【読書エッセイ】「ゴール」から思い出す小説【KAC2021 お題『ゴール』】

石束

「ゴール」の小説

 例によって「ゴール」について考えてみます。


【ゴール】 

1.決勝の線 あるいは点

2.相手側のゲートにボールを入れ、味方の得点とすること。またそのゲート。

3.努力などの目標点。最終目的。

4.ゴールイン(和製英語)の略

【ゴールイン】とは〔選手やボールが〕ゴールを突破して、最終目的地に達したり得点したりすること。サッカーなどのゴールと紛らわしい所為か最近の陸上競技の中継では日本国内以外でも通じる「finish」を使う機会が増えてきた。


 陸上の駆け抜ける「ゴール」と、サッカーの得点「ゴール」が、なぜ同じなのか。言われてみれば奇妙でしたが、こういう事だったのか。今回はお題だからともかくも、今後使う機会があれば、意識しないと。

 しかし「finish」はピンとこない。使いにくい感じです。とはいえ、こういう事情を知ってしまうと「今、ゴォール!」みたいな使い方は……ああ、ほんとだ。サッカーと紛らわしい(笑)

 バスケットボールのアレも「バスケットゴール」ですが、このお題をバスケでやる方とか、シュートのシーンなんか、どうやってらっしゃるんでしょうか?


以下、読書感想文です。


【『ゴール』は技術の限界の向こう】

『F1 地上の夢』(海老沢泰久著)


 本田技研工業のレーシングチーム『ホンダF1』のF1挑戦を描いた物語。

 取材対象の真実と関係者の心の機微に深く迫る優れたノンフィクションと、現実に取材した実在感とドラマにあふれた小説。とくにスポーツに関する物語を沢山世に送り出した海老沢泰久氏による新田次郎文学賞受賞作です。

 別の著作によれば、海老沢氏と本田宗一郎氏は一度も会っていません。しかし「だからこそ」というべきか、丹念に拾い上げられた関係者の証言から浮かび上がる本田氏の肖像がとても魅力的で鮮やかでした。

 さて。今回『ゴール』のお題でこの本が紹介したかったのは、このお話がモータースポーツのゴールに向かう話であるというのも勿論なのですが、同時に表題にある通り「地上の夢」――エンジン開発の極限に挑む物語でもあるからです。

 物語終盤。驚くべき進化を遂げたホンダエンジンはF1の世界を席巻します。しかしホンダが必死に開発してきた「ターボエンジン」は近くレギュレーションによって全面禁止になる。ホンダに対する圧力ではないか、いやそれ以前にエンジンの進化、技術の進歩こそ信条とするカテゴリーであったはずの「フォーミュラー1」で今更自然吸気のエンジンに逆戻りせよというのか? こんなF1にホンダが参戦する意義とはなんなのだ? 憤りと迷いを抱えたスタッフは最高顧問本田宗一郎の下に相談に赴くのですが、そんな彼らに「オヤジ」こと本田宗一郎がかけた言葉とは……

 ――と、もうここらへんが一番しびれる場面。専門用語ばっかりのこの本を頑張って読んできてよかったと思える瞬間でした(笑)

 

 なお、この『F1地上の夢』は、1987年以降の鈴鹿サーキットでのF1開催が発表された――というところで終わります。

「音速の貴公子」アイルトン・セナと「プロフェッサー」アラン・プロストを擁するマクラーレンがホンダ製ターボエンジン搭載のマシンでフェラーリ以下の他チームをぶっちぎり(16戦15勝)、プロレスのリングサイドからF1のサーキットへと活躍の場を移した古館伊知郎アナが名調子でそれを実況しまくったという、あの史上空前のF1ブームまで、あと二年。


 くそお、本当にいい所で終わるなぁ。この本(笑)





【『ゴール』は勝負の決着】

『聖の青春』(大崎善生著)


 これもノンフィクション小説。将棋棋士・村山聖を題材とした一冊。


「勝負の行方がおおよそ分かった将棋では、負ける方は静かに自分自身の気持ちの整理をして心情的に負けを受け入れる準備をするが、勝っている方は自分が手にした勝利を確定するために正しい道のりを間違いなく歩こうと張り詰める。ゆえに勝負の決着の後、勝った方こそが激しく消耗している」

 将棋の『ゴール』――勝敗の決着について、こんな描写があったのはこれも将棋の物語である漫画『3月のライオン』でした。


 本作『聖の青春』における物語の終盤で主人公村山八段とライバルの立ち位置になる羽生四冠が闘うシーン。

 この将棋は9割羽生四冠が負けという勝負でしたが、終盤、村山八段が致命的な「失着」――勝敗に関わる決定的なミスを犯すことで、試合の様相が一変。

 ここで「間違わないように気を付ける」勝者と「敗北を受け入れるために気持ちを整理する」敗者という二人の立場が入れ替わるのです。

 NHK杯テレビ将棋トーナメントは対局者双方の持ち時間が少ない早指し戦であり、このお話が原作の映画では秒読みの声がみてるこっちが苦しくなるくらいにうるさく感じるような時間的圧迫感がある名場面。とくに物語が進行するにつれて時間との戦いになっていくストーリーでしたからなおさらに息苦しく、その緊迫感の中で、松山ケンイチさん演じる村山八段がその一手を刺した瞬間に「あっ」と一瞬で空気が変わってしまうのが印象的だったのを記憶しています。

