第八話 僕なりの解決法


 「話ってなんだよ」


 放課後。僕と涼介は、校舎裏で待ち合わせた。前日に送ったメッセージは一方通行で、返信はなかった。けれど、涼介はちゃんと来た。何があっても約束を守るところは、小さい頃から変わっていない。彼のそういう性格も、僕は好きだった。


 心の奥底では、まだ好きな気持ちがくすぶっている。だけど敢えて気がつかないふりをした。そうしておかないと、これから負う傷をかばいきれない。


 「こんなとこに呼び出して……、告白でもする気かよ」


 「そうだよ」


 僕は涼介の冗談にうなずいた。本当のことだから。


 当然、涼介は僕の言葉を信じようとしない。普段なら取り巻きと一緒になって賑やかに笑うところだけど、一人の今は鼻で笑うだけだった。


 「お前が好きなのは深沢さんだろ。どう見ても、俺とお前以外ここにはいないぜ」


 「僕の好きな人なら、今ここにいるよ」


 「ああ、そうか……。そういうことか。深沢さんも、いるんだろ。どこかに隠れて俺たちを見てるんだな。今日の昼休み、お前も深沢さんも教室にいなかった。この時のために打ち合わせでもしてたんだろ」


 「違う。深沢さんは、僕たちが今こうして話をしていることを知らない」


 「なら、先手を打って告白でもしたか。それで晴れて両想いになったから、報告しに来た。俺を馬鹿にするために」


 「僕が好きなのは涼介だよ……!」


 緊張はしていなかったはずだ。なのに、本心を告げた途端、鼓動が騒ぎ出す。とっくに自覚していたけれど、想いを言葉にすると、人はさらに自覚するものらしい。頬に血が上る。愛の告白の場面には相応しい顔色を、僕はしているんだろう。


 涼介は、僕の告白を笑えない冗談だと捉えたらしい。眉間にしわを寄せて僕を見ている。


 「……は? 何言ってんのお前」


 「涼介のことが好きなんだ。ずっと前から」


 「つまんねぇ嘘つくな」


 「嘘じゃない。本当だよ」


 「証拠は」


 真正面から僕を睨みつけ、涼介が聞いてくる。


 予想通りの言葉だ。疑り深い涼介なら、必ず証拠を求めてくると思っていた。幼馴染だからできる、予想。涼介のことをよく知っている自分自身を、僕は最大限に利用する。


 でも、やっぱり……少しは信じて欲しかったな――。


 心の奥底から浮上してきそうになる哀しみを押しとどめ、僕はスマートフォンを取り出す。この中に、涼介が欲する証拠がある。


 画面を操作する指が震える。視線を感じた。涼介と僕の間に広がる距離、その中間にコガネがいた。彼の青い瞳が僕を見ている。これから僕が何をするのか、おおよそ理解している彼は、口出しもせずに事の成り行きを見守っている。


 コガネが小さくうなずいたような気がした。心なしか、肩の力が抜けた。指の震えも治まっている。


 僕は、すべてを終わらせる三角のボタンに触れた。直後、スマートフォンから音声が流れ始める。


 「この音声が、僕が本当に涼介を好きだっていう証拠になると思う」


 よく聞こえるように、スマートフォンをかざして涼介に歩み寄る。


 音声の始めは雑音だらけで不明瞭だ。けれど数秒後からは、ある会話が録音されている。怪訝に顔をしかめていた涼介は、会話が聞き取れるようになると意外そうに目を丸くした。


 「……この声、深沢さんか?」


 「そうだよ。昼休みに深沢さんと話した内容を、録音したものだ」


 「こんなものが証拠かよ」


 「いいから、聞いて」


 しばらく他愛のないやり取りをした後、深沢さんが思い出したように問いかけてくる声が入っているはずだ。涼介に聞いて欲しい部分は、そこから。


 音声を聞いているうちに、僕の意識は勝手に数時間前までさかのぼった。




 「それで、相談って?」


 昼休み。僕と深沢さんは場所を変えて話をすることにした。涼介が来る前に教室を出て、別の階の空き教室へ移動する。


 深沢さんは、移動中も教室についてからも笑顔を絶やさなかった。僕が授業を休んでいた間に起こった出来事を楽しそうに話してくれた。僕も途中までは笑って相槌を打っていたけれど、彼女が涼介の名前を口にした時、息苦しくなった。二人が僕抜きの昼休みを過ごしていた事実を突きつけられて、苦痛に襲われた。僕は明らかに、深沢さんに嫉妬していた。好きな人の隣りを奪われた。そんなふうに感じてしまう自分が、たまらなく嫌だった。僕が雨に濡れて、幽霊と涼介の話をしている間、涼介は好きな人と幸せな時間を過ごしていたんだろう。笑い合う二人の姿を想像して、ますます自分への嫌悪感が募った。


