尊いあなたを堕としたい
うめもも さくら
悪の姫と英雄
誰にでも平等なあなた。
優しいあなた。
純粋なあなた。
気高いあなた。
私にさえ出逢わなければ、ずっとそのままでいられたのにね。
これぞ、
この国の姫はとても美しい。
それこそ誰もが
けれどこの国にいるどの男も、彼女に求婚しようとは決して思わない。
それはこの国に暮らしている者たち、
彼女の性格を知れば、一度でも彼女と
美しい花には
彼女の性格は、彼女の見目の美しさを
悪いなどとは可愛らしい表現だろう。
これぞ、豪華絢爛といわれるような城で、この国の姫が
「今日もご機嫌取りお疲れ様!けれど全部捨ててくださる?こんな趣味の悪いもの見たことないし見たくもないわ!」
姫は、目の前に並べたてられた
そして口を金魚のようにパクパクとさせ、何も言えないでいる相手に
相手が怒りに震え、小さな声でポツリと反論した。
「生意気な小娘め」
その直後、
そのままドレスの
「あぁ、そうだわ!こんな趣味の悪いもの、なかなか見れたものではないし、わざわざ持ってきてくださったのだから……礼をしなくてはね!」
相手は“礼”という言葉に顔を明るくした。
そして彼女の言葉の続きを聞くと、一転して深い湖の水底のように顔を蒼白させた。
「町外れの森で、そこの
町外れの森といえば、入れば出てきたものはいないと噂され、皆から
もちろん姫がそれを知らないはずもない。
絶句している相手に姫は、この上ないほど優しい笑みを浮かべてみせた。
「早くしないと暗くなってしまうわよ?夜の森は寒いらしいから気をつけてね」
「……この悪魔め……私に死んでこいとでも言うのかっ!」
姫は最後に相手を冷たい瞳で一瞥すると嘲笑った。
「言わなければわからない?」
その言葉を最後に、姫は美しい振る舞いで自室に戻っていく。
人喰いの森に、籠を手に持ち入っていったその者をその後、見たものはいない。
姫が自室に戻ってから少し経った頃、自室の扉が開かれ礼装を身に
「御呼びになられましたか?姫」
彼はこの国の騎士であり英雄だ。
この姫一人を除いては。
「遅いわよっ!この
けたたましい声で、姫がひどく興奮した様子で
一方、英雄の方はといえば反論することもなく、ただ静かに彼女をみつめていた。
「姫様、騎士様は野盗の
横にいる姫付きの女官が、
女官の発言と
女官は青ざめた顔で怯え、恐怖に目を
パシッ……と肌と肌がぶつかる音がしたが、不思議と女官は痛みを感じず、恐る恐る目を開けた。
そこには姫の手首を掴んだ英雄の姿があった。
姫の振り下ろした手が女官に届くより先に、英雄が姫の手首を掴んで止めた。
姫は一瞬だけ驚いた顔をして、その後きつく唇を噛むと、
「離してっ!この
「けれど姫の手が当たってしまいそうだったので」
英雄は表情を崩さないまま、ちらりと女官の方を見やった。
女官は美しい瞳をむけられて、顔を
「私の物を私がどうしたっておまえには関係ないでしょっ!!この女、偉そうにして、私を馬鹿にして腹立たしいのよっ!!そんな女を
歪んだ
英雄は尚も表情を崩さず静かに姫を見ていた。
少しの静寂がこの部屋を包んだ時、
先ほどより強い力で振り下ろされた姫の手が、英雄の
その場にいた女官を含め、城の者たちは凍ったように動けないまま、皆ありえない物を見る目で姫を見やる。
英雄は一瞬だけ顔を痛みに歪ませたが、すぐにいつもの表情に戻り、静かな瞳を姫に向けた。
「そんな目で睨まないでちょうだい?もう一回叩きたくなってしまうじゃない」
周りの目など気にすることなく、いけしゃあしゃあとそう言い放つ姫の心は、ひどく
