テースティング

犬狂い

本編

 僕は矢沢やざわいさむ。マンションにひとり暮らししている以外は、ごく一般的な男子高校生だ。

 得意科目は国語。で、趣味は料理。

「あの……ごめん、待った?」

「いや、デートの待ち合わせかっつーの」

「ごめん」

 僕は自分の部屋で今夜のメインディッシュ二皿を手に、立ち尽くす。

 そんな頼りない姿を見つめながら目の前の女の子は、ハキハキとした口調で話しかけてくる。

「そんなことで謝んなっていつも言ってるでしょ? そんなことより、早く座って座って! ほらほら、今日のメニューは?」

「今日はハンバーグだよ……好きでしょ?」

 僕の言葉に彼女はにっこり笑顔になる。よかった。

 皿をローテーブルの上に置いて、僕はカーペットに――彼女の向かい側に座る。

「ん? アタシの顔、なにかついてる?」

 彼女の名前は小田久おたくゆう。僕は優と呼ばしてもらっている。

 褐色の肌と染めた髪の毛が目立つ女の子だ。

「ううん、なんでもないよ……さ、早く食べよう」

「うん!」

 僕たちは慣れた調子で料理に向かって手を合わせた。

『いただきまーす』

 さっそく彼女が一口、ハンバーグを食べた。

「どうかな?」

「うん、おいしーよ!」

 そう言いながら彼女は僕の作ったハンバーグをぱくぱくと口に運ぶ。

「それはよかった……」

 自分で作ったハンバーグを食べる。うん、いい味だ。牛脂からあふれ出す肉汁もばっちり。

 僕たちはささやかな夕ご飯に舌つづみを打った。

「……? やっぱりアタシの顔になにかついてる? さっきからじっと見て」

 それにしてもといつも思うんだ。

 優みたいな子がどうして趣味も合わない僕みたいな男子の部屋に来るんだろう。

 優はクラスでも友だちの多い、いわゆるクラスの中心人物だ。一方、僕は部屋の本棚にずらりと並べられたラノベやマンガからもわかるとおり、口下手なオタクくんだ。優が陽キャなら、僕は完全な陰キャということになる。

 いくらマンションで隣同士だって言っても、毎晩そんな僕のとこへ来るのは不思議だ。

「ねえ、なんで優は毎晩僕の家に来るの?」

 気がついたら、僕はずいぶん単刀直入な質問をしていた。

「晩御飯用意してくれるから」

 だよねー。

 彼女のそっけない返事に僕は大納得してしまう。

 そう、材料費は全額払うからと、半年前から彼女は僕の部屋をレストランかなにかと勘違いしている。

 彼女曰く、「外食するより安い」とのことらしい。うちはチェーン店じゃないよ。

 まあ、べつにいいんだけど。

「僕の料理って、美味しい?」

「だからおいしーって言ってるのに。自分で食べてるんだからわかってるでしょ?」

 優は少し眉をひそめながらも、笑顔でぱくぱくとハンバーグを口に入れていく。

「そだね……」

 僕はそんな優の食べっぷりを見ながら、夕飯を楽しくいただいた。

 僕はこの子のことが、好きだ。

 

■■■


「優って誰にでも優しいよねー」

「わかる! あの子って、なんていうか誰にでも気を遣うっていうか……」

「誰でも常に平等に扱わないといけないっていうか。なんつーか仲良くなるほど……壁、感じるよね」

「そう、それ!」

 クラスの女子が三人集まって、本人が教室にいないのをいいことに優の話をしていた。

 僕は特に気にせず本を読んでいるつもりだったが、目が文章の上をすべり、何度も同じ行を読む羽目になった。

「ねえ、ここだけの話なんだけど……」

(ここだけの話って……)

