いつか来る明日
関谷光太郎
第1話
「おお、なんか久しぶりやね。こうして生で舞台に立てるの」
「コロナ感染拡大で、みなさんも大変でしたもんね」
「今もね、私らの間にプラスチックの板を挟んでやってます」
「なんやねん、プラスチックの板って。ちょっと古くさー感じるで」
「せやけど、これはプラスチックの板に違いないやろ」
「もうちょっとオシャレに言うたれや」
「ほお、どう言うねん」
「ぷらすぅ~ちっくのいたァ~」
「オモロないわ! オシャレでもないし」
「おー、そー、シャルウイダンス!」
「ソーシャルディスタンスや! なに勢いで言うとんねん」
「許してケツかれ」
「アホ! 痛たたた!」
「見ました? 今、こいつプラスチックの板を叩きよりましてんで。アホはどっちですかぁ」
「ホンマやりにくい世の中になりましたわ。これからはドツキ漫才はもう通用しません」
50インチのテレビ画面に映るふたりの漫才師を眺めながら、ソファでくつろぐ男がいた。
男は手にした缶ビールを、口に持っていってはぐびぐび喉を鳴らした。
このふたりの漫才師は、男のお気に入りだった。特に今観ているネタが大好きでDVDまで手に入れて、こうして時々鑑賞するのが楽しみのひとつだ。
「まあ 、それにしても。自粛で家におるようになって生活が一変しました」
「ホンマ、ホンマ。こんなに家にいる事、ないですからね」
「オレはめっちゃ太りました」
「おお、そういやちょっと。いや、かなり。いやいや、相当。いやいやいや」
「どこまでいくねん! ホンマ太りましたねで、ええやろ」
「食っちゃ寝、食っちゃ寝ってある意味羨ましいわ」
「羨ましいって。そういや君はあんまり変わらんね」
きた、きた、きた。
男の一番好きな瞬間がやってきた。
「そう思うやろ? なんやかんや言うても、君は太っただけ。ところが私は……」
「え、なに?」
「禿げましたっ!」
来た。
漫才師のボケ担当がカツラを外して、つるっつるの頭を客席に向けた瞬間、男が大笑いした。
「え、ええ。どないしたん、それ?」
「コロナ禍によるストレス」
「おお、ストレスかい!」
「と、思うやろ。それがちゃうねん。自粛で散髪にも行けんから髪の毛が伸びて伸びて。もうめんどくさいから、バッサリどころか、つるっつるに剃ったった!」
「おお……尊い」
「手ぇ合わせんといてか! 坊さんやないから」
拍手する男。
何度も観たはずなのに、やっぱり同じ反応をしてしまう。
そうして喜んでいると、テーブルの上でスマホが音楽を奏でた。
「ほい、もしもし。おお。大丈夫や、すぐに行けるで。ふん、ふん。へー結構あつまるねんな。えー聖奈ちゃん来るって。おーこら絶対外せんわ。ほいほいー、今からすぐに出るわ。ほな、あとで!」
通話を終えると、男は出かける準備をした。
漫才の方は、突っ込み担当お約束の「もう、ええわ!」で締めくくったところだった。
バッチリのタイミングでDVDとテレビの電源を切ると、男は部屋を出た。
マンションのフロアから夕暮れの空が見える。
「さあ、ボチボチ行きますか」
足を踏み出した街並みは活気に溢れ、マスクをしている者はひとりとして居ない。
今日は学生時代の友人たちとの宴会だ。
コロナ後の世界が、男の前に広がっていた。
いつか来る明日 関谷光太郎 @Yorozuya01
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