第3話 タイトルがあれば、“冒険者パーティに裏切れられたが、俺はテイムスキルで魔物と一緒に自由に生きる。”って所かな。

しかし、結論で言うと上位種はいない。


「この気配...人だよ!」


いるのは人間だった。


「何の用だ。」


目の前の男はそう言った。


冒険者風の男は洞窟の壁に身を任せている。年齢はもうすぐ30だろう。黒いひげが結構生えている。そして顔色があんまりよろしくない。お腹に血のしみが付いている。怪我しているのか。


「この人怪我している!早く助けないと。」


幸斗は男に近付こうとしたが沙織さんが手で制した。


「貴方は何でここにいるんですか」


沙織さんはゆっくり問うた。


「見ればわかるだろ。怪我して動けないんだよ。」


その怪我、本物らしい。しかし何でここに冒険者がいる。怪我してもゴブリンがうろうろしている洞窟なんて悠長に居座る場所ではない。何で助けを呼ぼうとしてない。


「貴方はずっとここにいますわね。何でゴブリンに襲われていないですか?」


「さあな。俺の運がよかったんじゃないか?」


男はふざけるような言い方だった。もう助けが要らないのか?もう助けられている?誰に?まさか...


成程、そういう事か。


彼は助けを呼ばなかったじゃない。彼はもう助けられているんだ。


「ゴブリンをテイムしたか。」


俺の呟きに皆は目を見開いた。


この洞窟に上位種なんていない。ゴブリン達を操っているのはこの男だ。テイムスキルの事は城にいた時の授業に出ているので、その存在を皆が知っている。この状況に於いて彼が生きている理由はテイムスキル以外の可能性が極めて低い。


「いや、可笑しくないか?ゴブリンをテイム出来るなら何で怪我するんだよ。」


アキの疑問に沙織さんは答えた。


「それは多分彼を襲ったのはゴブリンではなかったからでしょう。」


「え?それはどういう?」


「彼の名前を聞けば話が早くなると思いますわよ。ねえ、貴方のお名前は?」


「...リカルドだ。」


それを聞いて幸斗は驚いた。


「!まさか、それは今回の依頼の...」


「ええ、彼は我々が回収するつもりの遺体です。」


「いや、死んでいないじゃん。」


「この世には沢山不思議な事がありますわね。」


全然不思議だと思わないように見える沙織さんは言った。


「ふ、遺体ねえ。外では俺が死んだ人間になっちまったか。笑えるな。ま、分からない話でもないが。」


男の苦笑に愛奈さんは同情を示す。


「じゃやっぱり...」


「ええ、彼は自分の冒険者パーティに攻撃されましたわ。」


具体的には “自分の婚約者に...” なんだけど、それを強調する程俺は残酷ではない。


「攻撃されて...でも死んでいない。そのテイムスキルのお陰なのか。」


幸斗は聞いた。


「ああ、それはそうだが、このスキルは俺が最初から持っていた訳ではない。刺された時に、このスキルに覚醒したんだ。」


それを聞いて、俺と幸斗はお互いを見た。


彼の覚醒という言葉...いや、彼の事情が聞き覚えあるからだ。


「これは...ざまあもの!」


そう、追放ものの近縁種、ざまあもの、復讐ものとも呼ばれるだろう。この類の物語は主人公が裏切られて、殺されそうになるか死んでも同然の状況に追い込まれる事から始まる。そして主人公は覚醒し、生き延びて自分を陥れた犯人を復讐してざまあをする。人はいつの時代でもその物語から得た痛快な感覚に麻薬のように惹かれている。


