東さんと肝試し大会

黄黒真直

東さんと肝試し大会

「毎年恒例、肝試し大会 in 林間学校おぉぉ!」

「おおおお!!」


 レクリエーション係の五十嵐がコールすると、みんなノリノリで声を上げた。僕も拳を上げて、流れにノる。楽しい。

 意外なことに、東さんもノッていた。相変わらず表情は薄いけど、右手を上げて「おおー」と小声で言っている。


「意外だったよ、東さんが来るなんて」

「私、こういうの、好きよ」

「へ、へぇ」


「好きよ」だけ切り取って、脳内でリピートする。そ、そっか、好きなんだー。


 さてさて。僕達八雲やぐも高校の1年生はいま、夏の林間学校に来ている。二泊三日、山の中の合宿所でキャンプみたいなことをするのだ。

 東さんは、僕の同級生だ。小柄で無口で目立たないけど、見た目は可愛いし、たまに話すと機知に富んだことを言うので、その……注目している。


 それはともかく。

 今は林間学校の1日目夜。クラス混合で、肝試し大会を始めるところだ。


 ルールは簡単。

 くじ引きでペアを決めて、順番に山道を進む。途中の祠に設置した箱から飴を取って、山頂を目指す。

 ここから山頂までは10分で着く。暗いから足元注意だが、舗装されてるし外灯もあるから、まぁ事故は起こらないだろう。


「そしてペアは、男女でくっつくようにする!」

 五十嵐が宣言すると、うおお、と主に男子が喜んだ。

「ただし残念なお知らせが二つある。まず、参加者が37人だったので、1人余る」

 Boooo! とブーイングが飛ぶ。

「さらに、参加者は男子の方が多い」

 BOOOO!! とさらに大きなブーイングが響く。

「ま、男同士の友情を育もうぜ。それじゃ、くじ引きするぞー」


 野次は入れるが、みんな素直だ。指示に従い、男女それぞれの箱からくじを引いていく。

 僕はちょっとだけ心配だった。あまり喋らない東さんである、果たして男子と仲良く肝試しなんてできるのだろうか。


 という心配は、嬉しいことに、杞憂に終わった。

 僕とペアになったからだ。


「よ、よろしくね、東さん」

「うん、よろしく、一ノ瀬君」

 なんとなく五十嵐の方を見ると、僕と目が合い、グッと親指を立てた。

 もしかして、あいつなにか仕掛けたんだろうか。


 周りを見ると、普段から仲の良い男女がうまいことペアになっている。雰囲気を見る感じ、どのペアもそうなんだろう。

 そうかと思えば、「男同士でなんて行けるか! 俺は1人で行く!」と死亡フラグを立てるペアや、

「なんだよー、万城目まきめさんとペアになりたかったのにー」

「はぁ!? 私じゃダメってこと!?」

 と、喧嘩を始めたペアもいる。大丈夫かな……。

「だいたい、万城目さん、参加してないし」

「えっ、そうなの!?」

 えっ、そうなんだ。

 万城目さんは明るくて美人でノリがよく、こういう行事には積極的に参加する人だ。彼女がいないのは意外だった。


 いよいよ出発時刻だ。ジャンケンで順番を決め、1組ずつ駐車場を出ていく。男同士のペア2組は、どちらもソロで行くことにしたようだ。

 そして僕たちの順番は、最後になってしまった。

「出発まで暇になりそうだね」

 と言うと、東さんが提案した。

「じゃあ、暇つぶしでもする?」

「何か持ってきてるの?」

「何も持ってないけど……そうね……なんか思いついたら言うね」


 最初のペアが出発した。

「それじゃ、行ってくる!」

「上で待ってるねー!」

 2人とも元気だ。スマホのライトを頼りに、山道を登っていく。

「それじゃ、これから5分ごとに出発してくれ」

 五十嵐が時計を見ながら言った。


 5分経ち、次のペアが駐車場を出ていった――それからすぐ。


「きゃあぁあぁっ!?!?」

「うわぁああぁっ!?!?」


 山の上の方から、男女の悲鳴が聞こえた!

