第10話 Deathlike
いつもと違う、夜の夢だ。
遠くに兄の姿を見かけた。見知らぬ家の前で、何をすることもなく立ちずさんでいる。
しばらく見ていると、玄関のドアノブに手をかけて、回した。最初はゆっくり、扉を引く頃には何てことのないように。
ドクン、と嫌な予感がした。
夢は理想か本質を煽る。果たして兄はどちらなのか。
気付けば私は走り出していた。
兄が行ってしまった扉の前で息を吐き、強張る手でドアノブに触れ、緊張しながら扉を開く。
キィ、と音を立てて、その世界は現れた。
赤――
(……あ)
認識が終わるより早く、扉は開く前に戻っていた。戸惑いながら表面を眺める。
それは小さく動いて、中から兄が顔を出した。いつも着けている面が今日はない。
「なんだよ、むつとかよ」
目を瞬かせて、こちらをじっと見る兄の顔には疲れが浮かんでいた。その瞳は何よりも暗く、生気が籠っていない。
夢の所為かと思った私は、彼に駆け寄ってその服を掴んだ。
「お兄ちゃん、何見てたの」
暗い色が、確かめるように私の表情を覗く。私はじっと相手を見返した。
兄は無表情に口を開く。
「……入るか」
キィ、と彼が扉を大きく開いた。
私は頷いて中に入る。 一歩踏み出し、息を詰まらせ、もう一歩踏み出して目を見開いた。
「あ……」
所々に赤が広がっている。
確かめたくて、更に奥へと踏み入れていく。兄は黙って道を開けてくれた。
人が転がっている。同じ人、違う人、沢山の人が点々としている。
一、二、三、四。
女の人が二人、男の人が二人、刺し傷から赤を広げ転がっている。
息を呑む私の音をかき消して、ある二つの声が聞こえ出す。
『――あなたが悪いんでしょ!』
『うるさいなあ、魔が差しただけって言ってるだろ!』
『魔が差して、子供を余所に作る親がどこにいるの!』
足が震える。汗が滲む。均衡が保てなくなって、へたり込んだ。
聞き覚えがあった。
片方は間違いない、父の声。それ以上に、記憶のどこかにひっかかるような声と内容がある。
私の家は父子家庭だ。母は小さい頃に出ていったと父から聞かされている。
もし、存在を知らされていなかった兄が手を引かれ、共に去っていたとしたら。
「……兄……お兄ちゃ……」
「んだよ」
振り向いた私に、兄は平然と言葉を返してきた。
「お母、さんは、どうなったの……?」
彼は小さく笑って死体を指す。
「ああなったけど?」
私は視線を向け、惨殺された母を認識した。
「うぐ……ぅ」
底から何かが込み上げてくる。
「……うっ……ぐ……かはっ……!」
抑えきれなかったものが、床にまき散らされていく。
嗚咽を洩らす無力な私に、兄は遠慮のない言葉を投げかけてきた。
「だから殺したいんだよ」
私は震えを噛みしめながら兄を顧みる。
「俺も、お前も、他の奴らも」
兄は哀しそうに、愛しそうに笑いかけてきた。
「そうやってぶっ壊される世界で無駄に生きるより、死んで家族の元に帰る方がいいだろ」
私は言葉を失った。
(……)
ふらりと立ち上がってから、兄に向かって歩き出す。
胸が痛い。痛んで、痛くて、たまらなくなる。
そんな心情。
(……間違ってる)
私は歯を食いしばり、兄を外へと蹴り飛ばした。
「いっつ……何するんだよ!」
「痛いのに笑ったりするからだ、馬鹿!」
辛さを振り払うように叫んでから走り出す。擦れ違い様に手で押した扉は大きな音と共に閉じていった。
勢いよく兄の元へと飛び込み、強く抱き締める。
「は? おい、離せっ」
勢いよく引き剥してきた腕を振り払い、私はもう一度抱きついた。兄は不機嫌に溜息を吐き、冷めた顔で私を眺めてくる。
どれほど性格が悪くても彼は兄で、彼の言う偽善を振りまく私は、どんなに嫌がられても彼の妹なんだと思う。
きっとそれだけの、すれ違う兄妹でしかなかったんだ。
退廃夕暮れに心髄を 青夜 明 @yoake_akr
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