そのクレスジックなジャンルの物語のターニングポイントに今、俺達は立ち会っている。


なんか感動する。


「ちょっと盛り上がる所で悪いですけど、本題に戻ってもらえるかしら。」


まあまあ、沙織さんこういう時こそ流れを楽しめないと...あ、成程、そういう事ですか。


「え、本題とは今回の依頼だよね。これで終了でいいじゃないのか?遺体じゃなくても本人戻ればいいだろ。」


幸斗は状況がよく分からずに言った。普通に考えればそうだけど、今回そうはいかないだろう。


「すまんが、俺はお前らと一緒に行かない。」


だろうな。冒険者ギルドに戻るつもりだったら、今の状態でもすぐに自分で行ける。怪我はしているけど、これだけのゴブリンを管理しているんだ。運んでもらうだの、メッセージで助けを呼ぶだのどうでも出来る。彼が戻らなかったのは彼が戻りたくないからだ。


「ええ!なぜですか?」


「今は冒険者ギルド、いや、あの町は俺にとって危ないからだ。」


リカルドの話によると、彼の元パーティの仲間達はそこそこ顔が広いらしい、特にリーダー格の男方は。それは冒険者ギルドだけじゃなくて、町全体だ。


しかしリカルド自身は性格の所為か人間関係が上手くなかった。別に彼は恨まれるような事をしたと思わないが知人と呼べる人が結構少ない。これでは町に戻って自分が襲われたと主張しても、信じてもらえない可能性が十分にある。


そしてその信憑性を高めたのは、今回の依頼を通した事だ。これだけの大胆な殺害計画が誰も疑問を持たずに冒険者依頼として処理される事が彼のパーティ以外に冒険者ギルドの中に共犯者がいるという事を証明している。それは何人か分からないが、いる事がほぼ確実だと彼は真剣な顔で告げる。


「何故、貴方のパーティはそこまでやって貴方を殺そうとするんですか。」


「多分俺の遺産が狙いなのだろう。」


沙織さんの疑問にリカルドが答えた。リカルドは元貴族らしい。爵位は剥奪されたものの、家の財産は全部国に返した訳ではない。自分が持っている以外、リカルドはギルドに預けている。そしてリカルドは天涯孤独だ。両親も亡くなり、兄弟もいない。リカルドが死ぬ事になれば、彼の財産の権利は自動的に唯一彼と関係を持つ婚約者のモノになってしまう。


そしてその婚約者はパーティの仲間と共にリカルドを嵌めた。冒険依頼だと言われ、この洞窟に入った途端、リカルドは刺された。殺した後、魔物の所為にするつもりだろうが、刺されたリカルドはテイムスキルに覚醒し、自分をゴブリンに守らせた。


リカルドのパーティは操られたゴブリンの群れに敵わず撤退を余儀なくされた。しかし、リカルドの元パーティにとってはこれで十分だ。リカルドが死のうか死ぬまいが事実を曲げ報告出来る。リカルドが生き残る場合、町が自分のホームという有利を活かし、彼をもう一度殺して、真実を隠蔽するつもりだろう。


「俺は今、頼れるのは自分自身しかいないんだ。何をしようとしても先ず自分が十分に動けるまで回復する必要がある。それまで、俺の生存が悟られてはいけない。」


「僕は貴方の証人になりますよ。貴方が何も悪くないって皆に説明しよう。貴方にはまだ僕達がいるんです。」


幸斗の提案にリカルドは頭を横に振るった。


「すまんが、お前らが俺の証人にはなり得ない。ぽっとでの依頼をこなしたらまた消えるようなお前らは完全部外者だ。証言しても誰も信じやしない。」


「でも僕達は勇者です。僕のいう事を信じなくても聞く耳を持つはずです。」


「それは本当だとしても、王家の人間はともかく実権を持っていない今のお前らは何もできないんだよ。何よりも俺はお前らを信用していない。」


「何故ですか?俺達は今まで頑張って...!」


幸斗の話を遮ったのは意外にも愛奈さんだった。


「幸斗ちゃん。私達は頑張ってはいるんだけどまだ何者にもなっていないよ。」


「ッ...!」


物語の中に勇者は英雄のイメージがあるが、今の俺達は勇者という称号を持つだけで英雄になっていない。なれるような事もしていない。今の俺達が出来るのは王家の威を借りることしかないだろう。そして俺達は王家の力を借りるつもりがない。そもそも、そのつもりがあったらこんな所で冒険者の真似事をやっていないだろう。


