第4話 密会の密は親密の密じゃなく秘密の密なんだよな。

異世界生活の体験兼資金の準備がようやく終わった所、俺達は本格的に魔王討伐の旅の支度に入った。


その旅に出るのは相変わらず俺達5人だけだ。


何故かというと、その方が効率的だから。


魔王は魔の王の意味だけど、別に指揮系統があるというわけではなく、軍も率いていない。


魔王の発現による魔物の活発化、それは今一番被害が出る現象だ。


そう、現象だ。魔王と人間の関係は国同士の争いというより、自然災害とその対策に近い。


人間の数は多かったので普通に魔物なら何とか対策が出来た。


しかしその現象の中心、すなわち魔王のいる場所に近付けば近付くほど魔物が強くなっていく。


数の有利が前世界では結構決定的な要素になっているけど、ここはファンタージーの世界だ。文字通りの一騎当千の強さは実在したりする。


そんな一騎当千の魔物が、ごまんといる場所は数でごり押しが出来ない。やっても犠牲者が増えるだけだ。


これは実際やってみて分かる事らしい。何人死んだかが怖くて聞けなかった。

魔物が強過ぎて生活が出来ない地域を人間は魔の領域と呼んでいる。


今、魔の領域は広がる一方、人間の反撃の成功例は無い。状況は絶望的だ。

そこに勇者は入って来る。


一騎当千の魔物に何匹たりとも負けない勇者一行は最短最速で魔王を討ち滅ぼし、魔の領域を解除させる。それは、人間にとって最も効率的かつ効果的な対策だ。


今は、その魔の領域に向かう旅の出発の前夜だ。早く寝て体を休ませる必要がある。あるはあるんだが…、今、俺は暗い回路を歩いている。


国王が住む所だけあって、この城は結構広く、回路が結構分かり難いように作られた。侵略者の対策だろう。


だから、俺を呼び出した人は案内役を準備した。顔が分からないが。彼女?かな?多分、外見から判断すれば。彼女は黒ずくめの衣装を着ており、顔はベールに隠されている。


こんな怪しい人に付いて行っている理由は一つ、この呼び出しを命じたのは王女様だったからだ。


美人と夜の逢引きっていう妄想をしない事も無いが、俺の現実にそんな甘いイベントなんてないだろう。散々、今までの人生で思い知らされたのでそういう期待がない。あるのは面倒事の予感だけだ。


いや、予感と言うよりほぼ確信している。夜間に俺だけを呼ぶなんて、ろくな事がないだろう。


そもそも会話はどうする。俺の現在の日本語スキルが王女様に通じると思えない。これだけ考えるともう面倒と感じた。


しかし、行かない選択肢もない。王族の命令だ。胡散臭い気もするが、拒絶する程の権利も度胸も俺にはない。


そして度胸がない分、うんざりな気分になる。はああ。


と思いながら目的地に着いた。


ここは...城内にある別棟みたいなものだ。城の生活をしている間、2,3回見かけた事がある。特にドアに刻まれる模様が印象的だ。


そのドアが今ノックされた。


「マカリア様。連れて参りました。」


「はい、お入りください。」


マカリアは王女様の名前だ。


本当に王女様本人は俺を呼んだのか。


あんまり信じていないのでちょっと驚いた。


開かれたドアの中は素質な部屋だった。テーブルと椅子と暖炉だけがある部屋だ。そのテーブルの奥にマカリア王女様は座っている。


彼女は、薄いナイトガウンを着ていて、その上にショールをかけている。


彼女の金髪碧眼は薄暗い部屋の中でも輝いているように見える。


こんな美人の無防備の姿を見ても心が躍らなかった自分に俺は残念でならない。もし白人美女と逢瀬だぜヤフー!って思える純情さがまだ残ったらどんなに幸せなんだろう。


今の俺は彼女がこんな怪しい密会じゃなく、普通に昼に呼んでお茶でもしたかった。

俺は部屋に入ったが、案内役は外で待機するみたい。


ドアが閉まると王女様は俺に座ってくださいというジェスチャーを送った。


「夜分遅く、呼んでしまって申し訳ありません。どうしてもご相談に乗っていただきたい事項があります。何卒、ご容赦ください。」


出たー。めっちゃムズイ日本語だー。何言ってるか分からなーい。王女様って俺日本語が分からない事を承知の上で話しているんだよね。難しい言葉ばっか使って俺を虐めたいの?


