乗り合い馬車が盗賊に襲われて、偶然隣の席に座っていたのが異世界転生してきたガンスリンガー賞金稼ぎだった話

龍宝

『乗り合い四人組』




 森の中から、数羽の鳥が飛び立った。


 街道を進む駅馬車の後部で、銀髪の老人——クンツは確かな胸騒ぎと共にそれを見遣っていた。


 一拍置いて、前の方から轟音が聞こえてくる。


 十人以上は乗れる大型の馬車が、派手に揺れた。




「盗賊だ……⁉」




 乗客の一人が叫んだ途端、車内が喧騒に包まれた。


 側面の窓から外をうかがえば、隊列を組んだ馬車群の先頭——自分たちの馬車から、およそ五、六台分は離れているだろうか――で、黒煙が上っている。


 慌てふためく乗客に向かって、御者が大声を張り上げた。


 不用意に車外に飛び出さず、大人しくしているように、と。




「やれやれ。よりによって、こんな日に捕まるとは」




 小窓を閉めてから、クンツは呟いた。


 御者の制止は一応の成功を見たようで、車内の乗客に声を張り上げる者はいなくなっている。


 というよりは、恐怖で声を出すことすらできないと見た方が正しいか。


 皆一様に視線を落として、身を縮ませている。


 嫌な空気に、思わず窓を開けたい、とクンツは外を見遣った。


 大の大人が絶え間なく貧乏ゆすりする様は、見ていて気持ちのいいものではない。




「——お嬢ちゃん。どこまで行くつもり?」




 不意に、自分の隣から声が上がった。


 意外に思ってそちらに向き直れば、見慣れない装束の女が対面の席を見ていた。


 黒交じりの短い金髪をき上げながら、背もたれに身を預けた女の視線の先を追う。


 年若い、十四、五としか思えない少女が、ちょうど弾かれたように顔を上げた。




「えっ⁉ あ、その、わたし――」


「落ち着いて。盗賊はまだしばらく来ない。金目の物を運んでるのは先頭に近い馬車だし、そこには警護の連中も何人か乗ってるだろうさ。そいつらが、時間稼ぎをしてくれる。大丈夫だ。——名前は?」