だから英雄の雛でも呼べない俺達は町の人達にもリカルドにも信用してもらう事が出来なければ従ってもらう事も出来ない。


「幸斗さん、出来ない事を考えてもどうしようもありませんわ。今、出来る事に集中しましょう。」


「出来ること?」


「別の依頼の事ですよ。この洞窟の中のゴブリンを全滅させることですわ。」


「!いや、でも、それは...」


「それは駄目だ。このゴブリン達は俺の最後の武器だ。失う訳には行かないんだ。」


「それは貴方の都合でしょう?わたくし達にもわたくし達の都合がありますわ。貴方に譲れないモノがあればわたくし達も達成しなくてはいけないモノもある。そうでしょう?」


沙織さんの強い言葉にリカルドは舌を打った。


「それにテイムされたにも拘らず、この数日もゴブリンの被害の報告が止んでいませんわ。貴方、ゴブリンに人を襲わせたでしょう?」


「...襲わせたのはこの洞窟に近く来る人達だけだ。俺はそれくらいの防衛が必要だ。」


「だからそれは貴方の都合でしょう。貴方をここで止めた方が町のためではなくて?」


沙織さんとリカルドのテンションが高まっていく中で幸斗はどうすればいいか分からず戸惑っている。


「いや、この段階まで来ると。このリカルドさんを気絶とかさせて、掻っ攫った方が早くないか。彼、怪我しているし、暴れたら彼のためにも良くないだろ。」


アキの意見は一理あるが、この状況ではそれは出来そうにないな。


おい、アキ、自分の後ろを見てみろ。


「ああ?何も...うお!ゴブリンがうじゃうじゃいやがる。いつの間に?」


この会話が始まってからだ。沙織さんはこれに気が付いたから俺の巫山戯を止めた。リカルドは、決死隊みたいなものを作って俺達を油断させた。もう敵がいないと思った俺達の後ろに回ったんだ。リカルドのやつ、結構頭が切れているな。


どうする?これほどの数のゴブリンに囲まれて戦うと苦戦を強いられる事になる。俺達が負けはしないだろうが、被害は免れないだろう。


もしかしたらリカルドを殺したら、ゴブリンが散り散りになるのか?いやその可能性は低いだろう。テイムスキルから解放されたゴブリンは暴走して乱戦になる事すらある。


うーん、覚悟を決める時なのか、これはと思った時にリカルドは言った。


「ふう、分かった。ゴブリンを殺させる訳にはいかないが、お前らの第一の目的を何とか出来ると思うぞ。」


「第一の目的って、貴方、僕達と一緒に来ないだろ。」


「は、あいつらは俺の遺体が欲しい訳ないだろ。今回の依頼から察するに欲しい物は多分これだろ。」


リカルドはシャツのポケットから指輪を取り出した。


「俺とあいつの婚約指輪だ。これは俺の一族が代々受け継いだ指輪だ。シンプルなデサインだが、正しい所に売れば一般人が3年間は楽に暮らせるくらいのお金になるだろう。」


3か月分の給料じゃなくて3年分の給料の婚約指輪なのか。凄いな。


「これを持って帰ってギルドに報告しろ。これを受け取ればあいつらも満足するはずだ。俺の遺体なんざ獣に食われたと言っちまえばいいだろう。」


それを聞いた沙織さんはリカルドに対する敵意を収めた。妥協点、彼女が強く出るまで欲しいモノはこれだろう。


「貴方は、それでいいのか。」


幸斗は小さい声で問うた。


「いいって?この指輪の事なのか?」


「それもあるけど、この状況、この結末、受け入れられるのか。」


お前って本当にお人好しだなと呆れたように呟きながら、リカルドは語り始めた。


「あいつは、もともと親が決めた相手だ。俺が没落しても付いてくるなんて律儀な奴だなと思ったんだが、実はあいつの本当の恋人はあのパーティのリーダーなんだ。俺との関係は俺の遺産を狙っているだけだと知った時、愛想はもう尽いた。そして生きる意気もな。」


