世界を捨てる

海華

第1話

「貴女はね………」










そ の ひ わ た し は


   せ か い を す て た








『世界を捨てた』








「おーい、カタン飯の時間だぞー」




「はぁーいっ♪ネね、ボーブどうデスか?これ」






シャツにズボン、中年ぶとりででっぷりお腹のボブに




裏声で甲高いテンションの高い声でタラッタラッ、と空中に渡された紐の上でバランスをとりながら紐のたゆみに合わせてダンスを踊る






「高所恐怖症を克服してもっと高いところで出来るようになってから言え」






呆れたボブから投げられた舞台用の蛍光色のボールを受け取って、






「エエっ、そんなァ~……僕にだってコワーイ所はありマスよー」




ぴょんっ、と1mほどの高さの紐から降りる。降り方は一応宙返り着きでそれらしくお辞儀をすると「さっさとしろ」とまた文句を言われながらボールを投げられた




ボールはだぼだぼすぎるシャツを、腰のベルトと手首で止めた服の端を掠めて飛んでいく


形状を変えた服を、さりげなく足早に動いてまた体型を見えなくする普通の状態に戻した




ズボンもぶかぶかだぼだぼな物を足首と腰で縛って止めて厚底のブーツも履いて


体型を完全に隠す。顔は日常ではメイク代が高いのでニッコリ笑った不気味なマスクをしている


髪は束ねて帽子の中に入れてある






「ったく、飯が冷えるだろ」




ぴょんぴょんと跳ねながら、ボブの横に行くと


太ってるせいで大きな彼の掌で後頭部を叩かれた




「いったーイですヨ!!あぁ、もう僕はモう駄目カモしれませン~」




「言ってろバカ」






テンションの高い裏声は、舞台から観客席まで通るようによく響く不思議な声










移動式のサーカスの中とは言え


『私』は性別も素顔も何もかもを、仲間にすら隠した異端な存在だった








とはいえ






「チェリー、あぁ今日もキミは可憐だ。あァジープ、大丈夫だヨいくら僕が魅力的でもチェリーをとったリしないからネ♪」




「バカピエロ、さっさと席に着けよ!!」








この道化師としての演技も完全に性格の一部としているせいか


『私』はみんなに嫌われることもなく、普通に過ごしていた








たとえ












仮面の下では、一度も笑ったことが無いとしてモね




















「てか、大丈夫なのか?カタン。この街は……」




「僕の故郷は素敵デしょ~♪おすすめは時計台ト、メインストリートの食べ歩キですカね~。てか、」






ザンっと、昔懐かしい味がするフランクフルトをフォークで突き刺し


わずかに口元に開けた隙間からもぐもぐとフランクフルトを咀嚼する






「ボク、この町が故郷トか言いマシタっけ?」




つい、裏声は裏声だけどテンションの高さを乗せ忘れて言葉を発すると


30人以上がそろって食事をする空間は一瞬で緊迫感と沈黙に包まれた


そんななかでも『私』の仮面は笑っている




こほん、と団長であるボブが咳払いをして空気を立て直しながら


でかい口でフランクフルトをパンに挟んだものを豪快に食いながら口を開いた






「お前が前に居たサーカスの座長に聞いたんだよ。カタンを拾った町をな」




「えェ~、もう!!僕のプライバシーに確認をとッてくだサイよ!!」




テンション高く言うと、空気は完全に和らいで


良い娼館を紹介しろとか良いお店を紹介して言い出す団員たちにとりあえず適当に町を紹介した








心の中では、この町にいることが怖くて怖くて仕方なかったけど






大丈夫、きっと逢わない






そう言い聞かせて、盛り上がる荒々しい喧騒の中『私』は目を閉じた














町に来ていたサーカスに頼み込む形で入れて貰い町を出て五年




前のサーカス団は解散してしまい、今のサーカスに拾われて二年








故郷に帰るのは七年ぶりで、逗留するのは一月ほど。






名前も姿も、何もかもを隠して


なるべく現実らしいことから離れて、練習に打ち込んで






『私』は世界から消えたはずだ。『私』は世界からいなくなったんだ………
















「珍しいなカタン。お前、いつもは俺が叱るまで練習してっのに」




「タマには休息デすよ~」






居住用のテントの中でごろーんとしていると、ボブが巨大で入口を大きく開きながら入ってきた




基本的に居住用テントは二人で一つ




『私』は性別不明以上に、一緒にいると疲れると言う非常に情けない理由で団長のボブが哀れ犠牲になり一緒のテントになっていた




………まぁほとんどを練習か公演で過ごすから私はテントには居ないことが多いけど










「…………」




「…………本当に大丈夫か」






ボブは、団長という重責のストレスからかよく食べて太っているが


非常に優しい。ツッコミ所が多い『私』にも、配慮してくれるから彼の側は居心地が良い






プライバシーと言うか『私』が 過去に触れられることを何よりも嫌がっていることも知っていてくれている






「大丈夫ジャないってイったら、どーナリマス?」




「公演日数を切り上げたり、お前の出番を減らしたり色々と策はあるさ。みんな、お前のことを心配してたからな……『なんなら休んでいい、カタンのポジションは俺が貰う』って、言ってるぞ」