 それ、隣の席の僕には丸聞こえなんだけど。

「私この前、優がお菓子捨ててるところ見ちゃったんだ……」

 気にしない気にしない。どうせ賞味期限切れとか、そんなんでしょ。

「お腹いっぱいだったんじゃないの?」

「いや、それがさ……それって友だちにもらった開けてないチョコだったみたいなんだよね」

「ええ……」

 話を聞いた女の子が顔をしかめた。

 僕も本を読む振りしながら、胸にむかむかを感じる。

 優とはここ半年毎晩のように顔を突き合わす仲だが、それほど彼女のことに詳しいわけじゃない。

 その程度の仲だけど、そんな僕でもひとつ言えることがある。

 それはあの子が他人の好意を無下にするようなことはしない。それだけは確実に言える。

 だからきっとなにか訳があったんだと思うんだけど。

「それがさ、優って前から噂あるじゃん」

「ああ、あれのこと?」

 噂? 噂ってなんのことだ。僕は聞いたことないけど。

「味覚障害だっけ? 食べ物の味がしないとかなんとか……」

 僕はその言葉を遠い星の異言語のように聞いていた。

 最初は耳にすら入ってこなかったその言葉を頭でなんとか理解しようとする。

 初めは発音を。次にニュアンスを。そして最後に――。

「味覚、障、害……」

 再度自分の口にしてはじめて意味を介する。

 ウソだ。

 昨日だってあんなに美味しそうに僕のハンバーグを食べていた優が。

 じゃああの彼女の笑顔も、毎晩僕の料理を食べに来てたのも嘘だって言うのかよ。

 そんなわけないじゃないか。

「味覚障害だなんて……嘘だよ……」

 僕は教室の隅で、ただ静かにそうつぶやいた。


■■■


 その日の放課後。

 僕は優をつけていた。

 優は友だち数人と下校しながら楽しそうに話していた。

 後をつけていることがバレたらなんて言われるかわからないから、だいぶ遠くからその姿を見る。

 友人と何を話しているのかわからないが、たぶん方向的には駅の繁華街に行くのだろう。

 僕は下校途中の生徒に紛れて、優に極力気づかれないようにその後ろ姿を追った。


 そして繁華街につくと優たちはまずファストフード店へ入っていった。

「……もうすぐ夕飯なのに」

 放課後にハンバーガーなんて食べたら、今日の夕飯はそんなに入らないだろう。

 僕は今日の献立を頭の中で組み立てながら、少し軽めの内容にしようと思った。

「しかし、これ中に入らないと優の様子わからないよな」

 どうしよう。

 しばらく考えて、結局僕は彼女たちと時間をズラして入店することにした。

 優たちの注文はとっくに終わっていたようだ。

「店内で。コーラを、単品でもらえますか……」

 僕もジュースだけ注文して、彼女らの席を探した。

 幸い優たちは店の中ほどに席を取っていたので、僕は見つからないように店の端を通って奥の席に座った。

 ここからなら、尾行のときとは違って少し優たちの話声が聞こえる。

「このあとどうする? やっぱカラオケの空気?」

「うーん、あたしこのあと用事あるしあんま時間ないから……コスメショップでもよっていかない?」

 優は唇に指を当てて、思案しながら周りの友だちにそう提案する。

 すると目ざとい友だちがにやにやしながら優に質問する。

「えー、なになに? 彼氏ィ?」

「違うっつーの」

 優はそっけなく、否定する。でもその顔はなぜか笑顔だった。

(そういえば優に彼氏っているのかな……)

 そういや聞いたことないな。あんなに可愛いんだから居てもおかしくはない。

(けど、毎晩僕の家に来るんだから……彼氏がいたらそんなことできないよね)

