第9話 Destroyer
「アンタってさ、本当はかなり喋れる奴だろ? でも、怖いから喋りたくねえと。そういうことだろ?」
ニヤリと兄が笑う。
私は唇を噛みながらスピーカーを振り上げる。
勢いをつけたそれは、窓を突き破り、距離を詰めてた魔物の顎に直撃した。
「自分を守ってるだけの弱虫だよな。言葉でも、それ以外でも人は殺せるっつーのに」
私は身体を回してスピーカーハンマーを振り、魔物に当てようとする。
背後からボタンを押す音がして、気付けば兄を睨んでいる時の体勢に戻っていた。
戸惑いの中、魔物から大きな拳をくらい、私の体躯は吹き飛ばされる。地面に叩きつけられた私を見て、兄は愉しそうに声を上げた。
「ハハッ! どれを選ぼうが変わらねえだろ! 動作縛りすりゃ大丈夫って考えがもう甘ちゃんなんだよ!」
魔物の狙いが彼に変わる。その拳が兄との距離を詰めていく。
私は咄嗟に走り出したけど、間に合うかどうかは分からない。
(悔しい)
残念なことに、兄の言葉に間違いはなかった。
過去に受けた罵声の痛みが忘れられない。同じようなことをしてしまいたくないと、ただ恐れて、口を閉ざして逃げてしまっている。
(言葉が嫌いなんて……嘘混じりだ)
胸が痛くて、そこに手を当て強く服を握る。
立ち止まり、辛さを噛み締めながら、スピーカーハンマーを真正面に持ち上げた。
(私が大嫌いなのは、痛みだ。私だって簡単に他人を傷つける。言葉のせいにして、痛みを表に出さないようにしていただけ。痛い、痛いのは大嫌いだ。だけど)
やらなければと息を吸い、言霊を吐いた。
「『――音量を広げろ!』」
キイィィン、と耳を噤むような音と共にスピーカーを通して広がった声が、魔物と兄に痛みを与えた。
兄は咄嗟に頭を押さえる。きっとそうでもしないと割れてしまいそうに感じるのだろう。
魔物も頭を抱え、身をよじらせている。
私はスピーカーハンマーを下ろし、再び走り出して間合いを詰めた。
「他者を壊そうとして与える痛みが、どれほど大きいか分かったでしょ……っ!」
叫んだ言葉に混じって涙が零れる。大きくスピーカーを振り被り、魔物の顎を攻撃した。
「お兄ちゃんにはどうせ言っても無駄だっ……なら、どっちが上か勝負でもしようか!」
スピーカーを持ち上げ、魔物の目に向かって振り下ろす。片方を潰し、間髪入れず同じ動作でもう片方も潰した。
呻き声を出す魔物に背を向け、兄との距離を詰める。
彼にスピーカーハンマーを振り被ったものの、届くより早くボタンが押されてしまった。
消えた行動に一瞬戸惑い、また直ぐに攻撃をしかける。
「俺が勝つに決まってるだろ?」
ニヤリ、と挑発する兄に向かってスピーカーハンマーを突く。途中で足を使って、彼のバランスを崩しにかけた。
咄嗟に押されたボタンは、足の動作だけを取り消す。
「君の最低さに、負けるつもりはない……っ!」
頬に雫を伝わせながら、私は兄にスピーカーを直撃させた。それを引き、再び腹を攻撃する。
「ぐ……っ」
歯を食いしばった兄に、私は遠慮のない蹴りを入れた。バランスを崩した彼の全身に、スピーカーハンマーを振り落とす。
「ぐあっ……!」
地面に叩きつけられた兄へと、スピーカーを向けて声を出す。
「『間違ってるものにっもう負けたりしない!』」
キイィィィン、と脳に割れるような音を届けた。兄と魔物から、苦しみを我慢するような声が漏れている。
心だけが痛む私は大きく振り返り、魔物に向かって走り出す。スピーカーハンマーを握り直し、容赦なく心臓の辺りに当てた。
魔物が消失する。
夕暮れ空の下で、私は地を踏みしめ、ふらつく身体を支えた。
濡れた瞳で見やった彼は気絶してしまっている。いつかは目を覚ますだろう。
兄へと呆れに似た溜息を洩らして、私は夢をを離れた。
● ● ●
「お兄ちゃん」
変わらず待ち伏せする私に、兄は諦めにも似た溜息を吐いた。
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