「あ、すみません、このスキルを発動する事を忘れました。」


お、王女様の話が...分かる!でもこれは日本語でもタイ語でもない。王女様の言葉を理解しているのではなく、意味が直接頭の中に伝わったようだ。


「これは私のスキル、“以心伝心”です。これは心の中思っている事を声に乗せて伝えるスキルです。だから言葉が分からなくてもリット様は思うがままに私とお話しが出来ます。」


「ほお、これは都合がいい。言いたい事がいっぱいあってしょうがないんだ。てかそういうスキルがあるなら最初から使えよな。」


あれ?丁寧に話すつもりだけど何で言葉が乱暴になった?


「このスキルは私だけの秘密ですので、そう不用意に使う訳には参りません。」


「けっちだな。別にいいだろ減るもんじゃないし。こっちは大変だったんだぞ。」


「ふふ、リット様は最初の静かなご印象と比べると結構ご表情豊かになられましたね。」


「当然だろ。他の人は言葉が分からないのに、ベラベラ喋る馬鹿がいるものか。ていうか自分が原因の一つっていう事を忘れてないか?」


おい、俺、王族に対してなんという口の利き方だ。いや、内容的には大体あっているけど何で嫌味っぽくなった?


「どうやら混乱しているようですね。大丈夫ですよ。以心伝心スキルで伝わる言葉は心からの言葉です。その為、相手に対する態度を誤魔化す事が難しいでしょう。自然に話していただいても構いませんよ。私は気にしていませんから。」


「そうか?後で不敬罪とかで牢屋に投げ込むんじゃないだろうな。」


「いたしません。私は自分が寛大なんて言いませんが、そんな事を許してしまうほど情けが乏しくはありません。大体ですね、そんな度量が小さい王族なんていませんよ。」


俺の王族のイメージはそれしかないんだが。


「でも姫さんは普通に話しているんだな」


「私は誰とでも接する時、常に敬意を払うように心がけしておりますので。」


「ホーン。凄いもんだな。」


「いえいえ、ただ自分のキャラ…理想を目指すだけなんです。」


ん?さっきキャラって言わなかった?キャラ作りのキャラなのか?


「...」


「...」


「それでは、今日の件ですね。」


あ、話を逸らしやがった。まあ、いいけど。


「今日話したい事は勇者召喚の真相についてです。」


「!それはどういう事?」


「この勇者召喚は、ただ勇者を呼んで魔王を討つだけじゃないという事です。」


何か裏があると薄々思っていたが。呼ぶ側からネタバレされるとは予想していなかった。罠か?ちょっと様子を見よう。


「それだったら俺だけじゃなく、幸斗達を呼んだ方がいいんじゃないのか?勇者本人なんだし。」


マカリア王女はゆっくり頭を横に振った。


「その方々は駄目です。いえ、その方々に知られてはいけないと言った方が正しいかもしれません。」


幸斗達に知られてはいけない?何故?


「彼らは神の管理下にいるからです。」


「神…ああ、召喚した時も言ったな。神の加護とかなんとか。」


「ええ、その加護こそ、神の勇者を管理する措置です。」


加護のついでに盗聴器も付けてやがるという事か。


「ち、呼び出しておいて管理するとか。気に入らないな、その神とやらは。って事は幸斗達に聞かれた事が心配というより神に聞かれたらまずいという事なのか。」


「はい、お話が早くて助かります。」


「何故だ?神は人間の味方じゃないのか?魔王の討伐に協力しているようだけど。」

「神は…神は誰の味方にもなりません。神にとって我々も魔物も自分の箱庭にいる蟻に過ぎないのです。」


「それでも神は積極的に人間を殺すもんじゃないだろ。なんの不満があるというんだ?」


「勇者召喚は過去にも行われた事、お分かりになられましたね。」


「ああ、姫さんの人が教えてくれた。」


「勇者召喚をする前に必ず神託は下されます。私達は毎回その神託に従い、勇者召喚の儀式を行ってきました。そして召喚された勇者達は幾度となく私達を魔王の脅威から救ってくださいました。」