 ずいぶん自分に都合のいい解釈だ。

 でも自身を納得させるにはそんな考えしか浮かばない。いろんな事情はあるだろうけど、僕の頭の中くらい僕のものだ。自由にさせてほしい。

 それにしても、と思う。

「さっきから優、手つけてないな」

 僕は、優が注文したであろうハンバーガーに手をつけていないことが気になった。

 それからしばらくして、どうやら優たちは休憩を終えて移動するようだ。

 僕も慌てて席を立とうとする。しかしそのとき優の手元のトレーを見て心臓がどくりと高鳴った。

 優のトレーにはまん丸に膨らんだ、中身の入ったハンバーガーが乗っていた。

「あ……」

 そしてそのままトレーの上のモノが無造作に、ゴミ箱に捨てられるのを見て。

 友だちと笑顔で話しながら一切手をつけてないハンバーガーを捨てる優の姿を見て、僕は全身の力が抜けた。

「お腹、いっぱいだったのかな……」

 自分でも見当違いなひとり言を漏らした。

 そうでも言わないと自分を納得させられそうになかった。

 やはり教室で聞いたあの噂は本当なのだろうか。優が味覚障害で、食べ物の味を感じないって話。

「だとしたら……毎晩僕が夕飯を作ってる意味って……」

 その後はこれ以上尾行を続ける気力も失い、僕はジュースの入っていた容器をゴミ箱に捨てて帰宅した。


■■■


「ねえねえ、今日のメニューは?」

 翌日の夕飯。

 いつもの調子でのんきにメニューを聞いてくる優に、できるだけ僕も調子を合わせて答える。

「ロールキャベツとミネストローネだよ」

 配膳を終えて、僕もテーブルにつく。

 目の前に並んだ皿を見て、彼女はいかにもな笑顔で言った。

「へえ……美味しそう!」

 彼女の、そのセリフを聞いて僕はなんとも言えなくなってしまう。

「どうしたの?」

「ううん。なんでもない。さ、食べよ」

 ふたり向かい合って、合掌する。

『いただきます』

「はー、本当に美味しそうだね! このロールキャベツ……中身は?」

「普通に、ひき肉……」

 そう返しつつ、僕は彼女がそのロールキャベツをぱくぱくと食べるのを見ていた。

「こっちの、みねすとろーねだっけ……? なんのスープなの?」

「トマトのスープだよ……」

「へー。……うん、美味しいね」

「そう……?」

「うん! 美味しい美味しい」

 そうやって夕飯を食べつつ、優はこちらが気になったのか不思議そうにたずねてきた。

「どしたの? お腹いっぱい……?」

「いや、そうじゃないんだけど……」

 僕は今夜の夕飯を一口も食べていなかった。

 もちろん箸をつけないのにはそれなりの理由があるわけで――。

「じゃあ、どうして食べないの?」

「…………」

 僕の沈黙に、彼女も自然と箸を置く。

「なんか……変だよ……?」

「なあ、本当に味わって食べてる? 僕の、それ」

 自分が料理した夕飯を指さして、たずねる。

「え? なに言ってんの、いつも通りじゃん」

「じゃあそのロールキャベツの味、教えてよ」

「は? 味っていつも通り……」

「ロールキャベツなんて作ったのは初めてだよ」

 僕は少しだけ語気を強めて言った。言ってから、はっとした。

 わざとではなく、自然とそうなったんだ。

「なに? 怒ってるの?」

「ううん。そうじゃなくて、僕は料理の味を聞いてるの」

「…………」

 そう言うと、彼女は困ったようにはにかんだ。

 彼女のこんな曖昧な笑顔ははじめてだった。

「味って言われても……普通に美味しいっていうか」

「そんなわけないだろ……味なんてつけてないんだから」

「え……」

 さっきよりずっとずっと重い沈黙が部屋に下りる。

「そっちのミネストローネはどんな味だった?」

「…………」

「トマト缶以外に御酢をいっぱい入れたから相当酸っぱいと……思うんだけど……」

 なんだか変だ。詰問しているはずのこっちのほうが、言葉に困る。

「…………」

 彼女から笑みが消えた。

「騙したの……」

 優がうつむきながらそう言った。

 その瞬間なんだかわからない気持ち悪さが僕の胸から頭にのぼっていった。

 僕はローテーブルを叩く。食器がガチャリと音を立てて、揺れた。

「それはこっちのセリフだ! 味がわからないくせに、いままで美味しい美味しいって……馬鹿にするのもたいがいにしろよ!」

 僕ははじめて明らかに怒っていた。他人にキレたことなんてなかった僕がだ。

 あとになって冷静になると、それだけ悔しかったんだと思う。笑顔で、毎日僕の料理を食べてくれるのが嬉しかったから。なにを作っても喜んでくれるのが嬉しかったから。

 だから彼女に作っていたのに。

 優に夕飯を作っていたのに。

「馬鹿っ……になんて、してないよっ」

「じゃあどうして味もわからないのに、美味しいなんて嘘つくんだよ!」

「嘘じゃない!」

「嘘じゃないか! だって、味なんてわからないんだろ! そんな味もしないロールキャベツやただ酸っぱいミネストローネと……この前のハンバーグの違いもわからないくせに!」