「僕愛サれてますね~♪ま、ダーいじょうぶデショ♪それ僕の席はソウソウ譲りマせんよ♪」






脂ぎった顔をくしゃりと歪めると


ボブは側にあった本を投げて来て「今日はさっさと寝ろ」とぶっきらぼうに言った






本当、ナイフ投げが担当なだけあってボブのコントロールは良い








そんなことを考えながら、クスクス笑いながら二段ベッドの下……『私』がいる場所にカーテンを引いて空間を遮断する














けれど








願いとは裏腹に、私の新しい世界はまた壊されることになる








「だ、団長!!なんか民間人がエレノアって女を出せって乗り込んで来たんすけど!?」






「ああ゛?今行く」












───ドクン。


心臓が高く高く跳ねた──────


































「だから銀髪にみどりの目の、24くらいの女の子だよ!!」




「うちにはそんな奴はいねぇんですよ御婦人」




「嘘だ!!エレノア居るんだろ!!団員全てに逢わせておくれよ!!」








入口には、15人ほどが集まり


一人の女性の対応をしていた


離れたところからも他の団員が見ている










はぁ。やっぱりか






深くため息をついて


壊れそうなくらい高鳴りきしむ心臓を無理矢理押さえつけて






空中ブランコのチェリーの衣装ケースから拝借してきたワンピースを翻し、長い髪を揺らしながら歩く






『私』を見た団員が全て驚くのを視界の端に入れながら








近づいても未だに気づかない人たちに向かって声をかけた










「何をしてるんですか、母さん」










ゆっくりと人だかりが全てこちらを向いただけで嫌な汗が背中を流れた




素顔を晒すことも


作らない声でしゃべることも


『エレノア』でいることも、苦でしか無い






まだ火の輪でジャグリングの方が楽だ








「エレノア!!あぁエレノア、逢いたかったよ!!綺麗になって、大きくなってっ……」






ボロボロと泣きながら勢いよくこちらに来て、チェリーのワンピースを握りしめながらすがり付かれても






強制的に引き戻された『現実世界』 に震え、怯えることしか出来なかった






それでも


歯を食い縛って


必死に声を絞り出す








「レイプされて出来た、いらない子に今更なんの用でしょうか」






















不思議だった


お母さんもお父さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも




みんなみんな栗色の髪の毛に黒い目なのに








私だけ透き通るような銀髪に新緑のような緑の瞳だったことが






そしてどんなに褒められる良い子でいても、母さん以外は私をゴミ扱いをする。母さんは私を見ると涙を流す












そのことを知ったのは、私が町を出たあの日




『貴女はね、私があの人の目の前でレイプされて出来た私の最悪な思い出の象徴なの…もぅ…もう、いなくなって…』




ギリギリと絞められる首


霞む目






私は、母さんを苦しめるだけだから


私は、いなくならないと


私は、いなくならないと


私は、いなくならないと


私は、いなくならないと






助けに入った近所の人に助けられて私は生きたけど






生きたいけど






あの『世界』にはいられなかったから








『私』はあの町から


あの『世界』から出たんだ








さすがに露骨すぎたのか、周りのみんなが息を飲んで固まる。








「っ、ごめ、ごめんよっ、本当にあの時はどうかして居たんだよ!!まさかエレノアを失うなんて、エレノア、母さんが悪かったから戻って来ておくれ!!」






無理。そう言って拒絶が出来るなら、私はまだこの町に居ただろう




大好きだったんだ。涙は流しても唯一大切に扱ってくれていた母さんが大好きなんだ


でも首を絞めても失わないと思われていたんだね。






「お前、カタン、か?」




大好きだから


母さんを傷つけるなら、私は母さんの側にいてはいけないんだ




しがみつかれる私の背後に来たボブ


その存在だけで怯えて萎縮していた私の勇気や余裕が少しだけ大きくなった気がする






「ごめんなさい、もう戻れないの」






母さんの肩に手を置いて


そっと囁けば母さんの瞳は絶望に染まる




なるべく傷つけたくない


それでも突き放さないといけない




どうすれば母さんはなるべく傷つかないか……








「私は、彼を愛してるから」








そして私は隣にいるボブの服を引き寄せて


団員全員が見守る衆人環視の中












腰をかがめたボブにちゅーをした。










「………………」




「…………………」




「う゛っ、えええええっ!?」






真っ赤になって慌てるボブを完全にスルーして、母親を引き離してボブに抱きつく


私の細くて、日に当たることが無いから病的なまでに白い腕を彼の腰に回しても、私の両手はボブの後ろでくっつかなかった






私の三倍の体重はあるだろう、彼の胸元に擦りよると






「あ、あ、……そ、そうなのかい……あ、あはは…孫楽しみにしてるよ」






完全に動揺しきった母親はふらふらしながら、ジープに連れられてとりあえずまた明日とサーカスの外へ連れていかれた






「か、カタンっ!?*※★∞-~」




「ボブ、真っ赤デすよ~?なんデすか、僕の意外な服装二こーふんしちゃイました?」






呆然とする団員の中


慌てるわりに引き離さないボブにべったり抱きつきながら、声音は素のままいつもみたく軽口を叩くとボブはさらに真っ赤になった。なんだかおかしい






「だっ、おまっ、き、聞いてねーぞ!!女なのは何となく気付いたけど、こんな美少女なんて!!しかもぜってー24じゃねぇだろ!!良いとこ20くらいだろ!!」




「まぁ美少女とか言わレマしてもネ、僕はこんな髪も顔をモ全てガ嫌いデすから。成長も心理的問題カ止まっちゃッタんデすよねぇ」




うっすらと笑いながら、離れてわざとらしく背伸びをする


視界のあっちこっちでは未だにみんなが固まっていて




さて、どうしようかと考えていると何故か頭をグァシャグァシャとボブに掻き回された




「ン?」




「笑えてねぇんだよバカ。ほら今日はもう寝るぞ。お前等もテント戻れ!!」




そっか。笑えてないか


はぁ、とため息をついてから解散を始めるみんなと一緒に歩き出し────






「う、うぉっ!?」






ひと足先をそそくさ歩いていたボブの腕を組む形でくっついた


それだけで動揺がはんぱない。こんなボブはいつも見れないからすごく楽しい






「先に行かないデ下サいよ~」




「うっせぇな!!」




「もうサァ、ボブ、このママ子供作っちャいますカ」




「ぶほぁっ!!な、ななな何いってっ……お、お前みたいな美少女ならこんなデブなブ男選ばなくても良いだろ」




「エ~、僕はボブが一番スきですけどネェ」




あんなに怖くて、怖くて、仕方がなかったのに


ボブが一緒に居てくれたらこんなに怖くない




きっと母さんはまた来るだろう。それでも




母さんと会うときは、きっとボブがまた隣にいてくれると思う








だからきっと大丈夫


