第68話 順調なシノギ
ふんふーん。
思わず、鼻歌が漏れてしまう。
人生に余裕があるって素晴らしい。
「随分と楽しそうだな、リリシュ嬢」
「うん……? そう見える?」
「ああ。ここ数日は、随分と機嫌が良さそうだ。一時は元気がなかったから、心配していたのだが」
「あー……えっと、うん。ごめんね」
ここ四日ほど――コサージュを伯爵家の娘に貸与しはじめてから、私の懐事情は大きく変わった。
何せ、コサージュをつけていない伯爵令嬢に対しては、コサージュをつけた子爵令嬢が存分に虐めてもいいと許可が下りているのだ。最初はふざけるな、と反発していた伯爵令嬢も少なからずいたが、三日目にはその声も小さくなった。何せ、コサージュをつけた伯爵令嬢も、その虐める側に回ったからである。
伯爵家が、最低家格――そうなるまで、時間は掛からなかった。三日目には、私の管理するコサージュの数が二百にまでなったと言えば、その凄まじさが分かるだろう。
そう、私は今。
計算すれば月収にすれば金貨五十枚――平民の年収ほど、稼いでいるのである。
「しかし、今日は何人に取り立てに行くんだ?」
「ええとね……今日は六人。今後は、もっと増えるんだよね。四日前から、伯爵家へのレンタルも始めたから、その分の回収日もちゃんと確認しておかないと。今は六人から十人くらいだけど、一週間後には二十人から三十人くらいは一日で向かわなきゃいけなくなる」
「ふむ……それだけ拘束時間が長いならば、わたしへの報酬ももう少し色をつけていいのではないか?」
「うーん……そうだよね。ベアリーチェさんがいないと、私のキリトリもなかなか難しいし……」
ベアトリーチェさんと私は、一応契約を結んでいる。
それは基本的に寮の部屋から外にいる間、常に私の近くにいてくれるという契約だ。私はあくまで子爵家の娘だし、戦う手段なんて持っていない。だから、もしもキリトリ相手が反抗してきた場合、暴力に屈することになってしまうかもしれない。
だから、ベアトリーチェさんに常に近くにいてもらって、その危険を先に排除している。そして、もしも相手が荒事に出てきた場合、ベアトリーチェさんが矢面に立ってくれる――その代償として、私から支払うのは月に金貨一枚だ。
「うん、分かった。それじゃ、少し色をつけるよ。金貨二枚でどうかな?」
「駄目だな」
「えっ……」
「リリシュ嬢は、歩合制だろう? ならばわたしも、その歩合制に乗ろうではないか。日給で貰う形ではどうかな?」
「むっ……」
確かに、私は歩合制である。
これは、テヤンディに言われて私も一生懸命考えたことだ。テヤンディが儲ければ儲けるほど、私も儲かるというシステムを考えた。
でも確かに、私が歩合制なのにベアトリーチェさんが固定給というのも、おかしな話だろう。
「そもそも、テヤンディ嬢が言っていただろう。自分の値付けを他人に任せるな、と」
「うん、そうだね。それじゃ、ベアトリーチェさんは自分にいくら値付けをする?」
「わたしとしても、リリシュ嬢が苦しむほどの額を提示するつもりはないとも。リリシュ嬢は、わたしがいなければ仕事が回らないことも分かっているが、な」
「ちぇ」
管理している私と、私を守るベアトリーチェさん。
私はベアトリーチェさんがいないと、相手の暴力に抗う手段がないから困る。だけれど、ベアトリーチェさんは決して私を守らなくてもいい。
ベアトリーチェさんなりに、最近シノギを色々と考えているみたいだけど、彼女ならばいざとなれば、どんな手段でも稼ぐことができるだろう。強いというのは、それだけの価値があるのだ。
だから、多少阿漕な値段を出されても、まぁ仕方ない。
「それで、いくら?」
「このように、債権回収に同行する場合、相手一人につき銀貨二枚。六人ならば十二枚。十人ならば二十枚だ」
「……」
くっ。
微妙なラインを提示された。
私は基本的に、週に一度それぞれのご令嬢からキリトリをしている。伯爵令嬢からは週に十枚、子爵令嬢からは週に三枚だ。そして、一人あたり銀貨八枚をテヤンディに上納しなければならない。
つまり、単純計算で二百人を週四回で八百かける二の千六百。
金貨にして、およそ月十六枚――。
「……」
頭の中だけで、ひたすら計算する。
二百人――単純計算で伯爵家百五十人、子爵家五十人。月に回収できるのは合計で金貨六十六枚だ。そして、二百人かける銀貨八枚をテヤンディに上納するため、それを引けば金貨五十枚。そこからベアトリーチェさんに支払うとなれば、さらに金貨十六枚を引いて、残るのは金貨三十四枚だ。
それでも、かなりの大金ではあるけれど――。
「私のシノギは、テディとベアトリーチェさんがいなけりゃ、できないことなんだよね」
「ああ」
私の債権回収――キリトリのシノギは、自分からテヤンディへと売り込んだものである。
だけれど、これは同時に、私の命運もテヤンディに預けたようなものだ。テヤンディのシノギが上手くいかなくなれば、同時に私もシノギを失う。
そして数が増え、私よりも爵位が上になる相手が顧客になった以上、少なくない威圧力が必要になる。その役割がベアトリーチェさんだ。
だから私は、二人のどちらがいなくなっても、このシノギを続けることはできない。
「だから、ベアトリーチェさんには感謝してるんだ。私は、この学院に入った頃は……最低家格の貴族として、虐められる毎日だって思ってたから」
「ああ」
こんな風に、穏やかな毎日は過ごすことができなかっただろう。
シノギでお金を稼ぐことも知らず、ただ搾取される側に、私もまたいただろう。
「二人に出会えて、本当に良かったと思ってるよ」
「そうか。それはわたしもだ。友人ができたことを、わたしもまた誇りに思う」
私の言葉に、ベアトリーチェさんもまた笑顔で頷いてくれた。
その笑顔もなんとなく威圧的なのは、やっぱり厳つい顔立ちのせいだろう。
だから私も笑顔で、返すのだ。
「だから、一人当たり銀貨一枚にまけてくれない?」
「残念だが、銅貨一枚まからん」
ちぇ。
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