もし、この運命を変えることができるなら

朱ねこ

幸せになれる未来を絶対に

「ふぁぁあ、おはよう〜」

「おはよーー! ゆきー!」

「わっ、お姉ちゃん!?」


 髪に寝癖をつけたまま、寝ぼけ眼を擦りながらリビングに入ると、お姉ちゃんが元気よく飛びついてきた。

 いつものように髪をわしゃわしゃと撫でられる。


 私は藍原雪、高校二年生。

 アニメが大好きで、平凡でなんの取り柄もない。

 成績は普通以下で運動神経は悪くて、鈍くさい。


「もうお姉ちゃん、いい加減離れてよ!」

「照れちゃって可愛いなぁ!」

「照れてない!」


 しつこく撫でまわしてくる姉の手を払うが、お姉ちゃんは楽しそうに構ってくる。


 姉の名前は結菜。成績優秀で運動神経も抜群。

 しかも、学校一の美女で人当たりがよく人気者。

 私とは似ても似つかない。本当に同じ腹から生まれてきたのか、疑わしいくらいだ。

 昔から姉と比べられて、私は褒められる長所がない人間だとよく分かっている。


「二人ともじゃれあってないで早く支度しな! 結菜はもう出る時間でしょ!?」

「え? あっ! 朝練だから早いんだ、ゆき! 一緒に行けなくてごめんね! 行ってきます!!」

「うん、行ってらっしゃい〜〜!」


 騒がしいお姉ちゃんを見届けて朝食の前に座る。

 さて、私も急がなきゃ、遅刻しちゃう!