いつかきっと私は笑える








そんなことを思いながら私たちはテントに戻った






『僕ハ幸せデすよ』








「ハッ、一つ屋根の下っ!!」




「何を今更ナことヲ」




















あの足場が崩れ落ちて


奈落の底に落ちていく感覚を思い出すから




高いところは苦手だ




練習用の空中ブランコに乗って


プラーンプラーンとただ漕ぐ




その高さは5m。『私』にとっては目も眩む高さだ




────でも


今はこのくらい余裕の無い練習をして、頭の中から色々なことを追い出したかった




昨日、母が来たこと


必死に強がってエレノアとしてその前に出たこと


団員みんなの前で普通の状態になったこと




ボブにちゅーしたこと。あ、これは別に追い出さなくても良いや




まぁ色々と追い出したかったけど




こうして考えてる時点でそれは失敗に終わってますね




「カタン……?居るか?」




不意に練習場の入口がめくれてそちらを見ると


なんだか警戒しているボブがいた。分かりやすくて笑いが出てくる


「いマスよー、もうご飯デすか?」




「ああ………飯だ」




いつもの格好な私に露骨に安堵したボブに内心面白く無く感じながら、わざと空中ブランコから地上に張られたネットに飛び降りた……が


落ちる感覚に錯覚を覚え、ネットの上で身動きが取れなくなる




ドクン。ドクン。




「っは、は、」




指先に痺れを感じて、あ、ヤバい、と感じた時には苦しくて目の前がチカチカした


ヒューヒューと荒い自分の呼吸の音が聞こえたら、必死に動きにくい体を動かして口元に服を持っていき手で覆って必死に吐いた息を吸い戻す






「お、おい!!大丈夫か!!」






「……ン、なんトか平気デすよ~」






わたわたしながらボブがネットの上に来たときにはなんとか自己復帰をすませたが、体が酷くだるい


何よりも実はボブが来たことによりネットが大きく揺れてそっちで気持ち悪くなったのは秘密だ






「本当か?「あ」熱は……ねぇな。」




べりっと仮面を剥がれて額に手を当てられて


そのまま問答無用で肩に担がれて、ボブはまるで猿みたいに器用にネットから降りた


と言うか素顔を一度見せたからもう良いって思ってませんか?


素顔見せるの、嫌なんですけどなにをするんでしょうかねえ






「お前今日は休め」




「えエ~、過保護デすよ~」




「うるせぇ。心配かけんな」






ズンズンと外へそのまま歩かれたから、 へたーんと力を抜いてボブの背中に顔面をつける




昨日見られたとは言え、あまりさらしたい物でも無いからね




「あれ、ボブ、カタンどうしたんだ?」




「あぁ具合がわりぃみたいだから今日の客寄せスティーブかロゼにピエロを頼んどいてくれ」




「うぃっす。カタンまじで大丈夫か?ぐったりしてっけど」




「ボブに仮面ヲ奪われタんデすよ~ひどいー」




「あー、だからへばりついてんだ」






ほい、と仲間の一人にタオルを渡されてとりあえずそれで顔面を隠す


一通り指示を出すとボブはまた歩き出して私たちのテントに戻り、ぼふっと私をベッドに下ろした






「おとなしくしてろ」




「依怙贔屓、とカいわレちゃいマすよ~?僕の顔ジャあね」




「弱ってる団員に無理させねぇのも俺の仕事だ、顔は関係ねぇよ。なんか欲しいもんあるか?」






言っても無理そうなので、今日は大人しくすることにする


もう素顔を晒しているし




帽子を取ればふぁさぁっと腰まである長いプラチナブロンドがベッドに散った




「じゃあ寝るマでギゅーって抱いテて貰いマしょうカ」




「ばか野郎」




頭をグァシャグァシャっとなぜられ、それでも真っ赤になったボブに心が軽くなる




「飯は?」




「食べたくナいデすね」




「じゃあ寝とけ。ほら」




ぎゅっと手を握られて


ぎこちない、真っ赤な顔で見つめられる


何故かそれだけで心が安らぎ、私はすぅっと眠りについた










自覚は無かったけど、どうやら私は弱っていたみたいだ
























明るい部屋の中で息苦しさにうたた寝から目覚めると、


私は母親に首を絞められていた






なんで?どうして?




わからない、わからない






(またこの夢か……)






『貴女はね、私があの人の目の前でレイプされて出来た私の最悪な思い出の象徴なの…もぅ…もう、いなくなって…』




お父さんは、仕事だ


おじいちゃんとおばあちゃんはいつも、今日は──────私の誕生日には外出をしている






『ぁ、ぐ、ぅ……』




苦しくて 苦しくて


悲しくて 混乱して






『貴女なんか、産まなければよかった』




(早く、早く、覚めて)












「カタンっ!!!!」








ふっ、と意識を引っ張られる


目の前には僅かに安堵をしてるが心配気味なボブがいて、夢から一気に戻されたせいでやや混乱する




パチパチと瞬きをすると頬を伝った感触に私は泣いていたことを知った




「大丈夫か?酷く魘されてたぞ」




全身、汗だくで気持ちが悪い


はぁと体にたまった何かを吐き出すように息を吐きながら、とりあえず体を起こした




「……大丈夫デすよ。ただの夢デすカら」




裏声で喋る気力も、もうない


けれど懸命にいつものように喋るとボブの顔が痛ましげに歪んだ






「お前は………いっつもそんな笑いかたをしてたのかよ」




「…………」






なにも言い返せず


無言の肯定をしながら、私にとっての困った笑いを浮かべる




実際はひどく沈んだ顔になっているだろうけど




「客を笑わせるピエロが笑わなくてどーすんだよ」




「………別にドうもシませンよ」




「心配させろよ!!もっと頼れよっ……俺たちには、お前のために出来ることはねぇのかよ」






テントの外から明かりは入ってこない


どうやら私は朝から夜まで寝たみたいだ




そんな現実逃避を一瞬しながら、私のベッドを覗き込むボブとただひたすら見つめ合う




「……いっ…ら…」




「ん?」




「言ったら……こんな顔、ぐしゃぐしゃにしてくれるの?」






目頭が熱い。頬にもたくさん熱いものが流れている


いつのまにか、しゃくりが出始めて上手くしゃべれない。けど、堰を切ったように『私』の叫びはボロボロとこぼれ落ちた






「っ、頼ったら、エレノアなんて名前消してくれるのっ!?私をこの世から存在を消してくれるの!?」




「……カタン、」




「出来ないでしょ!?みんなにはどうにも出来ないでしょ!?だから、だから、私は………」




スゥッ、と感情の高ぶりが消えて


目を閉じれば、エレノアの最後の涙がこぼれ落ちた




「僕は、エレノア嬢を閉じコめマす。笑顔?そんなの浮かべなくたってピエロとして問題は……」






目を開いて


カタンになろうとした瞬間






「あだっ!!!!」






拳骨が能天を直撃して、先程とは違い激痛で涙が出てきた


もちろん殴ってきたのは、怒っているボブだ






「知るかよ」




「へ?」




「俺たちはエレノアなんか知らねぇよ。そんなやつなんか知らねぇ。俺たちはそんな存在なんか知らねぇ。だからお前はただのピエロのカタンだ。それじゃダメなのかよ?それだけじゃ甘えられねぇのかよ」