リカルドはちょっと寂しそうな顔になった。


「でもこのテイムスキルは俺を死なせてくれなかった。妙なタイミングで覚醒しやがって俺を生き延ばせた。その意味が分からない、分からないが探せば見つかるかもしれない気がするんだ。だから俺は生きる。あいつらの復讐の為なんかじゃない。自分の為だ。だからこの指輪はもう縛りしかない。お前らに上げても、あいつらにあげても、自分で売っても変わりはない。大事なのは俺がここから生き残る事なんだ。」


だから受け取ってくれと言ってリカルドはもう一度指輪を差し出した。


幸斗は静かに受け取った。


「交渉成立ですね。でも、この洞窟にまだゴブリンが残る事をギルドに報告させていただきますわよ。嘘つきはいけないもの。」


沙織さんの釘刺しにリカルドは苦笑しながら肩をすくめただけだった。


そして俺達はこの洞窟を後にした。


******


帰り道は順調だった。


ゴブリンと戦いはないし、他の魔物の遭遇もない。


それなのに俺達の雰囲気は暗い。まあ、あんな辛い話を聞いたんだ。しょうがないかもしれない。


特に幸斗は何かの責任を感じているんじゃないだろうか。


うーん、よし、幸斗くーん。


「あ、はい、何ですかリットさん。」


そんな暗い顔して、どうしたの?


「いえ、そんな..そうですね。ちょっと自分の力不足を自覚するっていうか何かもっと出来る事はないか考えてですね…」


そうか、でもそんな事を気にしなくもいいと思うよ。俺達は自分の目的を達成しているからさ。


「いや、達成していないでしょう。ゴブリンの駆除も出来ていないし、リカルドの事も誤魔化すみたいな形になったんだし。」


違う違う。俺達の目的はそんなんじゃない。よく思い出して、召喚された時に俺達は何を話してたんだ?


「この世界を自分の目で見て、生き残る為に力を付ける…」


そう。そして俺達は強くなって生きている。それが大事なんだ。どう?聞き覚えがある?


「リカルドが言っていた…」


うん、リカルドの事は残念なんだけど、俺達はこれ以上何も出来ない。する必要もない。彼は彼の物語があるように俺達も俺達の物語があるんだ。その優先順位は間違ってはいけない。他の人の事を構いすぎて自分がバッドエンドを食らったら元も子もないだろ。


幸斗は静かに頷いた。


それでも、お前がまだ物足りないと感じているなら、もっと強くなろう、幸斗。自分が望んだ結果を導き出す為に必要なモノを手に入れよう。それは俺達が最初に決めた事であって今でも変わらない。そうだろ?


「そう...ですね。そうですよね。僕はどうかしていたんだ。俺達の冒険は始まったばかりですよね。これからもっと頑張らないといけない。そうだよな、皆!」


他の3人も肯定の笑みを浮かんでいる。


幸斗は力強く前へ進む。


その背中は、ちょっとだけだけど前より頼もしく見えた。


さすが俺達の勇者だ。もう心配ないだろう。


リカルドの結末は俺達が知りようがないだろう。願わくば彼がどんどん強くなって俺達の代わりに魔王を何とかして欲しい。


そうしたら、俺達はもっと異世界をエンジョイ出来るってもんだ。


幸斗に偉そうな事を言っておいて、こんな事を考えてしまう自分に俺はちょっと笑った。


******


その後、月日の経過と共に膨大な資産を手に入れたある冒険者のパーティは町の権力者として君臨した。彼らは恐怖と暴力で人々を苦しませ、支配していた。しかし、ある日救いの手が現れた。彼はあらゆる魔物を操り、巧妙な策を紡いでこの暴君と戦って、勝利した。彼はその後“万魔将”と呼ばれ、後世でも英雄として語られたが、それもまた俺達に関係ない物語なんだろう。

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