 史上初めて将棋のタイトル七つを制覇し

「この人に勝てる人はいないだろう」

と誰もが感じていた羽生善治と13度対戦して、6勝7敗。この98年のNHK杯決勝戦が、29歳の若さでこの世を去った天才棋士村山聖の最後の敗北でした。

『ゴール』の物語とは決着の物語であると同時に「過程」をいかに描くかという物語であると考えるなら、将棋ほどにそれが鮮烈であるテーマはないと思います。





【絶望と死闘の果てにたどり着いた『フランスゴール』。『夢』からの解放】

『俺たちのフィールド』(村枝賢一著)

『6月の軌跡』

『日本代表を、生きる 「6月の軌跡」の20年後を追って』(増島みどり著)


 6大会連続W杯出場。アジアで最初のワールドカップを自国開催。南アフリカ大会では自国開催以外での自力での本選進出を果たし、ロシア大会では強豪国ベルギー相手に途中まで五分の戦い、もう少しでベスト8。

 こんな現在のサッカー日本代表からは想像できないかもしれませんが、日本サッカーはなんども世界の壁にはじき返されてきました。その失敗と挫折の繰り返しの中からJリーグが生まれ、やがて国外で活躍する選手が生まれ、次第にワールドカップ出場は荒唐無稽な絵空事から、日本国民すべてが共有する、決して不可能ではない『夢』と変わってゆくのですが……。

 しかし、それこそが本当の地獄の始まりだったと後にサッカーファンは思い知ることになります。

 とあるサッカー漫画の、とあるキャラクターのセリフ。


『「サッカー」とは……宗教、言語、人種全てを問わず、世界中で理解されている唯一のスポーツだ。次のフランス大会に出場できなくとも、日本は、2002大会に開催国特権で自動的に出場できる。それが、どういう事かわかっているか!? 今度の予選に勝ってフランス大会に出場しなければ「弱き国ニッポンは金の力でワールドカップに初出場した」――と、世界中から言われるんだぞ!! 第一回ならともかく、60年も続いた大会に「開催国初出場」の記録を残す事は……サッカーを愛する人間にとって――――永久に消える事のない……恥だ!!』


 かつて――

 フィクション、特に少年漫画の世界ではサッカー漫画は子供たちが主人公の物語で、高校生で終わってしまうのが大半でした。しかしJリーグの発足とワールドカップへの道が示されたことで、少年から高校生、海外留学とプロでの活躍、ワールドカップへ。というストーリーが、現実をわずかに遅れて追いかける様に描かれるようになりました。

 そして少年誌に競うようにサッカー漫画が掲載される中、まるで現実同様のエネルギーをもって勃興期のサッカー日本代表の姿を描いたのが上記のセリフが登場する『俺たちのフィールド』でした。

 今読んであらためて思うのはサッカーのフィールドを舞台とする命がけの闘争と呼ぶにふさわしい必死の戦い。

 それは「ドーハの悲劇」から自国開催ワールドカップの間(はざま)で、ひたすら前だけ向いてしゃにむに突き進んでいた日本サッカー(ファンを含む)の苦闘とびっくりするぐらいリンクしています。


 この時代を今、改め読み直す時、手がかりになるのが次の本。


『6月の軌跡―’98フランスW杯日本代表39人全証言』

『日本代表を、生きる 「6月の軌跡」の20年後を追って』(増島みどり著)


 この本は2002年の日韓共催ワールドカップの前に書かれたフランス大会関係者へのインタビュー――証言集です。

 それこそスタッフや応援するファン――『サポーター』なんて言葉すら耳新しかった時代に、フランスへ行った人たちはどんな事を感じたのか? それを丁寧に尋ねて回っています。

 そして同じ著者が同じく39人の下を訪れてインタビューを試みる『続編』。20年後の今、彼らが何処で何をしているのか。これも同様です。


「こんなことでは日本サッカーは世界に通用しない」なんてセリフは全然なく、突き詰めて真実を話せと迫るでもなく、証言を書き留めてゆくという姿勢のルポです。

 だからこそ、貴重な記録になるであろう一冊です。


 ◇◆◇


 今、手元に当時の雑誌があります。週刊サッカーダイジェストのフランス大会出場記念号です。


 その「Road to France」の言葉の下に添えられた見出し。


 約束の地 ジョホールバル  夢からの解放  歴史的な一夜


 サッカーの歴史は続いている。進化するサッカー日本代表と日本サッカー界にとって、ワールドカップ初出場は「通過点」ですが。


 この記念号の表紙を飾る集合写真の彼らにとっては、ここが『ゴール』でした。

 彼らはこの瞬間、『夢』から解放されたのです。







私の感想文は以上です。 ここまでお読みくださってありがとうございました。


 


 

 








 


 


 


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