いや、うん


知らないって言われてもさ、困るんだけど




困るんだけど






色々と吐き出したせいか、なんだかスッと楽になって自然と笑いが込み上げてきた




「………カタン?」




「ははは、そーデすねぇ。はは、なんかオかしいデす。ねぇボブ、甘えても良いですけど、条件聞いてくれますか?」




「あ?なんだよ」






涙をぬぐって、ボブの薄汚れたシャツの胸元を引いて




ベッドのなかに引きずり込む。私を押し倒させる形で






「は?」




「僕をボブの愛人二してクれませんカ?」




「………………はああああああっ!?」




「だってボブは、僕の顔は好きジャないデしょう?」




「だ、誰がんなこと言った!!」




「愛人が嫌なラ、性欲処理デもいーデすよ?」




「ばか野郎!!んなもんにするならちゃんと恋人にしろ!!」




「……して、クれるんデすか?」




手を伸ばして


ボブの二重あごを撫でる。髭がちくちくしてちょっと痛いけど、それがどうしたって話だ






ボブが何故そんなに気にしてるのかわからないが、別にボブが太っていたって、不細工だって私には関係ないのに




優しい苦労人のボブが、大好きなのになぁ






「………二人のときは、なるべく普通に喋ろ。あと俺に愛想つかしたらすぐに言えよ」






真っ赤なボブ の顔が近づき


私たちは唇を重ねた






頼るってことは自分を見せるってことだから怖いんだけど






それでも








私はカタンとして、みんなに少しづつでも自分を見せていくことにした










「…は…ぁ…」




「……カタン、本当にいいんだな?」




「ん、ボブとしたい」






服も下着も纏わず


ベッドでボブに組み敷かれる


ミシミシとベッドを軋ませながら、ボブは私の乳房を片手で揉みながら再度口づけた






けれど今度は舌を絡ませるキスで、私より大きく分厚い舌が私の口の中に入るだけで私の舌は動かせなくなった




もみもみと優しく揉みしだかれる乳房


私の口一杯になる舌




間違っても中断なんかさせないために、ボブの首にしっかり手を絡めて掴まると




「んっ、ふぅっ」




大きい癖に器用にボブの舌が暴れだした


歯の付け根をたどられて、舌の裏の血管をなぞられると頭がぼうっとしてくる






ぼうっとした頭をシャキンと戻したのは、乳首をコリコリと弄り出した彼の指で


私の乳首よりも大きな指は、器用に押したり弾いたりこねたりしてタイプの違った快感を私に与えた




「カタン…こっちは触ってねぇのに起ってるぞ」




いまだに手付かずのはずの胸も、ボブにねだるように尖って主張をしていた


そんな私の体の期待に答えるように、ボブは体を動かすと………




「んふぅっ、ん、んっ」




大きく口を開いて、私の乳房を食べた


ビリリっと腰が跳ねるほどの強い刺激に抗いながら口を塞ぐ




私たちのこの部屋は薄い布一枚


大きな音を出せばそれだけでみんなに聞こえてしまう




そんな私を、乳首をしゃぶりながらニヤリと笑うとボブはさらに手と口で私を攻め立てた




普段、よく怒鳴りつけてくるボブと


こんなことをしていると思うとそれだけで恥ずかしくて感度があがる。




「カタン……一応聞いておくが、はじめてか?」




「ふ、ん……?えーっと……まぁ定期的に経験はあるけど」




「へぇ。お前が外に泊まったところなんか見たことねぇけど」




「まぁその……頭がぐるぐるしてきたら適当な客を誘って……」




「時々銀髪の団員は居ませんかって聞いてくるやつ、あれお前の仕業か」






ヤバいかもしれない


ピキピキとボブのコメカミに青筋が立っている。そんなに回数は多くなかったんだけどこの反応を見るからに、きっと私が誘った男のほとんどが二度目を求めて来たんだろう




「言っておくが」




「ひゃぅっ、ぅ、あ」




雑談で油断をしている間に、ぐちゅっとボブの指が膣口を割り開いてナカに入ってきた




くにくにと襞を撫でながらも彼はまだ会話を続ける




って言うか、ボブの指おっきい…!!