 胸に渦巻くほの暗い感情を追い払い、僕は作戦を続行する。


 「実は僕、好きな人がいるんだ」


 目の前で深沢さんが息を呑んだ。衝撃と期待。彼女の瞳に対照的な二色が浮かび、混ざりあう。


 「へえ……、そうなんだ。じゃあ相談って、その子のことね」


 「うん。こんな話、深沢さんにしかできないから……」


 「矢沢くんは? 日高くんといちばんの仲良しでしょ。私より相談しやすいんじゃない?」


 「涼介は、だめなんだ」


 だめなんだよ。念を押す僕の様子がおかしいことに、深沢さんはすぐに気づいて「どうして」とたずねてくれた。答えようとする喉がつかえ、上手く言葉が出てこない。無意識に躊躇している自分がいた。


 これから僕の本心を聞いて、彼女は……きっと傷ついてしまう。


 罪悪感から、僕も多少の傷を負うだろう。そして多分、涼介も。


 どれだけの痛みを相手に与えてしまうかは分からない。予想もつかないことは、怖い。だけど怖がってばかりでは前に進めない。身を守ってばかりじゃ、傷が増えていくだけだ。


 僕が身を置く最悪の状況を切り開くための鍵、それが深沢さんだ。どうか上手くいきますように。願いながら、僕は告げる。


 「涼介なんだ。僕の好きな人」


 深沢さんの瞳から、期待の色が消えた。


 あとに残った衝撃の色は、彼女に一切の言葉を失わせるほど濃かった。


 「報われないって分かってる。でも、どうしても好きなんだ」


 「……」


 「変だよね。男が男を好きになるなんて」


 伏せられた瞳が潤んでいるように見えた。心を抉られたような気持ちになって、呼吸することさえやめてしまいたくなる。


 作戦を中止させるべきかもしれない。すべてを彼女に打ち明けて、謝るべきだ。でも、それをしてしまったら、僕が彼女の気持ちを知っているということまで話さなくてはいけなくなる。充分に傷ついているのに、追い打ちをかけてしまうような事態は避けたい。


 肌に突き刺さるような沈黙が続く。


 ……だめだ。やっぱり、こんなやり方じゃ通用しない。


 このままじゃ、深沢さんを傷つけただけで終わってしまう。


 どうしよう――。


 「誰かを好きになるって、とても素敵なことだよ」


 「……え?」


 いつの間にか、深沢さんは顔を上げていた。瞳は確かに潤んでいる。けれど、泣いている訳じゃない。


 微笑んでいる。


 「報われない恋でも、相手がどんな人でも関係ない。私は、誰かを好きになれる日高くんのことを素敵だと思う。かっこいいよ」


 「深沢さん……」


 「ねえ。矢沢くんのどんなところが好きなのか、聞かせて」


 いつも隣りの席にある、優しくて朗らかな、陽だまりみたいな笑顔。そこにいるだけで安心する存在。


 もし幼馴染がいなかったら、僕は深沢さんみたいな人を好きになったのかもしれない。


 「明るくて前向きなところ。泳ぐのが上手いところ。ちょっと勉強が苦手なところ。強がりで、たまに口が悪くなるけれど、本当はすごく優しいところ。……たくさんありすぎて、挙げきれないや」


 「そっか。でも、矢沢くんのことが大好きなんだって伝わってくるよ」


 「うん、大好き」


 その短い言葉に、精一杯の想いを込めた。好きな人に伝わることはないだろうけれど、素直な気持ちを言葉にするのは清々しかった。


 「相談、つきあってくれてありがとう」


 「どういたしまして。でも相談っていうより、ただ話を聞くだけになっちゃった」


 「聞いてもらえるだけでも、充分に救われたよ。深沢さんがいてくれて、よかった。本当にありがとう」


 笑いかけると、深沢さんは一瞬だけ目を細め、泣きそうな顔をした。


 失恋の悲しみをこらえて、気丈に振る舞っている。僕が気がついていることを、彼女に悟られてはいけない。僕は何も知らないふりをしたまま、笑顔でうなずく深沢さんを見ていた。言えない「ごめんなさい」を何度も心の中で唱えながら。


 後ろ手に持っていたスマートフォンの画面に触れる。録音はそこで終わった。

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透けてる彼に触れる方法、教えて下さい。 @leo0615

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