東さんと肝試し大会
黄黒真直
東さんと肝試し大会
「毎年恒例、肝試し大会 in 林間学校おぉぉ!」
「おおおお!!」
レクリエーション係の五十嵐がコールすると、みんなノリノリで声を上げた。僕も拳を上げて、流れにノる。楽しい。
意外なことに、東さんもノッていた。相変わらず表情は薄いけど、右手を上げて「おおー」と小声で言っている。
「意外だったよ、東さんが来るなんて」
「私、こういうの、好きよ」
「へ、へぇ」
「好きよ」だけ切り取って、脳内でリピートする。そ、そっか、好きなんだー。
さてさて。僕達
東さんは、僕の同級生だ。小柄で無口で目立たないけど、見た目は可愛いし、たまに話すと機知に富んだことを言うので、その……注目している。
それはともかく。
今は林間学校の1日目夜。クラス混合で、肝試し大会を始めるところだ。
ルールは簡単。
くじ引きでペアを決めて、順番に山道を進む。途中の祠に設置した箱から飴を取って、山頂を目指す。
ここから山頂までは10分で着く。暗いから足元注意だが、舗装されてるし外灯もあるから、まぁ事故は起こらないだろう。
「そしてペアは、男女でくっつくようにする!」
五十嵐が宣言すると、うおお、と主に男子が喜んだ。
「ただし残念なお知らせが二つある。まず、参加者が37人だったので、1人余る」
Boooo! とブーイングが飛ぶ。
「さらに、参加者は男子の方が多い」
BOOOO!! とさらに大きなブーイングが響く。
「ま、男同士の友情を育もうぜ。それじゃ、くじ引きするぞー」
野次は入れるが、みんな素直だ。指示に従い、男女それぞれの箱からくじを引いていく。
僕はちょっとだけ心配だった。あまり喋らない東さんである、果たして男子と仲良く肝試しなんてできるのだろうか。
という心配は、嬉しいことに、杞憂に終わった。
僕とペアになったからだ。
「よ、よろしくね、東さん」
「うん、よろしく、一ノ瀬君」
なんとなく五十嵐の方を見ると、僕と目が合い、グッと親指を立てた。
もしかして、あいつなにか仕掛けたんだろうか。
周りを見ると、普段から仲の良い男女がうまいことペアになっている。雰囲気を見る感じ、どのペアもそうなんだろう。
そうかと思えば、「男同士でなんて行けるか! 俺は1人で行く!」と死亡フラグを立てるペアや、
「なんだよー、
「はぁ!? 私じゃダメってこと!?」
と、喧嘩を始めたペアもいる。大丈夫かな……。
「だいたい、万城目さん、参加してないし」
「えっ、そうなの!?」
えっ、そうなんだ。
万城目さんは明るくて美人でノリがよく、こういう行事には積極的に参加する人だ。彼女がいないのは意外だった。
いよいよ出発時刻だ。ジャンケンで順番を決め、1組ずつ駐車場を出ていく。男同士のペア2組は、どちらもソロで行くことにしたようだ。
そして僕たちの順番は、最後になってしまった。
「出発まで暇になりそうだね」
と言うと、東さんが提案した。
「じゃあ、暇つぶしでもする?」
「何か持ってきてるの?」
「何も持ってないけど……そうね……なんか思いついたら言うね」
最初のペアが出発した。
「それじゃ、行ってくる!」
「上で待ってるねー!」
2人とも元気だ。スマホのライトを頼りに、山道を登っていく。
「それじゃ、これから5分ごとに出発してくれ」
五十嵐が時計を見ながら言った。
5分経ち、次のペアが駐車場を出ていった――それからすぐ。
「きゃあぁあぁっ!?!?」
「うわぁああぁっ!?!?」
山の上の方から、男女の悲鳴が聞こえた!