三本もまとめて入れられたら小さめな性器と同じくらいのサイズなんじゃないだろうか




「浮気はしねぇし許さねぇ。したいんならちゃんと別れてやるから、言えよ」




「ふ、ぅ、くぅっ、」




足を閉じたくても間にボブの巨体があるために、がっつり足を開いた形になってしまう




膣から腰へダイレクトに快感を感じるたびに襞がひくひくと震えて愛液を産み出し指を締め付ける




「返事はどうしたカタン」




「ひゃ、ふぅっ、ん、は、はぁ、ぃっ」






返事をしない私をとがめるように、指が増やされて


必死に声を堪えているのにくちゅくちゅと音をたてて掻き回される、掻き出される




掻き出された愛液はボブの親指にからめられ、








「んんんっ、んぅっ、んーっ!!」






膣を掻き回されながら


親指でぐりっとクリトリスを押し潰された




チカッと脳裏が真っ白になっても、今度は愛液を塗り込むように優しくなぶられてなかなか戻ってこれず、ただひたすらのけぞりながら痙攣を繰り返す






イったと気づいたのは、ボブに優しく髪を撫でられて戻ってきてからだった




「は、ぁ?」




「平気か?」




「ん……大丈夫」




「……変な感じだな。カタンがこんなに可愛くて、こんなことをするのは」






興奮をしているのか、ボブの顔には汗が浮かんでいて


抱き寄せてそれを舐めとると抱き上げられて膝の上に乗せられる


でっぱったボブのお腹がちょっと邪魔なのが少し笑いを誘う






「しかも体が小さい。俺のなんかいれたら壊れるんじゃねぇの?」




「怖じ気付いた?」




「……カタンが嫌じゃねぇなら、今更止められねぇよ」




ちゅ、ちゅ、とリップ音を立てるキスは、やがて舌を絡め合う深いものに変わる




くちゅり、といつの間にか硬く張り詰めて天を目指していたボブの太くて大きな性器は






私の濡れそぼったそこに宛てられ、愛液に絡まりながら焦らすように入口を撫でる。


しっかりとボブに掴まると私も腰を揺らして、彼に擦り付ける






不意に




くぷ、と嵌まったような感覚がすると




「う゛っ、ぐ、ふぁっ!!」




「辛いならしがみつけ」




そのままゆっくりとボブがナカに入ってキた


ミシミシと体が悲鳴を上げた気がするがそんなのでやめるつもりは微塵も無い




指だけでも大きかったが、性器はその比ではない


ボブのお腹で接合部は見えないからまだ全てが入ったかは見えないが、たぶんまだ入る




「ふぐ、ぁ、ぁぁぁっ」




「は、ちょっと声がでけぇな」




そんなことを思っていたら本当にさらに入ってきて、口封じに唇を塞がれた




おへその辺りまで入ってる感覚がする


限界まで広げられたような錯覚がする膣はたぶんもう本当にぎりぎりだ






それでも、ボブともっとつながりたいと思うから






はぁはぁ、と必死に酸素を取り込みながら唇を重ねる。舌を絡める。気持ちよくって腰がビクッとする、反応の連鎖でボブにも快感が通じてナカでボブがぴくぴく反応をする






何をどうしても快感の連鎖反応が起こり、必死にしがみついたまま苦しいくらいの快感に耐える






まぁ耐えることも嫌では無いんだけれど








「平気か?」




「ん……動く?」




「あぁ」




初めは、出し入れせずにナカを突くだけで




それだけでも苦しさと快感に背筋がおののいて、ボブに噛みつかないと喘ぎ声が止められなかったのに






ずちゅ、っと抜き出された性器がぐちゃりっと音を立てて入ってくると息苦しいくらいの快感で私はイった




「んー!!!んんんんっ、んんっ!!」




「は、頑張れ」




イっても抽挿は止まらず、むしろ締まった膣を壊すんじゃないかって勢いでガツガツと突き上げられて






入れられてから三回目の絶頂の時


私はぷっつりと意識を飛ばした────














「ん……」




「起きた、か?」




「うん……どれくらい寝てた?」




ふ、と意識を取り戻すと私は横向きのボブに抱き締められていた




ボブは巨体だから、たぶん仰向けで寝たら私の寝る場所が凄く狭いからだろうか






「10分程度だ。軽く体は清めておいたから」




「……ありがと」




すりすりと甘えるように抱きついてから、でっぷりと重量とともに垂れたお腹をぺちぺちと叩く




そうすればコラ、と軽く怒られたがそんなの気にしない




「お前は本当に物好きだな」




「……ボブの方こそ甘いよ。見た目が良くたって私のメンタルは異常なのに、抵抗しないで抱え込むなんて」




「……まぁ厄介だが、別に良い。あんな冷たい笑顔のままでいるよりはな、お前ぐらい背負ってやるよ」




「くろうにーん。あと甘やかしやー」




枕代わりの二の腕の肉をかぷりと噛むと、また優しい笑顔で頭を撫でられた






「はぁ、少しは痩せないとな」




「ん?別に良いんじゃないの。私はボブの肉好きだよ」




「ばか野郎。少しでも釣り合いたい男心を分かれ」




「………じゃあ私はもう少しまともになろうかなぁ」




「いや、お前は今のキャラを保ってくれ。寝とられるんじゃないかって不安で潰されそうだから」




「なにそれ」






くすくすと、自然と笑いが溢れる


笑いが、溢れる










おでぶで、無精髭もたまに生えてる苦労人な恋人。




彼のそばにいれば


私はもっとずっと、幸せになれる気がした














股関節が痛い




と言うか膣が痛い。それがボブと体を重ねた日の次の日の感想だった。無駄な巨根である。最高に良かったけれども






それでも、いつもの服を着て衣装ルームに行き縞模様やだぼだぼルックのピエロの衣装に着替えて




仮面を取り顔を真っ白に塗り固めて、ルージュで頬までにっこりと笑った唇を描く




目元にも凄まじいアイメイクをして、睫毛をつけた








最後に、少しだけ迷ってから………








帽子は被らないで、髪をツインにして紐でぐるぐる巻いて縛る


白銀の縛り目が長いツインの髪はなんだかウサギの耳のような形状の先端から柔らかな髪が広がったので、アイメイクを赤くしてウサギっぽい丸い毛玉を尻尾に付ける




そして最後に大きなサイコロや時計の飾りを髪につけて完成だ




明日からは、時計ウサギっぽいピエロにしようか




私の一部である髪を出す勇気が明日もあれば、だけれど




そんなことを考えて衣装テントから出るとちょうど二軍の仲間たちが来た




一軍……つまりショーでメインをはる人たちは基本的にショーに専念する。訓練中の身で、トレーニングを重ねながら準備や生活などでそれをサポートする人たち……二軍の人は公演がある日も無い日も当番でピエロに扮して町に宣伝に行く






私は一応劇団のメインピエロだから一軍だけど、ショーが無い時間はなるべく二軍のみんなと宣伝に回っていた。今日もそれだ


本格的公演は明後日からだし






「え、カタンさん…?お、おはようございます?」




「オはよー。スティーブ、なぁんデ疑問系なんデすか?僕のキューティクル美髪は変デすか?」






動揺する仲間に自ら確信をついて尋ねる


それだけで青年たちは頬を染めたから……嫌気がさした


………彼らはきっと、この髪を通じて『エレノア』を見た




「い、いえいえ!!凄く綺麗ですが……や、やっぱりあの美少女、カタンさんだったんですね!!」




「俺、カタンさんは男だと思っていたからびっくりっす!!」






ほら、やっぱり


いくら彼等の中では私はカタンでしか無いとは言え、大嫌いな容姿を褒められても嫌気しかしない




今までは変で面白い先輩扱いだったのに。扱いを変えないでほしい








「ボクは、素敵なピエロのカタンデすよ~?メイクの下の話はオフタイムでお願いシますネ」






練習練習でオフタイムを作る気は全く無いが


にっこりと作り物の笑顔でそんな方便を告げながら、私は小道具を取りに行くために彼等に別れを告げた








けれど






とてもじゃないけど、そんな気分になれなかった










だから歩みを変えて団長がいるテントにいく。ボブは私が起きた時にはもう居なかった




だからきっとここに居る






入口をめくると、やはりボブは書類相手に仕事をしていてこちらを見てから眉間に皺を寄せた






「どうした」




「特にナニかデはありまセんよ」






今までこんなことをしたことは無い。行き場の無いエレノアを感じる不快感は溜めて溜めて定期的に発散していたから






けれど






甘えろって言われたから


頼れって言われたから








部屋のすみに置かれた樽に座り、膝を抱えてボブを観察する






ボブはしばらくこちらを見ていたが、すぐにまた仕事を再開した




カリカリと筆を走らせる音が響き出すと、私はゆっくり目を閉じた




今は演じることが苦痛だから


こうして、何も言わずせずにしているだけで良い






慰められたいなんておもっていない。エレノアを見せたのは私だから自業自得だ




それでも








私は朝食の時間までボブのテントでじっとしていた






これは不器用な私の甘えかただった






















「じゃあ今日の宣伝はAグルーブに頼む。カタンも行くのか?」




「ンん~、僕はドうしましょうカね?折角着替えましタがヒさしブりに故郷を堪能するノもイイですシ」






ぱっくん、と


エッグを口に入れてわざとらしく食べる


メイクを決めている以上、私は人前では常にピエロでならなくてはならない


少しだけやりたいことがある。ピエロの状態なら、町に出れる気もするし……






「あ!!はいはい!!じゃあ俺カタンさんのお供をしたいっす!!荷物持ちますよ!!」




そんな私にキラキラとしたわかりやすい目を向けて手をあげたスティーブに内心吐き気がした




君は、何が目的で『私』に接近をしようとしているんですか?




