みんなでひとり

かなぶん

みんなでひとり

「――ということで、私はこの、ソロ部を作りたいと思います」

 努めて真面目にそう言った小路町こうじまち朱乃あけのの心は、すでに折れかけていた。

(何、ソロ部って。ぽっと出の思いつきだからって安直過ぎない? こんなの誰が良いって言う――)

「なるほど。分かりました。それでは、改めてこの申請書に部名と内容を書いてください」

「…………え? い、いいんですか?」

 正直、自分でも弾かれると思っていた案に道が開かれ、朱乃はついつい正気を疑う眼差しで担任の顔を見る。職員室の自席に座る担任は、上からのその視線にため息をつくと、差し出した紙を再度朱乃へ向けつつ言った。

「小路町さんが今言ったことは、我々も頭を悩ませていたことでですからね。あなたの言うソロ部とやらが、その受け皿になってくれるのなら、願ったり叶ったり」

(……ええと? 何言ったっけ、私?)

 あまりにも思いつきで語ったせいで、内容を思い出せない朱乃。

 それでも、せっかく出された申請書を逃すまいと掴んだなら、念を押すように担任が言った。

「ただし、他の部活申請同様、今日から一週間以内に少なくとも5名は部員を集めてください。集められなかった場合は同好会扱いとなり、改めて部活を決めて貰うことになりますので、気をつけてください」

(一週間で5名って……まるで漫画か何かの展開みたい)

 わー、めんどーい。

 朱乃の顔に浮かぶ、隠しきれない本心。

 愛想笑いも引きつるソレを真正面で見る担任は、いつも通り無表情のまま、事務的な口調を崩さずに続ける。

「そうそう、同好会扱いのものを再び部活申請できるタイミングは次年度になりますが、その際、前年度での活動実績も必要になるので注意してください。もちろん、同好会活動は部活動並行で、次の申請時も部員5名という条件に変わりはありません」

(うげ……)

「諸々加味すれば、今回の申請で5名確保するのが現実的でしょう。まあ、その熱意があれば5名程度、見つけるのはさほど難しくはないでしょうが」

 どこまでもしれっと言う担任に対し、朱乃は思ったよりも面倒なことに首を突っ込んだかもしれないと今更思った。



 そもそも、朱乃が進学先を市立絵空高校に決めたのは、ここが一番自宅に近かったからだ。小中学とギリギリ登校、即下校で生きてきた朱乃にとって、近さこそが全てであり、それ以外の特別な理由はない。

 だからこそ、当時の朱乃の学力では厳しいとされてきた受験の合格も、見事勝ち取ったのだが――入学早々待っていたのは、絵空高校では必ずどこかの部活に入らなくてはならない、という鉄の掟。

 市立が民意を縛りつけていいのかー、などと憤慨した朱乃だが、この話は入試前から有名だったらしい。しかも、社会に出る上で交わす契約の練習だかなんだかの名目がついており、すでに絵空高校の特色となっていた。

 今更朱乃が騒いだところで、向けられる目は困惑しかないだろう。

 ならば、と考えた朱乃。

 要は部活と名が付けば良いのだろうと、最初に「帰宅部」を申請しようとしたのだが、早々に却下されてしまう。

 けれどそこで諦めるなら、そもそもこの学校を受けてすらいない。

 朱乃は何か打開策はないかと考えた末、つまり家と同じ状態を学校に作れれば良いのだと発想の転換を図っては、先のソロ部を発案し、今に至る。



(……熱意があったところで、ねえ?)

 昼休み。パンを片手に申請書の各欄を埋められるところだけ埋め、早速部員探しに行こうとした朱乃は、教室を見渡してふと思う。

 この学校を目指すに当たり、部活動必須の話を知っている者は大半、それ込みで入学した者もほとんどだろう。朱乃のような動機で、大して下調べもせず入学する者は少数と見て間違いない。

 先ほどから、どこの部活にしただの、あそこはどうだの、既存の部活の話が耳に入ってきて、朱乃はふっとため息を一つ。

(……別の、楽な部活探す方が早い気がしてきた)

 元々やる気がある方ではない。

 とはいえ、部活に力を入れている学校に、朱乃の思い描くような楽があるとは思えず、仕方がなしに立ち上がった。

「ああ、小路町さん」

 するとそのタイミングで担任に声をかけられ、顔を上げれば教壇のところで手を上げた姿。

「なんですか?」

 これから部員探しなんですけど、と言いたげに近づいたなら、同じように呼ばれたらしき男子生徒と目が合った。

(おお……イケメン)

 やけに冷めた目をしている少年は、確か倉之内くらのうち蔵人くろうど。狙い過ぎた名前とは異なり、クールな外見と雰囲気を持つ彼の隣に立てば、担任が教壇上の段ボールへ手を添えた。

「申し訳ありませんが、倉之内さんと一緒にこの箱を資料室まで運んでください」

「え」

 なんで私が? と続ける前に担任は言う。

「倉之内さん、資料室の場所は小路町さんが知っていますから」

(そう言えば、無事認められたら、資料室を部室にするとかなんとか)

 男子も女子もいる教室で、何故わざわざ指名されたのかと思えば……。



(なんか、あの担任に良いように使われている気がするんですけど)

