今日も下僕に命令する
北きつね
第1話
吾輩は猫である。名前は、”ライ”という。目の前で、我のトイレを掃除している下僕が付けた名前だ。
「ライ!トイレの掃除が終わったぞ!撫でさせろ!」
うるさい男だ。
我のトイレを綺麗にして、糧を持ってくればいい。
まぁたまには、我の毛並みを堪能させるくらいは許そう。だが、今日は気分ではない。
この男が、”シゴト”とかで使っている”ぱそこん”の上で寝ることにしよう。男が、うるさく机を叩かなければ、この”ぱそこん”とかいうのは、心地が良い振動と温かい風が出てくる。素晴らしい物だ。男が、何やら机に座ってブツブツ言っているときには、煩い音がしたり、暑すぎる風が出てきたり、眩しく光るので、我は好きではない。そのときには、抗議の意味で、男の膝の上に乗って丸くなる。腕を動かすのを止めさせるために、顎を乗せたり、爪で腕を固定したり、男の腕を抱きかかえて動かさないように命令を出す。
「痛い。爪を出すな」
何をする。
お前が動くのが悪い。我が眠ろうとするのを邪魔するな。
「お前、爪が伸びてきているな」
男が、我の肉球を触って、爪を出している。
爪を切ってくれるのか?そうだな。この男の
ただ、
「よし!爪を切るか!」
男が、我の爪を切るようだ。
いつものように、我を抱きかかえて、座る。我は、抱きかかえられるのだが好きだ。男は、”ジュウイ”とかいう白衣を来た人物に爪を切る方法を習ってから、格段にうまくなった。だが、残念なことに、
「ライ。頑張ったな。ご褒美だ」
頑張ったのは、我ではないが、”ご褒美”はもらっておく、男には我を撫でさせてやる権利をやろう。
男は、魚の味がする、
「さて、ひと仕事するか・・・。今日中に終わらせないと、スケジュールが・・・」
男は、”シゴト”をするようだ。
我の居場所である、”ぱそこん”を使うのだろう。”
「お!ベストショット!アップしよう!」
下僕が何やら持ち出した。
賢い我は知っている。”すまほ”とかいう道具だ。下僕は、あれを使って、我の糧を取り寄せている。毎日ではないが、
今日は、日差しが有って暖かい。警備体制を万全にしないとダメだ。
「ライ!今日は、窓から外を見るのか?本当に、器用だな。窓枠を使って立ち上がっているぞ!由美が喜びそうだ」
男が何か興奮している。
騒ぐのはいいが、鳥が逃げてしまう。使えない下僕だ。まぁいい。
今日も問題はなさそうだ。
「ライ。ライ。寝たのか?かわいいな。由美が『尊い』と言っていたけどわかる。死にそうになっていた子猫だとは思えない。白い毛並みに、背中に雷のような模様があるから、”ライ”と名付けたけど・・・。大きくなったな。もう5年か・・・。早いな。由美と結婚してから、3年。ライと過ごした時間の方が長いな」
下僕が、我を見ながら何かブツブツ言っている。我の尊い名前を連呼しているから、我のことを考えているのだろう。男は、前からそうだ。我が男を下僕と認めたときから変わらない。我も、男が我を見つけてくれたことには感謝している。
我は、親を知らない。我が我だと気がついたときには
暖かい風と、柔らかな草で目を覚ました。
どこかわからなかった。我は、力の限りを尽くして立ち上がって、その場を逃げようとしたが、大きな腕で我を捉えて離してもらえなかった。我は抵抗した、爪で攻撃もした。でも、男は我を離さないで、”大丈夫”とだけ繰り返した。我は男を信じようと思った。今、思えば男は下僕として我をもてなそうとしていたのだ。
我の声を聞いた男は、糧を我の前に出した。暫く口にしていなかった糧だ。我は、慌てて男に取られないように、食べようとしたが、男は我が食べるのを見ながら、”大丈夫”を繰り返すだけだった。男は、我の寝床を用意した。この頃には、下僕として我に仕えると決めていたようだ。糧を得た我は、そのまま寝てしまった。
