第9話 夏休みの旅行

 勝の車は海に向かって走っていた。

 僕たちは夏休み前の忙しい時期が過ぎて疲れ切っていた。疲れを癒しに海に行く。と言っても、片道2時間ぐらいかかる。勝にとってはかなりの負担ではないだろうか。

 勝は運転席で楽しそうにしていた。僕は助手席に座って流れていく景色を眺めていた。

 僕たちだけじゃない。後ろにはまだ眠たそうにしている梅澤さんと錫歌がいた。それでも二人とも楽しそうに談笑していた。

 旅のバイアスを薄くとも感じていた。

 「なぁ、今9時過ぎだし、向こうについたら昼前だから何食べる?」

 勝はバックミラー越しの二人に声をかけた。僕は景色を見ながら意識は会話の内容へと向ける。まだ、高速に入ったばかりで当たりは木ばかりだ。時折防音フェンスが太陽を反射して目が痛くなる。

 「どうする?」

 「向こうって何あるっけ」

 梅澤さんはスマホを取り出して調べ始めた。

 「お蕎麦が美味しいようだよ」

 「お蕎麦いいね」

 「お前はうどんがいいか」

 僕に振られていることをわからずに、反応が数秒遅れた。流れる景色から隣の勝に目線を移す。僕は別に特別食べたいわけじゃないからみんなに合わせるよ。と言ったら、勝は笑って、

 「じゃ、それで決定。」と言った。

 車の中はずっと音楽がかかっている。僕の聞き馴染みのない音楽で、最近流行りの曲と勝は言っていた。流行りの曲はあまり聞かない。気に入ったやつがあまりメジャーじゃないのが多い。

 錫歌もそんなことを言っていた。梅澤さんと流れている音楽の話をしているときも、知らない、とか、あんまり聞かない、と聞こえてきた。

 パーキングエリアにつくと、それぞれにトイレに向かったり、小腹を埋めるために売店に行ったりした。僕は勝つとトイレに行った。

 「でも、よく来てくれたな。川上さん。」

 「そうだね。」

 「なんか仲良いじゃん。趣味でもあった?」

 「まぁ、そんなところかな」

 僕はあまり錫歌のことを深く言いたくはなかった。創作の話はいいとして、兄の話は勝にはしてない。虚無になるとか、絶望するとか、そういうのをいつもアーティストぽいからと、そういう理屈にして丸め込んでいた。

 理解を示してくれるように説明もした。そこに、多少の嘘は混じってる。

 「そうなのか。売店行こうぜ。女子が待ってる」

 手の水をハンカチで拭いている間、ふと家族連れが目に入った。

 「そういや、何食べるの」 

 先に歩いていた勝に、早足になりながら聞く。勝はさぁ、と言って。肩を上げた。

 「入ってから決めようかな、値段もあるしさ」

 「まぁ、確かに。」

 「お、あっちに本屋があるな。ちょっと、あとで寄るか」

 「うん、そうだね」

 入り口を向かって奥の方に、本屋の看板が見えた。ガラスの大きな窓があって。街を一望できるみたいだった。

 「あ、こっちこっち」

 四人席を確保していた、錫歌がこちらに手を振っていた。

 「いや、ここのパン美味しそうだったから、ちょっと多く買っちゃった」

 見るとお盆の上には四つも乗った。しかも、どれもそれなりの大きさをしていた。

 「錫歌、小腹どころじゃないぞ」

 「まぁ……あんまり、朝ごはん食べてないし」

 「それなら、大丈夫なんだろうけど」

 僕は辺りを見る。見つけた梅澤さんは、アイスコーヒーとパン2個をトレイに乗せてこちらにきていた。

 「二人とも、何か買ってくれば?ここのパン美味しそうだよ」

 と柔らかい笑みを作りながら、トレイを目線の高さに上げてパンを見せびらかした。

 ほのかに小麦粉の匂いが漂ってきた。梅澤さんはメロンパンとサンドイッチを買っていた。隣にあるコーヒーの渋い匂いが鼻腔を通ると、少し喉が鳴った。

 「じゃ、買ってこようかな」

 「そうするか」

 売店はバイキング形式になっていて、ガッツリ食べようとすると食券を買う必要があるらしい。パンを買うだけならトレイに乗せてレジに運ぶだけでいいらしい。

 それほど、お腹も空いていなくて、さっき梅澤さんが買っていたメロンパンを手に取った。レジでホットコーヒーを注文する。勝はサンドイッチとカレーパンをとっていた。コーヒーは頼まないらしく、代わりにオレンジジュースを頼んでいた。

 僕たちが会計を済ませて梅澤さんのところへ戻ると、二人とも残り一個のパンを食べていた。

 「食べるの早いね」

 「先食べるなら、言ってよー」

 僕たちが一斉に違った言葉を言うと、聞いていた二人はおかしそうに笑った。

 「そうね、先に食べるなら言ったらよかった。」

 「美味しくて、手が止まらなかった」

 悪気がなさそうに手が止まっていないのは錫歌だった。

 丸テーブルになっていて、鈴鹿の隣に腰を下ろした。

 錫歌は若干に怖い目をした。でも僕にしかわからない程度のものだった。

 あなたはこっちじゃないでしょ。と。

 僕はメロンパンを包んでいる紙を剥がして、一口齧ろうとすると

 「あ、おんなじメロンパン買ったんだ。」

 と無邪気に梅澤さんが言った。

 僕は頷いた。

 「それ、美味しかったよ。コーヒーともとてもあってる」

 と嬉しそうに言っている。その言葉に期待するように一口齧ってみると、美味しかった。コーヒーを飲むと後味の砂糖の味がいい感じの甘味を出して、渋いこのコーヒーとよくマッチしていた。鈴鹿の良い通りかもしれなかった。