「柑奈ちゃん、おはよう〜!」

「おはよ、雪。今日も遅刻ギリギリね」


 幼馴染の柊柑奈。

 柑奈は口調が少しきつく、無表情だけど話しやすい。柑奈はアニメも好きだが、声優の方が好きだ。

 共通の話題があり、語り合える大切な親友だ。


「えへへ、昨日録画したアニメ見て夜更かししちゃった」

「もう、ほどほどにしなさいよ」

「おはよう、ユキちゃん」


 頭上から降ってきた聞き慣れた声に私はすぐに振り向いた。


「お、おひゃよう!! 蓮くん!」

「おひゃよー? あ、ユキちゃん、前髪が上に」


 蓮くんはくすくすと笑って、私の前髪に触れ、撫でつけた。

 頬が熱くなっているのを自覚し、俯きがちになってしまう。


「ありがとう……」


 彼は結城蓮くん。私の好きな人だ。


 入学当初、風邪で学校を休み、スタートダッシュが遅れてしまった。私は極度の人見知りを発揮し、友達作りが上手くできず、ぼっちでいた。


 でも、同じクラスだった蓮くんが私のペンを見て、『俺もハマっているアニメだよ!』とにこやかに声をかけてくれた。

 その後も蓮くんは話しかけてくれて、うまく話せない私の言葉も待ってくれて、私は楽しく過ごすことができた。


 ふと蓮くんの隣にいる男子から視線を感じて、私の肩がわずかに震える。

 鋭い目つきで見下ろしてくる彼にそろりと目を向け、恐る恐る口を開く。


「佐々木くん、お、おはよう〜」

「おはよ。今日は、……いつもよりブサイクだな」

「なっ、……!」


 不意打ちで目を見開いて固まってしまう。「おい、聖也待てよ! 」と蓮くんが引き止めるが、佐々木くんは席に座ってしまう。


「ごめんね、聖也は悪いやつじゃないんだよ? 本当は面倒見のいいやつなんだ。聖也はユキちゃんの目の下のクマが酷いから心配したんだよ。だから、そんなに気にしないで」

「う、うん……、ありがとう」

「大丈夫、ユキちゃん可愛いから!」

「あ、ありがとう……」


 握り拳を見せて励ましてくれる蓮くんに優しいなあと思いながら微笑んだ。


 ブサイクと言われるほど、クマが目立つのかぁ、と目の下を触り、鞄を机の上に置く。


 佐々木くんはいつも私を睨んでくる。なにか気の触ることをしてしまったんだろう。


 佐々木くんは私のことを嫌っている。


 私は佐々木くんの圧を加えてくるような強い視線が苦手だ。いたたまれなくて目を逸らしても、佐々木くんからの視線は痛いほど伝わってくる。



 私は入学してから、約一年半、蓮くんに想いは伝えられなかった。

 もうどうすることもできない。望みがないことは分かっている。


 それでも、私は気持ちに折り合いをつけたくて、放課後蓮くんを校舎裏に呼び出した。


「どうしたの? ユキちゃん。突然呼び出して」

「あのね、」


 短く息を吐いて、心臓近くに置いた手に力を込める。

 バクバクと脈打つ心臓の音が耳の近くで鳴ってるんじゃないかと思うほどうるさい。


「蓮くんのことが、……好きです! ずっと前から好きでした!」


 人生で初めての告白だった。


「気持ちは嬉しいけど、ごめん。……おれは結菜が好きだから」


 予想通りだった。そう言われるって分かってた。

 それなのに手や足が、喉が震えてしまう。


 ──蓮くんはお姉ちゃんの彼氏だから。


「うん、……聞いてくれてありがとう。蓮くんに伝えたかったの」

「ありがとう。これからも友達でいてくれる? ユキちゃんと話せなくなるのは嫌だな」


 蓮くんは照れくさそうに頬を指でかいて笑顔で聞いてくる。


「……うん、よろしくね」


 嫌、とは言えなかった。

 でも、ずっと友達でいるという約束に胸が締めつけられるように苦しかった。


 目の前がぼやけてきて、それでも、蓮くんを困らせたくないと思って下唇を噛んで我慢した。


 ガサッと茂みの音が立ち、私と蓮くんは音の立つ方へ振り向く。すると、そこには口元に手を当てて涙を流しているお姉ちゃんが立っていた。


「え!? お、お姉ちゃ……!?」

「結菜!?」


 何でここに?、と言葉を続けようとしたけど、お姉ちゃんが私を強く抱きしめ、私の声は埋もれてしまった。


「ごめんね……雪! ごめん! ごめんなさい!! 気付かなくてごめんなさい!!」


 お姉ちゃんが掻き抱くように腕に力を込め、私の身体は少し軋む。

 自分が傷ついたように悲痛な声で『ごめん』と泣き叫ぶお姉ちゃんに困惑してしまう。


「そ、そんな……こと、……っ」


 こんなに動揺するお姉ちゃんは初めてで、我慢した涙が溢れてしまう。


「れんくん、私と別れてください……」


 衝撃的な言葉に私は目を見開いた。

 蓮くんも理解できない、と言うように抗議の声を上げる。


「なんでだよ!? ユキちゃんだって、友達でいてくれるって言ってくれたよ? 問題はないはずだ」

「お、お姉ちゃん、私のことは気にしなくていいから……。お姉ちゃんが幸せなら」

「私が耐えきれないのよ!! 最愛の妹の好きな人を奪って、私だけ幸せになれって? 無理よ、妹の好きな人だって知った時点で、私は幸せになんかなれない!!」

「お、お姉ちゃ……」


 髪を振り乱して泣き喚くお姉ちゃんをどうにか説得したいけど、言葉が見つからない。


「考え直してもらえないか!? 高校生の恋なんだし、ユキちゃんにだってまたいい人が現れるだろ?」

「……」


 好きな人に他の人を勧められ、心がズキリと割れるように痛み、歪んだ顔を隠すようにお姉ちゃんの胸元に押し付ける。


「なんでそんな酷いことが言えるの!! どうして雪の気持ちを否定して、なんで真摯に受け取ってくれないの!? どうして……」


 お姉ちゃんが言葉を切って、私から離れて痛ましげな表情で落ち着いた声を出した。


「ごめんなさい。蓮くんと付き合えないよ。私とは価値観が合わないよ。本当にごめんなさい!」

「行かないでくれ! 結菜!!」


 静止の声は届かず、お姉ちゃんは走って行ってしまった。私は呆然と立っていることしかできなかった。


「結菜ちゃんを追って説得してくれよ。お願いだ。ユキちゃんの言葉なら結菜に届くはずだ!!」


 蓮くんは私の肩を強く掴んできた。


「お願いだから。何でもするから。結菜ちゃんなしじゃ俺は生きてけないんだ!」

「…………ぃ、いたぃ」


 絞り出した声はか細くて、でも、蓮くんの耳に届いた。蓮くんは泣きそうに顔を歪めて軽蔑するような眼差しを向けてきた。


「なんで告白したんだよ。ずっと心に留めていたなら最後まで隠し通していてよ!! ユキちゃんが言わなければ、ユキちゃんさえいなければ良かったのに……!!」


 私はもう何も言えなかった。

 それから、一人でふらふらと歩き、住み慣れた街を彷徨って、階段を上っていた。


「……あめ?」


 ──気付かなかった。


 冷たい雨が体温を奪い、傘を取り出そうとするけど、鞄がない。

 ふとあたりを見渡して、また階段を上った。


「こんな高台があったんだ……」


 木で作られた頼りない手すりに手をかけて、目の前に広がる私の街を見渡す。


(ここなら、誰にも迷惑をかけない)


「お姉ちゃん、蓮くん、邪魔なら私がいなくなるから。大好きだよ」


 ぎしっと弱音をもらすように手すりが鳴る。


「待って!! ゆき!! 待ってくれ! 行くな!!」


 声のする方に目が動く。私を引きとめるのは階段を駆け上ってくる佐々木聖也くんだった。

 佐々木くんはなぜか真剣な表情で手を伸ばしてきて、なんとなく私も手を伸ばした。


「佐々木く……」


 けど、手は掠りもしない距離だった。


「ゆき……!!」


 伸ばした手は空を掴み、目の前から雪は消えてしまった。


 俺はまた雪を助けられなかった。


 情けなく砂利の地面に膝をつく。

 雪の姿が目の前からこびりついて離れない。


「なんでだよ!! これで何回目だと思ってんだよ!! 二十一回目だぞ!? 」


 喉の限界なんて考えずに叫んで、砂利に拳を撃ちつける。

 俺が告白しても、蓮と雪の姉を会わせないようにしても、雪の告白を邪魔しても、何をしても起動修正されて、雪が自ら死を選ぶ。

 まるで定められた運命のように。


「雪が幸せになる未来はねえのかよ……!?」

「また、ダメだったわね……」

「柑奈……、見てたんなら、助けろよな」

「以前そのパターンをやったの忘れたの? ほんと記憶力ないんだから、馬鹿は嫌だわ。よくこんな飴玉、作れたわね。作成者の執念が見え見えだわ」


 雨で反射しきらきらと光る七色の飴玉を柑奈が俺に寄越してくる。

 これは、過去に魂、つまり意識だけを飛ばせる飴玉。これを作るには代償が必要だった。


「うっせえ。次は二年の始まりまで戻るぞ」

「私に指図しないで。私の勝手よ」

「はっ、女王気取りもやめたらどうだ?」

「うっさいわね。黙りなさいよ」


 柑奈とは全くもって相性が悪い。

 飴玉を口の中に放り、ガリっと音を立てて砕く。


 目の前が白く光り、意識が朧げになっていく。


「雪が幸せになる未来を絶対に作るから」

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