英雄と話があるから、と城の者たちは姫の自室から叩き出される。
城の者たちは皆、一様に英雄に同情した。
騎士としても、人としても、素晴らしい男だというのに、この国の騎士というだけで、姫の
その憐れみ中、一人の従者が思い出したように言った。
「そう言えば……確か隣国の姫が騎士様と婚約したらしい」
隣国の姫といえば、美しく愛らしくとても優しい姫だという話だ。
城の者たちは皆、声をあげて自分のことのように喜んだ。
姫の部屋では、姫が狂気の目を向けて英雄を睨めつけ怒声を浴びせていた。
「隣国の姫との婚約なんて許さないわっ!!」
この国一番の英雄の縁談話が、もちろん姫の耳に届いていないわけもなく、姫は英雄に掴みかかる勢いで喚きちらす。
「単なる噂でしょう。そのような話はお受けいたしておりません」
「嘘を言わないでっ!私が父上から直接聞いたんだからっ!!」
姫は近くにあった飾りを英雄に向かって投げつけながら、さらに怒声をあげる。
そんな興奮状態の姫とは違い、何を言われても何をぶつけられても、英雄は冷静なままだった。
「嘘ではありません。姫は噂を信じ、私の言葉をお疑いになるのですか?」
そう真っ直ぐな瞳で言われ、少しばかり姫はたじろいだが、すぐに強い口調で言い放つ。
「ではただの噂なのね?なら隣国の姫とは絶対結婚しないでっ!!そして私に疑われたくないと言うのならばその忠義を私に示しなさいよっ!!」
「忠義を示すとは
英雄の言葉に、姫は狂気が
「裸になりなさい」
英雄は動かず、そのまま冷静な瞳で姫をみつめる。
「聞こえなかったの?早く服を全て脱ぎなさい!私は犬に洋服を着せる趣味はないのよ!!」
英雄は反論することもなく、言われるがまま身に纏っていた全てを床に落とした。
さすがの姫も一糸まとわぬ英雄の姿に、少々顔を赤らめたが、そのまま引き締まった筋肉を持つ美しい
「おまえは美しいわね。従順で気高くて純粋で強くて優しくて誰にでも愛されて」
少しの静寂の後、姫は落ち着きを取り戻し静かに
英雄は自身の
「姫はあの日と変わらず美しくあられております。私は姫の物なのです。この
英雄は自身の胸に手を当て
その瞬間、姫は英雄に
「私はっ……おまえがいないと何もできないの!食べることも、歩くことも、息ひとつすることすらもっ!!何もできないのよっ!!おまえは私の犬っ!私のものなんだからっ!!」
そんな姫の背に腕をまわし、英雄は何も言わないままきつく抱きとめる。
「結婚しないでっ!どこにも行かないでっ!!私のそばから離れないでーーっ!!」
そこには狂気など忘れ、ただ英雄に縋りつく美しい姫の姿があった。
そんな姫を見て英雄は
彼は本当に姫を愛している。
彼は本当は姫だけを想っている。
自身を、自身だけを必要とし、縋り付いてくれることに幸福を感じ、自身がいないと何もできない彼女に愛しさを溢れさせている。
振り上げた彼女の手を掴んだのだって、誰にも触れてほしくなかっただけ。
強くなったのもこの国を守るのも全ては姫のため。
英雄は姫に出逢い、恋をしたその日から彼女のことしか考えていなかった。
彼女を自分しか見ないように執着させ、狂わせた。
姫に向けられたその英雄の微笑みは誰も見たことのないものだった。
この上ないほど優しく美しく満足そうで幸福そうで狂気に
誰にでも平等なあなた。
優しいあなた。
純粋なあなた。
気高いあなた。
私にさえ出逢わなければ、ずっとそのままでいられたのにね。
尊いあなたを堕としたい うめもも さくら @716sakura87
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