令和の世に甦りし『ネオ・耳嚢』

 海青猫氏の手による『ちょっと奇妙な話集』と云う作品、各話の分量は短編から掌編のボリュームであるが……内容については中々にスパイスが効いてピリリとした読後感のある話が多いのだ。

 直球めいた怪異譚から……ネット上で流布されるが如き都市伝説めいた小噺まで、様々な切り口で我々読者の不安感を煽るようなオチを魅せてくれる。

 それは江戸中期に実在した南町奉行の根岸鎮衛が、佐渡奉行時代から彼の死の前年までに記した『耳嚢(耳袋)』と呼ばれる雑話集が、現在にその形状をweb小説へと変転し……復刻したのではないかと錯覚させられてしまうような出来栄えだ。

 そして一人称の語り手が作者の海青猫氏とも見受けられる、サラリーマン男性の独白めいた記述が最も多い。

 これがもし……本当に海青猫氏が体験した実話集であり、ノンフィクションのタグが付けられていたとしたら……怪奇小説マニアとしては喜ばしくも羨ましい状況であるかも知れないが、自分自身に置き換えてみると……この膨大な量の怪異に包まれて暮らしたとするならば、自身の正気をまともに保つ事など不可能であると想定され、海青猫氏の精神の安寧を心配してしまう私が居るのだ。

 いや……もしも……海青猫氏と云う人物が、数多の並行世界で同時に存在し、ありとあらゆる世界の海青猫氏が自身の体験談としてweb上にこの短編・掌編群をupしているのであれば、私如きの心配など杞憂に過ぎないのだが……。

 もう一度だけこの作品のタグに『ノンフィクション』が付け加えられてはいないか、この世界の私だけでも再確認しておくとしよう。


2021.6.6
   澤田啓 拝

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