だろうな。じゃないと人間は生き延びていないだろう。


「しかし、その度に必ずしも皆様が生きて帰って来る訳ではありません。」


「...」


「魔王との戦いは、いつでも非常に危険な道なんです。神の加護があると言えども命の保証はありません。その険しい戦いに挑んだ勇者達は命を落とす事も少なくありません。むしろ全員無事に帰還される方が少ないとも言えるでしょう。」


これは…脅しか?いや、彼女はただ誰も言えない…言いたくない事実を言っているだけだ。俺達もちょっと考えれば分かる話だ。今から俺達は命のやり取りに行く。俺はその事実をもう一度重く感じた。


俺は静かに王女様の言葉の紡ぎを待つ。


「私にとってそれは…耐え難い事なんです。」


王女様の声は決して大きくはないが、確かにその声はこの部屋に響いた。


「他人の子を誘拐して、戦わせた挙句、見殺しにしました。そしてまた繰り返し?冗談じゃありません。何が神託、何が加護!何の一つも護ってくれないではありませんか!」


王女様の目元から涙が出始め、雫になってテーブルに落ちた。


「それは神がしてもいい事ですか?それは王族がしてもいい事ですか!自分の国だから自分で守るのは道理ではないですか?それなのに対策の一つも無くただ他力懇願の始末!しかも年端も行かない子供達に丸投げ!恥を知りなさいこの父が!神の言う事を聞くしかないとかほざきやがって、自分の尻を拭えないほど老衰したのか!」


...結構色々と溜まっているな、王女様。言葉がだんだん下品になっているぞ。キャラ作り、忘れてないか?


「は!」


あ、おうじょさまはしょうきにもどった。


コシコシ(涙を拭く音)


スピー(鼻をかむ音)


「オホン、見苦しい所を見せてしまって申し訳ありません。」


「いや、別に構わないが、姫さん...大丈夫なのか。」


「はい、私は大丈夫…ではありませんね。」


大丈夫じゃないんかい。


「周りはですね、注文が多いんですよ。勇者をもっと戦わせろとか、勇者に自分の派閥に入るように言えとか。始末に沙織さんと愛奈さんは見た目麗しいので、妾にしようとした貴族までいるのです。阻止するには結構骨が折れました。」


やっぱりいるよねそういうやつ。なかなか出ないなと思ったら。王女様が裏で色々と動いてくれていたお蔭だったか。ここは感謝しないとな。


「まあ、何だ、取り合えずありがとうと言っておこう、姫さん。迷惑をかけたな。」


「いいえ、もともと呼ぶ側の私達はこれくらいやるのが当然です。私自身も弱音を吐くつもりは無いんですが、いけませんね、以心伝心スキルを使ってしまうとついつい不意に本音が出てしまいます。」