 僕が食べるのに夢中になっている間でも実際見なくてもわかることがあった。

 勝は甘味を感じるにはあまりにも程遠い目をしていた。

 パーキングエリアの本屋に寄ったときに梅澤さんから買ってもらった本を手に取って表紙を眺めていた。綺麗な写真のような背景に、女性が空を仰いでいる表紙が特徴的だった。

 表紙を開けて目次を見ると、章で分けられているらしいが長編だった。

 梅澤さんと本を買って交換するという話になった。お互いが欲しいのを注文するのではなくて、買ってから相手に見せずに交換しようとなっていて、僕は短編集を買って渡した。

 梅澤さんは少し珍しそうに眺めて、

 「この人の作品読んだことなかったんだよね。短編あったんだ」

 と呟いていた。

 作家は夜叶余が好きだった。死や、そういう苦悩が描かれているものを好む傾向にある。だから、夜叶余も暗い雰囲気を得意とする作家だった。

 でも、梅澤さんに渡すとなると陰鬱な作品を選ぶ気にはなれなかった。夜叶余には珍しい少し奇妙ではあるが明るい作品が多く収録されている短編集を渡した。

 「ん?なんか、面白いのあったのか」

 勝はハンドルを握りながら、こっちを見ずに尋ねた。

 先ほどの怖い勝の視線を思い出すと、梅澤さんの名前を言い出せなかった。

 「うん、あった」

 「そうか。持ってきてないのか。本」

 「持ってきてるけど、トランクに入れてたこと忘れてたから、丁度良かった」

 勝は曖昧な返事をした。

 トランクに入れたことは嘘じゃない。

 「ねぇ、あとどれくらい?」

 楽しく梅澤さんと喋っていた、錫歌が身を乗り出して勝に聞いた。

 「おい、危ないぞ。ちゃんと座ってろ」

 「へへ、んで。どれくらい?」

 勝はしばらく黙って、カーナビをちらっと見た。

 「あとちょっとだな、そうだな45分くらいか?」

 「全然、ちょっとじゃないじゃん」

 錫歌は椅子に座り直すと、梅澤さんが持っていた本を見ていた。

 「あ、その本読んだことあるよ。すごいね、夜叶余か。」

 こちらに視線が飛んできたかと錯覚させるほどに、背中に感覚があった。

 「私、こういうの好きなんだ。何個か持ってるから貸してあげようか」

 梅澤さんはちょっと考えたふりをして、慎重に尋ねる風に口を開いた。

 「暗い話が多いの?」

 「うーん。そうだね、比較的」

 「比較的か…錫歌ちゃんが持ってる本は明るめ?」

 「そうだね、それの後日談的な話なら持ってるよ。」

 「じゃ、それ貸して」

 梅澤さんは微笑んで、ごめんね、断りもなく本読んでて。と謝った。

 「別にいいよ、こういう移動はいずれ暇になるんだよ。私の前の男なんて、隣に運転してる人がいるのに呑気に本なんか開いちゃってるし」

 勝は笑った。高い声で。

 「ちょっと見てただけだよ。」

 「はは、ちょっとからかっただけだよ。

 ねぇ、近藤。今日は晴れてるね。雲ひとつない。」

 「そうだね。」

 「今日の夜は快晴?」

 天気予報を見る習慣がない僕は困って勝を見る。勝は視線を察して晴れだよ、と一言答える。

 「そうなんだ。ヨサリはツクヨが綺麗だと言った。」

 「何それ」

 梅澤さんは不思議そうに錫歌に聞くと、錫歌は不敵な笑みを作って答えた。

 「おまじないだよ。成功のね。」

 

 ホテルに着いたとき、11時を回っていた。

 渋滞に巻き込まれて予定よりも少し遅く着いた。

 チェックインを済ませる。部屋は二つに、男女で分かれている。

 荷物を置いて、それぞれがちょっと一息をつく。

 「運転、お疲れ様」

 窓を開けながら、勝を労うと、おうよと答えが返ってきた。

 海が綺麗に一望できた。小高い山に突き出すように立っているホテルの窓からは水平線すらも拝めた。涼しい風が頬を撫でる。手紙が飛びそうなほどに爽やかな心地がする。

 隣に勝がやってくると、海が綺麗だ、とか、会社の窓からはこんな景色は拝めないな、とか言い合った。

 時間が12時になると梅澤さんたちに声をかけて、近くの蕎麦屋さんに行った。

 食べ終わって、店を出るともう13時近い。みんなお腹が空いていて、いつもより多い量の注文をしたために、苦戦を強いられた。旅の情緒が僕たちを狂わしたと思った。

 海は人でいっぱいだった。でも、テレビで見るような感じではなくて、ただ多いなくらいでそこまで窮屈な思いはしなくて済みそうだった。

 ホテルにはしゃぎながら帰ると、四人はそれぞれ水着に着替えて海に向かった。

 女性陣は日焼け止めを塗るとかで僕たちは一足先に海に入った。

 高校生以来の生の水だった。僕は大学生のときは、プールや海の誘いがあったとしても、全部断った。理由は単純で面倒だったから。でも、こうして入ると気持ちよかった。

 勝は向こうで、泳いでいた。フォームが綺麗でかっこいいなと思いながら見ていた。

 「お待たせ」

 振り返ると、少し顔を赤らめた梅澤さんがいた。

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エゴイズムの間で揺れる 辛口聖希 @wordword

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