 思い返せば、ソロ部に申請書を出した時も、自分たちにも利点がある、みたいなことを言っていた。

(もしかして……一番厄介な人間に、変な印象持たれることしたのかも)

 最低でも一年間、担任にこき使われるのではないか。

 好ましくない想像を振り払うように軽く首を振る。

(まあ、今考えるべきはそこじゃないし。まずはどうにかして……そうだ)

 両手で抱える段ボールを一度弾ませ、後ろにいる倉之内へ顔を向ける。

 やはりイケメン――ではなく、このクールっぷりに違わず、あまり周囲と交流を持っているようでもない倉之内の姿を頭に浮かべつつ、朱乃は声をかけた。

「倉之内……さん、ちょっと聞きたいんだけど」

「……何?」

 不機嫌と言うより、朱乃より多い荷物のバランスに集中するゆえの、素っ気ない返事に、内心で(マズいタイミングだったかも)と思いつつ続けた。

「倉之内さんってさ、どこか部活入ってる?」

「…………何で?」

(あれ?)

 この高校では普通のことだと思ったのだが、何故か声に含まれる警戒。

 不思議に思って立ち止まる朱乃に対し、冷えた目を向ける倉之内は、そのまま先頭を歩いていってしまう。

「ええと……」

 とりあえず、追いかける朱乃の頭には、依然としてハテナが並んでいた。

(何か変な言い方だった? 普通に聞いたつもりだったんだけど……。それとも、下心に気づかれて?)

 前を歩かれては、高い背丈も相まって、壁ができているようで声をかけにくい。

 どうしたものか、と悩む一方で、道順を外れていこうとする倉之内を知ったなら、朱乃は慌てて言った。

「あ、そっちじゃなくて、階段! そこ登って!」

 肩越しにちらっとこちらを見、すぐに方向転換する倉之内に、とりあえず自分の声が届いたとほっとする。

 ――――と。

「わわっ!?」

 倉之内に続き、階段へ向いた途端、開いていた窓から強風に押される。

 ほぼ同時に、

「きゃあっ!!?」

 高い声が聞こえ、階段を見上げたなら、倉之内の頭越しに、運悪く通りがかった女生徒のスカートが、大きく捲れ上がった場面を目撃する。

(……しょ、勝負下着?)

 ばっちり見てしまった色と形。

 スカートを押さえた女生徒が睨みつけてくる前に顔を下へ向ければ、「み、見たでしょ!?」と聞こえてくる甲高い糾弾。

(あ、倉之内くん、死んだな)

 位置関係と瞬間の頭の向きから見て、朱乃よりばっちり見てしまったのは明白。

 出してやれる助け船もなく、すすす……と心持ち女生徒から見えない倉之内の陰に隠れたなら、目の前の少年は言う。

「え? 何を? すっげぇ風だったんで、これ落ちないよう、っとと!?」

「うわっ!?」

 演技なのか本気なのかは分からないが、高い背が自分の方へ倒れてくるのを見て、朱乃は咄嗟に箱を押しつけてやる。

「く、倉之内、さん、ちゃんと前見て!」

「わ、悪い悪い」

 悲鳴に近い声でそう言ってやれば、ここで倉之内の後ろにいる朱乃に気づいたらしい女生徒が、「ご、ごめんなさい、見てないなら良いの!」と捨て置き走り去っていく。

 倉之内の言葉を信じたかどうかはさておき、彼女の位置から見えなかった朱乃の存在が、そうさせたのは確かだろう。

(まあ、パンツ見たでしょ、とは他の目がある中で言いにくいよね。それにしても……外見の割にスゴいの履いてたな、あの人。きっと、運動部以外なんだろうな)

 体操着など着替える必要がある運動部で、あの下着は勝負し過ぎだ。

 しばし女生徒が走り去っていった後を見ていた朱乃は、動き出した視界の端に、目的を思い出して後に続く。

(にしても、倉之内くん……君ってヤツは)

 あんなスゴいの見ておきながら、あの冷静な対応。

 朱乃も巻き込んでのアレが、狙った誤魔化しならば凄すぎる。

「やっぱりイケメンだから見慣れているのかなー」

 うっかり口にすれば、

「んなわけあるか! 俺だっておどろ――――っ!」

 丁度階段を上りきったところで振り向かれ、考えが口に出ていたと朱乃が焦るよりも早く、倉之内が先ほどは全く見せなかった動揺を見せた。

「い、いや、違う! 別に、そういうわけじゃない! これは、心の声が聞こえるとか、そういうんじゃないんだ! た、ただ――」

「心の声? え、倉之内さんって超能力とか信じるタイプ?」

「だ、だから違う! お前の心の声を聞いたわけでは決してなくて、聞こえただけで――ってそれも違って!」

(ん? あれ? この言い方ってもしかして、本当に私の考えていることが分かるってこと?)

 ビミョーに噛み合わない会話にそう朱乃が思った矢先。

「違う! 分かるわけじゃな――え? 本当に?」

 声に出していなかったはずの考えをなぞる倉之内の言葉に、ドス黒い考えが朱乃の頭を過る。

(これは……イケる! イケメンが加われば、きっと5名なんてすぐ!)

 その後、朱乃の思惑通り倉之内はソロ部に加わるのだが――

 部員がすぐに集まったかと言えば、それはまた、別の話。

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