「別にいいじゃないか?弱音を一つ二つ吐いてすっきりするのも人として自然な事だぞ。」


「いいえ、そういう訳には行けません、特にリット様の前では…」


王女様は、ばつが悪そうに俺から視線を逸らした。


やっぱりそうか。


俺が勇者の資格を持ってここに呼ばれたのではなく、ただ巻き込まれた人という事実は正式に発表されていない。されていないが、分かる人ならやはり分かる。


俺は日本語を喋れないし、肌色とか顔も明らかに別の人種のものだ。そして、どうやったか分からないが神の加護がない事は判明されている。


他の4人は俺と仲がいいから表では特に何も言われていないが、裏では多分金魚の糞に近い事にされているだろう。


まあ、その事実がない訳ないから言い返し辛いよな。


「姫さんは別に俺に気を使わなくてもいいぞ。何を言われようと俺は分からないしな。」


「それは駄目です、それではただ私達がリット様に甘えるだけです。」


自分にも厳しいな王女様。


「ですからリット様を今晩、ここに呼んだ目的の一つは謝罪をする事です。」


王女様はゆっくり頭を下げた


「貴方を身勝手な理由で攫った挙句、無礼を働いてしまい、本当に申し訳ありません。」


「いや、頭を上げてくれ。王族はそうほいほいと頭を下げたらいかんだろ。それに姫さん自身は別に悪い事している訳じゃないし。」


「いいえ、お察ししているかもしれませんが、確かに私は勇者召喚に反対しています。しかし実際に勇者が召喚された以上、私にも責任の一端があります。その召喚の儀式を準備したのは私ですから。」


「え、そうなの?」


「はい、一応、私はこの国の巫女なので。」


「え、巫女ってあの神社でお守りを売ったり掃除したりしている?」


「それはどこの巫女か存じ上げませんが、この国の巫女は式部を牛耳る者です。神託も受けたり伝えたりします。」


「へえ、そうなんだ。…ん?姫さんは神託を受ける本人なら勇者召喚の神託を伝えない事が出来ないのか?」


「出来ません。」


やっぱりそうだよな。王女様も自分の責務にプライドくらいはあると思うし。


「試しに黙っていたら、最終的にばれました。」


黙っていたんかい。


「神託を黙ったら、毎晩、夢に神託が来るようになりました。鬱陶しくてかないませんが、私も意地になって何としても神託を伝えないようにしました。」


おい巫女、仕事しろ。


「しかし、ある日突然何かを訴えるように神像が発光しました。」


十中八九、王女様の責務放置を訴えたいだろう。


「ですので私は言いました。神はソーセージをご所望すると。」


......何でソーセージ?


「それから一週間、王都ではソーセージ祭りが行われました。その時のソーセージ、大変美味しゅうございました。」


さてはこの王女様、ただソーセージを食いたいだけだな。


「しかし祭りの後でも神像の光は消えないので、私は観念して神託を伝えるほかありませんでした。」


この王女様、ソーセージを食べて満足したから抵抗を止めたんじゃないだろうな。

怪しいぞ。


「それからも私は色々な手段で勇者召喚を阻止しようとしましたが、巫女といえども国の方針に逆らえませんでしたので、勇者召喚が実行されたというわけです。」


「…なあ、姫さんよ。貴方は何故、そこまで勇者召喚を反対する?心苦しいのは分かるが、これは貴方と、貴方の民の生存に関わる事だろ?」


代替え案がない以上、民を救うには勇者召喚が避けられない。この人は民を救いたいだろうしそんな事が分からないとは思えない。


「…これはリットさんを呼んだもう一つの理由です。」


ゴホンと咳払いをした王女様は説明を始めた。


「勇者召喚の儀式は技術は勿論、座標情報、呪文、様々な要素が必要とされています。しかし、一番大事で、入手困難なのはエネルギーです。勇者召喚する為に想像を絶するエネルギー量が必要です。そんなエネルギー、我々はどうやって調達したのかお分かりですか?」


「...人間の命なのか?」


「割りとえぐい考えをお持ちですね。それも出来なくはないですが、勇者召喚が完成する程命を消費してしまったら、この国は機能しなくなります。」


そうだよな。映画や漫画は人間をエネルギーにとか赤い石にとかしているけど、結構非効率なエネルギー源だよね、人間って。


「答えは龍脈です。この星は地面の下に龍脈というエネルギーの道路があります。そしてそのエネルギーが噴きあがった場所、龍穴はこの城の地下、すなわちリット様達を召喚した場所にあります。私はその噴き上がったエネルギーで勇者召喚を行いました。」


ここも風水とかあるのか?魔法があるからもっと正確に効果を把握出来るかもしれないな。


「しかし、通常の龍脈のエネルギーではまだ足りません。勇者召喚の必要なエネルギーを確保する為に龍脈の活性化している時期を狙わなければなりません。」


「その活性化とやらは頻繁に起こるモノなのか?」


「いいえ、龍脈の活性化がいつ発生するのかは誰もわかりません。その予報の術も我々にはありません。」


「は?でも毎回勇者召喚が出来ていたよな。」


「そうです。」


「いつ起こるか分からないモノは都合よく必要な時に毎回起こるって言いたいのか?」


「そうです。」


「…怪しいよな。」


完全に誰かの意図で起こっているよなこの活性化は。神なのか?