「え、なに!?」

「なんかあったのか!?」

 僕達は一斉に動揺した。しかし五十嵐は、口笛を吹きながら楽しそうにしている。


「五十嵐! お前、なんか仕掛けたな!?」

「さーなんのことかなー」

 あくまですっとぼける五十嵐。


 そのとき、東さんが僕の袖をくいくいと引っ張った。可愛い。

「なに、東さん?」

「暇つぶしを思いついたわ。悲鳴の回数を数えててくれる?」

「……はい?」

 なんだ、それは。


 5分ごとに駐車場から人が減り、同じくらいの間隔で悲鳴が上がる。僕は律儀にそれを数えていた。いま20回だ。

「よし、じゃあ時間だ。一ノ瀬&東ペア!」

 五十嵐が熱心に言った。

「ラスト、行ってこい!」

「行ってきます!」「ます」

 五十嵐に見送られて、僕達は駐車場を出た。


 山道の入り口は、駐車場の目の前だ。僕はスマホのライトで地面を照らしながら、東さんに歩幅を合わせて歩いた。

「思ったよりも暗いね」

「うん」

 正直僕は怖気ついたが、東さんは堂々としていた。こ、怖くないのか。

 周囲は森に囲まれ、外灯は薄暗い。スマホのライトだけが頼りだった。しかしライトを動かすと小石や草の影がサッと動き、そのたびにビビってしまう。

 やばい。結構怖い。

 でも東さんの手前、震えるわけにもいかない。僕は虚勢を張って前へ進んだ。


 そのときだ。


「きゃーーーっ!!」

「うおーーーーっ!」


 また悲鳴が聞こえた。21回目だ。

「五十嵐のやつ、いったい何を仕掛けたんだろうね。……っ!?」


 信じられないことが起こった。

 東さんが、僕の袖をつかんでいた。


 えっ、えっ、何が起こったの。


「ど、どうしたの、東さん。……怖いの?」

 すると東さんは、小さな声で言った。

「一ノ瀬君、今の悲鳴、何回目?」

「え? 21回目だけど」

「だよね……」

 東さんの手に力が入る。


 理由はわからないが、東さんが急に怖がり始めた。

 こ、ここは男を見せないと。


「大丈夫だよ、東さん。怖くないよ。祠はもうすぐだから」


 僕は歩調を速くした。東さんがとてとてと着いてくる。

 祠が見えて来た。外灯の真下にぽつんと立っている。その手前に箱が置いてあった。


 祠の前に立った。東さんはまだ震えている。

 僕は急ごうと、箱に手を伸ばした――そのとき。


ボトッ


 首筋に、生暖かく湿ったものが落ちて来た。


「うわあああぁっ!?」

「ひゃああぁっ!?」


 思わず飛び上がる。


「あはははははっ!」


 頭上から笑い声。木の上に、女子が座っていた。


二見ふたみさん?」

「せいかーい」


 同じクラスの二見さんだった。ジャージ姿で素早く木を降りてくる。その手には、コンニャクを付けた釣り竿が握られていた。

「君たちで最後だよね」

「そうだけど……みんなの悲鳴の理由、これ?」

 ふふふ、と二見さんは笑った。

「そうだよー。すごかったでしょ。にしても2人とも、随分仲良くなったねー」

 二見さんがにやにやしながら、僕の袖を見た。

 ……東さんが、パッと手を離した。


「いやー、この仕事、面白かったよー。ふふふー」

「そんなに?」

「うんうん。『まさか、あの人が、この人と!?』って感じでさー。ふふふふ」

 ん?

「どういう意味? ペアはくじで決めたんだよ?」

「あー、うん、そうだねー、そうだよねー。ふふふふふ」

 二見さんはやっぱり楽しそうだ。

「いやー、いいもの見たわー。思わずコンニャクぶつけちゃったよねー。ふふふふ」

 いったい何がそんなに楽しいのか……。


「ま、飴取って早く行きなよ。あたしはここの片付けしてから行くから」

 二見さんに急かされて、僕達は山登りを再開した。


 ちょっと歩いてから、東さんが元気になっていることに気が付いた。

「東さん、もう平気なの? さっき震えてたけど……」

「うん、もう平気」

 東さんは、にっこり笑った。え、可愛い。

 笑顔のまま、東さんは言った。


「ところで、一ノ瀬君。悲鳴は何回聞こえた?」


「え? 21回……僕達の分を含めれば、22回かな?」

「うん、そうだね。そして肝試しの参加者は37人だったでしょ? 実はね、悲鳴の回数と参加人数から、

「……。へー!」


 色んな意味で意外だった。そんなものが計算できることも、東さんが笑顔でそんなことを言うのも。

「どうやって?」

「簡単よ。連立方程式を使うの」

 急に授業みたいなこと言い出した。東さんは笑顔のままだ。もしかして数学が好きなのか?


「ペアの数をx、ソロの数をyとしましょう。すると、参加者の人数はxとyを用いて、どう表せる?」

「え?」東さんに頭悪いところは見せられないので、僕は必死に考えた。「あ、そうか。ペア1組につき2人いるんだから、2x+y だ」

「そう。つまり 2x+y=37 って式が立つ。次に、悲鳴の数は?」

 悲鳴は、各ペアとソロが1回ずつ上げたはずだから。

「x+y=22 だ」

「うん。だからこれを解けば、xとyが求まるんだけど……」

 さすがに連立方程式は暗算で解けない。降参すると、東さんはすぐ答えた。

「x = 15、y = 7。つまり、ペア15組、ソロ7人ってことね」

「へー、本当にわかるんだね……うん?」

 待てよ、おかしいぞ。

「どこか間違ってない? ソロは5人だったはず。2人多いよ」

「うん。そうだね」

「そうだねって……」

 あれ、どういうことだ?

 そもそも、全部で37人で、ソロは5人なんだから、ペアは16組できてたはず。なら悲鳴の回数は、計21回のはずだ。

 これって、まさか……。


「そうなの。。本来なら、私達が21回目の悲鳴を上げるはずだったの」


 え、え、え。

 背筋が凍る。


 東さんがくすくすと笑った。

「一ノ瀬君、怖がりなんだね。大丈夫よ、もうこの謎は解けてるの」

「へ?」

 あ、だから東さんは元気なのか。

「二見さんが言ってたこと、覚えてる?」

「なにか面白いものを見たとか言ってたけど」

「あれね、たぶん、

「え? 万城目さんは参加してないんじゃ……」

「ええ。でも、ここにいたの。理由はわかる?」

 瞬間、二見さんの態度の意味を理解する。

「男子と会ってたのか!」

「正解。だから『あの人とこの人が!?』って二見さんは思ったのね。で、首筋に」

「コンニャクをぶつけて、2人は悲鳴を上げた」

「そういうこと」


 なんだか、体中の力が抜けてしまった。

 大きくため息を吐いた僕に、東さんは言うのだった。

「さ、行きましょう。あんまり遅いと、変な勘違いされるわよ?」

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東さんと肝試し大会 黄黒真直 @kiguro

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