うちの神様が超尊い
黄黒真直
うちの神様が超尊い
神殿の前に、民が集まっています。
みんな、神様の姿を直接拝見できるこの日を、楽しみにしているのです。
「これより、神様が御光臨します」
巫女である私は、本殿の扉を開けました。
民たちがその場に正座します。
扉から、私達の神様が出てきました。
ウカノミタマノカミ様。
そのお姿は――ああ、なんて尊い!!
長い灰色の髪! 白くて柔らかいほっぺた!
くりっとした灰色の目! 薄い桃色の唇!
背丈は
幾重にもかさねた重い着物をずりずり引きずって、民の前へ進み出ます。
民たちは両手を合わせ、口々に言います。
「尊い」「ああ、尊い」「なんて尊いお姿」「ああ、神様!」
老若男女問わず、神様の尊いお姿にひれ伏しています。
その様子を見下ろし、神様が厳かに口を開きます――。
「みなのちゅ……」
噛んだ。
「皆の衆、日々の
ああ、なんてもったいないお言葉! 民は涙を流し、両手を合わせます。
「今日は年に一度の特別な日じゃ。妾から、皆に返礼をしたい。さあ、なにか妾に頼みごとがあれば、申してみよ」
民の代表者が手を挙げます。
「よし、そこの者、こちらへ出よ」
代表者が神様の前へ進み出ます。
神様の前で正座し、ご尊顔を仰ぎ見ました。
「ああ、尊い神様。我ら民草の声を聴いてくださり、ありがとうございます」
「よい。さあ申してみよ」
「はい。実はここのところ晴天続きで、雨が全く降っておりません。このままではみな、飢えてしまいます。何とかしていただけないでしょうか」
「ふむ、食べ物が……。お腹ペコペコになったら嫌じゃのう」
ペコペコ! なんて尊い語彙!
「うむ、良かろう。妾が、なんとかして見せよう。吉報を待つが良い」
「ははーっ! ありがたきお言葉!」
代表の者が下がりました。
神様も、降臨の時間が終わりに近付いています。神様は日が沈む前には眠ってしまうからです。なんて尊い生活でしょう!
神様が本殿に戻られます。私も一緒に本殿に入り、扉を閉めました。
「それで、神様。飢饉の件はどうなさるのですか?」
民が撤収したのを確認してから、私は聞きました。
神様はとうに着物を脱ぎすて、
しかもこんなに薄着なのに、お胸にはほんのわずかな起伏しかありません! 思わず鼻血が出てしまいます。
「そうじゃのう……乾燥に強い作物でも作ろうかのう」
なるほど現実的な提案です。そもそもこの地域は雨が少なく、この手の問題はたびたび起こるのです。
「いいえ、それではいけません、神様!」
「な、なぬ!? 何がいけないのじゃ」
「今後に向けて乾燥に強い作物を作るのは賛成です。しかしそれでは、今年の問題が解決しません! 食べ物が育つには早くても一年、下手すると数年かかります。それまで、どうするというのですか!?」
「う、ううむ、たしかに」
神様は胡坐をかきました。
あ、ああ! 尊いおみ足が襦袢から露わになっています! そ、それどころか、神様の秘めたる部分が、あとわずかで見えそうに!! 尊過ぎて鼻血が出そうです!
「な、なんじゃ、どうした!? 具合が悪いのか!?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと鼻血が出ただけです」
「どうしてぶつけてもないのに鼻血が出るのじゃ!?」
「気にしないでください。そんなことより神様、代案は思いつきましたか?」
神様はまた胡坐をかきます。
あ、ああ、駄目! 処女懐胎しちゃう!! 救世主生まれちゃううう!!
「乾燥に強い作物はおいおい作るとして、目下の問題を解決するには雨乞いしかないかのう」
「雨乞い! よいですね! やりましょう!!」
「ぐいぐい来るではないか」
「早速準備しますね! 時期はいつにしましょうか!」
「ううん、早い方がいいんじゃろうが……」
「では明日にしますね!!」
「ちょ、ちょっと待て!」
神様が小さなお手手を伸ばして、私を止めようとします。なんて尊いお仕草!