「そうです。直接に神託で言われた事がないですが、ほとんどの人はこの活性化が神様からの賜物だと認識しています。魔王からの救いを備えてくださったとか。私もこれは神の意図で起こる事だと思いますが、賜物だと思っていません。」


そうだよな。賜物はいいモノに対する言葉だ。この活性化はいいモノだと思えない。

魔王現象に対する対処だと言えるが、本格的な対策だと言えない。何故ならこれは何回も繰り返された事だから。これはその度の対処に過ぎない。


本当の対策は一回で終わる物だ。


「勇者召喚は神が何らかの目的で繰り返しに行われている事…と言いたいんだな。」


「はい、その目的は人間にとって救いになるのか破滅になるのか…私には知る術がありません。だからこそ不安なのです。今でも我々の運命は神の一存で左右されていないかと。そしてもう一つの懸念は勇者召喚の頻度です。」


「頻度?」


「はい、記録された勇者召喚は今から遡って千年までなんですが、千年前は勇者召喚の間隔が200年ぐらいです。しかしその間隔はだんだん短くなって、今回の召喚は前回から20年も離れていません。」


200と20だから、頻度は十倍以上になっている?確かに危機感を持つべき所だな。


何かのカウントダウンになっていないか?


「それは姫さんが最初に言った勇者召喚の真相なのか?」


「はい。」


「うーん、真相というより疑惑というべきだな。大部分は推測の話だし。」


「す、すみません。言い方が悪かったですね。」


「いや、責める訳じゃないんだ。情報、感謝する。大変参考になった。」


「それはよかったです。」


「で?俺に何をして欲しいというのか?」


「いえ、そんな事は...」


「とぼけなくていいって。そんなリスクが高い話を持ち掛けた以上、見返りが欲しいのは当然の事だ。俺は気にしていない。むしろギブ・アンド・テイクの方が分かりやすくて安心出来る。」


王女様はクスとちょっと笑って話を続ける。


「見返りだと言えるか分からないですが、協力はして欲しいです。私と、私が属する組織に。」


「組織?王家じゃないよな。」


「王家ではありません。これは古から神に背いけた者で結成された秘密の組織です。」


神の陰謀に秘密結社か…やっぱり面倒な事ばかりだ、畜生。


「協力って具体的に何をするのか?政敵の暗殺とかは受付けないぞ。」


「最初は情報収集をお願いしたいです。リット様が今から行かれるのはこの転換期の最前線ですので、魔王の情報とか神の目的に関する情報があればお知らせして欲しいです。暗殺に関しては…場合によってですね。その時の相談になります。」


ないとは言い切れないか。まあ、いいだろう。


「分かった。その話、承ろう。」


「ご協力、感謝いたします。」


「連絡手段はどうする?」


「この部屋の扉の模様、リット様は見えますか?」


「見えるぞ。」


「やはりですね。」


「何がだ?」


「実はこの模様は普通の人は見えません。模様が見える為の条件があります。その条件は神に疑問を持つ事です。」


見える時点でもう仲間という事か。


「このような模様がある部屋は大陸中に我々の組織によって設置されています。部屋の中に常に人員が滞在しています。この模様を見かけたら訪ねてください。もしこっちからの話があれば、密かに連絡します。」


「それは構わないが、何でこの部屋?」


「この模様が刻まれる部屋は“神がいぬ間”と呼ばれて、神の管理外として扱われます。神はこの部屋の中で起きる事が認識出来ないはずです。」


「はずっておいおい、大事な所だぞ。100パー安全とか言えないのか。」


「これ組織の言い伝えだから私自身そこまで保証出来ませんが、信じさせる根拠ならあります。」


「それは?」


「もし今の話がばれていたら私もリット様ももう消されるでしょう。神の信者の組織の方が多数で強大ですよ。我々の組織は今まで生き残れたのは存在自体がばれないからです。だから慎重に行動してください。迂闊したら後で後悔しますよ。」