「スティ~ブ?君は、今日ハ休みデは無いでしょう?」




「じゃ、じゃあ明後日の休みを今日にうつしますし!!」




「スティーブ、お前抜け駆けずりーぞ!!」






何故か連れていくとも行ってないのにそのまま私のお供争奪戦になり




ちら、とボブを見るとしかめっつらで争奪戦の様子を見ていた


これはあまり良くないなぁ






「そ~んナに揉めルんなら、僕ハ休日に行きますヨ。それにILOVEユーな恋人とデートもシたいでスしねっ♪」






わざとらしく声高に言い




「ねっ、ダーリン♪」




ボブのお腹をたぷたぷ叩きながら抱きつくと問答無用で拳骨を落とされた


それを過剰に痛がっていると今まで賑やかだった場はシーンと静まり返る






ざわざわ、とゆっくりと小声のざわめきが広がる




“嘘だろ、団長と?”


“え、なんであんな美女が団長と?”


“まじかよ…”




それらは明らかにボブを貶すざわめきで


ちょっとムカッとしたけど私の出番は無かった






「ボブ、あんたマジで趣味が悪いわよ」






副団長であるチェリーが堂々と私を貶してくれたから


たぶんほとんどの人は私の趣味が悪いと思っていたのだろう。またざわめきはピタッと止まった




そのチャンスとチェリーが出してくれた助け船にしっかり乗る






「えエ~、酷いテ


デすチェリー。僕が好きだからッてそんなコと言わないデ下さいヨ~」




「はっ、誰があんたみたいな棺桶に足突っ込んでる悪趣味なピエロを好きになるもんですか。そんな悪趣味、ボブくらいでしょ」






「チェリー……君は本当二つんでれっテやつだネ★」




「おだまり屍ピエロ。しかも勝手に私の服まで着て………罰として今すぐそのメイクを落として素顔をさらしなさい」




「そんナっ!?素顔なんか晒シたら、僕恥ずかしクて顔面に熱い油ヲ被っちゃイますヨ!!」




「あんたの自殺ならボブが事前に止めてくれるでしょ。あたし一昨日シャワー浴びてたからあんたの素顔を見てないのよ……ジープっ」




パチンっとチェリーが指を鳴らすと、へい姉さん!!とジープが立ち上がる




さりげない言葉の使い方で、私が素顔を自殺するほど嫌いだとばらさせてくれた彼女には素直に感謝する




最近は自殺騒ぎはしていないんだけどね






「カタンを捕獲して、あたしのテントに連行なさい。身ぐるみ全てひっぺがしてあげるわ、おーほっほっほっ」




「ぎゃあああああ!!」




「わりぃなカタン、姉さんの命令だ」






そしてまるで即興のショーのように、紐で一瞬で上手ぐるぐる巻きにされてジープに捕獲され


ヒールをカツンカツンと鳴らしながら歩き出したチェリーと一緒にその場から退場した










出た瞬間高笑いは止み、どこかに連行されたままため息を落とされる






「カタンの顔は本当に厄介ね。あんた今日はあたしの部屋で大人しくしてなさい。事態の収集はあたしとボブでしておくから」




「……すみまセん」




「言っとくけど、そのまま自己嫌悪で顔を潰すとか迷惑なことしないでよね。あんたが怪我して公演に不参加になるほうが迷惑なんだから」




「…………ハイ」






ボブと同じで、優しくて面倒見が良いチェリー




本当、私はどこまでも迷惑をかけることしか出来ないのだろうか










副団長特権と言う誰も逆らえないチェリーのワガママで一人部屋のテントに放り込まれると二人はすぐに居なくなった






きっと今頃、ボブとチェリーがなんらかのフォローを団員に入れてるんだろう




………何をやってるんだ、私は






顔を見せたからには最後まで自己責任を取らなくてはいけないのに、結局みんなに迷惑をかける




母さんは毎日来てるみたいだからそこもまだ何とかしないと……






昨日は長旅で体調を崩したってことにして母さんには帰ってもらった。でもまた来る。来るんだよ








そう考えるだけでなんかもう、さらにどよーんと凹むことしか出来なかった……




何かに座る気にもなれずに


地面に転がされたままボブが来るまでへこんだ




と言うか、ほどく誰かが来るまで僕ぐるぐる巻きですね。








〓〓〓〓〓




あたしは知っている




『っおいチェリー!!とんでもない奴を見つけたぞ!!』




ボブが初めてカタンを見たとき


男も女も関係なく、




『小さなサーカスでメインを張ってるピエロなんだがな、技もすげーんだが、マジであいつの作り出す世界が俺の理想そのもんなんだ!!』




純粋にカタンの作り出す世界に魅入られ惚れたことを


そしてそれが欲しくて、




『カタンを引き抜きてぇだ?あいつが欲しけりゃくれてやっても良い。あいつ以外は歳だからな、このサーカスも畳み時ってもんよ……でも、』




ボブはとっくの昔に覚悟を決めていた




『あいつは心に深い傷を追ってるし、自殺未遂回数も半端無い。あいつを絶対に殺さないって約束すんならくれてやるよ』




カタンを支える覚悟を。カタンを守る覚悟を。


そのくせ、自分に自信は無いんだあのバカは




────………








「………だから、あいつのコンプレックスである素の自分を思い出させるような行動はしないでやってくれ」




食堂のテントに戻ると、ボブが団員に頭を下げているところだった


そんなボブに一部の若い団員は反抗的な目を向ける






さしずめ、団長がカタンと付き合ってるなんてずるい、かしら


そんな予想は簡単に的中して、反抗的な子達は文句を漏らした






「それは団長がカタンさんを独り占めしたいからじゃ無いんすか?」




二年だ。二年かけて、しかもカタンのトラウマの故郷に戻ってきて、ようやく初めてあの子が僅かに心を開いたと言うのに




そんなボブの苦労も知らないで文句を言う奴等に正直いらついた




でも




「あいつは俺なんかじゃ独り占め出来ねぇよ。あいつはトラウマが治ればすぐに羽ばたいて行くさ」






カタンを過剰評価して、自分を過小評価をするボブにはそれ以上にいらついた




だから、ガンっと近くにあった椅子を蹴り全ての意識をこちらに向ける


こんなの見ていたく無い。こんな後ろ向きな団長、あってはいけない


移動式のサーカスにおいて、団長は全てを支える支柱じゃないといけないんだから