 口にしてから、自分があまりに酷いことを言ったことに気がついた。

 優の目には、出会ってからはじめて見る涙がたまっていた。

「そこまで言うこと……ないじゃん……」

「あ……」

 一度口から出た言葉を引っ込めることなんてできなかった。

 そしてそのまま優はドアを勢いよくあけると、僕の部屋を出て行った。

 大きな音を残して閉まるドア。僕の目の前には一切手をつけていない夕飯と、食べかけの夕飯が残っていた。


■■■


 翌日、優は僕の家に来なかった。

 その翌日も、そのまた翌日も来なかった。

 当然と言えば当然だった。

 僕があんな裏切り方をしてしまったんだ。来るわけはなかった。

 あんな彼女の気持ちを傷つけるようなことをして、当然なんだ。いまさらそのことを後悔しているなど誰に言えるのだろう。後悔するくらいなら最初からしなければいいのに。

 僕は慙愧の念の中、学校の教室や廊下で彼女と顔を合わせるたび、お互い視線をそらした。

 知らない仲ではなく、知っている仲だからこそ視線をそらしあった。

 ただ気まずかったからじゃない。そうじゃないんだ。

 僕に謝る勇気がなかったからだ。

 もし許してもらえなかったらどうしよう。無視されたらどうしよう。絶交されたらどうしよう。

 そういう弱気が、絶縁でも縁故でもないこの中途半端な状態をなんとか維持しようと僕に強いるのであった。

 学校が終わって、僕は家に帰る。ひとりの部屋でカップラーメンをすする。

 これが今日の夕飯だ。

「…………」

 元々、僕は料理が好きだったわけじゃない。

 半年前まで、ずっとこんな食生活だった。

 ただ半年前。たまたまひとつ隣の部屋に同じクラスの女の子がひとり暮らししていることを知った。僕と同じ境遇の子だった。

 スーパーからの帰り道、マンションの廊下で偶然会った。なにか言わないと。そう思って、珍しく外で買った食材の入ったビニール袋を握っていたのを思い出した。

 よければ「夕飯でもどう?」と気持ちより口が先に動いていた。もちろん食事なんて口実なんだけど、相手は少し悩んだ後うなづいた。

 当然下心はあった。だけどそれは下心なんて強い気持ちじゃなくて、とにかく自分の部屋に女の子を招きたい。そういうステータスを手に入れたいというふんわりとした一心だった。僕の下心はその程度だったんだ。

