう。


「ふむ……わたしは初めてだが、あまり王国と変わらんように見えるな」


 腕を組んで、そう窓の外を眺めるのはベアトリーチェさん。

『白薔薇組』若頭補佐――まぁ、つまり私の補佐なんだけど。結局三年間、外にいる間は常にベアトリーチェさんを伴うように過ごしていった。結果、誰からも暴力の被害に遭わなかったのは僥倖だろう。

 最終的に、コサージュを管理した数は八百にも及んだため、彼女の月給は金貨六十枚ほどになった。しかも全く使っていない様子だったから、かなり貯め込んでいると思う。


「私も初めて。入学したときには、こんな風になるとは思わなかったよ」


 そして私――リリシュ・メイウェザー。

『白薔薇組』若頭――テヤンディに次ぐ、二番目の役職だ。結局、私がやったのは最後までコサージュのキリトリだけだった。だって最後の方、管理物凄く面倒だったし。その代わり、金貨百枚ほどの月収にはなってくれたけど。

 だから今、私の貯金は金貨三千枚ほどある。平民の生涯年収にも近いと言っていいだろう。


「あたしは、今から楽しみですよ。皆さんを家族って紹介するのがね」


 最後に、テヤンディ・ゴクドー。

『白薔薇組』組長。私たちにとっての組長オヤジだ。

 何をしていたのかは分からないし、教えてくれない。だけれど、ここにいる全員の中で、最も金を稼いだのはテヤンディである。

 何せ、この列車――まるごと一両を貸し切っているんだけど、積み込んだ荷物のほとんどがテヤンディの金貨なのだから。

 軽く、金貨にして十万枚はあるだろう。よくそれだけ貯め込んだものだ、と逆に感心してしまう。


「さぁて、純度の高ぇ王国金貨を、これだけ持ち帰ったんだ。貫目としては十分。暖簾分けしてもらうに足る実績と言えるでしょう」


「でも、大分取られちゃうんだよね?」


「上納するのは、あたしが持ち込んだ分だけでさ。皆さんの私財には、一切手を出さないように伝えてあります。ま、半分ほどは上納することになるでしょうが、大したことじゃありません。それでも、元手としては十分でさ」


 金貨五万枚を、大したことのない量と言えるだけの自信が欲しい。

 でも実際、ここにいる面々はそれなりにお金を持っている。私だって、向こうに置いてある木箱に金貨を詰め込んでるし。

 テヤンディみたいに、木箱いっぱいに入ってるわけじゃないけどさ。


「さて、皆さん」


 にやり、とテヤンディが笑みを浮かべる。

 猛禽類のように暴力的で、しかし刹那的な美しさすら漂わせる笑みを。


「これから、あたしらはシノギをしていきます。それも王国のボンボン連中相手じゃありません。本場ゴクドー公国の、シノギにこなれた連中を相手にして、です」


「……」


「あたしの金看板を背負ってんだ。下手な任侠、見せちゃいけませんぜ」


 思わず、私は唾を飲み込む。

 これから向かう先は、ゴクドー公国。テヤンディが生まれ育った場所。

 つまり、この先には。

 数多の、テヤンディのような強い人たちが待っている――。


 ゆっくりと、列車が止まる。

 学院は卒業したけれど、これで終わりじゃない。

 私たちのシノギは、これからも続いていくのだ。


「さぁ、行きましょう」


 私は、ついていくと決めた。

 たった一度しかない人生、この人の背中についていこうと、決めたのだ。


 任侠令嬢テヤンディに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

任侠令嬢テヤンディ 筧千里 @cho-shinsi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