「え、なに!?」
「なんかあったのか!?」
僕達は一斉に動揺した。しかし五十嵐は、口笛を吹きながら楽しそうにしている。
「五十嵐! お前、なんか仕掛けたな!?」
「さーなんのことかなー」
あくまですっとぼける五十嵐。
そのとき、東さんが僕の袖をくいくいと引っ張った。可愛い。
「なに、東さん?」
「暇つぶしを思いついたわ。悲鳴の回数を数えててくれる?」
「……はい?」
なんだ、それは。
5分ごとに駐車場から人が減り、同じくらいの間隔で悲鳴が上がる。僕は律儀にそれを数えていた。いま20回だ。
「よし、じゃあ時間だ。一ノ瀬&東ペア!」
五十嵐が熱心に言った。
「ラスト、行ってこい!」
「行ってきます!」「ます」
五十嵐に見送られて、僕達は駐車場を出た。
山道の入り口は、駐車場の目の前だ。僕はスマホのライトで地面を照らしながら、東さんに歩幅を合わせて歩いた。
「思ったよりも暗いね」
「うん」
正直僕は怖気ついたが、東さんは堂々としていた。こ、怖くないのか。
周囲は森に囲まれ、外灯は薄暗い。スマホのライトだけが頼りだった。しかしライトを動かすと小石や草の影がサッと動き、そのたびにビビってしまう。
やばい。結構怖い。
でも東さんの手前、震えるわけにもいかない。僕は虚勢を張って前へ進んだ。
そのときだ。
「きゃーーーっ!!」
「うおーーーーっ!」
また悲鳴が聞こえた。21回目だ。
「五十嵐のやつ、いったい何を仕掛けたんだろうね。……っ!?」
信じられないことが起こった。
東さんが、僕の袖をつかんでいた。
えっ、えっ、何が起こったの。
「ど、どうしたの、東さん。……怖いの?」
すると東さんは、小さな声で言った。
「一ノ瀬君、今の悲鳴、何回目?」
「え? 21回目だけど」
「だよね……」
東さんの手に力が入る。
理由はわからないが、東さんが急に怖がり始めた。
こ、ここは男を見せないと。
「大丈夫だよ、東さん。怖くないよ。祠はもうすぐだから」
僕は歩調を速くした。東さんがとてとてと着いてくる。
祠が見えて来た。外灯の真下にぽつんと立っている。その手前に箱が置いてあった。
祠の前に立った。東さんはまだ震えている。
僕は急ごうと、箱に手を伸ばした――そのとき。
ボトッ
首筋に、生暖かく湿ったものが落ちて来た。
「うわあああぁっ!?」
「ひゃああぁっ!?」
思わず飛び上がる。
「あはははははっ!」
頭上から笑い声。木の上に、女子が座っていた。
「
「せいかーい」
同じクラスの二見さんだった。ジャージ姿で素早く木を降りてくる。その手には、コンニャクを付けた釣り竿が握られていた。
「君たちで最後だよね」
「そうだけど……みんなの悲鳴の理由、これ?」
ふふふ、と二見さんは笑った。
「そうだよー。すごかったでしょ。にしても2人とも、随分仲良くなったねー」
二見さんがにやにやしながら、僕の袖を見た。
……東さんが、パッと手を離した。
「いやー、この仕事、面白かったよー。ふふふー」
「そんなに?」
「うんうん。『まさか、あの人が、この人と!?』って感じでさー。ふふふふ」
ん?
「どういう意味? ペアはくじで決めたんだよ?」
「あー、うん、そうだねー、そうだよねー。ふふふふふ」
二見さんはやっぱり楽しそうだ。
「いやー、いいもの見たわー。思わずコンニャクぶつけちゃったよねー。ふふふふ」
いったい何がそんなに楽しいのか……。
「ま、飴取って早く行きなよ。あたしはここの片付けしてから行くから」
二見さんに急かされて、僕達は山登りを再開した。
ちょっと歩いてから、東さんが元気になっていることに気が付いた。
「東さん、もう平気なの? さっき震えてたけど……」
「うん、もう平気」
東さんは、にっこり笑った。え、可愛い。
笑顔のまま、東さんは言った。
「ところで、一ノ瀬君。悲鳴は何回聞こえた?」
「え? 21回……僕達の分を含めれば、22回かな?」
「うん、そうだね。そして肝試しの参加者は37人だったでしょ? 実はね、悲鳴の回数と参加人数から、ペアとソロの数を計算できるの」
「……。へー!」
色んな意味で意外だった。そんなものが計算できることも、東さんが笑顔でそんなことを言うのも。
「どうやって?」
「簡単よ。連立方程式を使うの」
急に授業みたいなこと言い出した。東さんは笑顔のままだ。もしかして数学が好きなのか?
「ペアの数をx、ソロの数をyとしましょう。すると、参加者の人数はxとyを用いて、どう表せる?」
「え?」東さんに頭悪いところは見せられないので、僕は必死に考えた。「あ、そうか。ペア1組につき2人いるんだから、2x+y だ」
「そう。つまり 2x+y=37 って式が立つ。次に、悲鳴の数は?」
悲鳴は、各ペアとソロが1回ずつ上げたはずだから。
「x+y=22 だ」
「うん。だからこれを解けば、xとyが求まるんだけど……」
さすがに連立方程式は暗算で解けない。降参すると、東さんはすぐ答えた。
「x = 15、y = 7。つまり、ペア15組、ソロ7人ってことね」
「へー、本当にわかるんだね……うん?」
待てよ、おかしいぞ。
「どこか間違ってない? ソロは5人だったはず。2人多いよ」
「うん。そうだね」
「そうだねって……」
あれ、どういうことだ?
そもそも、全部で37人で、ソロは5人なんだから、ペアは16組できてたはず。なら悲鳴の回数は、計21回のはずだ。
これって、まさか……。
「そうなの。悲鳴が1回多いの。本来なら、私達が21回目の悲鳴を上げるはずだったの」
え、え、え。
背筋が凍る。
東さんがくすくすと笑った。
「一ノ瀬君、怖がりなんだね。大丈夫よ、もうこの謎は解けてるの」
「へ?」
あ、だから東さんは元気なのか。
「二見さんが言ってたこと、覚えてる?」
「なにか面白いものを見たとか言ってたけど」
「あれね、たぶん、万城目さんを見たのよ」
「え? 万城目さんは参加してないんじゃ……」
「ええ。でも、ここにいたの。理由はわかる?」
瞬間、二見さんの態度の意味を理解する。
「男子と会ってたのか!」
「正解。だから『あの人とこの人が!?』って二見さんは思ったのね。で、首筋に」
「コンニャクをぶつけて、2人は悲鳴を上げた」
「そういうこと」
なんだか、体中の力が抜けてしまった。
大きくため息を吐いた僕に、東さんは言うのだった。
「さ、行きましょう。あんまり遅いと、変な勘違いされるわよ?」
東さんと肝試し大会 黄黒真直 @kiguro
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