もうすでに後悔しているんだが。


色んな意味で危ない組織入ってしまったな、俺は。


「はあ、まあ、詳細は後で教えてくれ。今日はさすがに疲れた。もう寝て全部忘れたい所だが、まだ支度が終わっていないからな。早く帰らないと。」


「分かりました。忙しい中、時間を作っていただき、感謝いたします。」


「じゃあ、またな。」


「あ、ちょっとお待ちください。」


椅子から立ち上がった俺を王女様は呼び止めた。


彼女も立ち上がり、俺の傍まで歩いて来た。


「失礼いたします。手を。」


俺は無言で右手を出した。


そして彼女は俺の手を自分の両手で大事そうに持ち、自分の唇まで運んだ。

手甲のキスってやつだ。


「この国の祝福の送り方です。我々は神からの祝福が望めませんので、これは私からになりますが。」


「いいや、これで十分以上だ。特大のサービス、ありがとうさん。」


王女様は俺を見て、切ない顔になった。


「前回の勇者召喚、私がまだ子供の頃に行われました。その時もリット様みたいに我々の言語では話が通じない方がいらっしゃいました。」


「え?そうなのか?」


ビックリ、俺の前例がいたのか。


「その頃、私はまだ以心伝心スキルに目覚めていなかったので、その方と話す事が出来ませんでしたが、彼は私に優しく接してくださいました。話が通じず状況もよく分からない中、彼が常に笑っているという印象は私に残っています。」


逞しい先代がいたってもんだな。格好いいぞ。


「前回の勇者一行は結局、誰一人ここに帰還されていません。無事に自分の世界に帰れたのか、全員魔王と共倒れだったのか、私には知るよしがありません。彼らは生きている。私はそう自分に言い聞かせるくらいしか、出来ないのです。」


王女様はちょっと強く俺の手を握った。


「だからどうか、どうか生きてください、リット様。どんな状況でも、どんな強敵と遭遇なさっても、生きる事を諦めないでください。私はいつでも貴方方が生きていると願っています。」


うん、これ、照れるな。


多分彼女は以心伝心スキルで感情的になった。しかし感情的になったと言ってもそれもまた彼女の本心だろう。今、照れ隠しで茶化しても無粋だと思うので、これだけ言っておこう。


「...ああ、約束するよ。俺は生き残る。絶対にだ。」


王女様は俺の手を離した。帰る時間だ。


「あ、そういや一つ聞きたい事があるんだが。」


「はい、何でしょう。」


「この組織、名前があるのか?」


「ありますよ。“テッピカート”それは我々の組織の名前です。」


「“テッピカート”か...意味、あるのか。」


「あると聞きましたが、私には分かりません。“この組織の悲願”だと初代の長が言い残したと伝えられています。」


「そうか、分かった。では、またな。夜は寒いから温めろよ。」


「はい、リット様もご武運を。」


俺は王女様と神がいぬ間を後にした。


案内役は同行を提案したが断った。道を覚えているし、ちょっと一人で考え事をしたい。


しかし、テッピカート、か…あれ、タイ語だよな。


異世界語で伝えられたからか、発音はちょっと変になったが、状況と意味から察するには間違いなくタイ語だ。


“テッピカート”、いや、“เทพพิฆาต”だ。その意味は“神殺し”。


物騒な悲願を持つ組織に入ったってもんだ。




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作者ノート:

タイ語の文法で厳密にいえば “テッピカート” は “神殺し” より、“殺害の神” の方の意味が強いですが、この翻訳は私が昔読んだ漫画 “ヱデンズ ボゥイ” のタイ語版から取りました。漫画も翻訳もとても印象的なので、使わせていただきました。

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日本で異世界に召喚されましたが、俺はタイ人です。 孫 晃 @utakiba

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