第67話 全ては掌の上

「それで、リリシュさん。首尾はどうですかい?」


「テディの予想通りだったよ」


 夜。

 私は食堂に最低限だけ寄って、夕食をすませた。普段は割と長い時間――夕食の始まりから終わりまでいるんだけど、私はその前半のほとんど不在だったのだ。

 テヤンディの指示で、私はベアトリーチェさんと一緒に教室にいた。

 勿論、顧客を増やすために。


「今日だけで、十五人。伯爵家のご令嬢が、白薔薇のコサージュをつけることになったよ」


「いやぁ、リリシュさんから言い始めたことではありますが、あたしとしても管理をリリシュさんに任せて良かったですよ。あたし一人だと、そんなに覚えきれません。誰からいくらキリトリするか、考えるだけで一日が終わっちまう」


「まぁ、私もそれだけ稼がせてもらってるから、ありがたいよ」


「それで、伯爵令嬢に対する値付けはどれほどになりましたんで?」


 以前に、テヤンディは約束してくれた。

 今後、伯爵家のご令嬢に対してもコサージュを貸し付ける。その上で、キリトリ――債権回収は私に任せてくれる。

 そしてテヤンディが私に求めるのは、コサージュ一つあたり月に銀貨八枚。伯爵家のご令嬢への値付けは、私に任せてくれる――と。


「とりあえず、子爵家と同じ値段で最初は始めてみた。七日間で、銀貨一枚」


「ほう。まぁ、伯爵令嬢ならあっさり出せるでしょうね」


「うん。ただし、その次からはふっかける。それで嫌だって言うなら、また子爵家のご令嬢たちにいじめてもらう予定だよ」


「ほほう。それで、値付けは?」


「七日間で銀貨十枚」


 私の、伯爵令嬢に対する値付け――それは、七日間で銀貨十枚。つまり、月に銀貨四十枚。

 そのうち、テヤンディへ支払うのは銀貨八枚だ。つまり、伯爵令嬢一人あたり、私の収入は銀貨三十二枚――三人で金貨一枚にも届くほどになる。

 今日で十五人増えたから、単純計算で金貨五枚弱。伯爵令嬢はもっと大勢いるから、いくらまで膨れ上がるか考えただけで頬が緩んでくる。

 ちなみに、この十五人の中にエイミーさんとベアトリーチェさんは含まれない。あの二人も今後はコサージュを着用するんだけど、その代金は直接テヤンディに支払われる予定だ。一応こちらは、シノギというより上納金としての扱いらしい。

 ははぁ、とテヤンディは腕を組んだ。


「なかなか、気合いの入った値付けをしましたね。その条件は、もう話してるんですかい?」


「うん。みんな渋そうな顔をしてたけど、断る人はいなかったよ」


 今日、私が相手にした伯爵令嬢たち。

 彼女らに同じ条件を伝えたら、一瞬だけ眉をひそめてから、渋々頷いてくれたのだ。学院内でのいじめとは、それだけ怖いものなのである。月に銀貨四十枚を払ってでも回避したいくらいに。

 それに何より、テヤンディから子爵家に対して、伯爵家の令嬢をいじめてもいいという許可が下りているのだ。一日でも早くコサージュを手に入れなければ、今まで虐げてきた分を仕返しされるだろう。

 だから、授業が終わってからも教室に残って、私は伯爵令嬢たちの相手をしていたんだけど。


「でも、テディに言われたようにして良かった」


「やっぱり、ベアトリーチェさんは必要でしょう?」


「うん。中には、数人で来た人たちもいたからね。私一人だけだったら、調子に乗るな、って暴力振るわれてたかも」


「今、一番危険なのはリリシュさんですからね。行動は常に、ベアトリーチェさんを伴う方がいいですよ」


「うん。ベアトリーチェさんにもそう言ってる」


 ベアトリーチェさん――あの体格と厳つい見た目は、それだけで武器になってくれる。

 力の弱い私が、今後もシノギを続けていくためには、彼女の協力が必要だ。


「ただし、リリシュさん。これは友情じゃなく、シノギの話になりますが」


「勿論、分かってるよ。ベアトリーチェさんは、基本的に部屋の外にいる私と行動を共にしてもらう。代わりに、月に金貨一枚を払う形で話はついてるから」


「ほほう。金貨で払うことになりましたか」


「これでも交渉したんだよ。最初、ベアトリーチェさんから求められた報酬、金貨二枚だったんだから。友達割引をしてやる、ってどうにか金貨一枚になったんだよ」


「くくっ……ベアトリーチェさんらしいですね」


 ぶー、と唇を尖らせる。

 本当は、私がベアトリーチェさんの上納金を肩代わりするだけで済ませるつもりだった。月に銀貨十枚で、私を守ってもらおうと思っていたのだ。

 だけれど、それをベアトリーチェさんに伝えたところ、嬉しそうに「そうか、なるほど。それをわたしのシノギにすればいいのか」って言ってきて、結局金貨一枚になった。

 まぁ、それだけ私も頼ることになるだろうから、別にいいんだけど。


「シノギの中にも、ちゃんと友情は保つようにしているのが、彼女らしいですよ。本来、あたしらみたいな稼業の連中は、金での繋がりですからね」


「お金での繋がり?」


「ええ。利用価値があれば、友情でも何でも利用します。利用価値がなくなれば、友情なんて消えてなくなる。それがあたしらの生き方でさ。まぁ言い方は悪いですが……ベアトリーチェさんは金貨一枚で、リリシュさんとの友情を買ったんですよ」


「……」


 確かに、言い方は悪いかもしれない。

 だけれど確かに、ベアトリーチェさんは友達割引だと言ってくれた。私とは、ビジネスパートナーではなく、あくまで友達関係でいたいということだろう。


「お……」


 そこでふと、こんこん、と私たちの部屋――その扉が叩かれた。

 私は気持ちを切り替えて、顔に笑顔を貼り付ける。

 この時間に、この部屋を訪れるということは――。


「はい?」


「し、失礼……こちら、リリシュ・メイウェザーさんのお部屋かしら……?」


「ええ。どうぞ、入ってください」


 名前を知らない、隣のクラスの伯爵令嬢。

 そんな彼女を見て、私が思ったことは一つ。


 カモが来た。

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