 そして僕のはじめての手料理をおいしいと言って笑顔を見せてくれた彼女に、僕はそこではじめて一目惚れしたんだ。しっかりと彼女の顔を見た。

 小田久優という女の子の顔をしっかりと正面から見たんだ。

「やっぱり……ひとりで食べるカップラーメンって美味しくないな」

 久しぶりに食べたカップラーメンはなんだか麺が伸びていて不味かった。

 半年前まではあんなに好んで食べていたのに。

「はあ……よし」

 僕は思い立ち、ここ数日洗う気にもならず台所にため込んだ食器をおもむろに洗いはじめた。


■■■


「夕飯でも、どう……?」

「…………」

 日曜日、マンションの廊下でばったりと出会った。

 そして僕はなんとなく、優にそう言った。

「……うん」

 優はしばらく悩んだあと、無表情にそううなづいた。


「お邪魔しまーす」

 その一言を聞いて僕は思わず笑みをこぼしそうになった。なんだかほっとする。

 でもいまの僕にその笑みを浮かべるわけにはいかなかった。まだ優と仲直りできたわけじゃない。まだ早い。

 僕はその笑みを面の皮の下に隠した。

 無言でテーブル前に座る優の前に次々と皿に乗せた料理を配膳していく。

「多……」

「ごめん」

「謝られても困るんだけど……」

「食べられなかったら残していいから」

「あそ……いただきます」

 優は僕の言葉を無視して、手前の皿から料理を次々にまたぱくぱくと食べだした。

 僕も負けじと、自分の手料理を食べる。

 ふたりで競い合うように夕飯をたいらげた。

 皿の残りも少なくなるころ、僕は優に控えめに声をかけた。

「聞いていい?」

「ん……っ」

 口を常にもぐもぐと動かしながら、優はこくりとうなづいた。

「なんで味がしないのに、僕の料理なんて食べてくれるの? あ、いや嫌なわけじゃなくてね……」

 続きを話そうとした僕に、手のひらを見せつけてくる優。

「たしかにあたしは味なんてわかんないよ?」

 そう不安そうに、言いながら優は僕の顔色を窺ってるみたいに言葉を選んで話す。話している途中も箸は止めない。

「あむ、もぐもぐ……んっ。でもさ……こうやってあんたが用意してくれてさ、あたしに必死に料理してくれるの嬉しいからさ」

「え?」

「あたしに好意を向けてくれんのあんただけだからさ……」

「優ならいくらでも……」

 そんなわけないよ。だって君はあんなにクラスでも人気者で、友だちも多くって――。

「あたし、裏で自分があんまりいいように言われてないの知ってるよ」

「……!」

「まあでも、そんなの誰でもそうだと思うんだよね」

「ああ……うん」

 陰口叩かれてない人間なんていない。

 友だちは少ないけど、いや少ない僕だからこそわかる。

 人が集まれば、誰かの悪口が聞こえてくるんだ。

「でもさ、それは普通の人の話じゃん。あたしもそういうつき合いとかで言われるなら仕方ないかなあって思うの」

「うん」

「でもあたしには……こういう障害があって……それについて言われるのは嫌なわけ」

「そっか……そうだよね」

「うん。そういう中であんたは無邪気にあたしを最初夕飯に誘った。あたしのことなんてなんも知らなかったからだろうけど……」

 そうだよ。僕は知らなかったんだ。ただ君がたまたま隣の部屋に住んでる女の子だから、誘っただけだよ。

「だけど、そんなあんたはあたしのために必死になって料理を作ってた。たぶん慣れてないんだろうことはよくわかった。最初は失敗ばっかだったから」

「ああ、ごめ……」

「いいの! それが嬉しかったから」

「え、嬉しかった……?」

「ああこいつは信用していいやつだって思った。下手なのわかってて、それでも必死にあたしのこと想って作ってくれてるんだって思った」

「え、え……あ…………」

「そしたら。そしたらね……不思議なことに味がしたんだ。たぶん気のせいだったと思うけど、『味』がしたような気がしたんだ……」

 優が涙をぽろぽろと流しながら、口をもぐもぐと動かしていた。

「これが美味しいって感覚なんだと思った。そこから……ううん、ずっともっと前から……最初に夕飯に誘われたときから、あんたの料理が好きだったんだよ、あたし。たぶん……」

 彼女は泣いていた。

 僕も泣いていた。


■■■


「お待たせ……待った?」

「だから、デートの待ち合わせかっつーの」

 彼女の軽口につられてついつい笑顔が漏れる。

 僕はいつものようにおかずの入った皿を彼女の前に並べる。

「今日は和風?」

「うん。鯛の煮つけ……一応味濃いめ。浅漬けは食感を楽しんで」

「うんうん。早く食べよー、あたしお腹すいちゃったよ!」

「はいはい。じゃあ――」


『いただきます』


 僕は座って、彼女と一緒に合掌する。

 そして鯛の煮つけをほぐして、一口食べる。うん、美味しい。

「ねえねえ……」

「ん?」

「美味しい?」

 最近は逆に彼女のほうからそう訊ねてくる。

 だから僕は自分の料理を味わいながら、感想をぽつりぽつりとこぼす。

「そうだね、甘さの中に白身の淡泊さがあって、全体的に優しい味ってやつだね……別の言い方をすれば、田舎の祖母ちゃんの味みたいな? わかる?」

「味はよくわかんないけど、田舎で食べた料理はわかる。親戚がいっぱい集まって楽しいんだよね!」

「はは、まあそんな感じかな……浅漬けはどう?」

「しゃきしゃきしてる。これはあたしにもわかるよ」

 彼女はにこにこ笑顔で僕の料理を食べてくれる。

 それを見て僕も笑顔になる。

「あたしさー……」

「ん?」

「味わかんないじゃん?」

「うん……」

「だからあんたが味の説明してくれるの助かるんだ。ほら、なんか『味』がしてきた気がする」

「そっか」

 僕たちふたりは笑顔を浮かべながら、楽しく食事して目の前の料理をあっという間にたいらげた。

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