「あの、エッダ、です」


「エッダか。エッダ、そんなにおびえなくていい。ほら、おいで。来るんだ。エッダ。大丈夫、なよ」




 青い顔をして震えていた少女——エッダが、おずおずと女の傍に腰掛けた。


 この状況で、他人を気遣う余裕があるのか。


 クンツは、僅かに眼を見開いた。


 女は、賊の襲撃にして動じた様子もなく、優しげな声の一方で、どこか気だるい風情すら漂わせている。


 何者だ、という興味が湧いた。




「いいかい、エッダ。よく聞くんだ。ほら、隣を見て。——あァ、違う。そっちじゃない。こっちだ」




 エッダの肩を抱きながら、女がクンツの方へ振り向いた。




「えー――」


「——クンツだ」


「どうも。あたしはアイヴィー」




 差し出した手を、アイヴィーが握り返す。


 それから、エッダにもクンツがよく見えるように身体を傾けた。




「ほら、エッダ。クンツさんを見て。怖がっているように見える?」


「み、見えません……」


「そう、堂々としたもんだ。さすが、身なりの良い方は違うね。盗賊に襲われるなんて慣れたもんなんだろうさ。そうです?」


「まったくもって、君の言う通りだ。初めて襲われたのは、十歳になるかどうかだった。だが、こうしてこの歳になるまで生きているよ」




 望み通りだったろう返事に、アイヴィーがこっそりと瞬きウインクを寄越した。


 面白い女だ。


 利発で、度胸があって、見目も良い。




「ほら、今度はあっちだ。向かいの、そう、右から三番目に座ってる男」


「——俺か。ドナヴロだ。よろしくな、嬢ちゃんたち」


「アイヴィー。こっちはエッダ」




 次にアイヴィーが指したのは、反対側の座席で退屈そうにしていた大柄な男だった。


 り込んだ坊主頭と相俟あいまって、威圧感もすごい。




「エッダ。ドナヴロは兵士だ。それも強い。盗賊どころか、騎士や魔物とだって戦ったことがある」


「知り合いなの……?」


「いーや。初めて会った。こんな良い女、忘れるわけねェ」


「えっ? じゃあ――」


「だが、合ってる。なんで知ってるかは分かんねェが――ひとつだけ間違ってる。俺は、強い」




 すごんだ後に笑い声を上げて、ドナヴロが酒瓶をあおった。




「どうして分かったの? アイヴィー」


「見れば分かる。身体付きがまんま兵士のそれだし、腕にギルドの紋章を入れ墨する馬鹿は傭兵崩れのハンターだけ。あんた、クラリウスの町から来たの?」


「あァ。仲間の痴話喧嘩に巻き込まれてな。仲裁を買って出たのに、なんでかどっちもから殴られた。いかれてんだ。ほとぼりが冷めるまで帰れねェ」




 荷袋から新しい酒瓶を取り出して、ドナヴロが差し出した。




「ありがと。エッダは――何でもない。クンツさん?」


「ありがとう。だが、遠慮しておくよ。禁欲の月だ」


「あんたドニエウス教徒か。俺の叔父さんもそうだった。神官の嫁さんを口説いて破門になっちまったけど」


「へェ。じゃあ、叔父さんに」




 瓶を軽く掲げて、アイヴィーが口を付けた。


 その気軽な様子に、あれほど怖がっていたエッダはすっかり眼をぱちくりさせている。




「それで、エッダ。どこまで行くの?」


「え、その……ブラエクスの町です」


「マジかよ。俺もだ」



 大げさに両手を開いて、ドナヴロが三人を見回す。



「あたしも」



 アイヴィーがクンツを見遣って、他の二人の視線も集まる。



「……私もだ」


「すげェ。奇跡だ」


「もう一回乾杯しとく?」


「そうする。——出会いに!」


「出会いに」




 歓声を上げて飲み干す二人に、他の乗客は信じられないものを見る眼である。


 戸惑っているエッダに、クンツは思い付いて水筒の紅茶をれてやった。


 いたいけな少女はともかく、正気とも思えない二人だが、どこか人の良さが窺える。


 普段は堅苦しい従者や有力者にばかり囲まれているクンツからすれば、新鮮で退屈しない。




「いいか? 俺たちはチームだ。チームなら親睦を深めよう」


「親睦、ね。何が知りたいの?」




 脚を組み直して、アイヴィーがおかしそうにドナヴロを見遣る。


 いつの間にか、目的地が同じというだけでチームにされてしまったが、もしかするとエッダに対する駄目押しなのか。




「先ずは、エッダ。そう、君だ。なにしにブラエクスに行くんだ?」


「えっと、わたし、歌を歌う仕事をさせて貰ってるんです。街の食堂とか、他にも……。今回も、それで」


「歌か。そりゃいい。君にぴったりだ」


「へェ。あたしも、聴きに行こうかな」


「あ、あの、ぜひ来てください! 嬉しいです!」




 まんまと、二人の思惑通りに進んでいる。


 盗賊のことなど忘れたかのように気丈なエッダに、クンツは思わず感心していた。




「あんたは?」


「俺は、大したことじゃない。地元と同じように、ブラエクスのハンターギルドに顔を出して依頼をこなすつもりだ。パーティは、まだどうするか考えてないが」




 ドナヴロの話に、エッダが首を傾げた。


 ギルドの仕組みというのは、クンツにしてもあまり明るくはないが、ハンター資格には都市間である程度の互換性があるらしいことと、ハンターは通常気の合う者同士でパーティを組むらしいことくらいは聞いたことがある。




「そういうお前は、もしかすると俺の同業者だろう?」


「アイヴィーも、ハンターなの?」




 一同の視線を受けて、アイヴィーが頷いた。




「そうだけど――あたしは、ソロだ」


「ソロ? パーティには入らないのか?」


「いろいろと、訳ありでね。こっちに流れてきてから、ずっとソロ・バウンティハンター賞金稼ぎとして通してる」




 そういう者もいるのか、という関心と、何故だか納得できてしまうな、という思いが同時に訪れた。




故郷くにはどこだ?」


「東の方だ。ハンブルベル川よりも遠い、とにかくずっと行った先にある」


「怖くないの? 一人じゃ、危ない時もあるでしょ?」


「もう慣れたよ。……いや、ここへ来る前から、それでやってきたし」




 束の間、アイヴィーの眼がここではないところを見た、という気がした。


 訳あり、と自分で言うくらいなのだ。


 偶然同じ馬車に乗り合わせただけの自分たちが、踏み込むのは難しい。




「——それで、クンツさんは?」




 ごまかすように酒瓶を呷ってから、アイヴィーがクンツに視線をくれた。




「私は、孫娘の結婚式でね。商談が前日までかかって、こういう結果になってしまった」


「えっ⁉ わたしも、結婚式の余興で歌ってくれって頼まれたんです!」


「おやァ。——なるほど、これは確かに奇妙な縁だ」




 驚きの声を上げたエッダに、クンツはくつくつと笑いをこぼした。




「——クンツさん。結婚式は、何時から始まるんです?」


「ふむ? 昼過ぎからだが……今からでは、到底間に合わんよ」




 アイヴィーが、それだけ聞くとすぐに立ち上がった。




「アイヴィー?」


「ドナヴロ。あたしらは、チームだってね?」


「……あァ。その通りだ!」


「盗賊なんて、適当にやり過ごそうかと思ってたけど――チームの仲間を、孫娘の結婚式に遅刻させるわけにはいかないね。いいよ。たまには、つるむのも。あたしらは、チームだ」




 言ってから、アイヴィーは上衣の内ポケットに隠していたらしい、腕ほどもある筒を取り出した。


 金属製らしい、黒光りするそれを片手に、アイヴィーが馬車の後部に歩いていく。




「ドナヴロ! あんたは、今すぐ前に行って御者と代われ! 強行突破だ! 邪魔するやつは、あたしがやる‼」



「——おうともよ! 面白くなってきたじゃねェか‼」




 弾かれたように、二人が前後に駆け出していく。




「エッダ! クンツさんを守るんだ! チームの一人として! 会場まで、主役に傷一つ付けさせるな!」


「——う、うん! わたしも、頑張る! チームだもん……‼」


「な、何を、君たち――⁉」




 危なすぎると制止しかけたクンツの眼の前で、馬車の後部扉が蹴破られた。


 一気に風が入ってくる。


 一瞬の空白の後、一同がそちらに眼を遣ると、盗賊の見張りと思しき男が馬上で呆気に取られているのが見えた。








「——ぶっ飛びな、無粋な野郎……‼」








 腹に響く低い音。


 火を噴いた筒と、いきなりもんどり打って転がっていった男。


 それを合図に、クンツたちの乗る馬車だけが進路を外れて走り出した。




「飛ばせ、ドナヴロ! 会場まで一直線だ!」




 ぼろぼろの馬車がブラエクスの教会に着いたのは、昼もちょうどのことであった。

 



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