「カタンが舌噛んだわ」




無表情を作り、無感情に言い放つと


場は呆然と固まった……ただ一人を除いて




「っ、あの馬鹿っ」




直ぐ様机にぶつかり、食器や何もかもを散乱させながら走り出すボブ




彼が私の横をすぎる瞬間


その背中を張り倒すと、不意打ちのせいか巨体はぐらりと揺らいだ




「今は団員もこんなだし、居る場所もアレなんだからあんたがしっかりと支えなさいよ。じゃないと、カタンは元から打たれ弱いんだからすぐに死ぬわよ」




「…………悪い」




辛そうに顔を歪める馬鹿を見送り


はぁ、とため息を漏らす






全く、この馬鹿たちは


まぁとりあえず、








「カタンも調教しなおさないとだけど、あんたたちも再調教が必要なようねぇ」




にっこりと笑い、ガンッとヒールで倒れた机を踏みつける


ボブはカタンを調教するから






あたしはこいつらを調教しないとね














その後、テントでなにがあったのかは


誰も語らなかった






〓〓〓〓〓〓










「カタンっ!?」




「………ハイ」




どんよりと落ち込んだままで居ると、飛び込んで来たボブに押し倒されて口に手を突っ込まれて無遠慮に掻き回される。




正直、体の大きなボブが飛びかかってきてびっくりだ。幸い指はすぐに抜かれたけども。




「なんデすか??」






さすがに床に押し倒されたらゴツゴツしていて痛い


きょとりとしながら見上げると、ボブは舌打ちをしてから私の紐を解いて離れた






だからなんなんですか




よく分からないながら起き上がり、床に座り込んだボブを見つめるとそのまま手を引かれてむぎゅっと抱き締められた




たぷたぷのお腹をいじっても怒られない。本当、どうしたんだろう






よく分からない彼の行動にとりあえず私の後ろ向き思考は完全に止まる






「……俺は、お前を失いたくない」




「……ハァ」




「笑って芸を見せて欲しい。イタズラでもなんでもはしゃいでいて欲しいんだ」




「はぁ」




「そのためなら俺は踏み台にでも何にでもなる。だから死なないでくれ」






ぱちぱちぱち


メイクがっつりのおかげでいつもより重たいまぶたを、それでもガッツリと開いてボブを見上げる




えーと、えーと?




しゃべり方をピエロか素か迷い、とりあえず服装に合わせることにして口を開くことにした




なんとか、ボブの不安を取り除いてやりたかったから。不安で満ちた心は本当に辛いから




「僕、最近ハ自殺はしてナいデすよ?」




「……危なっかしいんだよ、お前は」




「こーンなに大好キな恋人も出来ましたシね、とりあえずしばラくは死ぬキはないデすよ?」






まるで怒られたこどもみたいに巨体を縮こまらせるボブがなんだか可愛い


いっつも悪態をつきながらも優しくて頼りになる彼だったから、なんだか酷いギャップだ。でもそれは悪くない




「あとわかりにくい頼り方すんな。頼るなら頼って、甘えんなら甘えろ」




ぶつぶつとぼやく彼の両頬に手のひらを添えて、潰す


そうすれば口を尖らしたへんな顔になってめちゃめちゃ面白い






そんな笑うしかない変な顔に、怒られる前にピエロはキスをした




「まぁ、ソれは無理デすよねぇ。信じて大好きで頼っていたら、実は私の存在が相手を傷つけるだけだったし……このサーカスも前の一座も、大丈夫かなって甘えたら崩れかけちゃってるし。おっと、ミスってシまいマした」




つい素で喋り慌ててわざとらしく口を押さえると、強い力で掻き回すように頭をぐしゃぐしゃにされ


ポロポロと頭の飾りが落ちた。しかもぼさぼさになった




「うちはこんくらいじゃ崩れねぇよ。甘く見んじゃねぇ、だから大丈夫だ」






優しく優しく微笑むボブ


なんだか温もりも笑顔も言葉も全てが優しくて………涙が出そうになった






















そして何故こうなった。




似合わないスーツを着るボブ。前のボタンは明らかに閉められないみたいで、ワイシャツもはち切れんばかりのお腹にはつい突きをいれたくなる






そんな彼と手をつなぐ……






「よし、中途半端だからみんな気になるのよ!いっそのことみんなにどーんって当たって来なさい」




ガチで顔を出して、メイクもされて


チェリーの服はハデハデしいからと、どこからか白が基準のフリル一杯のドレスよりはおとなしめのワンピースを着させられた私




とりあえずこの場にはチェリーとジープとボブしかいないけど、すでに冷や汗がヤバい。身体もガクガクと震えている。


なんとか隠れたいが、うちの女王様はそれも許してくれない






「おい……めちゃめちゃ荒療治じゃねぇか」




「あら、腹に一物隠してこそこそするから気になるのよ。文句を言われたら堂々とすればいいじゃない」




「いやでも……」




「黙りなさい。あんたたちの仕事はジープがしておくから、二人はそのまま見せつけてデートしてらっしゃい」




「美女と野獣のお二人とチェリーの命令なら仕方がねぇからなぁ」






言葉とは裏腹に、どんよりと沈みまくったジープが気になりちょっとだけ自分の格好からそちらに意識を逸らした瞬間……






「さっさと行きなさい」








明るい日差しのもと


似合わない正装をしたボブと大嫌いな素を出した私






もう、泣きそうになったけど






「あー…とりあえず、どっか行くか」




「………うん」






ぎゅっとボブの手を握れば、一人で外に出たこの前よりもずっと心持ちは楽になれた










「うわあ!あああああっ!!」




「っ!?」






そして少し歩くなり、宣伝に行くみんなと鉢合わせし指を指されて叫ばれた


咄嗟にボブの後ろに隠れるも集まる視線は明らかで






ただでさえ賑やかだった心臓がさらに激しく高鳴る。それこそ、ショーを演じてる時よりも








見ないで、見ないで、お願いだから見ないで……




強く強くボブのスーツに皺が刻まれるほど強く掴み、背中に額をくっつけた






だが聞こえてきた声は予想とは違った






「二人でお出かけっすか!!くっそう、恋人持ち羨ましいー!!」






………へ?




