ループ21回目のシンデレラはガラスの靴を叩き割りました【KAC2021】

朝霧 陽月

第1話

 それは、ちょっとした気の迷いから引き起こされた事故だったと言って良いだろう。少なくとも正気であればそんなことはしなかった。

 私は何回も何回も同じストーリーを繰り返すことに、すっかり飽きてしまったのだ。


 だから今まで通り魔法を掛けてもらってから、馬車でお城まで送ってもらったその後、舞踏会の会場には入らずに茂みの陰に隠れて……。


「とぉっっ!!」


 ガラスの靴を脱いでから手に持って、思いっ切り地面に叩きつけた。


 パリーンッッッ!!


 ガラスの靴は清々しい音を立てながら粉々に割れた。

 ああ、なんて気持ちいいのだろうか……!!


 他のキャラクターたちについては知らないが、物語の主人公である私はここが仮初めの物語の世界であることを知っていた。そして、その話を何度も繰り返していることと、その周回ごとの記憶もしっかり残っているのだ。


 そうして私に対して【シンデレラ】という役割を与えられて以来、何度も何度も同じお話を繰り返し、その中で段々と自分の感情をすり切れさせてきた。

 とりあえず表面上はどうにか取り繕っているモノの、心の中には同じ話を始めては繰り返すことに対するむなしさばかりが募っていった。


 でも物語を象徴する【ガラスの靴】が目の前で割れた瞬間、心がすっと軽くなり何かから解き放たれたような気さえした。


「ははっっ、そうよ、やってやったわ……」


 これで少なくとも、このループでの話はおしまいだ。

 だってガラスの靴がなければシンデレラの話が成立しないもの……!!


 私はずっとこうしてやりたかった。

 なんの解決にもならなかったとしても、私は思いっ切り本来の物語とは違うことをしてみたかったのだ。



 ……私はシンデレラ、この物語が物語の世界と成立したときにそう定められた。

 そして世の中に、シンデレラ物語を求める存在がいる限り、私は延々とその役割を演じ続ける他ないのだ。

 それは私自身よく知っている。


 だけど一度くらい、こんなことをしてもいいだろう。

 どうせ今回がメチャクチャになっても、次の回も来るし……。


 そういうことで、このまま片方の靴も叩きつけようっと!!


 そう思って私が意気揚々と靴を脱ごうと屈むと、ちょうどすぐそこの木の陰に隠れてた人物と目が合った。


「あ」

「あ」


 なんとそれは、本来舞踏会会場に居るはずの王子その人だった。


 は、はぁ!?


「な、なんでここに……」

「キミこそ……あ、しっ!!」



「おい、王子はいたか!?」

「いえ、こちらにはいませんでした……!!」

「まったくどこにいったんだ!!」


「い、いま探されていましたけども!? 戻った方がよろしいのでは!!」

「キミだって、こんなところで……その靴を叩き割っていたではないか!?」

「み、見ていらっしゃったのですか!?」

「そのつもりは無かったがな……」


 王子は気まずそうに視線を逸らす。

 いや、気まずいのはこっちなんですけども!?

 本当に、どうしてこんなところに王子がいるのよ!!


「しかしどうするつもりだ。それがなければ、正しく物語を進められまい?」

「いや、そこは今回くらいいいかなぁと思いまして……って、え?」

「なんだ……?」

「もしかして、アナタも前のループのことを覚えているのですか?」

「ああ、そうだな……」


 ぎこちなくうなずく王子に、私は恐る恐る聞いた。


「え、じゃあ……もしかして、アナタも今回はあえて本筋とは違う行動を?」

「まぁ、キミほど派手ではないし、ちゃんと戻るつもりもあったがな……というかキミはそんな性格だったんだな」

「いえ、これ自体は色々たまってて、ついやっちゃったといいますか……でも、よく考えると、私たちってあまり話したことすらありませんからね」

「そもそも、そんな描写はこの話にはないからな……」

「ロクに話もしてない相手に一目惚れして、それを理由に求婚しようとするって冷静に考えるとなかなかのことですよね」

「主人公なのに随分と身も蓋もないことをいうな……」

「実際そうですもの」

「それに関しては、自分からは何もいうまい……」


 そう言いながら視線を逸らす彼の姿が、なんだかおかしくて私は思わず笑ってしまった。


「なぜ笑う……」

「楽しいからですよ。それにこうやって話してみると、殿下も性格がずいぶんと違って別人みたいですね?」


 なんというか今までのループで接した王子は、もっと明るくて爽やかなイメージだった。それが今に関して言えば、若干じめじめして暗い感じがするのだ。


「決まっていること以外を話すのは苦手なんだ……」

「いえいえ、私はこちらの方が好きですよ? 面白いですし」

「面白がるな……」


 軽く睨まれたが、それすらも今の私に取っては心地いい。

 だって、こんなの元の物語のままだったら絶対有り得ないから。それを経験できるだけで、こんなに嬉しいことはない。


「私、思い切ってガラスの靴を叩き割ってよかったです」

「は? 急に何を言い出すんだ……」

「だって、そうしたお陰で今こうやって殿下と話が出来てるんですもの」

「それもやはり面白いからか……?」

「はい、面白いからです!! なんならもっと面白くしましょうか?」

「はっ? もっと面白くとは……」

「ええ、これを使うんです」


 そう言って私は残っていた、もう一つのガラスの靴を彼に手渡した。


「これをどうしろと……?」

「これを思いっ切り地面に叩きつけて割って下さい」

「は……?」

「さっきの私がしたみたいに、物凄く楽しいですよ!!」

「いや、それはおかしいだろ……」

「いいから!!」

「…………」


 彼はかなり戸惑った様子だったが、私の顔と靴を交互に見て悩んだ後、意を決したように、思いっ切りガラスの靴を地面に叩きつけた。


 パリーンッッッ!!


 またもや気持ちのいい音を立てて、彼が叩きつけたガラスの靴は粉々になった。


「どうですか?」

「ああ、これはなかなか楽しいな……」

「でしょ!?」


 そう言って、私は彼ににこっと笑いかける。すると彼はじこちないながらも、私に笑顔を返してくれたのだった。


「しかし、ガラスの靴が両方なくて本格的にどうするつもりだ……?」

「せっかくなので時間がくるまで、お話をしませんか? 私、実はまだまだ話したりないんですよー」

「まぁ、こうなってしまっては元の物語も何もないからな……」


 そうして、このループの私たちは時間いっぱいまでお喋りをしたのだった。

 その経験は今までのどのループよりも、楽しくて充実した時間だったように私には感じられた。


 何より今回新たな王子の一面を知れたことで、例え今までと同じ物語通りのループであっても少し見る目が変わる。そんな予感がしていた。



 ああ、次のループが楽しみだなんて……初めての経験だわ。

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