ソロめし

こざくら研究会

ソロめし

 俺の名前は瓶簿びんぼ 小太郎こたろう、五十六歳。親父が一人親方として働いていたが、お袋が亡くなると、直ぐに弱って廃業。十年前に亡くなった。俺も親父と弟と一緒、ずっと建方たてかたの仕事をしていたが、弟も十年前に家を飛び出し行方知れず。建方たてかたの仕事しか知らない俺も、体を壊し、貯金を切り崩して生きて来たが限界で、今は、小さなオンボロアパートに移り住んで、家は売り払った。警備員の仕事で毎日を繋いでいる。親戚が何とか連帯保証人になってくれなければ、家すら借りられなかった所だ。辺鄙な所の、時代から置き去りにされたようなアパートで、既存不適格建築物。ベニヤの壁と、風呂なし、トイレ共同で月、管理費込みで一万八千円。キッチンと言う名の洗面台が付いている。大人二人が並んで立つとぎゅうぎゅうになる代物だ。

 俺は今日も、仕事やってるんだからと、派遣先の工事現場の親方に言われ、泣く泣く残業代のない四時間超過の仕事を終え、暗くなった空を眺めながら、疲れ果てて四畳半の部屋に戻った。部屋の電気を点けると、正面には電気コンロが据え付けられたトイレの個室大のキッチン。右を向けば、小さなタンスと未だブラウン管のテレビ、見れるようにチューナーは付けているが、と、ワンドアの冷蔵庫と一人用の炊飯器。そして剝き出しで畳の上にたたまれただけの布団が俺を出迎えた。

 俺は大きく溜息を吐くと、ただいま、と返してくれる人の居ない部屋に向かって言葉を投げかけた。靴は脱ぎっぱなしで畳に上がる。制服やヘルメット、誘導棒の入れられたダッフルバッグとコンビニで買って来た、白いビニール袋に入った食材を畳の上に置き、テレビを点けると、冷蔵庫からカップ酒を取り出して開けた。一口、口に含むと、ようやく家に帰って来たという実感を覚え、俺はニュースを見ながら白いビニール袋の中を漁る。

 こんな生活の中で、楽しみと言えば酒と食事だった。帰って来てから作るのは腹が減ってたまらない。だから俺は夜は手早く済ませるようにしている。

「これこれ」

 俺はそう言って、予め炊いていたコメをキッチンから持って来た茶碗によそいだ。コメは北海道のもので、大手航空会社でも使っているものらしい。新潟や東北のコメと比べても、なかなかうまいと言えるものだ。炊いた後のつやが違う。美味いコメとは脂質が多いんだろうか。研ぐ時に、手に油がのるようになる。これがコメの保湿に役立っているのだろうかと思う。

 さて、コンビニから買って来た納豆のパックを出す。今日は豪勢だ。国産の大粒。豆の味わいと歯ごたえを味わうならこれだろう。そして刻み納豆。これは昔からあるひきわりとは違う。より細かな、女の子がちょこんと座っているマークがあるヤツだ。納豆はひきわりがうまい、いや、小粒だ、大粒だなんて言うヤツはわかっちゃいない。みなそれぞれ別の食べ物なんだよ! ひきわりや刻みは、小粒や大粒では味わえない触感がある。あのざらざらとしたものが、タレや醤油、からしと一体化し、更にめしと混然一体になって、混ざり合った旨さを舌の上に届けてくれる。一方、大粒や小粒は、ご飯の上に食べるものだ。ご飯と混じり合っていない、独立した旨さがある。

 まずはそれぞれにタレとからしをかける。だがタレと言うのは塩辛さのパンチが足りない。マイルドになってやがる。そこで醤油を追加だ。これでタレの甘味、旨味と、醤油の塩味、濃さ、からしの僅かな苦味と味わいをすべて併せ持たせる事が出来る。その醤油だが、これもこだわるととんでもない。あの小分けのボトルに入った生とか書いているものを一度でも使ってみろ。あれを使ったが最後、引き返せなくなる。あの出汁の効いた旨味が、口の中に広がるさまを想像しただけでもヨダレものだ。なんなら醤油だけ啜ってもうまいと来る。

 混ぜる、混ぜる。納豆も混ぜない方がいいとか、ひたすら混ぜ続けよとか言ってるヤツがいるが、ありゃわかっちゃいない! みなそれぞれ別の食べ物なんだよ!!

 豆の触感、味を味わう混ぜない派。混ぜた上でのタレやからし、醤油で造成される、ぬめり。こいつはパック一つにつき片方しか選べない、究極の選択を迫ってきやがる。つまりあれだ。生卵を別皿に入れてかき混ぜかき混ぜ、泡だった淡い旨味か、それともめしの上に割り入れて、醤油をかけかき混ぜる。白身と黄身が混じり合わず、黄身本来の濃厚なコクと旨味、白身はつるんとして微妙だが、だがこの二つが全く別な食べ物のように、納豆だってそうだと言えるんだ。

 俺は混ぜた納豆を、湯気立つめしの上に箸で掬い上げ、乗せた。下のめしから大きく掬い、口の中に差し入れる。

「うまい!!」

 くぅ~、納豆とは天からの宝じゃねぇか。こいつをかき混ぜまくったやつは、酒のアテにぴったりだし、めしのおかずとしても一品だ。


 俺は、一通り、めしと納豆だけの純粋な味を味わうと、次のステップに進んだ。そう、ここからは、の時間だ。何も納豆にわさびを入れる訳じゃねぇ。これは寿司を例えにしたものだ。寿司にわさびを付けねぇのはおこちゃまだ、なんて言ってるヤツがいるが、そいつは何にも分かっちゃいねぇ!! いいか!? わさびはあのさわやかな味わいが、魚のこってりとした油の味わいを和らげ、更にはわさびの味わいを加えて別の食べ物にしてしまうんだ!! つまり、みな、別々の食べ物なんだよ!!!

 いいか、寿司ってのはまずわさび抜きだ。まずこってりした魚本来の味わいと、寿司醤油の混然一体な味を味わうんだ。ちなみに何も付けねぇのは、塩辛さのパンチがないんで俺には合わなかったぜ。ありゃ、水蕎麦まで行かなくても同類だな。

 でだ、こってりした魚本来の濃厚な味わいがくどく感じて来た頃に、ワサビを導入って訳よ。醤油に混ぜちゃダメだぜ。寿司に直接塗り、それを落とさないように醤油に付け口の中に放り込む。くぅ~うまい!!


 ……。まあ、今の俺の目の前にあるのは納豆だからよ。でだ、次は薬味の番だ。ネギ? 最高だ。大根おろし? いいねぇ。卵や豆腐と混ぜて食うかい? それともマヨネーズ。いやいや、俺には時間がねぇ。刻んでいる時間もおしいんだ。マヨネーズはパンチが足りねぇ。そこでこれだ。昨日買って置いて、融けた頃合いの、コンビニで売ってる冷凍オクラだよ! 百数円で買えて、これならオクラのパックを買って、自分で煮て切る手間も省けるってもんだ。そもそもオクラ単体でもタレに漬け込めば、めしのおかずとして成立する。あぁ、こいつを納豆と一緒に、タレ、醤油、からしと一緒にかき混ぜて、湯気立つ、めしの上に乗せた姿を想像してみろよ。まじでたまらねぇぜ。


 と、はふはふと食っていたらもうこんな時間かよ。そろそろ銭湯の時間だ。いっちょ行ってくらぁ。

 さて明日は何を食べるかな。

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