特に“私”に触れないいつもみたいな態度にばちばちと瞬きをし、そっとボブの陰から覗くと皆は普通に会話をしていた。“私”に触れることもなく




「ったく、団長~貴重な女を持ってかないで下さいよぉ」




「あー、俺も彼女欲しー!!」




「どうやって落としたンすか、団長」






普通の態度に、徐々に体のこわばりが抜ける






「客には手ぇ出すなよ」




「わぁーってますさぁ」






もう一度ボブの背中にひたいをこすりつけたときには


額だけ化粧が剥がれちゃったかな、なんて考えるくらいの余裕が出来ていた






「押しテ押しテ、押しツくスと意外に行けマしたヨ。少なくトも僕のダーリンはネっ♪」




声音高くカタンらしい声と口調で


顔は見せないまま言っても、みんなの普通の態度は変わらなかった






ボブとチェリーがなにをしたのかはわからないが、正直心底有難い




「えー、カタンさんがそんな熱烈アタックかけたんすかぁ」




「そーデすよー?だかラ振られタら嫌なんデ余計な事シないデ下さいネ?」






アハハハーと表面では笑いながら


クイクイと引っ張って、ボブの背中に貼り付いたまま歩かせる






そんな状態でも


みんなは、行ってらっしゃいって言ってくれた───……






















「大丈夫か?」




「………お腹の肉たぷたぷしてもいい?あだだだだだ、」




「ふざけるんじゃねぇ」






数メートル置きに同じ言葉を繰り返すボブに冗談を返すとミシミシと幻聴が聞こえるほど強く頭を鷲掴みにされた


あまりに痛かったから唇を尖らせながら涙目で見上げると、ボブはう゛っ、と固まりながら赤くなる




………そういう反応されるとイタズラしたくなるんだよなぁ






「はい、ボブこれ美味しいよ?」




露天で売ってた食べ歩きようの焼き菓子を差し出す


そうすれば真っ赤なボブに頭を叩かれて、なんだか面白くって自然と笑いがこぼれた






そして、自然に笑えた私に驚いた






笑えた。普通に


まだじわじわと痛む頭を撫でながら自分が思ってた以上にボブが好きなんだなぁ、とどこか理性の隅っこで思った




だってボブがいなければ笑うことは愚かこんな風に出歩くことも無理だろうから












「………本当に大丈夫そうだな」




ボブにふられた焼き菓子をかじり、手を繋ぎながら意味もなくメインストリートをさ迷う


不意に聴こえた少しだけ残念そうな声にきょとりと視線をずらすとそこには拗ねたみたいなおっさん






「ボブが一緒にいてくれてるからね」






そんな彼が大好きだ。大きなお腹も二重あごも、ぶっきらぼうに私の頭を撫でる武骨な手も


だからは私はまた自然に笑うと、赤くなったボブの腕にぎゅーっと抱きついた




「寝言はよせ」




「頭の中がボブでいーっぱいだから、大丈夫なんですよぅ?」




「茶化すな馬鹿」




別に本当のことなんだけどなぁ


少しだけ残念な気持ちになりながら、絡めた腕を離して普通に手を繋ぐ








「…………ねぇボブ。行きたいところがあるんだけど」




「好きなとこに行けよ」






ため息混じりに相槌を打たれても構わない。ボブと一緒なら……きっと大丈夫だ。ちょうど目に入った店で花を買う。


故人を送るための花束を。






「ありがとう」




行こう…………私の家へ。




覚悟をすると私の体は小さく震えだした。けれどボブはそんな私の手を強くぎゅっと握ってくれた……






道中の道は驚くほど変わっていなかったけれど、記憶にある店は殆ど違う店に変わっていた。


子供の頃通った教会の横を通る。




父さんと母さんと一緒に通った教会だ。母さんは手を引いてくれて、どこか物言いたげにしていた。




道は変わらない。ぶっきらぼうに前を歩く父さんの幻覚が一瞬見えて消えた。






そしてしばらく歩くと記憶より少し汚くボロくなった薄茶色の屋根の家が見えてきた。




門前で、そこを見上げる。




私が遊んだ庭まだあった。よじ登った木もまだある。祖父母が来る時は閉じ込められた物置も、父さんが手作りしたポストも。




「うちになんか用か」




思い出に浸っていると、中から声をかけられた。


そこには庭の木の剪定をするーーーーー一人の男性がいた。




「……エレノアさんの生家とお聞きしまして」




「………何の用だ」




理解していたはずだ。茶色の髪が白髪交ざりになっても、私には彼が父であったとわかるのだから。






彼も成長したとはいえ、私がエレノアだということには気づいたはずだ。




「『彼女』は最期まで家族を愛していましたよ。ご自愛くださいとお伝えください」




頭を下げて、足元に花束を置く。




もう、用はない。これでエレノアは死んだ。私は、僕は、可愛らしいピエロのカタンだ。




ボブの袖を引いて来た道を帰る。


もう二度と母と父と顔を合わせる気は無い。




「………お前も。身体を大事にしろ」




………最後にそんなつぶやきが風に乗って聞こえた気がした。
















「というわけで!ペアルックでも買って帰りましょうか!ピンクのハートがいっぱいのシャツとか!」




「やめろ、そんなの着れねえだろお前も」




「僕はピエロの時に着ますから」




ドヤ顔で言うと、容赦なく頭を叩かれる。あはんと笑うとボブも小さく笑った。


エレノアはもう死んだ。エレノアを知る人物とはもう二度と関わらない。






カタンだけとして生きていくと決めると、世界は驚くほど生きやすくなった。


今の私は顔を隠さなくても、声音を変えなくてもスルスルとカタンでいられる。居るて言う表現はおかしいな。普通にカタンなのだ。なんて言いたいのかよく分からない?僕も分からない!




「次に戻れるのはまた数年後だぞ。良かったのか」




「構いませんよ?僕の家族じゃないんで」




そうキッパリ言い切ると、心配性なボブはまた心配!って気持ちを全面に出した顔で笑った。




僕はピエロ。


僕はカタン。




笑わせるのが仕事だから。


恋人にはそんな表情させていられないね。




なのでニコッと笑いながら飛びついて、うっちゅーとキスをした。




さあ、僕らはサーカス団。




観客のために早く次の街へ行こうか!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界を捨てる 海華 @umika_kaika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