起きたら、男が安心した表情で我を見ていた。その時に、我の名前が”ライ”と決まった。それから、我は”ライ”と呼ばれることになった。
男は、我の為に寝床を用意しただけではなく、糧の為に必要な物も用意した。トイレも用意したのには驚いた。それだけではなく、爪を研ぐための場所や、狩りの練習をする道具まで用意した。この場所は、天が避けていない為に、水が落ちてこない。水が溜まっている場所はあるが、我が入る必要がない場所だ。我が喉の乾きをいやすための専用の場所まで用意された。
我は大事な毛並みを維持するために、毛繕いを忘れない。我の毛は、幼少の頃は、短い状態だったが、下僕を得てからは長くしなやかになっている。そのために、毛繕いが欠かせない。しかし、毛繕いをすると我の毛が身体の中に溜まって不快な気持ちになる。下僕に、なんどか注文を出して、やっと我の好みにあう”草”が用意された。草を得るのは、不快な物を追い出すためだ。そして、男の
だが、我は男を守りながら寝るのが一番好きだ。男は、我が居ないとダメなのだ。
---
スマホが鳴った。由美からかかってきた。休憩時間なのかもしれないな。
「どうした?」
『今日も、ライは元気ね』
俺がアップした動画を見てくれたようだ。
「そうだな」
『不思議ね。貴方が、雪が混じる雨の日に、死にかけた子猫が・・・』
「由美は、奇跡だと言っていたな」
『そうよ』
「でも、俺には・・・」
『そうね。貴方は、治療を諦めようとした私に向かって”この子は生きようとしている。諦めないでください。ほら、爪で俺を!だから、お願いします”だものね』
「そんなことを言ったか?」
『言ったわよ。必死に、冷たくなる子猫を抱きかかえて、必死にあたためて、身体を擦って・・・。子猫がミルクを飲んだときには、泣き崩れて喜んだわよ。患畜と一緒に泊まれる部屋まで取って・・・。見ているこっちまで嬉しくなってしまったわよ』
「そういうなよ。ライのおかげで、俺は由美に出会えたわけだし、ライはやはり天使で間違いない」
『そうね。私も、ペットをアクセサリーのように連れ歩く親ばかりを見ていて・・・。最後の患畜だと思って、貴方と出会った。良かったと思っているわよ』
「そうか・・・。ライのおかげで、由美とも結婚できたしな」
『びっくりしたわよ。私の恩師が、貴方の顧客だったなんて、それで、私も恩師の病院に戻れたし・・・。本当に、何があるかわからないわね』
「今日は、遅いのか?」
『うーん。ちょっと待って、予定表を確認してみる』
由美が先生に確認している声がする。
由美の恩師は、俺がサイトを作っていた動物病院の院長だ。保護猫や保護犬の去勢や保護活動をしている先生だ。正直、儲かっているとは言えないが、時流に乗って動画の配信を始めたところ、それが当たった。保護猫や保護犬を使ったカフェもオープンした。それらのサイトを俺が引き受けている。
『今日は、予防接種の予定が入っているだけだから、緊急の患畜が来ない限り、早く上がれるわよ』
「わかった。今日は、チキン南蛮の日だ。作って待っているよ」
『ありがとう!遅くなるようなら、連絡を入れるね』
「あぁわかった。浮気するなよ!?」
『しないわよ!』
『「ライ(うちの子)が一番、”尊い”!」わよ』
二人で、笑って電話を切った。
窓際で、大の字になって寝ているライの写真を撮影して、由美に送った。
由美からの返事は、『尊い』だけだったが、俺にはそれで十分だ。ライが居て、由美が居る。それで十分満たされている。
今日も下僕に命令する 北きつね @mnabe0709
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