「わ、妾は、雨乞いは……あまり好きではないのだ。疲れるし……」
「まあ、神様! なんてことを仰るのですか! それでも民を守る神ですか!」
「う、うむ……そうなのじゃが……」
しょんぼりする神様。ああ尊い。
しかし、神様にやる気がないのは困りものです。私は巫女として、神様のやる気を引き出さなくてはなりません。
それに私も、うすうす気が付いていました。神様がこの頃、気分が落ち込みがちであることに。ご自身の仕事に対して、やりがいを感じられなくなっているのです。
民たちは、神様にとても感謝しています。それは今日の様子を見てもわかるはず。それでも神様がやりがいを感じられない理由は……。
私は、ピン、と閃きました。天啓です。
「そうです! 民の前で雨乞いをしましょう!」
「な、なぜそうなるのじゃ!」
「そうすれば、きっと、民の喜ぶ姿が見られます。それを見れば、やる気がわくはずです!」
「そ、そうかのう?」
「そうです! 早速、準備に取り掛かりましょう!」
「う、ううむ、しかし、やっぱり疲れるし……」
雨乞いが疲れるのもたしかです。あの重い着物を着て、長い時間、舞い続けるのですから。何か手はないでしょうか。
「……待ってください、神様。本来、舞に服装の規定はなかったはずです」
「なに、そうなのか!?」
「はい。要は、言葉の通じぬ精霊に肉体言語で話しかけるのが舞ですから、重要なのは動作であって、服装は関係ないはずです。ですから、もっと軽くて動きやすい服装でやればいいんです」
「なるほど! 作務衣とかか?」
「いえ、ここはいっそ、肌襦袢で舞いましょう!」
「は、はぁ!? 何を言っておるんじゃ! 長襦袢ならともかく、肌襦袢じゃと!?」
「長襦袢では丈が着物と一緒です。私の肌襦袢を神様が着れば、太ももくらいまで隠れますから何も問題ありません!」
「大問題じゃ! 太ももから下が丸見えではないか!」
「わかりました、では私が明日までに、太ももから下を隠す動きやすい服を作ります! それを着て舞ってください!」
「お、おう……わ、わかった、それなら構わん!」
やりました! やりましたよ、私は!!
翌朝。
私は出来上がった黒い衣服を、神様に渡しました。
「なんじゃこれは?」
「足に穿く着物です。上半身は肌襦袢を着て、足にこれを穿けば、露出はほとんどありません」
「う、うむ、なるほど。しかし随分細いし、伸縮性があるのう」
「はい。足の形にしっかりと沿うように作りました。これで動きやすくなるはずです」
「なるほどのう。では穿いてみるかの」
神様は床に座っておみ足を上げ……ああ、駄目、見えちゃう! でも、神様がちゃんと穿けるかどうか、見届けなければ! これは巫女としての使命であって、決して神様の尊厳を汚すような行為ではないのです!
神様は生地を引っ張りながら、少しずつ穿いていきます。なんて尊い穿き方! やがて神様のおみ足が、私の服に収まりました。
そのお姿は――ああ! なんて尊い!
私の(私の!!)肌襦袢が大きすぎて、手首まで袖に隠れています。
裾は太ももより少し上、秘めた部分がかろうじて見えそうで見えない位置にあり、思わずひれ伏しそうになります。
おみ足は、私が作った黒い着物で覆われています。しかし今までにない斬新な形の着物は、神様のおみ足にしかと纏わり、その形を浮き彫りにしています。腰から膝、膝からくるぶし、この二つの領域で、あまりにも尊い曲線を際立たせています。
ああ、これまでこの世に、こんな尊い着物があったでしょうか!
上半身では、灰色の髪と薄紫色の襦袢が輝きを見せ、下半身では黒い衣服が安定感を主張します。
これぞまさに、神のお姿。
私達は安定感のある黒い大地の上で、輝く神様と戯れることができるのです!
「うむ、意外と暖かいの。それに、動きやすい。これなら舞っても疲れにくいかもしれん」
「ありがたいお言葉です」
「して、この着物はなんて名前なのじゃ?」
「名前ですか? 考えてませんでしたが……。舞台で使うものですから、『タイツ』なんてどうでしょうか」
「変な名付け方であるな。まぁよい。そろそろ舞の時刻であろう?
「はい、こちらに」
「うむ」
ご自分の背丈の半分もある大幣(白い紙が垂れた木の棒)を持ち、神様は神楽殿へ向かいました。
民たちの前で、神様が舞います。
その姿を見て、民たちは口々に言います。
「なんだ、あの尊いお姿は」「あんなに尊いおみ足がはっきりと……」「いえ、あれは素肌ではなく、着物をお召しのようよ」「舞うたびに襦袢が浮き上がり、大切な部分がちらちらと」「しかしあの黒い着物に阻まれて、我らには見えぬようになっておられる」「なんて尊い」「なんて尊いのだ」
舞は最終段階に入りました。
私の笛の音も高揚してきます。
最後にひときわ大きな音を鳴らし、神様が大幣を高く掲げると――。
ぽつり。
雨が、降り始めました。
ぽつぽつと降り始めた雨は、あっという間にざーざーと音を立て始めました。
「お、おお、雨だ!」「助かった!!」「これで作物が実るぞ!!」
民たちは大喜びです。飛び上がる者、抱き合う者、そして、神様へ向けて手を合わせる者……。
ひとり、またひとりと、手を合わせる者が増えていきます。
「神様、ありがとうございます」「ありがとうございます」「これで私達は助かります」「ありがとうございます」「ありがとうございます」
その光景を見て、神様は……微笑んでいました。
自分の行いが民を悦ばせていると、いま、実感されたのです。
舞った疲れか、息が上がっています。頬は喜びで紅潮していました。
雨で肌襦袢は濡れ、神様の体にしっとりと纏わりつきます。そして、ああ! 体の形が、尊いお胸が、浮き彫りになっています!
息を乱し、頬を赤くし、体を濡らした神様――。
ああ、うちの神様、超尊い!!
うちの神様が超尊い 黄黒真直 @kiguro
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